118.F級の僕は、『カロンの墳墓』へ向かう
5月25日 月曜日3
大学で今日一日分の休講手続きを行った僕は、なんとか、午前10時前にはアパートの部屋へ戻って来た。
ギリギリになっちゃったけど、とりあえず、アリアとの約束は守れそうだ。
準備を済ませた僕は、スマホを充電器に繋ごうとして、チャットアプリの新着メッセージに気が付いた。
『頼まれてた件、声掛けといたよ』
関谷さんからだ。
恐らく、僕と関谷さんがダンジョンに潜る申請を出す際に、名前を貸してくれる知り合い確保出来たって事だろう。
―――『ありがとう。夜、また連絡するね』
僕は短いメッセージを返信した後、【異世界転移】のスキルを発動した。
僕の周囲の情景は、一瞬にして、地球のボロアパートの一室から異世界イスディフイの『暴れる巨人亭』の一室へと変化した。
部屋を出た僕は、アリアの元を訪れた。
―――コンコン
「は~い」
元気な声とともに扉が開き、アリアが顔を覗かせた。
「おはよう、アリア」
「おはよう! もう出発準備オッケーだよ」
アリアは、ミスリルの鎧に身を固め、背中にはエセリアルの弓を背負っていた。
そのまま二人で階下に下りて行き、マテオさんやターリ・ナハと挨拶を交わした後、『暴れる巨人亭』を出た。
僕は、今更ながらな事をアリアにたずねてみた。
「ところで、『カロンの墳墓』ってどこにあるの?」
「ロイドの村の近くらしいよ」
「ロイドの村には、どうやって行くの?」
「ロイドの村は、ここからなら馬車で1日かな」
「そうなの? もしかして、今夜はロイドの村に泊って、実際に『カロンの墳墓』に潜るのは、明日って事?」
「そうだよ」
う~ん。
『カロンの墳墓』、今日一日で探索終わると思ってたんだけど……
明日は、均衡調整課で調査についての説明受けて、明後日、富士第一に同行するって約束しちゃったしな。
どうしよう?
エレンを呼び出して転移させて貰おうかな?
いや、僕とアリアの冒険の送り迎えをさせるのは、さすがになんかダメな気がする。
僕自身が、転移魔法使えたら良かったのにな……
仕方ない。
明日は、早朝、地球に行って、均衡調整課で調査の説明を受けて、また異世界イスディフイに戻ってきて、『カロンの墳墓』に潜ろう。
で、アリアには事情を説明して、明後日、僕はロイドの村から地球に【異世界転移】して、富士第一へ。
アリアには、一人でルーメルに馬車で戻って貰う。
強行軍になるけど、まあ、不可能じゃない。
そんな事を考えながら馬車の停留所に向かっていた僕は、通りを歩く意外な人物を発見した。
灰色の帽子を目深に被り、茶色のポンチョを羽織る人物。
あれは、確か……
「クリスさん?」
僕の声が届いたのか、その人物は、一瞬驚いたような顔になった後、その薄紫色の双眸を僕等に向けて来た。
「あれ? 君達は……タカシ君とアリアさん?」
クリスさんは、すぐに人懐っこそうな笑顔を浮かべながら近付いて来た。
アリアは、近付いて来るクリスさんを怪訝そうに眺めていたが、やがて思い出した――或いは認識できた?――のか、警戒感を露わにした。
「タカシ、あいつ、もしかしてこの前の?」
「うん、そうだよ、クリスさん」
僕とアリアが会話しているのを眺めていたクリスさんは、しかし、少し不思議そうな顔になった。
「そう言えば君達、なんでここにいるの?」
「僕等、元々ルーメルの冒険者ですから」
「そうじゃなくて、君達、3日前、アールヴ郊外の森の中にいたよね?」
そう、3日前、アールヴ郊外の森の中で、僕等はクリスさんと遭遇している。
それが、何か……
「あ!」
アールヴからルーメルは、通常、馬車で10日、黒の森突っ切っても4日かかる。
計算が合わない。
「え~と、知り合いに転移魔法使える方がいるので、結局送って貰ったんですよ」
「そっか」
クリスさんは納得してくれたようだった。
というより、クリスさんこそ、恐らくここへは転移魔法で来たのだろう。
「クリスさんは、この街には何か用事ですか?」
「えっ? あ、いや、その……」
クリスさんは、なぜか少し慌てた素振りを見せた。
まさか……?
