315.F級の僕は、身体が一つでは到底足りないと身もだえる
6月12日金曜日11
僕等の話が一段落ついたところで、ポメーラさん達が、焚火の周りに集まっていた皆に、夕食を配り始めた。
星空の下、焚火を囲んで談笑しながら楽しむ食事は、また格別の趣があった。
食事を終えた僕は、ターリ・ナハとララノアを伴って、一旦、自分達のテントへと戻ってきた。
僕は二人に声をかけた。
「もう一度、あっちに行ってくるよ。多分、10分、20分で戻れると思うけれど、もし誰かが呼びに来たら、適当に誤魔化しておいて」
「分かりました」
「か、かしこまり……ました……」
二人に見送られながら、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。
ボロアパートの僕の部屋の中は、カーテン越しに外の街灯の光が入る場所以外は、暗闇に包まれていた。
机の上の目覚まし時計は午後11時30分を指している。
部屋の明かりを点けた僕は、インベントリから『ティーナの無線機』を取り出して、右耳に装着した。
「ティーナ、今大丈夫?」
……
返事が無い。
もしかして、シャワーでも浴びているのかな?
と、10秒程の空白の後、ふいに囁き声が戻って来た。
『Hi, my darling……Your princess is in dreamland……』
ん?
珍しくなんか完全に寝惚けている感じの声だ。
舌足らずで届けられるティーナさんの囁き声って、ドキッとする位可愛いな……
じゃなくて!
ハワイとの時差って、確か19時間。
で、今ここが午後11時半って事は……?
『Yawwwn……Takashi? 夜這いかけてくるなんて、なかなかromanticistなのね?』
今度ははっきりとした囁き声だ。
「ごめんごめん。もしかして寝てた?」
『こっちは……朝の4時半回ったところ。何か緊急事態?』
「そういうわけじゃ無いんだけど、ちょっと相談したい事があってね」
『相談?』
「曹悠然。覚えてる?」
『中国国家安全部第二十一局所属のagentね? もしかして、接触してきた?』
さすがはティーナさん。
勘が鋭い。
「うん。昨日、関谷さんと一緒にダンジョン潜ったんだけど、その帰りに狙ったように現れた」
『Sekiya-sanと、ね。その話、もっと詳しく聞きたいわ。今からそっちに行ってもいい?』
「いいよ」
待つ事数秒。
いつものように部屋の隅に出現したワームホールを潜り抜けて、ティーナさんがやってきた……って、え?
「ちょ、ちょっと!? なんでそんな格好?」
彼女は、膝上まで隠れる位の肩ひもで吊り下げた感じの、下着のようなワンピースのような衣類を身に付けているだけであった。
全体的な見た目もそうだけど、一番の問題点は、彼女が身に付けているその薄紅色のワンピース?そのものだ。
目をこらせば、身体の線がはっきり分かってしまう位、生地が薄い。
ティーナさんは、妖しく微笑みながら、言葉を返してきた。
「なんでって、今まで寝ていたからじゃない」
という事は、これが彼女の寝る時の格好なのだろうけれど……
「それにしても、ここに来る前に着替えるとか……上から何か羽織るとか、あるでしょ?」
「だって、ここには私とあなたしかいないわよ?」
ティーナさんが、そっと身を寄せて来た。
彼女の柔らかさと体温が薄衣越しに伝わり、少しウェーブのかかったブロンドヘアの香りが僕の鼻腔をくすぐる。
自分でもはっきりわかる位に、顔が耳まで真っ赤になっていく。
僕は視線をそらしたまま、慌てて両手で彼女の肩を掴んで引きはがした。
「Oh my……私の寝巻き姿に、ドキドキしちゃってる?」
僕の視界の隅で、ティーナさんが悪戯っぽい顔でニヤニヤしている。
これはアレだ。
いつもの調子で、僕があたふたする様子を見て楽しんでいるな。
もしかして、関谷さんとダンジョン一緒に潜ったって言ったのがまずかった?
