169.F級の僕は、予期せぬ来訪者に驚かされる
5月28日 木曜日7
話が一段落ついたところでアリアが口を開いた。
「今夜も神樹行くの?」
「今夜は止めとくよ。ちょっとここ二日間、向こうで色々あってね。今夜は皆の顔を見に来ただけなんだ」
体感的には二日じゃ無いけれど。
「そうなんだ。じゃあ下行って、マテオに何か作って貰って食べない? 私ちょっと小腹空いちゃった」
「いいね」
腰を浮かそうとした僕の衣の裾を、エレンがそっと引っ張った。
「私は帰るね」
「待ってエレン」
何かを詠唱しようとしたエレンを僕は引き留めた。
「エレンも一緒に食べて行けば? マテオさんとターリ・ナハの料理、凄く美味しいよ」
「でも……」
少し逡巡する様子のエレンに、アリアが声を掛けた。
「せっかくだし、食べて行きなよ。それとも何か用事あるの?」
「用事は無いけれど……」
もしかして、魔族だからって言うのを気にしてる?
500年前のあの世界では、魔族が世界を滅ぼそうとしていた。
この世界でも、少なくとも僕の知る限りの範囲で、エレン以外の魔族を目にした事は無い。
今の時間帯、1階の飲食スペース、宿泊している冒険者達で賑わっているに違いない。
彼等の好奇の目に晒されたくないと思うのは、自然な感情だろう。
「エレン、いつものローブは持ってないの?」
「持ってる」
「それ被っとけば? 僕もこの格好だし」
僕は、おどけた感じで自分が身に付けているエレンの衣の裾を持った。
少なくともフードを取らなければ、魔族の特徴である角も見られる事は無いはず。
エレンは、虚空――恐らくインベントリ――からエレンの衣を取り出した。
それを手にしたエレンは、なぜか少し顔を赤らめた。
「どうしたの?」
「……お揃い」
「えっ?」
僕等の様子を見ていたアリアが、なぜか不機嫌になった。
「ねえねえ、タカシ、エレンと何かあった?」
「別に何も無いと思うけど」
僕等の様子を見ていたクリスさんが茶化すように口を挟んできた。
「君もなかなかやるね」
「何の話ですか?」
「だって、そこの魔族さんが君を見つめる目、やっぱり……」
クリスさんの言葉を聞いたアリアの顔が引きつった。
「タカシ、酷い!」
「だから何の話!?」
クリスさんに引っ掻き回されたせいで、アリアの機嫌が直るまで、たっぷり30分以上の時間を浪費してしまった。
階下の飲食スペースは狭いながらも、『暴れる巨人亭』に宿泊している冒険者やその仲間達で賑わっていた。
そんな中、僕等はターリ・ナハが用意してくれた席に、4人で腰かけることが出来た。
アリアはこの2日間、クリスさんに手伝って貰ってレベルを上げていたという。
今や彼女のレベルは68。
もちろん、とっくの昔にあのカイスを抜いて、ルーメル最高レベルの冒険者になっている。
「そう言えば、カイス達はまだ戻って来てないの?」
「アールヴで別れたのが、8日前だからね~。別れてすぐにこっちに引き返したとしても、黒の森通らずに帰って来てるとしたら、あと2日はかかるんじゃないかな」
「でも、カイスが戻ってきたら、びっくりするかもよ? いつの間にか、ルーメル最強の地位をアリアに奪われたって」
「もう~、止めてよ。あいつとは関わらないって決めてるんだから」
話していると、ノエル様との“約束”を思い出した。
「確か、アールヴの王宮離れて12日後に、ルーメルに僕を迎えるための人達がやってくるって話になってたっけ……」
アールヴの王宮を離れたのが5月22日。それから12日って事は、6月3日、つまり後6日でアールヴからの迎えがやって来るって計算だ。
「アリア、その時は、また一緒にアールヴについてきて貰っても良いかな?」
僕の言葉に、アリアがキョトンとした。
「何言ってるの? 当然、一緒に行くに決まってるでしょ?」
「ありがとう」
「あの王女様、絶対何か企んでるし、ノエミを助け出す算段も立てないとね」
ノエル様。
光の巫女であるノエミちゃんの双子の姉で、アールブ王国の王女様だ。
今、女王のノルン様が急な病に伏せっていて、ノエル様がその代理を……
なんとなく今の状況の整理を試みた僕は、違和感を抱いた。
ノエミちゃんを陥れようとしているのは、本当にノエル様だろうか?
ノルン様は、本当に病に伏せっているのだろうか?
