43.F級の僕は、公開訓練で色々やらかしてしまう
5月16日 土曜日8
公開訓練等と言うよく分らない名目で、カイスと戦う事になってしまった。
低レベルの冒険者だ、と思われている僕が、あっさり勝ったら、周りから不審がられるに違いない。
かと言って、あっさり負ければ、アリアの顔を潰す事になる。
まあ、適当に戦って、善戦空しく、敗北しましたって形が一番かな……
カイスも、多分、僕をみんなの前で叩きのめして、自分の強さをアピールしたくて、こんな企画考えたんだろうし。
その思惑に乗ってあげた方が、ヘンに恨みを買ったりしなくて済みそうだ。
アリアには、あとで謝っておこう……
いや、謝るのはヘンか?
元々アリアがこの喧嘩、買っちゃったせいで、僕はここにいるのだし。
色々考えていた僕は、カイスの言葉に一筋の光明を見出した気分になった。
彼は、皆に向けてこう宣言した
―――一太刀でも受ければ、公開訓練を終了する。
つまり、一発カイスに入れれば、この“茶番”を終わらせる事が出来る!
適当に突っ込んで行って、カイスに盛大に叩きのめされて、偶然を装って一発入れた時点で、もう勘弁してください!と懇願する。
このシナリオで行く事にした僕は、始まりの合図と共に、剣を構えて、カイスの元に駆け寄った。
カイスは、それを余裕の態度で眺めていた。
そして、僕がカイスに十分近付いたところで、突如、居合い抜きの要領で、腰に差していた剣を抜き放った。
恐らく、その剣をカウンターで僕の脇腹に叩き込もうとしたのであろう。
しかし、僕は、つい、反射的に躱してしまった。
しまった!
今のは、勢いを殺しながら受けて、盛大に痛がりながら転げまわれば良かった!
僕は、咄嗟に、カイスから距離を取った。
カイスは、攻撃を躱されたのが意外だったのか、少し驚いたような顔をした後、すぐに余裕の笑顔に戻った。
「君、やるじゃないか? そんな君にチャンスを上げよう、ほら」
カイスは、なぜか、剣を鞘に納めると、両手を広げた。
「ほら、今がチャンスだぜ? 今なら、君でも、僕に一太刀入れられるかも?」
なんだろう?
もしかして、ノーガード戦法のつもりだろうか?
僕が、“起死回生”を狙って突っ込んで来るところに、カウンターを叩き込む、みたいな?
まあ、カイスの思惑に乗ってあげた方が、結果的に早く終わるよね……
僕は、剣を片手に、そのまま、カイス目掛けて再び駆け寄った。
カイスは、僕が、駆け寄ってくるのを勝ち誇った顔で待ち構えている。
そして、駆け寄ってきた僕の腕を取ると、そのまま……
「おわっ!?」
カイスが、ヘンな声を上げた。
次の瞬間、カイスの身体が宙を舞っていた。
しまった!
腕を取られた時、つい反射的に、カイスの腕を振り払って、逆に腕を取って、投げ飛ばしてしまった!
これって、【格闘術】のスキルのせい?
ともかく、カイスの身体は綺麗な放物線を描きながら飛んでいった。
そして、訓練場を囲む魔法結界に激突して、地面に落下した。
カイスは、そのまま大の字になったまま、動かなくなった。
一瞬、周囲の野次馬達が静まり返った。
が、次の瞬間、大騒ぎになった。
「きゃあぁぁぁ!? カイス様!?」
「兄ちゃん! やるじゃねえか!」
悲鳴と歓声が入り混じる中、ギルドの職員が、慌てて駆けこんできた。
そして、カイスに回復魔法を掛け始めた。
やばい……
やってしまった……
どうでもいいけど、これって、結構、最悪の幕切れなんじゃ?
