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321/694

321.F級の僕は、関谷さんに全てを告げて仲間に引き込むべきだと勧められる


6月13日土曜日5



戦術高エネルギーレーザー(THEL)の集中運用で、黒い結晶体の機能の一部を封殺する?

確かに中国がここ数日、躍起になって高出力のレーザーシステムを集めているとの情報はあったけれど……


曹悠然が語った内容は、私の心の中に、新たな疑問を生じさせた。

そもそも、THELの最高出力エネルギーは、せいぜい10億(10の9乗)J(ジュール)程度。

それに対して、曹悠然の言葉が正しければ、黒い結晶体の現在の転移(吸収)可能エネルギーの上限値は、約300PJ(ペタジュール)(3×10の17乗)。

それをTHELのみで上まわろうとするのならば、単純計算で、最低3億台は用意する必要がある、という事になる。

仮にそれをクリア出来たとしよう。

しかし次に、もっと大きな問題が立ちはだかって来る、

射程だ

THELの射程はせいぜい3~4km。

つまり、黒い結晶体を中心とした半径3kmの円周上約20km程に、3億台ものTHELをぐるりと並べる、という計算になる。

これは理論上不可能な話だ。


また、(ほとん)ど有り得ない想定だけど、黒い結晶体を半径3kmほどの半球状に取り囲む位置にTHELを三次元的に並べる事が出来たとしても……

半径3kmの半球の表面積は、約57k㎡。

ここに3億台ものTHELを配置するなら、1台あたりに許される面積は、僅か0.19㎡。

いずれにせよ、とてもではないが、現実的な話とは思えない。


私は少し逡巡した後、言葉を挟んだ。


「ソノ作戦は、本当に成算がアルモノデしょうか?」

「もちろん。だからこそ、こうしてお話させて頂いています。ただしここから先は……」


彼女は私に値踏みするような視線を向けながら言葉を続けた。


「機密事項という事になるので、詳細は控えさせて下さい。中村さんが、正式に私達の要請を受けて下さった後、全てお話させて頂く事をお約束します」


曹悠然から聞き出せそうな話はこれで打ち止めだろう。

再び関谷さんが口を開いた。


「では、そちらのお話を中村君が受けるかどうか、いつまでにお返事すれば良いですか?」

「そうですね……」


曹悠然が少し思案顔になった。


「もしこの話をお受け頂けるのでしたら、夕方6時頃までにはご連絡下さい。私自身は今日の午前中に離日しますが、引き続き、O府の総領事館の方で、中村さんのサポートをさせて頂けるよう、手配しておきますので」



……

…………

次第に曹悠然や関谷さん達の顔が揺らめきながら薄れていった。

そして代わりに、僕を覗き込んできているティーナさんの顔が輪郭を取り戻していく。

どうやらティーナさんの記憶の海から今の現実へと戻ってきたようだ。

ティーナさんが声を掛けてきた。


「どう? 視えた?」

「うん、見えたよ」


答えてから、僕はティーナさんの顔の近さに今更ながら気が付いた。

彼女の綺麗な蒼い瞳に自分の顔が映り込んでいる。

僕は思わず目を()らしてしまった。

自分の意思とは無関係に顔が紅潮し、心臓の鼓動が早くなるのが分かった。


「どうしたの? 大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ」


心配そうにたずねてくる彼女にそう言葉を返したけれど、僕の心の中は、全然大丈夫ではなくなっていた。

それは曹悠然との会談の様子を見せてもらったから、というよりは、関谷さんとティーナさんの僕に対する感情を知ってしまったからで……


「もしかして、私の記憶の視せ方に問題があった?」

「そんな事は無いよ。うん。曹悠然がなぜ僕に声を掛けてきたかとか、チベットでレーザー兵器集中運用して新しい作戦実施するつもりだとか、今日の午後6時までに返事が欲しいって言っていた事とか、あと、関谷さんが凄く頑張ってくれていた事とか、その……ちゃんと見えたから!」


まずい。

受け答えが明らかに不自然になっている。

こういう時は、深呼吸だ。


僕は目を閉じて、ゆっくり呼吸しながら心を落ち着けようと試みた。


「本当に大丈夫?」

「……よし、大丈夫」


僕はわざと明るく大きな声でそう口にしながら、さりげない感じでティーナさんからほんの少し距離を取るように座り直した。

深呼吸の効果か、さっきよりは大分気持ちも落ち着いて来た。

そんな僕の様子を怪訝そうに眺めていたティーナさんが、おずおずといった感じで口を開いた。


「もしかして、Sekiya-sanの事?」


ようやく落ち着きを取り戻しつつあったはずの僕の心拍数が、再び大きく跳ね上がった。


「え? 関谷さんの事って?」

「その……ごめんなさい」


なぜかティーナさんが頭を下げてきた。


「私の事、(ひど)い女だと思ったんでしょ? 彼女のあなたへの気持ちを利用しようとしているって」


確かに彼女の心象風景の中で見た関谷さんの扱いは、そんな感じだったけれど。


「でも誤解しないで。これは全て私達の世界のため。向こう(isdifui)には、AriaやEren、Noemi、TARY NAHAといった、あなたと共にEreshkigalと戦ってくれる仲間達がいるけれど、この世界(地球)では事実上、私一人だけでしょ? 黒い結晶体のように、二つの世界が協力し合わなければ対処出来ない問題は、今後もますます増えていくはずよ。私としては、信頼出来る仲間達をこの世界(地球)でも集めるべきだと思うの」


