130.F級の僕は、ダンジョンの復路で乗馬を楽しむ
5月26日 火曜日3
帰りはどうしようか……
最奥部まで、モンスター達を瞬殺しながら2時間半かかった。
来た道を戻れば、モンスターに遭遇しないと仮定しても、やはり2時間位はかかる計算だ。
歩きと仮定して、だけど。
僕は改めてここまでの道のりを思い浮かべてみた。
このダンジョン、狭い回廊と広い広間と言ったメリハリはあまり見られず、ずっと天井の高い、岩肌が剥き出しの洞窟のような部分が続いていた。
あれだけ広かったら、アレ、使えるんじゃないかな。
僕はインベントリを呼び出し、中から『オロバスのメダル』を取り出した。
その様子を見ていた関谷さんが、声を掛けて来た。
「そのメダルは?」
「帰りは歩きじゃ無くて、コレ使ってみようかと」
関谷さんと話していると、井上さんも会話に参加してきた。
「何? また何かの秘密道具?」
「ま、そんなところ」
僕はメダルを握りしめながら念じてみた。
「オロバス召喚……」
―――ヒヒヒーン!
途端に手の中のメダルが消滅し、燃えるように赤い六本脚の巨馬、オロバスが出現した。
オロバスを目にした関谷さんと井上さんの顔が引きつった。
「中村君、これは……?」
「何なの? コレ?」
「コレに乗って帰ろうかと」
「「乗れるの?」」
僕は、脚を屈してしゃがみ込んだオロバスの背に乗ると、関谷さんと井上さんをその背に引き上げた。
象ほどもある巨馬だけあって、三人乗りをしてもまだ余裕がある。
僕、関谷さん、井上さんの順番で、それぞれ前の人間にしがみついたのを確認した後、オロバスに入り口に向けて疾駆するよう命令した。
途端に、周囲の情景が流れるように後方へと過ぎ去り始めた。
そのまま曲がり角も全く速度を落とす事無く走り抜けていく。
そして、前回乗った時と同じく、全くGは感じられない。
一応、手綱を手にはしているけれど、手を離しても落ちないのでは?
そう考えた僕は、試しに手綱から手を離してみた。
思った通り、安定感は全く損なわれない。
これなら、オロバスに跨ったまま、両手で剣を振り回して戦う事も出来そうだ。
オロバスの元の主人も、手綱なんか握らず、右手に槍、左手に盾持ってたし。
モンスターと遭遇する事無く疾駆する事数分、僕等はあっという間に押熊第八の出口に辿り着いてしまった。
僕が先にオロバスから降り、関谷さんと井上さんが降りるのを手伝っていると、関谷さんが当惑したように呟いた。
「凄いね……」
二人を降ろして、オロバスを元のメダルに戻した僕に、井上さんが矢継ぎ早に質問してきた。
「ねえねえ、何コレ? キミの召喚獣? っていうか、なんかメダル使って呼び出してたけど、何なの、そのメダル?」
「召喚獣というか、とにかく、便利な乗り物ってところかな」
「普通さ、召喚獣って言ったら……」
井上さんは、話しながら、右手を高々と掲げた。
そして、何かの詠唱を開始した。
途端に、地面に直径数mの複雑な魔法陣が描き出され始めた。
数秒後、その魔法陣から、高さ数mの巨大な灰色のゴーレムが出現した。
「こんな風に、詠唱行って、魔法陣から呼び出すものでしょ?」
なるほど。
これが召喚獣か。
初めて見たけど、異世界イスディフイでも、こうして召喚獣呼び出して戦う冒険者、いるのかな?
そんな事を考えていると、井上さんが言葉を続けた。
「そのメダル、キミ専用の召喚アイテムとか?」
「どうなんだろう? 試してみる?」
僕から『オロバスのメダル』を受け取った井上さんは、それを色々いじり始めた。
「魔力を……感じる」
「それ握って、『オロバス召喚……』って念じてみて」
井上さんは、メダルを握り、目を閉じた。
と……
―――ヒヒヒーン!
