462.F級の僕は、仲間達と一緒に総督府に足を踏み入れる
6月18日 木曜日13
エレンとの念話を終えた僕は、改めて皆に、“解析結果”――つまりは、エレンから教えてもらった事――を説明した。
「総督府の地下に捕らえられている万を超える人々は、どうやら禁呪によって永遠に続く悪夢を見せられ、“黒い負の感情”を搾り取られ続けているようです。ここに立てこもる“エレシュキガル”が関与しているのは間違いないとは思うのですが、その目的までは、はっきりとは分かりません」
僕の話を聞き終えたイサークが口を開いた。
「もしかして、禁呪の贄にされている万を超える人々って、この街の住人達なんじゃないのか? そう考えれば、街中に遺棄された遺体含めて、人っ子一人見当たらないって話にも説明がつく。ただ、少し疑問なのは、普通、どの属州でも、総督府の地下って言ったら、せいぜい地下牢ぐらいしかないはずだ。そこにぎゅうぎゅう詰めにしたとしても、万を超える人間って、収容出来るものなのかな?」
僕はララノアに視線を向けた。
この建物の地下に大勢の人々が捕らえられていると教えてくれたのは、彼女だった。
僕の視線を受けて、ララノアがおずおずと口を開いた。
「地下牢は……無理……多分……100人……位しか……地下牢の……さらに下に……巨大な……空間……」
【白銀の群狼】の冒険者達が顔を見合わせた。
「まさかここの総督府の地下には、ダンジョンがあるのか?」
「そ……それは……よく……分かりません」
ともかく、以前、州総督グレーブ=ヴォルコフの戦闘奴隷をしていたララノアでさえ把握していなかった巨大な地下空間が存在して、そこに大勢の人々が捕らえられているって事だけは確かなようだ。
ユーリヤさんがララノアに問い掛けた。
「あなたは、私達をそこに案内出来ますか?」
ララノアが頷くのを確認したユーリヤさんは、今度は僕の顔を見た。
「タカシさんは……」
「大丈夫ですよ」
ユーリヤさんの言葉が終わるのを待たずに、僕は出来るだけ明るい口調でそう言葉を返した。
さっきは“黒い負の感情”に呑まれかけたけれど、念話で繋がるエレンとノエミちゃんが助けてくれた。
そのお陰か、全身総毛立つ異様な感覚は、ずいぶん収まってきている。
それに元々、アルラトゥの目的は、“ここ”で“僕と話をする”事のはず。
だとすれば、彼女に会う前に僕自身が行動不能にされるって事は無いのでは?
もっとうがった見方をすれば、アルラトゥは、最初からこうなる事を予め“視て”“識って”いた可能性すらある。
ユーリヤさんがそっと顔を寄せて来た。
「決して無理はしないで下さいね。次にあなたが倒れたら、あなたを引き摺ってでも躊躇なく撤退しますから」
態勢を整え直した僕等は、再び総督府の建物に向かって歩き始めた。
やはりエレンとノエミちゃんの声無き支援のお陰だろう。
今度は“黒い負の感情”に呑まれる事無く、僕は階段を上り切り、総督府の建物の入り口に到達することが出来た。
最大限の警戒を怠らないように、皆で声を掛け合った後、扉を押し開け、僕等はいよいよ総督府の内部に足を踏み入れた。
入ってすぐの場所は、二階まで吹き抜けになった天井の高いホールのような場所になっていた。
しかし見える範囲内に他に明かりは無く、光属性の初級魔法で呼び出された光球に照らし出されている部分以外は、ただひたすらに静寂と暗闇が広がっていた。
ジャンナが囁いた。
「1階には敵の気配は無いようです。ただ……」
「ただ?」
ユーリヤさんに促されて、ジャンナが言葉の続きを口にした。
「……感知出来る範囲内、至る所に通行を妨害する魔法結界が張られているようです」
「それはどこに進んでも、必ず行き止まりにぶつかる、という事ですか?」
ジャンナが首を振った。
「どうも魔法結界によって、事実上、私達が進めそうなルートが一本道に指定されてしまっているようです」
皆が一斉に顔を見合わせた。
ユーリヤさんが、素早く後方を振り返った。
「入り口の扉は……」
彼女の言葉に反応するかのように、入り口の一番近くに居た、駐屯軍から選抜された重戦士が、閉じられている扉に手を掛けた。