彼女の言い分はよく分かるし、僕が明らかに挙動不審になっていたのは、そこが問題だからじゃないんだけど。

それはともかく……


「別にティーナに謝ってもらう必要は無いし、仲間の重要性も理解はしているよ。でも、関谷さんはC級だ。もし彼女に全てを伝えても、今僕等が直面している事態の中で、彼女が出来る事って(ほとん)ど無いと思う。下手したら、単に怖がらせて終わりってなってしまうんじゃないかな」


だからこそ僕は関谷さんに、自分の置かれている状況全てを説明出来ずにいるのだ。


ティーナさんが悪戯っぽい表情になった。


「Takashiって意外と酷い人なのね」

「酷い? どうして?」

「Takashiの話だと、この世界の真実を知っても、C級のSekiya-sanは手も足も出なさそうだから、彼女には説明しないんだって聞こえるわよ?」


言い方はアレだけど、つまりはそういう事だ。


「teamって、生き物と一緒よ? 例えばLionが強いのって、なぜだと思う?」


なんで急にライオンの話なんか持ち出してきたのだろう?

戸惑いながら、僕は言葉を返した。


「それは鋭い爪とか牙とか、力が強いとか、そういった要素があるからじゃないの?」

「じゃあ、全身、鋭い爪と大きな牙が生えそろった巨大な口だけの生物って、Lionよりも強いと思う?」

「強いんじゃないのかな? もうそれは野生動物って言うより、モンスターだと思うけれど」

「でも、全身牙の生えた口と鋭い爪だけの生物って、目も見えないし、耳も聞こえないし、エサも消化出来なさそうだし、欠陥だらけで多分、身動き取れなくなるんじゃないかしら?」

「それは詭弁ってやつじゃ……」

「そうかしら?」


ティーナさんは、僕に試すような視線を向けてきた。


「日本語でも、“船頭多くして船山に登る”って(ことわざ)有るでしょ? その人がS級だからとか、F級だからとか、そういうので役に立つかどうか決めるのって、おかしいと思わない? 等級に関係なく、その人物が信頼出来て、任された仕事をきちんと遂行出来るのなら、そんな人物こそ、仲間として頼もしい存在だって思わない?」

「ティーナから見て関谷さんは、そういう存在って事?」


ティーナさんが頷いた。


「彼女はこれだけ乏しい情報しか与えられていない中で、Takashiの代理人として期待以上の働きぶりを見せてくれた。S級の曹悠然と同席しても、臆する事無く、事前に打ち合わせておいた内容を聞き出してくれたわ。あなたへの好意の有無を差し引いても、彼女は人間として非常に優秀だと思う」

「つまり関谷さんにも、イスディフイの存在含めて、全てを話して協力を仰ぐべきって事?」

「最終判断はTakashiに任せるけれど、私としてはその質問に対する答えは明確にYesよ」


ティーナさんの考えは理解出来るけれど……

それでも僕としては、彼女を今の事態に巻き込みたくない気持ちの方が(まさ)っている。

それに現実問題、僕とティーナさんだけでは手に負えないような事態に陥っているわけでもない。


僕は話題を変えてみた。


「ところで、曹悠然の申し出に対する返答、どうしようか?」

「あら? もしかして、10億円と豪邸貰って、中国に移住したくなっちゃった?」


僕は苦笑した。


「今のところ、そういう予定は無いかな」

「じゃあ、早目に断ってあげた方がいいわ。向こうにも予定が有るかもしれないし」

「了解。だけど、明朝から中国が実施予定の作戦っていうのは、ちょっと見てみたい気もするかな」

「それは私に任せて」

「もしかして、ワームホールを開いて観戦しに行く?」

「ふふふ、当然最初からそのつもりよ。Takashiはまだまだあっち(nergal)が忙しいんでしょ? 観戦し終わったら、また記憶を視せてあげるわ」

「ありがとう。ティーナはやっぱり頼りになるな」

「でしょ? だったら、もしSekiya-sanを仲間にしても、私をちゃんと尊重してね?」


おどけた雰囲気でそう返してきたティーナさんだったけれど、彼女の記憶を覗いた今だからこそ、彼女自身の僕に対する想いも分かってしまうわけで……

心の動揺を悟られまいと、僕はティーナさんからそっと視線を外しながら、彼女との会話を切り上げた。



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