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332.F級の僕は、避難民達を助けたいと願う


6月14日 日曜日3



アリアとの念話で、もう一度嘆きの砂漠の調査の件を相談した後、僕はベッドの上で横になった。

起床予定の7時まで、まだ1時間近くある。

午前中には、クリスさん達から嘆きの砂漠の様子を教えてもらえるだろうし、お昼にまた地球に戻れば、チベットでの戦いがどうなったかもわかるだろう……

……

…………


「おはようございます」


結局、二度寝をしてしまったらしい僕は、ターリ・ナハの声で目を覚ました。


「おはよう。もう時間かな?」


伸びをしながらベッドの上で身を起こすと、既に身支度を整え終えたらしいターリ・ナハとララノアの姿が目に飛び込んできた。


「はい。朝の7時を回った所ですよ」


窓の外から明るい光が射し込んできている。

今日も天気が良さそうだ。

アルラトゥの様子を確認してみると、彼女も既に目を覚ましている様子であった。

拘束着にも彼女にも別段変わった様子は見られないけれど……

僕は、ターリ・ナハにアルラトゥの様子を見ていてくれるように頼んでから、ララノアだけを連れて廊下に出た。

幸い、僕等の部屋は廊下の突き当りにあるので、他の部屋を出入りする宿泊客達に、話を聞かれる心配はなさそうだ。


「ど……どうか……されましたか……?」


ララノアが、目深に被り込んだフードの下から、僕の方にチラチラ視線を向けて来た。

僕は出来るだけ優しい笑顔を意識しながら問いかけてみた。


「昨日、アルラトゥの魔法とスキルを抑制した時、何か違和感とか無かった?」

「違和感……?」


ララノアが怪訝そうな表情で首を(かしげ)げた。


「例えば、抑制しきれて無さそう、とか」


ララノアは少し考える素振りを見せた後、不安そうな表情で僕を見上げてきた。


「完全に……抑制……あの……何か問題が……?」

「いや、確認してみただけだから。心配しないで」


少なくとも、ララノア的にはアルラトゥの魔法とスキルは完全に抑え込めた、と感じているらしい。

という事は、アルラトゥが本当はレベル100を越えているのでは? という考えは杞憂に過ぎない、と言えるのでは無いだろうか。


「ララノアの事はとても頼りにしているからさ。アルラトゥに関して、少しでもおかしいって感じたら、すぐに僕に教えてね」

「は……はい! お、お任せ……下さい……!」



準備を済ませた僕は、ユーリヤさん達と一緒に朝食を食べるため、階下に降りて行った。

皆で――と言っても、ターリ・ナハ達は、昨日同様、奴隷専用のスペースでの食事となったけれど――食卓を囲んでいると、隣のテーブルに座る商人達がやや興奮気味に話している内容が聞こえてきた。


「おい聞いたか? 村の外に、モエシアから避難してきた連中が到着し始めているらしいぞ」

「なんでも、住んでいた街が、解放者(リベルタティス)どもが率いるモンスター達に襲撃されて、命からがら逃げて来た、とか」


僕等は思わず顔を見合わせた。

ユーリヤさんが険しい表情で皆に(ささや)いた。


「一刻も早く帝都に戻り、“エレシュキガル”討滅の軍を起こさねば」



朝食後、僕等は朝の8時半前には宿屋を出た。

宿屋から少し離れた馬屋で、預けていた馬車を受け取り、隊列を組んで村外に出ようとしたところで、数人の男女が、衛兵達に何かを嘆願している姿が目に飛び込んできた。


「お願いします! 村の中に入れて下さい! それが無理なら、せめて水と食料を……」

「ええい! 身分証を持たぬ者は村内に入れぬ。お前達もそれは知っておろう」

「ですがいきなり襲撃されて、命からがら逃げだして来たのです! 身分証を持ち出す余裕など……」

「そもそもこんな小さな村で、お前達のような者全てに何かを分け与えてやる余裕など無い。州都リディアに向かえ!」

「お願いします! 小さな子供もいるのです! 昨日の昼から何も口にしていないのです! せめてスープ一杯だけでも……」


村の外には、文字通り着の身着のまま、ここまで辿り着いたらしい老若男女20人程の姿が見えた。

先程商人達が話題にしていた“避難してきた人々”だろうか?

