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203.F級の僕は、朝からドタバタする


6月1日 月曜日2



僕は、すぐ傍に出現した銀色に輝くワームホールに視線を向けながら、スキルを発動した。


「【看破】……」


スキルの発動と同時に、銀色の覆いは消え去った。

そしてワームホールの向こう側に、魚眼レンズを通したような感じで、僕の部屋の情景が見えて来た。

よく見ると、カーキ色のゆるゆるワイドパンツに、裾の二段フリルの黒Tシャツという完全に普段着状態のティーナさんが、やや緊張した面持ちでこちらを覗き込んできている。

彼女に向かって、僕は手を振ってみた。

僕のその様子に気付いたらしい彼女は、すぐに笑顔になると、こちら側へとやってきた。


「おはようございます」

「ティーナさん、すみません。ちょっと諸事情で、昨夜は結局、アパートに帰れなくて……」


僕は、ティーナさんと別れてからの出来事について、簡単に説明した。


「なるほど。それで部屋にいなかったのですね。私の方は、時間丁度にworm hallを開いてTakashiさんの部屋を訪れました。天井裏から畳の下まで色々探し回ったのですが、姿が見えなかったので心配していたところです」


……それって、家探しされちゃってない?

別に見られて困る物、置いて無いけれど……多分。


僕の困惑した表情に気付いたらしいティーナさんがクスリと笑った。


「Just kidding! 冗談ですよ」


ティーナさんが言うと、冗談に聞こえない。


「すみません。こちらから事前に連絡する手段が無かったもので」


考えてみれば、僕はティーナさんと通常の手段で連絡を取る方法を全く持っていない。


「そうでしたね。通常の通信手段は、HaoRan Sunに聞き耳立てられる可能性がありますし……」


ティーナさんは、少し考える素振りを見せた後、何かを思いついたような顔つきになった。


「ちょっと待っていて下さい」


そう話すと、ティーナさんは、右の手の平をワームホールに向けた。

ワームホールの向こう側に見えていた僕の部屋の情景がグニャリと渦を巻きながら消えていった。

そしてそれと入れ替わるように、以前も目にしたティーナさんの部屋の情景が魚眼レンズを通すような感じで出現した。

どうやら、ワームホールの接続先を切り替えたらしい。


「すぐに戻りますね」


話すと、ティーナさんは、そのワームホールを向こう側(自分の部屋)へと潜り抜けて行った。


何か取りに行ったのかな?


考えていると、突然部屋の扉がノックされた。



―――コンコン



「中村さん、おはようございます。もう起きてらっしゃいますか?」


更科さんの声だ。

多分、朝ご飯か何かの準備が出来て、起こしに来てくれたのだろう。


「はい。少々お待ちを」


反射的に扉に手を伸ばしかけた僕は、その姿勢で固まった。


まずい!

僕の部屋の中には、ティーナさんが開いたワームホールが出現している。

このまま普通に扉を開けて、更科さんに見られたら、説明がややこしくなる!


「すみません、ちょっとまだ着替えてないので……」


僕の言葉に被せるように、更科さんとは別の声が、扉の向こうから聞こえて来た。


「中村さん、四方木です。更科クンには席を外してもらうんで、私だけちょっと中に入れてもらえないですか?」


四方木さん?

昨夜の話を聞いて、直接ここへ駆けつけたのだろうか?

しかし、相手が更科さんだろうが、四方木さんだろうが、ワームホールを見せるのは色々まずい。


「ホントすみません。ちょっと人前に出られる格好じゃないので」


ちなみに、今の僕は、ここの職員さんが用意してくれたパジャマタイプの寝間着を身に付けている。

ティーナさんともこの格好で普通に会話を交わしたし、特段、人様に見せて恥ずかしい格好というわけでもない。


「ではここで待っているので、着替えたら開けて下さい。事前にお伝えしておかないといけない大事な要件がありまして」


どうやら、四方木さんだけ残って、僕が扉を開けるのを待つつもりのようだ。

仕方ない。

ティーナさんが戻ってきたら、急いでワームホールを消してもらおう。


10秒……

30秒…………

1分………………


ティーナさん、帰って来ない。


扉の外から、やや戸惑った様子の声が聞こえて来た。


「中村さん? どうかされました?」

「いえ、まだちょっと着替え中です」


さらに1分経過。


ティーナさ~ん、早く帰ってきて!


