45.F級の僕は、光と闇の出会いを目撃する
読者の方々に感謝しつつ、本日二回目の投稿です。
5月16日 土曜日10
僕とアリアが、『暴れる巨人亭』に帰ってくると、既にノエミちゃんの送別会の準備が大分進んでいた。
その夜は、他の宿泊客達も加わって、盛大な送別会が行われた。
マテオさんやノエミちゃん達が用意してくれた料理や飲み物は、とても美味しかった。
僕も、いつ以来か忘れる位、楽しいひと時を過ごす事が出来た。
ノエミちゃんが、『暴れる巨人亭』で働いたのは、結局、4日間だったけれど、その真面目な仕事ぶりや、元々の可愛さもあって、皆、彼女との別れを惜しんでいた。
宴は、結局、夜の9時前に、一応、お開きになった。
明日は、僕とアリア、ノエミちゃんの3人は、朝の7時に1階カウンター前に集合する事になっていた。
僕は、皆にお休みの挨拶をして、一足先に、自分の部屋に戻って行った。
一人になって、ベッドに横たわると、急に色んな想いが、頭の中を駆け巡った。
あの流星雨の夜、全人類にステータスが割り振られ、世界が変わった日以来、僕は孤独と共に生きて来た。
だけど、この世界には、僕が地球では得られなくなってしまった、こうした安らぎが確かな形で存在している。
僕の心の奥底で、不思議な感情が沸き上がってきた。
どうせ、地球じゃ一人ぼっち。
20年生活した地球よりも、1週間しか過ごしていないこの世界の方が、寧ろ仲の良い人々の数は、多くなってしまっている。
地球で、家族以外で仲が良いと言えるのって……
更科さん? は、単に、普通に接してくれるだけの知り合いだ。
関谷さん? は、どうなんだろ?
まあ、会えば普通に接してくれると思うけど、単にそれだけの知り合いだ。
それ以外……
去って行った元友達や、同級生達の顔が浮かんでは消えた。
レベル上がって、強くなって、それでもしかして、昔の知り合いが戻って来たとして、それって、僕は受け入れる事、出来るのだろうか?
それなら、いっそ、このままこの世界で……
―――ハァ……
そういわけには、やっぱりいかないよな。
家族もいるし、大学もあるし、ノルマもあるし。
結局、僕は、全てを捨て去って、新しい生活を始めようなんて勇気は、これっぽっちも無い小さな人間だ。
ちょっと自己嫌悪が出て来た時、扉がノックされた。
―――コンコン
誰だろう?
アリアかな?
僕が、扉を開けると、ノエミちゃんが立っていた。
「タカシ様、少しお話させて貰っても良いですか?」
「いいよ、入って」
まだ時間は9時過ぎ。
エレンが約束通りの時間に来るなら、まだ1時間近くある。
二人が鉢合わせって事は、起こらないんじゃないかな?
軽い気持ちで、僕は、ノエミちゃんを部屋の中に招き入れた。
「どうしたの?」
僕は、ベッドにちょこんと腰かけたノエミちゃんにたずねてみた。
「まずは、タカシ様に、改めてお礼を、と思いまして」
そして、ノエミちゃんは、深々と頭を下げて来た。
「あんなに嫌がってらっしゃったのに、お心変えて頂きまして、本当にありがとうございました」
「そんないいよ。ちょっと、僕もノエミちゃんの故郷、見てみたくなったし。なにより、報酬が凄く良いからね」
まさか、地球でのノルマが免除されて少し身軽になったから、と本当の事を話す事が出来ない僕は、心変わりの理由をそんな風に説明してみた。
「ふふふ。アールヴ神樹王国に到着しましたら、タカシ様に、必ずこの御恩は、返させて頂きますね」
「御恩って、僕は、ノエミちゃんに、大した事してあげてないよ?」
「私を山賊の砦から救い出して下さったではありませんか」
「あれは……でも、結局、騙されて閉じ込められて、寧ろ、ノエミちゃんのお陰で脱出できたという……」
僕は、苦笑した。
「タカシ様が、私を助け出して下さって、封印の首輪を破壊して下さったからこそ、私も力を取り戻せました」
いまさらながら、近所のホームセンターには、感謝だ。
まさか、金切鋸の切れ味が、あそこまでとは思いもよらなかった。
もしかすると、【剣術】スキルのおかげで、刃物全般の“攻撃力”が上昇しているのかも、だけど。
僕が、そんな事を考えていると、ノエミちゃんが、真剣な面持ちで切り出した。
「タカシ様、不躾なお願いとは、承知しております。ステータスを……お見せ頂けないでしょうか?」
「へっ?」
ノエミちゃん、君まで?
