198.F級の僕は、ゲートキーパー戦を観戦できない事に軽く失望する
5月31日 日曜日9
自分達の“計画”を一方的に伝えると、伝田さんと田中さんは歩み去って行った。
話しぶりからすると、どうやら彼等の頭の中には、僕がその“潜入捜査”を断るという選択肢は存在し無さそうであった。
僕等の世界最強の存在であるS級らしいと言えばS級らしいけれど。
S級達にとっては、自分の思い通りにならない世界なんてものは考えられないのだろう。
しかし残念ながら、僕は二人の申し出を断るつもりだ。
斎原さんを敵に回してまで、二人に協力する義理もメリットも感じられない。
そもそも、本来そこに存在するはずの無いイレギュラーなモンスターの出現なんて、僕自身山ほど体験してきた。
四方木さんや米田さんも、各地で同様の事例がちょくちょく発生していると話していた。
ならば、今回の出来事も、そういった事例の一つに過ぎないのでは無いだろうか?
そこまで考えた時、僕は少し前に抱いた違和感の正体に朧気ながら気が付いた。
単純そうな田中さんはともかく、ちゃんと色々考えてそうな伝田さんまで、今回の出来事を“誰かの仕組んだ事”として話を進めようとしている。
それは、S級の傲慢さだけで説明できるのだろうか?
それとも……
以前、四方木さんが伝田さんについて口にしていた言葉を思い出した。
『……我々のプロファイリングでは、伝田様は油断ならない人物であるとの評価結果が出ています。私にはどうにも、伝田様が何かを画策しているとしか思えないんですよ』
伝田さんは、最初からこうなると分かっていて、或いは最初からこうなるよう仕組んでおいて、僕を今回のポーターに呼んだって言うのは、考え過ぎだろうか?
僕が米田さん達の元に戻ると、早速皆から質問攻めになった。
「中村君、何の話だった?」
なんと答えよう?
まさか、“S級お二人様から、斎原が陰謀企んだ証拠を探って来いと命じられました~”なんて、本当の事を伝えるわけにもいかない。
なので、僕は適当に答える事にした。
「さっきのイレギュラーなモンスターが出現した時の話を聞かせてくれって」
「リーサルラットとファイアーエレメントの?」
「はい」
米田さんが、険しい表情になった。
「中村君、君はどうやらS級達に目を付けられてるね」
「そうですか?」
「斎原様やサンダース女史にも色々ちょっかいかけられてたよね?」
「たまたまじゃないですか?」
「中村君」
米田さんが、真剣な顔になった。
「気を付けた方が良い。今のこの世界で、S級達が本気で何かをしようとしたら、国家権力といえども、対処不能になる事がある」
国家権力ですら対処できないのなら、一般人の僕なんかでは気を付けようが無いような気も……
そんな話を交わしていると、伝田さんと田中さんがA級達を率いて、ゲートキーパーの間に入ろうとしているのが視界に入った。
僕が慌てて荷物を背負って立ち上がろうとするのを、米田さんが呼び止めた。
「中村君、どこに行くの?」
「どこって……」
僕は前方の伝田さん達を指差した。
「ついていかなくて良いんですか?」
「ついていく? 中まで?」
「はい」
「僕等はここで留守番だよ。ゲートキーパーの間の中までついて行ってもやる事無いでしょ? 逆に荷物持ちの僕等が言葉通りお荷物になってしまうよ」
どうやら、均衡調整課から派遣されてきた僕達ポーターは、バティン戦が終わるまでここで待機という事らしい。
「そうなんですね」
僕は少しがっかりしながら再び腰を下ろした。
92層のゲートキーパー、バティンとS級やA級達がどう戦うのか見たいって言うのが、今回僕がこの仕事を引き受けた主要な動機の一つだったんだけど……
仕方ない。
富士第一のゲートキーパーの間の周囲100m程は、通常のモンスターは出現しない安全地帯になっているそうだ。
僕等はその安全地帯に留まったまま、くだらない話で盛り上がったりして時間を潰した。
そして1時間程経過した時……
「戻ってきましたね」
ゲートキーパーの間の入り口の扉が開き、A級達が姿を現した。
米田さんに促される形で、僕等は彼等を迎えるために、入り口の方に駆け寄った。
次々とゲートキーパーの間から出て来るA級達の表情は明るかった。
僕は無意識のうちに彼等の人数を数えていた。
どうやら全員欠ける事無く戻ってきているようだ。
最後に、伝田さんと田中さんも姿を現した。
「「おかえりなさい」」
均衡調整課の皆が一斉に頭を下げるのに合わせて、僕も頭を下げた。
「無事、バティンを倒したよ」
バティンの残した魔石であろうか?