僕の祈りも空しく、依然、ティーナさんは戻って来ない。

ワームホールもそこに存在し続けたままだ。


どうしよう?


再び外から声が掛けられた。


「中村さん? 開けますよ?」

「あともう少しです!」


さらに1分……


「中村さん? 何か緊急事態発生中ですか?」


明らかに不信感のこもった声。

時間稼ぎもこの辺が限界かもしれない。


意を決した僕は、ドアノブに手を掛けると、素早く扉を開けて外の廊下に飛び出した。

そしてこれ以上無い位のスピードで再び扉を後ろ手に閉めた。


「お待たせしました!」


廊下には、均衡調整課の制服を着た四方木さんが一人で立っていた。

彼は、僕の姿を目にすると、一瞬、あっけに取られたような表情になった後、すぐに言葉を返してきた。


「……中村さん?」

「はい」

「外に人がいると分かっている状態で、扉を勢いよく開け閉めすると危ないですよ?」

「すみません、以後気を付けます」


学校の先生と生徒のような会話になっているけれど、なんとか部屋の中のワームホールは見られずに済んだようだ。


「それで、お話とは何でしょうか?」


四方木さんが、周囲に視線を向けながら小声で言葉を返してきた。


「こんな所で立ち話も何ですし、中に入れてもらえないですか?」

「え~と……」


仕方ない。

部屋の中のワームホール見られても、多分、四方木さんには、銀色に輝く丸い何かにしか見えないはず。

万が一、ワームホールだと見破られても、僕は『特殊な条件下、スキルで関谷さん達を、田山第十最奥の広間から僕の部屋に転移させて逃がした』って事になっている。

寝ぼけて発動してしまった特殊スキルを消去できなくなって、四苦八苦していましたって事にしてしまおう。

四方木さんが部屋の中に居る時、途中で普段着のティーナさんが、ワームホール潜り抜けて帰ってきたら……

その時は、もう、ティーナさんに説明含めて全部丸投げしよう。

大体、すぐに戻りますねって戻って来ないティーナさんが悪い! ような気がする……

諦めた僕は、恐る恐る宿直室の扉を開けた。


「あれ?」

「? どうかしました?」


ワームホールが消え去っている。

ティーナさんはどうしたのだろうか?


僕は心の中でそっとスキルを発動した。


「【看破】……」


いない?

少なくとも、部屋の中、見える範囲に、ティーナさんの姿は見当たらない。

ワームホール、もしかして一定時間経てば、勝手に消滅してしまうのだろうか?


少し棒立ちになってしまった僕に、四方木さんが声を掛けて来た。


「中村さん?」

「あ、はい」

「なんだか、今朝は様子がおかしいですね……」

「いえ、ここ最近、立て続けに色々起こっていたので、多分、そのせいかも」


四方木さんは、束の間、探るような視線を向けて来た。

が、すぐに話題を切り替えて来た。


「そうそう、中村さん。話とは他でもない、今日の報告会についてです」

「報告会?」

「おや? 米田さんからお聞きしてなかったですか?」

「昨日の件について、均衡調整課内で情報共有したいから、均衡調整課の皆さんに、話をして欲しい、とだけ」

「なんだ、聞いてらっしゃるじゃないですか」


四方木さんは、小脇に抱えた分厚い封筒の中から、数枚の紙を取り出した。


「これ、今日の報告会の出席者名簿です」


手渡された紙には、桂木長官以下、四方木さんや米田さん含めて、10名程の名前と役職が記されていた。


え?

長官?


もう一度名簿に目を通したけれど、一番上に、確かに均衡調整課長官、桂木(かつらぎ)憲伸(けんしん)と記されている。

長官として、文字通り全国の均衡調整課を束ねる存在である桂木(かつらぎ)憲伸(けんしん)氏は51歳。

均衡調整課の創設から深く関わっていたとされる人物だ。

記者達に囲まれている姿を、何度かテレビで見たことが有る。

そんな人物がわざわざ出席する“報告会”……

もしかして、僕が考えていた以上に、公式な会議なのかもしれない。


四方木さんが、少し難しい顔になった。


「実は中村さんの事、桂木長官には詳しい報告、上げて無かったんですよ」


そう話すと、四方木さんは、その辺りの事情について説明し始めた。



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重力なんちゃらで信号送ればよくね
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