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287.F級の僕は、奴隷の首輪について説明を受ける


6月9日 火曜日6



テントに戻った僕はターリ・ナハに、あのダークエルフの少女から、自分を一緒に連れて行って欲しいと頼まれた事を説明した。

僕の話を聞き終えたターリ・ナハが微笑んだ。


「やはりそうなりましたか」

「やはり?」

「はい。彼女の言動から、彼女が私達、特にタカシさんに付いて行きたがっているのは明らかでしたし」

「そうかな?」


確かにあの少女を【奪命の呪い】から救った後、彼女は折りを見て盛んに話しかけてきてはいたけれど。


「彼女は見た所、あまり人付き合いが得意な感じではありません。なのに、一生懸命話しかけてきて、結果的に、タカシさんに花を持たせるように仕向けていましたよね? 彼女なりに、自分が役に立つところを見せれば、タカシさんが連れて行ってくれるのでは? と期待しての行動だったかと」

「なるほど……でも、彼女はどうして僕等に付いて来たがっているんだろう?」


ここで、とてつもない苛めを受けている?

或いは何か別の思惑が有る?


「恐らくタカシさんに対する純粋な好意からでは無いでしょうか? 命を助けられれば、誰でも恩義に感じるものです。加えて彼女の場合、本来なら死んで当然の扱いを受けていたのをタカシさんに救われた。どうにかして恩を返したいと考えるのは自然な心の動きかと」


彼女を【奪命の呪い】から救った恩なら、もう十二分に返してもらっているけれど。

あの魔法陣を見つけ出し、ドラゴン誘引の術式を除去する事で、エンドレスにカースドラゴンと戦わされるという悪夢から僕等を解放してくれた。


「それで、ターリ・ナハはどう思う? 彼女を僕等と一緒に連れて行くって話。まあ、ゴルジェイさんが拒めば、無理矢理連れて行こうとは思わないけれど」

「タカシさんは彼女をここから連れ出せたとして、彼女をどうしたいですか?」

「どうしたいって、それは……」


可能なら、彼女を奴隷身分から解放してあげたい。

いきなり自分の意思と無関係にロシアンルーレットに参加させられるような人生では無く、自分の意思で、自分の未来を切り開いていける人生を楽しませてあげたい。


「彼女次第かな。一応僕としては、彼女が普通に暮らせるようになれば、それが一番かなって思っているけど」

「ならば私の方からは、何も言う事はありません。ですが……」


ターリ・ナハが、悪戯っぽい笑顔になった。


「連れて行くと決めたのなら、ちゃんと最後まで責任もってあげないとダメですよ? 苦境にある時に受けた恩や優しさを、心の拠り所にしてしまう者もいますから」

「え? それはどういう……」

「ふふふ、とにかく今夜は早目に眠って、明日に備えましょう」




6月10日水曜日1



翌朝、昨日と同様、5時に起床して手早く朝ご飯を済ませた僕等は、6時にはゴルジェイ中隊の兵士達と共に、駐屯地に向けて出発した。

結局、あれからカースドラゴンは出現しなかった。

やはりドラゴン達は、あの巨大魔法陣に組み込まれた誘引の術式によって、ポペーダ山のドラゴンの巣へと次々と引き寄せられ続けていたって事なのだろう。

あそこにあの巨大魔法陣を設置したのは何者なのだろうか?

そう言えば、ゴルジェイさんは、マトヴェイさんとの会話で“奴らが関与している?”とか話していた。

まあ近日、この国を去る僕等には、関係無い話かもしれないけれど。


昼過ぎ、僕等は無事駐屯地に到着した。

兵士達が手分けして荷ほどきを行う中、僕とターリ・ナハは、すぐにゴルジェイさんの幕舎へと案内された。

僕等が幕舎に入って来るのに気付いたゴルジェイさんが、笑顔を向けてきた。


「おお、来たか。まあ、そこに掛けてくれ」


促されて椅子に腰を下ろした僕等二人に、ゴルジェイさんが、赤い首輪と銀色のカードを差し出してきた。


「まずこれがそこの獣人用の首輪と奴隷登録証だ。使い方は……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


奴隷登録証!?

