126.F級の僕は、疑心暗鬼に陥る
5月25日 月曜日11
さて、この扉の向こうでは、この階層のゲートキーパー、ベリトが待ち構えているはず。
僕の方も、万全の態勢で挑まないと……
僕は、インベントリを呼び出した。
そしてその中から、『賢者の小瓶』、『技能の小瓶』、そして『強壮の小瓶』を取り出した。
それぞれの小瓶を握りしめて念じると、瞬く間に小瓶の内部が液体で満たされた。
それを目にしたノエミちゃんが感心したような声を上げた。
「それはもしや、かの高名な錬金術師カロン殿の小瓶では?」
「そうだよ。よく知ってるね。実は今日、アリアと一緒に『カロンの墳墓』、行ってきたんだ」
僕はノエミちゃんに今日の『カロンの墳墓』探索の話を簡単に説明した。
僕の話を聞き終えたノエミちゃんは、少し訝し気な表情になった。
「……タカシ様とアリアさんを転移で送迎して下さったと言うそのクリスなる人物、何者でしょうか?」
「本人は、引退した元冒険者だって話してましたよ」
「しかし、お聞きする限りでは、カロン殿とお知り合いみたいですし、転移魔法も駆使出来るとなると……」
そっか。
カロンは300年以上前の人物。
その知り合いにしては、クリスさんの見た目は20代前半って感じだった。
エルフみたいに耳長かったし、魔族の血が混じってるかも、と自分で話してたし、種族的に長命なのかもしれないけれど。
あと、この世界では、転移魔法を操れるのは、数人のみだったはず。
という事は、クリスさんはその数人の中の一人って事になる。
クリスさん、実は現役時代、相当有名な冒険者だったりして。
僕がそんな事を考えていると、ノエミちゃんがエレンの方に顔を向けた。
「……もしや、あなたの知り合いですか?」
エレンが首を振った。
「知らない。魔族でも無いし、エルフとも多分……違う」
僕は、エレンの言葉に違和感を抱いた。
エレンは、フードで顔を隠していたアク・イールが獣人である事を正確に見抜いていた。
そのエレンをもってしても、クリスさんの種族は不明と言う事だろうか?
ノエミちゃんが少し驚いたような顔をした。
「あなたは、クリスと言う人物と会った事があるのですか?」
「直接会ってない。タカシ達の傍にいたから“観察”しただけ」
アールヴ郊外の森の中、エレンは、近くにクリスさんがいるから転移出来ないって念話を寄越してきたっけ?
あの時、遠隔視か何かの能力でクリスさんを“観察”したのだろう。
「そうですか……」
ノエミちゃんが何かを考える様な仕草を見せた。
と、アリアが口を挟んだ。
「クリスさん、意外と良い人だったよ? 今度、ノエミにも紹介してあげる」
「分かりました。今度是非、ご紹介ください」
話が一段落した所で、僕は三つのカロンの小瓶の内、『技能の小瓶』と『強壮の小瓶』の中身を飲み干した。
舌触りの良い微かな甘みのある液体が僕の喉を潤していく。
途端に、僕の中から凄まじい力が沸き起こってくるのが感じられた。
僕はもう一度ステータスを呼び出して確認してみた。
―――ピロン♪
Lv.82
名前 中村隆
性別 男性
年齢 20歳
筋力 1 (+81、+16、+100)
知恵 1 (+81、+16、+100)
耐久 1 (+81、+16、+100)
魔防 0 (+81、+16、+100)
会心 0 (+81、+16、+100)
回避 0 (+81、+16、+100)
HP 10 (+810、+162、+972)
MP 0 (+81、+16、+8、+97)
使用可能な魔法 無し
スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】
装備 ヴェノムの小剣 (風) (攻撃+170)
エレンのバンダナ (防御+50)
エレンの衣 (防御+500)
インベントリの指輪
月の指輪
二人の想い (右)
効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)
物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)
魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)
ステータス常に20%上昇 (エレンの加護)
MP10%上昇 (月の指輪)
全てのステータスが、ほぼ倍増している。
持続時間が不明だけど、これなら、ベリトと戦っても大丈夫な気がする。
気を引き締めなおした僕は、周囲の仲間達に声を掛けた。
「じゃあ、開けるよ?」
皆が頷くのを確認した僕は、巨大な門をそっと押してみた。
門は、その大きさを感じさせない程、静かにゆっくりと開いていった。
門の向こうは、やはり高い天井が複数の柱で支えられた大広間になっていた。
そして、暗がりの向こうから、燃えるように赤い巨大な六本脚の馬に跨り、血染めの甲冑を身に纏った悪魔の騎士が姿を現した。
右脇に長大な槍、左手にこれも巨大な盾を構えている。
「我が名はベリト。ニンゲン、我に挑むか? その傲慢、己が血肉を以って贖うが良い」
口上が第81層のゲートキーパー、アスタロトと同じだ。
少し苦笑した僕は、ヴェノムの小剣 (風)を抜き放つと【看破】のスキルを発動しながら【隠密】状態になった。
そして、ベリト目掛けて駆け出した。
意外な事に、ベリトは、僕の姿を見失っているように見えた。
そのまま僕はベリトの背後に回るとその背中に向けて、ヴェノムの小剣 (風)を突き出しながら、【影分身】のスキルを発動した。
僕を含めて総計50以上の攻撃が、ベリトに襲い掛かった。
同時に割れるような頭痛が襲ってきた。
―――ガキキキキン!