アク・イールが残したネックレスには、陰謀の一端が記録されていた。
あの記録の中で、大臣のガラクさんは、『至尊の意思』と口にしていた。
至尊とは、女王ノルン様を差す言葉、とターリ・ナハは話していた。
アリアは、ノルン様の意思だという事にして、ノエル様が勝手に色々策動してるのだ、と言ってたけれど。
ともあれ、今度アールヴを訪れた時には、必ずノルン様にも会わないといけない。
あの世界では、僕はノルン様の誤解を解く事無く、この世界に戻って来てしまっている。
久し振りに楽しいひと時を過ごした僕が、地球のアパートに【異世界転移】で帰って来た時、時刻は既に午前1時を回っていた。
「明日は久し振りに朝から真面目に講義受けよう……」
万年床に潜り込んだ僕は、すぐに眠りに落ちて行った。
5月29日 金曜日1
午後4時―――
「う~ん、なんだか久し振りにちゃんと大学生したな……」
今日は午前午後に取っている講義4コマ全てに出席した。
心地よい疲れが身体を柔らかく包み込んでいる。
こうして大学で講義を受けていると、モンスター達との殺伐とした戦いが嘘のように思えてくる。
「さて、帰ろう」
帰って一休みしたら、異世界イスディフイに行って、皆を誘って神樹に登ろう。
500年前の世界に飛ばされる直前、エレンが、全ての攻撃を防御出来る腕輪の素材について教えてくれた。
『ロノウェのリング』、『ブネの王冠』、そして『グラシャの羽根』。
いずれも神樹のゲートキーパー達を倒せば入手出来るアイテムだが、僕は既に『ロノウェのリング』と『ブネの王冠』は入手済みだ。
あとは、第85層のゲートキーパー、グラシャを倒せば手に入る『グラシャの羽根』を残すのみ。
スクーターを駐輪場に停め、自分のアパートの部屋に帰ってきた僕は、扉を開けたところで固まった。
なぜなら僕の部屋の中にいるはずの無い人物が、僕を出迎えてくれたから。
「Hi!」
「ティーナさん?」
なんと、僕の部屋の中、Tシャツにジーンズというラフな格好のティーナさんが、椅子に腰かけ僕に手を振っている。
「コレ、お土産です」
ティーナさんが、包装紙に包まれた平たい箱を差し出してきた。
「あ、どうも……じゃなくて!」
「ごめんなさい。有名店の洋菓子セットなのですが、お嫌いでしたか?」
ティーナさんが小首を傾げた。
……うん、この人、確信犯だ。
僕はとりあえず、そのお土産を受け取った後、改めて問いかけた。
「……え~と、なんでここに?」
「それはあなたに会いたかったからです」
「そうじゃ無くて、どうやってここに?」
「ああ」
彼女はポン!とわざとらしく手を打った。
「こんな感じです」
ティーナさんが右手を上げると、突如、僕の部屋の中の一点に、空間の揺らぎとしか表現できない何かが生じ始めた。
そのままその空間は渦のようにねじ曲がっていき……
やがてぽっかりと穴が開いた。
そしてその穴の向こうに、魚眼レンズを通して見るような、僕の知らない別の部屋の光景が映し出された。
「これは一体……」
呆然と佇む僕に、ティーナさんが悪戯っぽい笑顔を向けて来た。
「Wormholeです」
「ワームホール?」
「はい。つまり、Anywhere Doorです」
「これ、どこに繋がっているんですか?」
「Californiaの私の部屋です」
「カリフォルニア!?」
つまり、異世界イスディフイ風に言えば、彼女は【転移】能力を持っている、という事なのだろう。
しかし、ここ日本のN市とアメリカのカリフォルニアとをいとも簡単に繋げてしまうなんて……
ここで僕は、ティーナさんが来日した時のニュースを思い出した。
あの時、ティーナさんは、N国際空港を使っていたはず。
「え~と……こういうの出来るんでしたら、わざわざ飛行機乗って来なくても……」
「Shhh!」
ティーナさんが、自分の口元で、右の人差し指を1本立てた。
「実はコレ出来るようになったの、最近なんですよ。ですから、合衆国政府含めて誰も知りません」
「でしたら、僕に見せるのはまずいのでは?」
「あら、あなたは私と一蓮托生だから良いのです」
そう言えば、前にもそんな事を話していた。
Same boatがどうとか……
それにしても、昨日の今日で、もう飛行機でカリフォルニアに帰り着いているとは思えない。
なのに、カリフォルニアの自室にワームホールを繋げているという事は……?
「Takashiさん、お預けしていたあのCentipedeの外殻、受け取りに来ました」
ティーナさんは、満面の笑みのままそう宣言した。




