29.F級の僕は、ダンジョンに潜る前から少し疲れてしまう
しばらくダンジョンの中をうろつきます。
5月15日 金曜日2
均衡調整課本部テントの中では、数人の職員達が忙しく立ち働いていた。
僕は、その中に一人、その場に不釣り合いな立派な椅子の上でふんぞり返っている、一人の男性がいる事に気が付いた。
エキセントリックな柄のローブを着て、サングラスをかけているその人物は、腕組みをしたまま動かない。
もしかしたら、居眠りしているのかも?
僕の視線に気が付いた四方木さんが、教えてくれた。
「あ、彼、安藤洋二さんですよ。ほら、A級の」
僕は、今朝抱いた疑問を思い出した。
「そう言えば、黒田第八って、C級ダンジョンですよね? どうしてA級の方がいらっしゃるんですか?」
「まあ、保険みたいなものですよ」
「保険? ですか?」
「ええ、万一、スタンピードが起こってしまった時、彼がいるのといないのとでは、周辺地域の被る被害に雲泥の差が出ますからね」
N市黒田第八ダンジョンは、住宅地に近接している。
確かに、万一の事を考えれば、A級がスタンバイするのも分かる気がした。
「それと、もし中で何かあった時の保険でもあります」
「今回、B級の方々も参加されるようですけど、中で何かある可能性ってあるんですか?」
B級は、少なくとも、単体のC級モンスターであれば、ほぼ一人で対処できる能力を持っている。
確か、今回は、B級が4人も参加しているはずだ。
僕の疑問を聞いた四方木さんが、わざとらしく声を潜めた。
「実は最近、ダンジョンの中で、ちょくちょく妙な事が起こるんですよ」
僕の心臓が一瞬、大きく跳ね上がった。
それって、僕が最近巻き込まれている事件とは無関係ですよね?
僕の心の声を知ってか知らずか、四方木さんが言葉を続けた。
「ほら、中村さんも体験なさったでしょ? E級のダンジョンで、C級のモンスターが唐突に出現したり」
僕の脳裏に、ファイアーアントに次々と咬み殺されていく山田達の姿が蘇った。
僕は、思わず顔が引きつるのを感じた。
「全国的にも、そういった事件の報告増えてましてね。ですから、念には念をってトコです。あ、ご安心下さい。中村さんは、戦闘には参加しない訳ですから、いざとなったら、全力で逃げて、我々に知らせて下さい。あとは、我々でなんとかしますので」
そう話すと、四方木さんは、改めて、今日の班分け表なるものを見せてくれた。
どうやら、B級をリーダーに、参加者を四つの班に分けるらしい。
一つの班は、B級1人、C級10人、F級3人で構成される。
そして、それぞれの班は、決められた区画のモンスターを掃討する。
自分達の割り当てられた区画のモンスターを掃討し終わって、なおかつ余力があるようなら、他の班の応援を行う。
貰った班分け表によると、僕が所属する班のリーダーは、添田誠 31歳。
槍が得意なB級アタッカーらしい。
そして、同行するC級10人の中には、佐藤と関谷さんの名前もあった。
僕以外のF級は、52歳の谷松誠也さんと、37歳の神田洋子さん。
二人とも、知らない名前だ。
「参加者全員、来週のノルマは免除されます。ですから、獲得した魔石は、各自処分して頂いて……おっと、中村さんはF級でしたね」
四方木さんが、少しバツの悪そうな顔をした。
F級に戦闘力が無いのは周知の事実。
今回、僕等F級が“真っ当な”方法で、魔石を入手する事は不可能だ。
まあ、丸々一週間分のノルマが免除されるのだから、F級にとって、おいしい事に変わりはない。
僕は、四方木さんと更科さんに別れの挨拶をして、自分が所属する班の人達の元に向かった。
既に、皆整列しており、槍を片手に完全武装したリーダーの添田さんが、何か訓示を垂れていた。
「……いいか、お前ら。魔石は俺が一括して集める。終わったら、各々の働きに応じて分配してやる。以上だ!」
どうやら、『勝手に魔石を拾うな、B級様が、哀れなC級共に、あとでいくつか恵んでやる』と言う事らしい。
C級の中には、不満そうな顔をしている者もいるが、勿論、表だってB級相手に抗議するような命知らずな者はいない。