「まさかとは思いますが、僕等目当てで来たわけじゃ無いですよね?」
「そ、そんなわけ有るはずないじゃないか。この街は、そう、僕が最初に冒険者登録した街なのさ」
……どうやら、クリスさんは、理由は不明だけれど、僕等目当てでこの街に来たようだ。
この前、アールヴで会った時、ルーメルに帰るって話しちゃったしな。
でも、実際、僕等とこうして出くわすとは思っていなかったみたいだけど……?
僕の雰囲気を察したのか、クリスさんが慌てたように声を上げた。
「ごめんよ! 別に君達を追いかけてるわけじゃ無くて、たまたま懐かしくてルーメルの街に来て、ついでに君達もこの街の冒険者だって言ってたな~って街を歩いてたと言うか……」
クリスさんの様子に毒気を抜かれてしまった僕は、苦笑した。
少なくとも、今日も害意は感じられない。
「クリスさん、僕等、これから行く所あるので、この辺で」
僕とアリアが歩き去ろうとするのを、クリスさんが呼び止めた。
「どこ行くの?」
少し迷ったけれど、正直に答える事にした。
「ちょっとロイドの村まで」
クリスさんの目が細くなった。
「と言う事は、『カロンの墳墓』だね?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「だって、君達位のレベルの冒険者があの村に行くって聞けば、それ位しか思い浮かばないよ」
アリアによれば、『カロンの墳墓』は、レベル50以上推奨のダンジョンだ。
やはり、クリスさんは、僕等のレベルを、ある程度正確に推し量れるらしい。
「まあ、そんな所です」
僕の手をアリアが引っ張りながら囁いた。
「ねえ、こんな危なそうなやつ放っといて、早く行こうよ」
「そうだね」
再び歩き出した僕等に並ぶような形でクリスさんがたずねてきた。
「ロイドの村までは、君達の友達に転移で連れて行ってもらうのかい?」
「いえ、ちょっと事情があって、馬車で向かうつもりです」
「そっか……何なら、僕が転移で送ってあげようか?」
僕の足が止まった。
「この前、色々誤解させちゃったみたいだしさ。お詫びに、転移で往復させてあげようかと」
アリアが不信感丸出しで口を開いた。
「私達をどこかとんでもない所に転移させちゃうつもりでしょ?」
「そんな事、しないよ」
「認識阻害する装備着込んで、隠れてこそこそ私達をつけ回すような相手を、信用できるわけないじゃない!」
「だから誤解だって」
アリアとクリスさんの会話を聞きながら、僕は少し考えてみた。
本当にクリスさんが、悪意無く転移で送迎してくれるなら、僕としては大歓迎な話だ。
『カロンの墳墓』の探索を今日一日で終える事が可能になるかもしれない。
それに、もし、クリスさんが何か“企んだ”としても、エレンを呼べば、何とかなるのでは?
僕はクリスさんに向き直った。
「じゃあ、お願いしようかな」
「タカシ!?」
アリアが、素っ頓狂な声を上げた。
僕は、アリアに囁いた。
「なんかあったら、エレン呼べばいいし。それより何より、転移で往復できれば楽じゃない?」
「でも、危ないよ? いきなり、知らないダンジョンのボス部屋とかに放り出されるかもしれないし」
「まあ、その時はその時で。僕がアリアを守るよ」
アリアは、僕の顔を見てから溜息をついた。
「……せっかく、二人っきりで馬車旅楽しもうと思ってたのに……」
「なんか言った?」
「何でもない!」
なんだか、アリアがすっかり不機嫌になってしまった。
仕方ない、後でなんとかフォローしよう。
どうフォローすれば良いか、現時点では全く思いつかないけれど。
僕は、クリスさんに向き直った。
「改めて、転移での送迎、宜しくお願いします」
クリスさんは、目に見えて嬉しそうな顔になった。
元々均整の取れた顔立ちだけど、そこに浮かぶ笑顔は、なぜか少しあどけなさを感じさせた。
「街中で転移して皆を驚かせると悪いから、ちょっと移動しよう」
僕とアリアは、クリスさんに連れられて、建物の影に移動した。
辺りに人影は見当たらない。
クリスさんが、僕の左手を取った。
諦めた感じのアリアは、僕の右腕にしがみついて来た。
「じゃあ、『カロンの墳墓』の入り口に転移するよ」
クリスさんが何かを口ずさむと、僕等の視界は切り替わった。