しかしその扉は、皆の嫌な予感に反して普通に開く事が出来た。
月明かりが射し込み、冷たい初冬の夜風が僕等の居るホールへと吹き込んできた。
どうやら、街の外縁部と中心部を隔てる結界を潜り抜けて来た時と違って、ここに閉じ込められているって状況ではないらしい。
ユーリヤさんは、ララノアの方に顔を向けた。
「あなたが感知した、大勢の人々が禁呪の贄にされているという地下空間は、今私達が居る場所から向かう事は出来ますか?」
「こ……この場所からだと……結界を……2回……解除……」
「つまり、通行を妨害する魔法結界を2回解除する事が出来れば、その地下空間に辿り着ける、という事ですね?」
ララノアが頷いた。
ユーリヤさんは、改めてララノアとジャンナに問い掛けた。
「あなた達はこの場所に張られている魔法結界を解除出来ますか?」
「申し訳ありません。非常に高度かつ複雑な術式のようですので、もしかすると私の手には余るかもしれません」
「や……やってみないと……分かりま……せん……」
二人の返事を聞いたユーリヤさんは、少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「とりあえず、“エレシュキガル”が用意したであろう一本道は無視して、地下空間へと向かってみましょう。もし辿り着く事が出来て、人々の救出に成功すれば、禁呪の発動を阻害して、“エレシュキガル”の意図を挫く事が出来るかもしれません。魔法結界を解除出来無いと判明すれば……」
イサークが不敵な笑みを浮かべた。
「その時は、大人しく“エレシュキガル”の道案内に従って、彼女の“歓待”を受けに行くだけ、ですよね?」
歩き出してすぐの場所に、地下空間へと続く経路を封鎖している最初の魔法結界が存在していた。
通路を塞ぐように浮かび上がる巨大な魔法陣の前で、早速、ララノアやジャンナ、そして魔法に長けた同行者達がしゃがみ込み、その解除に取り掛かった。
しかし10分後……
立ち上がったジャンナが、解除に当たっていた皆を代表する形で口を開いた。
「すみません、やはり解除は難しいようです」
結局、僕等は“エレシュキガル”――つまりはアルラトゥ――が用意したと思われる一本道を進む事になった。
1階……2階……そして3階に上がるまで、僕等は誰にも遭遇せず、かつ、ジャンナやララノアが何者の存在も感知する事無く歩き続けた。
一本道は、僕等を正確に、総督府の執務室へと導いているようであった。
前方、廊下の突き当り、執務室に続く扉が大きく迫ってきた所で、ジャンナと並んで先頭を歩いていたララノアが、突然ジャンナの袖を引き、歩みを止めた。
「き……気を付けて……正体不明の……罠……」
その言葉を耳にした皆の間に、一斉に緊張が走った。
僕と並んで歩いていたユーリヤさんが、ララノアに声を掛けた。
「罠について、分かる事だけでも教えて」
「た……多分……魔法……もしかすると……転移……それ以外は……す……すみません……」
「つまり、転移系の魔法の罠が仕掛けられているって事かしら?」
「た……多分……だけど断言は……」
「設置されている場所は?」
その問いかけに、ララノアが意外な言葉を返してきた。
「執務室の……扉の……取っ手に……」
「取っ手に?」
僕等の視線が、一斉に、数m先まで迫った執務室の扉の取っ手部分に向けられた。
つまり、執務室を開けようと不用意に取っ手に手を掛ければ、いつかの僕みたいに、どこかとんでもない場所に転移させられるかもしれないって事だろう。
それにしても、魔法に関してずば抜けた才能を見せるララノアをもってしても、その正体を正確に断言出来ないという事は、九分九厘、アルラトゥが設置に関わっていると見て、間違いないだろう。
ならばこれも、もしかすると罠では無く、僕を彼女の下に導くための“招待状”の一つに過ぎないのかも……
そこまで考えた時、【白銀の群狼】のリーダー、イサークがとんでもない事を言い出した。
「あの扉の向こうに“エレシュキガル”がいるかもしれないんだよな? ならあの扉、魔法か何かで罠ごと吹き飛ばすのはどうだ?」