皆一様に、疲れた表情をしている。

その中の小さな子供と目が合った。

その目には、何の感情も宿っていないように見えた。

僕等の隊列は、彼等とすれ違う形で、村の外に出て行こうとしている。

僕は先頭を行くボリスさんの(またが)る馬にオロバスを寄せ、話しかけた。


「ちょっとおたずねしたい事が……」


ボリスさんは馬の歩みを止める事無く、僕の方に顔だけ向けてきた。


「どうした?」

「さっき宿屋で食べた朝食、帝国白金貨1枚で、何食位用意してもらえそうですか?」


僕のインベントリの中には、ゴルジェイさんが下賜してくれた(第288話)帝国白金貨10枚が入った袋が収められている。

ボリスさんは、近くで座り込んでいる避難民達にちらっと視線を向けながら言葉を返してきた。


「まさか、彼等に食事を恵んでやるのか?」

「困っているみたいですし」


ボリスさんが、渋面になった。


「その考え方は、分からないでもないが、後からどんどん避難民達が押し寄せてきたらどうするつもりだ? ここにずっと留まり続けて、延々彼等を救い続けるつもりか?」

「それは……」


しかし、目の前で困っている人がいて、割り切ってこの場を去れるほど、僕は人間が出来てはいない。

と、ボリスさんの後ろに続いていたユーリヤさんの乗る馬車が停止した。

そして中からユーリヤさんとスサンナさんが降りてきた。

ちなみにユーリヤさんは、首に巻いた浅葱色のスカーフで、人間(ヒューマン)の男性“ユーリ”に擬装している。


ユーリヤさんが周囲の人々に話しかけた。


「皆さん、私達はサハロフ商会(第304話)隊商(キャラバン)です」

「サハロフ商会?」

「確かモドキ姫が出資している……」


周囲の人々からひそひそ声が聞こえてくる。

ボリスさんが、声を上げた。


「“ユーリ”様、これは?」


ユーリヤさんがにっこり微笑んだ。


「ボリス、積んでいる食料と水、私達の今日の昼食分を除いて全て彼等に分けてあげて下さい」

「な、な、な!?」


ボリスさんが目を大きく見開いた。

そして慌てて馬を降りると、ユーリヤさんに駆け寄り囁いた。


「何をお考えですか?」

「ボリス、いいから分けてあげて」

「しかし……」

「今日の午後にはトゥマに到着します。食料も水もそこで補給できます。それに……」


ユーリヤさんが、チラッと僕の方に視線を向けてきた。


「明日、タカシ殿のご友人と合流出来れば、少なくとも帝都まで馬車で長旅をする必要も無くなります。さ、急いで下さい。時間がもったいないですよ」


ボリスさんは、なおも何か言いたげであったけれど、やがて諦めたように深く息をついた。

ユーリヤさんが、再び周囲の人々に話しかけた。


「私どもの商会の最大の出資者である皇太女殿下は、常日頃より、臣民達に尽くすよう、私どもに御教示されていらっしゃいます。ここに十分な食料と水を置いていきます。どうか後から来られる方々とも分け合い、この難局を乗り切って下さい」



―――オオオォォ!



周囲の人々からどよめきが起こった。

ボリスさんがルカさんやミロンさんと一緒に、積載している食料と水を周囲の避難民達に次々と分け与えていく。


「なんとお礼を申し上げてよいのやら……」

「サハロフ商会万歳! 皇太女殿下万歳!」

「ありがとうございます!」


皆が感謝の気持ちを口にする中、スサンナさんが衛兵達に近付き、重そうな袋を手渡しているのが見えた。

袋には、金貨がぎっしりと詰まっているようであった。

それを確認した衛兵達が相好(そうごう)を崩している。


「これで配給所を設置してあげて下さい。トゥマの街に到着次第、帝国軍をこの村に派遣してもらえるよう話してみますので」


僕はオロバスから降りて、ユーリヤさんに近付いた。


「ありがとうございます」


ユーリヤさんが少し怪訝そうな顔になった。


「どうしてタカシ殿がお礼を?」

「いえ、僕とボリスさんの話を……」


聞いていたから助け舟を出してくれたのでは? と言いかけて、僕は言葉を止めた。

僕とボリスさんが話していた時、彼女はまだ馬車の中だった。

ユーリヤさんが微笑んだ。


「もしかしてタカシ殿、ボリスに彼等を助けてあげようと申し出て下さっていましたか?」

「はい。ですが、延々助け続けるのか? と言われてしまって……」


僕はボリスさんとの会話の内容を改めて説明した。


「まあボリスらしい言葉です。ですが、私はタカシ殿の考え方好きですよ? それにほら」


彼女は周囲で笑顔になっている避難民達に視線を向けた。


「これで“モドキ姫”の評判も少しは良くなるでしょうし」


おどけたようにそう話す彼女の瞳には、慈愛の色が宿って見えた。



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