なんかあれ以来、妙に関谷さんを気にする発言増えていたし。
とにかく、向こうがそういうつもりなら、これは気にした方が負けだ、うん。
僕は努めて冷静に言葉を返した。
「それはいいから、曹悠然の話をしよう」
ティーナさんの目が細くなった、
「具体的になんて誘われたの?」
「人類全体の未来に関わる問題について、僕と話したい事があるって……」
僕はチャットアプリに曹悠然からのメッセージが届いていた事、
今日の夕方、押熊第一の駐車場に、狙いすましたかのように曹悠然と見知らぬ大柄な男性が現れた事等を、時系列に従って説明した。
「……それで僕が一番気になったのは、曹悠然が、黒い結晶体への対処方法に目途が付いたって話していた点なんだ。中国は、黒い結晶体について、どこまで知っているんだろう? それと、どうやって対処するつもりなんだろう? ティーナにもし心当たりがあれば、教えてもらいたいんだけど」
僕の話を聞き終えたティーナさんは、少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「中国はまだ、isdifuiの存在に気付いてはいないはず。だからあの黒い結晶体についても、全ての攻撃を“吸収”して、monster達に強力なbuffを与える特殊な物体と考えているはずよ。実際にどう対処するつもりなのかは……残念ながら、情報不足ね。ただ……」
「ただ?」
「今回の話と関係するかどうかは不明だけど、中国はここ数日、軍民問わず、高出力laser systemを躍起になって集めていたわ」
「レーザーシステム? 前に教えてくれた戦術高エネルギーレーザー(THEL)ってやつ?」
「THELそのものじゃ無いけれど、ちょっと手を加えれば、転用は可能なsystemばかりよ。だけど、THELを大量に用意したとしても、黒い結晶体に対処出来るとは思えない」
「中国がisdifui側に協力者を見つけ出していて、あっちとこっち、双方向からレーザーで同じエネルギーの攻撃加え続けて黒い結晶体の効果の一部を打ち消す……っていうのは無いかな?」
「その可能性は、限りなくzeroだと思う。さっきも話したけれど、いまのところ、中国がisdifuiの存在に気付いた形跡は無いわ。それにisdifuiの環境が、私達の世界に生じているdungeon内部の環境と共通しているのなら、向こうでTHELを作動させるのは不可能なはずよ」
う~ん。
曹悠然は、というより、中国は、結局、黒い結晶体にどう対処するつもりなのだろう?
首を捻っていると、ティーナさんが言葉を続けた。
「実際、|曹悠然《caó yōu rán》と会って、話を聞いてみる……のが一番かもね」
それは僕も考えたのだが、何しろ時間が無い。
曹悠然と会って話をするだけで、たっぷり1時間は掛かるだろう。
“エレシュキガル”が州都モエシアを“制圧”して、その他の解放者達の動向も不明な現状、向こうを留守にする時間は、可能な限り短くしたい。
って、そう言えば今、何時だろ?
僕は机の上の目覚まし時計に視線を向けた。
時計の長針と短針が、12という数字の上で間も無く重なろうとしていた。
つまり、ここへ戻ってきて30分が過ぎようとしている。
「ティーナ、ちょっと一回、向こうの様子を見てきてもいいかな? 出来るだけ急いで戻って来るから」
「OK!」
「おかえりなさい」
「お、おかえり……なさいませ……」
【異世界転移】で戻って来た僕を二人の声が出迎えてくれた。
「ごめんね。ちょっと遅くなったけど、変わった事無かった?」
ターリ・ナハが微笑んだ。
「特に何も。それにタカシさんの転移中に、誰かがこのテントを訪ねて来る事もありませんでした」
「そっか……」
それにしても急に忙しくなった。
こっち用とあっち用、身体が二つあれば、便利なんだけどな……って、待てよ?
僕はスキルを発動した。
「【影分身】……」
僕の影の中から、【影】が1体出現した。
「タカシさん?」
「ご主人様……?」
戸惑う二人に声を掛けた。
「コレ、世界の壁を越えても維持できるか、ちょっと実験してみようと思って」
僕は【影】にこのテントの中での待機を命じると、【異世界転移】のスキルを発動した。
「Welcome back !」
ティーナさんがおどけた感じで出迎えてくれた。
「あっちは大丈夫だったの?」
僕は頷いた。
「実は向こうに僕の【影】を1体配置してきたんだ。世界の壁を越えても指示出せたりするか、試してみようと思ってね……」
話しながら、僕はイスディフイのテントの中に残してきた【影】に意識を向けてみた。
しかし……
「あれ?」
【影】の存在を感じ取る事が出来ない。
とりあえず、向こうの【影】がどうなっているのか、確認してこよう。
僕はティーナさんに一声掛けてから、【異世界転移】のスキルを発動した。
先程のテントの中、ターリ・ナハとララノアが出迎えてくれたけれど、僕の【影】の姿は見当たらない。
「ここに僕が残しておいた【影】、どうなった?」
僕の問い掛けに、ターリ・ナハが答えてくれた。」
「タカシさんが転移した瞬間、消滅しました」
どうやら【影】を世界の壁を越えて維持する事は不可能って事らしい。
……普通に身体が二つ欲しくなってきた。




