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スペシャライズ・スペシャリスト-AIに職を奪われた世界

作者: 無川 凡二

「僕は一人でも続けるよ。じゃあね」

 あの時の幼馴染の言葉が、今も、心に残り続けている。

 どうして俺は何の言葉も投げかける事が出来なかったのだろうか?

 共に目指すという約束を破ってしまった負い目からか?

 あの時、腹の中を埋めていた感覚は、罪悪感と......。



 人工知能が人間を超越した時点......シンギュラリティから三百年。効率化が進んだ労働現場は殆どが人を必要としなくなり、人類の社会奉仕は急激に減っていった。残ったものは、思考力を伴う問題解決業、想像力を求められる芸術家と発明家、顧客が人を求める接客業、本人達が娯楽を求めるスポーツ選手など。

 そして、人工知能に奪われてもなお、人工知能には代替出来ない抜きん出た技術を持った............スペシャリスト。

 スペシャリストは正にヒーローそのものだ。人工知能に解決出来ない問題が発生したときに颯爽と現れ、問題を解決して去ってゆく。

 人工知能にコンプレックスを抱く人間達の希望、いや、最後の自尊心とも言える。

 子供の頃にスペシャリストになりたいと思うのは最早テンプレート中のテンプレートで、かく言う俺もその一人だった。



 一面、彩度を奪われたかのような薄暗い山小屋の中で俺......矢間 (ヤマノボル)はしみじみと昔の事を思い出していた。

 外は酷い大雪で下山する事が叶わず、こんな電気の通っていない場所で足止めを食らっている。

 室内にもかかわらず気温は氷点下に下り、入り口のドアは降り積もった雪で開かない。

 一見絶対絶命の状態であるが、これは救助ロボットの到着を待つだけの待ち時間だった。

 俺は登山家だ。山を人間が登り、降りる。それを商売とする職業。人間の限界への挑戦、自分自身との戦いだ。カテゴリとしてはスポーツ選手等に含まれる。

 もっとも、最初から登山家を目指していた訳ではない。五年前までは俺もスペシャリストを目指していた。工場で働くスペシャリスト、プラントエンジニア。

 医療のスペシャリストである医者を目指す幼馴染の谷川 直人(タニガワナオト)と共に切磋琢磨していた。

 しかし俺は途中で諦めて登山家になった。一方で直人は今も諦めずにスペシャリストを目指し続けている。

 俺が夢を諦め......直人を裏切ってから、彼は自分から一切の連絡を寄越さなくなった。此方から送ったとしても、他愛のない一言が帰って来るだけ。

 罪悪感は......ある。でも、それだけじゃない。上手く捉えられない何かが、心の底に沈着しているのだけは分かる。

 今でも俺ははっきりと覚えている。夢を諦めて、親友を裏切ったあの日の事を。にもかかわらず、その時自分を突き動かしていたものが何だったのかだけが分からなくて、考える事を避けていた。

 それなのに嫌でも思い出してしまうのは、あの日が今日と同じ雪の降る日だっただからだろうか......。


<>


『雲母ーメン』そう看板に書かれたラーメン屋で俺は直人と集合する約束になっていた。

『駐車場ありました。』

 熾烈な勝負競争に敗れた証とも言える看板には最早哀愁すら感じなくなるほどに通い慣れていたが、今日はまた新しい看板が加わって意味不明さが加速していた。

『ラーメンやめます。』

「えぇ......」

 困惑しながらもいつものことだと自分を納得させて店の中に入る。

「お上りさん一名の御来店! よぉ!ノボル。いらっしゃい!」

 綺麗に掃除された店内に、店の芯を捨て去る様な看板を立てた人間とは思えない、芯のしっかりとした声が響いた。

 店主の舞華(マイカ)さんだ。この店に通い詰めていたのは小さな頃からだったので直人程ではないにしても長い付き合いのある人物である。もっとも、その頃は店主の親父さんの横でお手伝いをしているだけの子だったが、いつの間にか父親を蹴落として店長の座を勝ち取ったらしい。四十過ぎのおっさんが二十代の娘に命令されて給仕をしている店内の様子は哀れと言い表す他ない。