伝田さんが、僕等にSランクの魔石を見せて微笑んだ。
それを米田さんが受け取り、リュックの中に収納しながら伝田さんに話しかけた。
「おめでとうございます。それで、93層へのゲートは?」
「開いたよ。僕が直接潜って向こう側も確認してきた。93層は、砂漠のような階層だった」
伝田さんは、A級達の方に視線を向けた。
「お疲れ様。皆の協力のおかげで、ここ92層も無事解放することが出来た」
解放。
92層のゲートキーパーが倒された事で93層へのゲートが生じ、1層と92層とが、直接転移ゲートで結ばれた事を意味する言葉。
「特にクラン『百人隊』の皆。あれだけの不幸があったにも関わらず、君達の働きは賞賛に値するものだった。田中からも報奨金が出るとは思うけれど、僕からも個人的に君達の働きに報わせて欲しい」
その言葉を聞いたクラン『百人隊』のA級達が歓声を上げた。
西日で辺りが茜色に染まる中、僕等は92層と1層を繋ぐ転移ゲートに向かって移動を開始した。
帰路も何度かモンスターが出現したけれど、往路と違って、違うクランのA級同士険悪になる事も無く、卒なく倒していく。
それを観察していた僕は、少し奇妙な事に気が付いた。
往路では、クラン『百人隊』のA級には田中さんが、そしてクラン『白き邦』のA級には伝田さんが、それぞれ指示を出しながら戦っていた。
しかし帰路では、指示は、伝田さん一人から出されているように見えた。
クラン『百人隊』のA級達が、クラン『白き邦』の総裁である伝田さんの指示に従って戦っている。
それに対して、田中さんは特に口を挟まない。
僕は隣を歩く米田さんにそっと囁いた。
「クラン『百人隊』のA級達、伝田さんの指示に従って戦ってますね」
「そうだな。でも、指揮系統は統一しといた方が効率良いし、伝田様と田中様とで相談して決めたんじゃないかな」
それなら往路もそうしておけば、揉めたり、別々にゲートキーパーの間に向かったりしなくてよかったのに……
それとも、色々あって揉めたからこそ、逆に伝田さんと田中さん、そして違うクラン同士、仲良くなったとでも言うのだろうか?
やがて完全に日が沈み、夜の帳が訪れようとする頃、行く手に92層と1層を繋ぐ転移ゲートが見えて来た。
やっと終わった。
昨日ほどでは無いけれど、今日も色々盛りだくさんだった。
寝不足で眠いし、外に出たら急いで連れて帰ってもらおう。
そういや、朝、富士ドームまでは更科さんが同行してくれたけれど、さすがにもう帰ってるかな?
と、ふいに障壁が自動発動した。
「!?」
振り返ると、数m程離れた場所から、田中さんが無言で、手の平から炎を僕目掛けて放射している。
「何するんですか!?」
僕は障壁を展開したまま、田中さんに呼びかけた。
田中さんは、炎の放射を停止すると、険しい表情になった。
「……お前、その魔法結界は何だ?」
「魔法結界?」
「俺の攻撃魔法を自動で防御しただろ?」
「一体、何の話を……」
僕は話しながら周囲の状況を確認してみた。
田中さんは険しい表情で僕を睨んでいる。
他の皆、A級や均衡調整課のポーター達は、戸惑った雰囲気でこちらに視線を向けている。
「お待ち下さい!」
米田さんが声を上げた。
「田中様、中村が何かしましたでしょうか?」
「それは当然、中村君が何かしてるから田中が怒ってるんだよ」
田中さんでは無く、伝田さんが米田さんに言葉を返してきた。
彼の顔には、不敵な表情が浮かんでいる。
「残念だよ中村君。君が今回の件に関与していたとはね」
「はぁ!?」
寝不足の頭が一気に覚醒する位の驚きで、僕は少し間抜けな声を出してしまった。