耳を劈くような金属音が広間全体に響き渡ると同時に、僕の視界は暗くなって……
…………
……
「……カシ! タカシ!」
最初遠かった誰かの呼び声が、次第に大きくなってきた。
目を開けると、心配そうな表情でこちらを覗き込むアリアの顔が、僕の真上にあった。
一瞬、状況が分からなくなったが、どうやら、何か柔らかい物を敷いた床に、仰向けに寝かされているようだ。
意識を失っていた?
僕が身を起こそうとすると、アリアが抱きついてきた。
「良かった! 死んじゃったかと思ったよ!」
僕はアリアの背中を優しく撫ぜながら、周囲の状況を確認してみた。
場所は、先程までの第82層のゲートキーパーの間のようだが、ベリトの姿は無い。
そして、すぐ脇には、ホッとしたような表情のノエミちゃんと、これまた無表情のエレンが立っていた。
……ベリトを倒した?
しかし、ベリトは、以前対戦したエンプーサ同様、幻惑の魔法を使うと聞いた。
もしかすると、これは……
僕はアリアをはねのけると、素早く立ち上がった。
そして、ヴェノムの小剣 (風)を構え直すと、【看破】を発動し直した。
しかし、周囲の状況に変化は見られない。
アリアが戸惑ったような声を上げた。
「タカシ、どうしちゃったの? もう戦いは終わったよ?」
油断なく身構える僕に、エレンが声を掛けてきた。
「【異世界転移】してみて。幻惑の檻の中では転移不能なはず」
僕は、心の中で【異世界転移】のスキルを発動した。
―――ピロン♪
耳慣れた効果音と共に、ポップアップが出現した。
地球に戻りますか?
▷YES
NO
▷YESを選択すると、僕の周囲の情景は、地球のボロアパートの一室に切り替わっていた。
ベリトは、第82層のゲートキーパー。
神樹は、第110層まであるから、少なくとも、ベリトよりも強力なゲートキーパーが、あと20数体は存在する計算になるはず。
なら、“ベリト程度”では、ここまで手の込んだ幻惑の檻に、レベル82の僕を閉じ込めるのは無理なのでは?
と言う事は、やはり僕は、意識を失う直前に、ベリトを倒していた?
再び【異世界転移】で第82層ゲートキーパーの間に戻って来た僕に、ノエミちゃんが声を掛けてきた。
「落ち着かれましたか?」
「ごめん。ベリトは結局、どうなったのかな?」
「ベリトは、タカシ様の攻撃を受けて倒されました。その直後、タカシ様も意識を失われたのです」
「なんで意識失ったんだろ?」
その問いかけには、エレンが答えてくれた。
「限界を超えて【影】を召喚したから」
「限界?」
「召喚した【影】を安全に操れる目安は、レベルの半分の数まで」
という事は、レベル82の僕の場合、安全に呼び出せる【影】の目安は、41体までって事になるのだろう。
あの時感じた頭痛は、限界超えて――50体――【影】を呼び出してしまったので、僕の精神が悲鳴を上げてたって事かな。
僕は少し離れた場所で、戸惑った雰囲気で立っているアリアに頭を下げた。
「ごめんね。びっくりさせて」
アリアの表情が明るくなり、僕の方に駆け寄ってきた。
「もう! ベリトの呪いか何かでタカシがおかしくなったかと思って慌てたんだから!」
「いや~、相手、ゲートキーパーだからさ、念には念を入れ過ぎちゃったみたいだ」
どうやら、僕は、僕自身が思っている以上に強くなっているらしい。
ともかく、僕等はこうして第82層も解放する事に成功した。