僕は慌ててゴルジェイさんの言葉を(さえぎ)った。


「ん? どうした?」

「いえ、あの……ターリ・ナハは奴隷じゃ無いんですが……」


僕の言葉に、ゴルジェイさんが少し渋い表情になった。


「ルーメルの勇士よ、どうやってルーメルまで戻るのかは知らぬが、とりあえず、モエシアには通常の手段で向かうのだろ?」

「そのつもりですが……」

「ではそこの獣人の奴隷登録をしておかないと、途中でもし検問等に引っ掛かった場合、余計な軋轢(あつれき)を生むぞ? それに首輪を付けず、奴隷登録証も持たない獣人は、そもそもモエシアに入域出来ぬ。帝国法では、奴隷登録されていない獣人は、非合法な存在として、捕獲、或いは殺害しても構わない事になっている」

「なっ……!」


僕は絶句してしまった。

ここ“帝国”では、獣人はまさに僕等の世界(地球)での犬や猫と大して変わらない扱いと言う事のようだ。


と、ターリ・ナハが僕にたずねてきた。


「タカシさん、私が奴隷じゃ無い、とゴルジェイさんに話していましたが、この首輪やカードが、奴隷と関係する物なのでしょうか?」

「あれ? もしかして僕等の会話、理解できるようになった?」

「いえ、理解出来るのはタカシさんの言葉だけです。ゴルジェイさんが話す内容は分かりません」


なるほど。

恐らく僕の持つ【言語変換】のスキルの効果で、僕の話す日本語が、ターリ・ナハにはルーメル周辺の言語、ゴルジェイさんにはネルガルの言語に聞こえるって事なのだろう。

それはともかく……

僕はターリ・ナハに、ゴルジェイさんの言葉を簡単に要約して説明した。

話を聞き終えたターリ・ナハが口を開いた。


「この首輪を身に付ける事のデメリットは何でしょうか?」

「デメリット?」

「力やスキル、魔法が制限される、或いは奴隷の所有者の命令に逆らえなくなる……といったデメリットです。ある程度のデメリットであれば、この国を旅する以上、許容せざるを得ないかと」

「でも僕は君に首輪なんか……」


僕の言葉をターリ・ナハが優しく制した。


「郷に入れば郷に従えと言います。どのみち2日後、モエシアに無事辿り着けさえすれば、後はクリスさんに迎えに来てもらえますよね。でしたら、ゴルジェイさんに、この首輪の解除方法等も合わせて聞いてみて下さい」


やはりターリ・ナハは、僕より数段“大人”なようだ。


僕は改めてゴルジェイさんに問いかけた。


「お話は分かりました。ではこの首輪と奴隷登録証について、もう少し詳しく説明して貰えますか?」


ゴルジェイさんが教えてくれたところによると、対象にこの首輪を嵌め、首輪の感応装置に自分の魔力を流し込む事で、対象を自分が所有する奴隷として登録する事が出来るのだという。

譲渡や売買により、所有者を変更する場合は、まず旧所有者が感応装置に魔力を流し込んで所有権を解除。

その後新所有者が感応装置に魔力を流し込む事で新たな所有権を設定できる。

レベル50以下の者が首輪をつけても能力の制限は受けないが、レベル50を超える者は、レベル50に能力を制限される。

さらに、奴隷が命令に従わない場合、所有者は首輪の感応装置を通じて、奴隷に“懲罰的疼痛”を与える事が出来る。

基本的には、一度装着した首輪は、破損等の正当な理由が無い限り、外す事は帝国法で禁止されている。


「無理矢理外したらどうなるのですか?」


例えターリ・ナハが首輪を嵌められる事に同意しても、ネルガルから“脱出”したら直ちに外してあげないといけない。


ゴルジェイさんがにやりと笑った。


「帝国法で禁じられている首輪の“外し方”を俺に聞くのか?」

「ルーメルに戻ったら、この首輪、意味が無くなりますし」

「まあいいだろう。別段難しい話じゃ無い。首輪を安全に外したいのなら、感応装置に魔力を流し込みながら壊せばいいだけだ。ただし、帝国領内では壊して外すなよ? 正規の手続きを踏まずに外せば、奴隷登録証にその事が記録されてしまう。つまり奴隷登録証の身分証としての効力も失われる」

「分かりました。教えて下さってありがとうございます」

「あとこれも渡しておこう」


ゴルジェイさんが、A4のコピー用紙位の大きさの厚手の紙を2枚、テーブルの上に広げて見せた。


「こっちは俺がお前達の身元を保証する通行手形だ。実はここ属州モエシアの総督は、俺の親父でな。総督の息子の俺の手形は、属州モエシア内では、それなりに効力を発揮してくれるはずだ。もしお前達に何か言いがかりを付けて来る役人が居たら、これを見せれば大抵の問題は解決すると思うぞ。それともう1枚は、この駐屯地からモエシアに至る道程を記した地図だ。これも持って行くといい」

「重ね重ね、ありがとうございます」



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