再び燃えるように赤い六本脚の巨馬、オロバスが出現した。
「わわわ!?」
目を開けた井上さんが、焦った顔で少し後退った。
「ちょっと! 私でも呼び出せちゃったわよ? ていうか、コレ、メダル持ってる人、誰でも呼び出せちゃう?」
「多分」
その後、関谷さんにも渡してみたが、彼女も問題なくオロバスを呼び出せてしまった。
それを確認した井上さんが、難しい顔になった。
「ねえ、キミが持ってる道具、かなりヤバイよ?」
まあ、その自覚はある。
異世界イスディフイで入手できるアイテム類、地球に持ち込んで流通させたら、恐らく大混乱が発生する。
「だから、今日見聞きした事は、他言無用で頼むよ」
ダンジョン内部で着替えと荷物の分配を終えた僕等が外に出ると、日差しが目に眩しかった。
時刻はちょうど1時過ぎ。
僕は二人に声を掛けた。
「お昼、どこかで一緒に食べようか?」
お昼ご飯御馳走するって関谷さんに約束してたし。
僕の言葉に、関谷さんの表情が明るくなった。
「うん。どこ行く?」
「関谷さんの行きたい所でいいよ」
関谷さんはしばらく考える仕草をした後、口を開いた。
「じゃあ、お勧めのレストラン有るから、そこ行く?」
郊外にあって道が分かりにくいという事で、僕等は関谷さんの車でそのレストランに向かう事になった。
後部座席に乗り込もうとする僕を、井上さんが呼び止めた。
「中村クンは、助手席でしょ」
「なんで?」
「キミの事は認めてあげるから、しおりんと仲良くお喋り楽しみなさい」
「ちょっと、美亜ちゃん!」
関谷さんが少し上ずった声を上げた。
心なしか、彼女の顔が赤い。
そのせいか、ただ助手席に座るだけの僕も少しどぎまぎしてしまった。
車が走り出して少し落ち着いた僕は、今日均衡調整課で、富士第一の調査の話を聞く約束をしていた事を思い出した。
僕は、関谷さん達に声を掛けると、N市均衡調整課に電話をした。
呼び出し音数回で、電話口に誰かが出た。
『こちらN市均衡調整課です。どうされました?』
この声、更科さんだ。
『もしもし、中村です。明日の調査の話でお電話しました』
『中村さんですね。少々お待ち下さい』
10秒ほど、保留音が流れた後、再び電話口に誰かが出た。
『中村さん? 四方木です。明日の調査の件ですね。何時頃、こちら来られます?』
『夕方の5時位でもいいですか?』
『分かりました。お待ちしてますんで、お気を付けて』
電話を切ると、後部座席に座る井上さんが、声を掛けて来た。
「明日の調査って、もしかして富士第一潜るの?」
「ま、そんなところ」
「そう言えば、均衡調整課の嘱託職員に誘われてるって言ってたよね」
「誘われてるだけで、まだ入ってないけど。でも、ちょっと事情があって、明日と明後日の調査には参加する事にしたんだ。もしかして、井上さんも参加するとか?」
明日の調査、日本のS級3人に、アメリカのS級も参加する。
当然、A級も大勢参加するに違いない。
「私は行かないよ。めんどくさいし」
井上さんの言葉に、関谷さんがくすりと笑った。
「美亜ちゃん、強いからね。田中さんだったっけ? 美亜ちゃんをクラン百人隊に誘ってるの」
クラン百人隊。
確か、S級の田中彰浩が総裁だったはず。
なんとなく話が見えた。
つまり、井上さんは井上さんで、S級の田中さんからクラン参加を求められていて、だから田中さんに会いそうな場所には近付かないって事だろう。
「ホント、めんどくさいんだけど。毎日チャットアプリにメッセージ届くし。田中は、女の口説き方を知らない!」
天下のS級様を“あいつ”呼ばわりする井上さんの物言いに、思わず僕も苦笑してしまった。
それに目ざとく気付いたらしい井上さんが、ニヤニヤしながら僕の背中をつついてきた。
「ねえねえ、笑ってるけど、キミはどうなのかな?」
「どうって?」
もしかして、斎原さんからクラン蜃気楼への参加を求められた話?
「だ・か・ら。ちゃんと、女性の口説き方分かってる?」
「へっ?」
そっち?
「なんだったら、私が直々にしおりんの口説き方、指南してあげるけど?」
「美亜ちゃん!」
話が脱線していったところで、車の速度が落ちて来た。
「あそこよ」
関谷さんが指さす先には、郊外型のお洒落なレストランが立っていた。