僕の背中をヘンな汗が伝う中、回復魔法の効果か、カイスが、身を起こした。
彼は、一瞬、自分に何が起こったのか分からない様子であった。
しかし、彼に回復魔法を掛けたギルドの職員と二言三言交わすと、憤然とした表情となった。
「なっ!」
彼は、絶句したまま、僕を物凄い形相で睨みつけている。
僕は、とりあえず、カイスに頭を下げた。
「すみません。なんか凄い偶然でこんな事になってしまったみたいで。でも、カイスさんの強さは、十分わかりましたので、これで勘弁してもらえないでしょうか?」
「おまっ……まだ終わってないぞ!」
カイスは、鬼のような形相のまま立ち上がると、腰の剣を抜いた。
その時、周囲の野次馬の中から、声が掛かった。
「おや? カイスさん。そこの新人冒険者が、あなたに一発当てる事出来れば、終了って、自身で宣言してませんでしたかね?」
僕とカイスが、同時に声の方に顔を向けた。
話しかけてきたのは、初老の恰幅の良い、上品そうなヒューマンの男性だった。
仕立ての良い茶色系統の服を着た彼は、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。
「今のは反則だ! こいつがズルを……」
「私、見てましたが、ズルなんかしてなかったですよ? まぐれでもなんでも、投げられたんですから、ルーメル最強の冒険者としては、ここは大人の度量を見せるべきでは?」
「ぐっ!」
カイスは、歯噛みしたまま黙り込んでしまった。
結局、“公開訓練”は、そのままお開きとなった。
訓練場から出てきた僕に、アリアが、興奮した様子で話しかけてきた。
「タカシ、やるじゃない!」
「ま、まあ、まぐれであんな事になっちゃって……」
「まぐれなんかじゃないよ! やっぱり、タカシって色々規格外なんだね!」
「そうだね……」
正直、あんまり目立たちたくないんだけど……
チラッと周りに目をやると、皆、こちらに視線を向けながら、何かヒソヒソ話している。
僕は、いたたまれない気持ちになってきた。
「とにかく、帰ろうか?」
アリアを促して、その場を立ち去ろうとした僕の方に、先程の上品そうな男性が近付いて来た。
「なかなか見事な腕前でしたな」
「あ、どうも。さっきは助かりました」
僕は、その人に頭を下げた。
結果的に、この人が、口を挟んでくれたお陰で、公開訓練は終了した。
その人は、笑顔で、僕に話しかけてきた。
「ところで、あの公開訓練、きっかけは、アールヴ行きの依頼を巡っての事、とお聞きしましたが?」
そうだ。
強力なモンスターが出没するという黒の森経由の、アールヴ神樹王国行きの護衛依頼。
あれが、今回の騒ぎの発端だった。
「あの依頼、是非、あなたにお受け頂きたいのですが」
「えっ?」
僕は、一瞬、その人の言わんとする意味が分からなくて、聞き返してしまった。
「あ、申し遅れました。私、貿易商のドルムと申します。今回、あの依頼を出させて頂いたのは、私なんですよ」
「そうだったんですね……。あ、僕はタカシと言います。それで、この子はアリアって言って……」
僕等は、お互い自己紹介を行った。
どうやら、ドルムさんは、自分の出した依頼をきっかけに、冒険者同士が公開訓練を行うというので、見に来ていたらしい。
そして、ルーメル最強の冒険者、カイスを投げ飛ばした僕に目が留まった、という事であった。
僕は、アリアの方を向いた。
「アリア、受けても良いかな? この依頼」
「もちろんよ。その代わり、黒の森では、私をちゃんと守ってね」
アリアが、悪戯っぽい笑みを浮かべて、僕の腕に抱き付いてきた。
僕は、改めて、ドルムさんに話しかけた。
「では、是非、依頼、受けさせてください。それで、少しお願いがあるのですが」
「なんですかな?」
「もう一人、同行させて貰えないでしょうか?」
「ほう、ここにはいらっしゃらない方と、三人でパーティーを組んでらっしゃるんですね。もちろん、構いませんよ」
「いえ、同行させて貰いたいのは、冒険者じゃ無いんですよ」
「と、申されますと?」
「その……エルフの女の子なんですが……」
言いながら、ドルムさんの様子を伺ってみた。
アールヴ神樹王国は、現在、エルフの入国を規制してると聞いている。
心なしか、ドルムさんの目が細くなったような気がした。
「分かりました。ただ……その方が、アールヴ神樹王国に入国できるかどうかまでは、請け負いかねますが」
「もちろんです。ありがとうございます」
アールヴ神樹王国へは、明朝出発する事になった。
僕等は、ドルムさんに笑顔で別れを告げると、一度、『暴れる巨人亭』に戻り、ノエミちゃんにこの話を伝える事にした。