話終わった添田さんは、僕等F級の元にやってきた。
「おい、F級。お前らは、魔石拾いに専念しろ。C級がこっそりくすねようとしやがったら、ちゃんと俺に教えるんだぞ」
「「「はい!」」」
僕と谷松さん、神田さんの三人は、声を揃えて即答した。
こういう時は、背筋を伸ばして思いっきり元気に返事をする。
これが、僕等F級が不用意に蹴られたり殴られたりしないための、処世術の最たるものの一つだった。
添田さんが満足そうにその場を離れると、入れ替わるように、関谷さんが近付いて来た。
彼女は、今日も、この前と同じ茶色のローブを羽織っていた。
「中村さんも参加するんですね」
「はい、今日は宜しくお願いします」
僕は、ぺこりとお辞儀をして、彼女との会話を早々に切り上げようと試みた。
長く話過ぎると、絶対に、笹山第五の時の話になる。
10m落下しても割りと平気だったり、どこからともなく水を用意したり。
関谷さんから見れば、僕は怪しさ満載のはずだ。
今の僕は、関谷さんに対して、完全に苦手意識を持っていた。
関谷さんは、そんな僕の気持ちに気付く様子も無く、話しかけてきた。
「中村さん、今日、このダンジョン終わったら、少しだけお時間頂けないですか?」
「今日……ですか?」
「はい。多分、お昼過ぎには終わると思うんですよ。これだけ人も揃ってますし」
「そうですね……」
適当に相槌を打ちながら、どう断ろうか考えていると、横から佐藤の声がした。
「詩織ちゃん、行こうぜ。そんな奴、相手にする必要ないって」
いつもは不愉快な佐藤の声が、今回ばかりは、救いの声に聞こえた。
関谷さんは、なおも何か言いたげではあったが、佐藤に促され、他のC級達の元へ戻るため、僕に背を向けた。
佐藤は、僕を物凄い形相で睨みつけると、関谷さんと一緒に歩き去って行った。
ダンジョンにまだ潜ってないのにもう疲れた……
僕は、溜息をついた後、谷松さん、神田さんと一緒に、皆の荷物を仕分けした。
そして、自分達のリュックに荷物を詰めて背中に背負った。
ダンジョンの入り口の方に目をやると、他の班の人達が、続々と入場していくのが見えた。
「よし、出発するぞ!」
リーダーの添田さんの一言で、僕等も、ダンジョンへの入場を開始した。
入ってすぐの場所は、広間になっており、そこから四方向にそれぞれ回廊が伸びていた。
僕等の班は、割り当てられた区画に向かうため、一番右の回廊に足を踏み入れた。
壁、床、天井とも、素焼きのレンガが敷き詰められ、仄かな燐光で照らし出される回廊が、暗がりの向こうへと続いている。
通路の幅は、大人が4~5人は、横に並んで歩けるぐらい広い。
遠くから、何かが爆発するような物音が、微かに響いてきた。
どうやら、もうモンスターと交戦している班があるようだ。
と、僕等の前方、暗がりの向こうから、何かが近付いて来る音が聞こえてきた。
―――ササササ……
ダンジョンの壁面を滑るように現れたのは、二匹のダークスパイダー。
その名の通り、典型的なクモのような姿をしている。
大きさは、3mを超えるC級のモンスター。
一匹が、ジョロウグモのような模様が刻まれた腹部をこちらに向けて、糸を発射してきた。
―――シュパパッ!
僕等の先頭に立つ添田さんが、手にもつ槍を振り回して、発射された糸を難なく切り払った。
「うぉりゃあああ!」
今度は、添田さんが、槍を振りかざし、雄叫びを上げながら、ダークスパイダー目掛けて突進した。
C級の人達も、それぞれ武器や魔法でダークスパイダーを攻撃し始めた。
ものの数分で決着はついていた。
二匹のダークスパイダー達は、次々と光の粒子となって消え去り、後には、Cランクの魔石が2個残されていた。
魔石は、僕の隣を歩いていた谷松さんが拾い上げ、リュックに放り込んだ。
添田さんは、それをちらっと確認すると、再び歩き出した。
こうして、僕の長い一日が始まった。
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