僕は、唐突なお願いに、ノエミちゃんの顔を思わず二度見してしまった。
「どなたにも決して、漏らしません。代わりに、私の力について、全てお話します」
ノエミちゃんが、再度頭を下げて来た。
「え~と、ノエミちゃん、僕のステータス、どうして見たいのかな?」
「少し、確認させて頂きたい事がございまして」
「ええっ!?」
理由まで一緒?
エレンも、僕のステータス見たがる理由を聞いた時、確認したいから、と答えていた。
「確認って、どんな事を?」
「確認できましたら、ご説明いたします」
まあ、ノエミちゃんは、エレンと違って、コミュ障じゃ無いだろうし、ちゃんと説明してくれるっていうのなら、見せても良いかな……
僕は、諦めて呟いた。
「ステータス……」
―――ピロン♪
軽快な効果音と共に、僕のステータスウインドウが、ポップアップした。
ノエミちゃんは、真剣な面持ちのまま僕のステータスを凝視した後、ふっと表情を綻ばせた。
「やはり……」
「やはり?」
「ありがとうございました。もうステータスを閉じて頂いて結構です」
「うん」
僕は、ステータスを消去すると、改めて、ノエミちゃんに問いかけた。
「それで、何が確認できたの?」
「タカシ様、あなた様は……」
言いかけて、途中でノエミちゃんの表情がいきなり強張った。
彼女は、突如歌うように何かの詠唱を開始した。
同時に、今まで誰もいなかったはずの場所に、何者かが出現した。
「エレン!?」
突然現れたエレンの周囲に、金色に輝く何かが渦巻いていた。
いつもは、表情の変化に乏しいエレンの顔が、珍しく、大きく歪んだ。
「光の……巫女!?」
「闇を統べる者よ! 直ちに立ち去りなさい!」
ノエミちゃんが、毅然とした声でそう叫んだ。
金色に輝く何かが、まるでエレンを拘束するかの如く、彼女を締め上げて行く。
彼女は、ノエミちゃんと僕とを交互に見た後、呟いた。
「光の巫女もタカシを見付けた……それはともかく、ここでは、私を縛れない」
エレンが、何かを口ずさんだ。
瞬間、エレンを拘束するかに見えた金色に輝く何かが霧散した。
「ううっ……」
ノエミちゃんが、呻きながらよろめいた。
僕は、慌てて彼女を抱きかかえた。
僕の腕の中で、ノエミちゃんが、苦しそうな声で囁いた。
「お逃げ下さい、早く!」
「何が起こってるの?」
「かの者は、闇を統べる者。魔王エレシュキガルです!」
「えっ?」
状況の理解に頭が追い付かない僕は、素っ頓狂な声を上げてしまった。
エレンが、静かに話しかけてきた。
「私は、エレシュキガルではない」
「見え透いた嘘を!」
「嘘? 嘘をつく理由がない」
「ちょっと待って、二人とも!」
僕は、二人の会話に、思わず口を挟んでしまった。
そして、二人に問いかけた。
「魔王って何? 二人は、どうして戦うの?」
「魔王は、言葉通りの意味です。魔王エレシュキガルは……」
「私は、魔王では無いし、戦うつもりもない」
エレンが、先に口を開いたノエミちゃんの言葉にかぶせるように声を上げた。
「え~と……、ちょっと二人とも落ち着こうよ」
「タカシ様! 闇を統べる者の言葉に耳を貸してはいけません。あなた様は、この世界に遣わされた唯一の希望です!」
「私は落ち着いている。落ち着くのは、光の巫女の方」
状況は不明だが、どうやらこの二人、特にノエミちゃんにとっては、エレンは不倶戴天の仇敵みたいな位置づけ?
僕は、腕の中のノエミちゃんに、話しかけた。
「ノエミちゃん、エレンは戦わないって言ってる。まずは、ノエミちゃんの知ってる、その、魔王について教えてくれないかな?」
そして、エレンにも声を掛けた。
「エレンは、ちょっとその辺にでも座って、ノエミちゃんの話が終わるの、待ってもらっても良い?」
「それは……今夜の約束はどうするの?」
「約束って……今、こういう状況でしょ? それは、話し終わってから考えても良いんじゃないかな」
エレンは、小首を傾げたまま固まってしまった。
僕は、改めて、ノエミちゃんに、魔王について話してくれるようにお願いした。