「最近来なかったな!久しぶりじゃないか!」

「色々と忙しくてね......それで、やめるの? ラーメン」

「あー......うん。そろそろ潮時かと思ってね」

 そう話すマイカは少し寂しそうだった。

 雲母ーメンは所謂売れないラーメン屋、だった。味は普通で工場生産されている大衆食堂で食べた方がバリエーションもコスパも良いという始末。近所の皆が集会の為、つまりは馴れ合いで食べに行っている様なもの。現状ではいけない、とそれを変えたのが娘のマイカだった。彼女は下克上を果たして直ぐに創作料理をメニューに追加し始める。曰くオリジナリティこそがこの時代を生き残る最大の手段なのだと。

 しかし彼女には一つ致命的な欠点が有った。

 創作料理が美味しくないのである。

 マニュアル通りに作ったものは親父さんと変わらずに普通に美味い、が一方でオリジナルのものはどれも今ひとつ。

 マニュアル通りなら上手くいく、というのはこの時代においては無価値に等しい。

 常連の老人会が、「ラーメンはそろそろキツイ」と来なくなったのを皮切りに、少しずつ客足は途絶えて遂にはラーメンそのものも売れなくなってきた事で営業が苦しくなっているというのは風の便りで聞いていた。

 しかし一番売れているであろうラーメンをやめるのは些か辻褄が合わない気がした。

「創造者保護ってのがあるんだ。それを頼る為には普通のものがメニューに会ったらダメなの」

 創造者保護、大昔に生活保護から派生したシステムだ。大まかな内容は同じで、金がないものに最低限の生活費を与えるだけ。ただし、人工知能の認める創造的な活動、のみ、を行なっていないといけない。

 雲母ーメンはただのラーメンを作る事が無駄と判断されたらしい。

 社会の部品という立場を失った人類は、社会から上手く遊ぶ事を強いられている。

「そっか。じゃあもう来る事はなさそうだな......」

「あー、そういう事言う!? ひどい!」

「ならば腕をあげる事だな! と言うわけでラーメン一つ」

「ちぇっ......!」

 マイカが店員らしからぬ態度で去っていこうとするほぼ同時に、店内に長身の男が入って来た。

  いつも少しだけ残念そうな冴えない表情をしている男......直人だ。

「久しぶり。マイカ。......ラーメン、やめるの?」

 無意味に同じ内容の話が繰り返されたのは言うまでもない。

 マイカは拗ねながら二人分のラーメンを作りに奥へ引っ込んでしまった。

「最近、どうなんだ? 調子」

 俺は直人に尋ねる。医者を目指す直人と技師を目指す俺は普段接点がない為に、こういったときしか話し合えない。

「全然。いつまでやっても機械のスコアを越える事が出来ないよ。なかなか苦しいね。昇は?」

 ドキリと心臓が脈打った。

「それなんだが......俺、諦めようと思うんだ」

 空気が凍った気がした。

「......そっか。それで、辞めた後は何をするの?」

 直人は冷静に言葉を返す。俺は拍子抜けすると同時に引き止めようともしない事に寂寥感を覚えた。

「まだ決めていないんだけどさ、山登りでもしてみようと思うんだ。ほら、昔から名前でヤマノボリってからかわれていたけど、一回も登ったこと無かったからさ。丁度良い機会かと思って」

「ふうん......」

 いつもなら弾んでいる会話も、今回は全く弾まない。ラーメンが届いても無言のまま。会計を済ませて別れるときに、直人からあの言葉を言われた。

「僕は一人でも続けるよ。じゃあね」

 声のトーンは普段通り、少しだけ残念そうな表情も崩さないいつも通りの幼馴染がそこにいた。その決別にも等しいその言葉に、俺は何も言い返す事が出来なかった。

「アンタ山登るの? お似合いだな!」

 煩い、マイカ。

 雪の降り積もる帰路が、未だに目に焼き付いている。


<>


 メールが届いた通知で白昼夢から帰される。

 外の雪は未だに止む事なく、室温をじわじわと下げている。

 記憶の靄を振り払おうとおもむろにメールを確認した俺は歓喜に震えた。

『大雪の為救助を行う事が出来ません』

 一見絶望的にも見えるが、これは人工知能に対処出来ない問題。つまり......。

 やった! これで......これでスペシャリストが助けに来る‼︎ 話にしか聞いたことのないスペシャリストが、俺の元に来てくれる‼︎

 人工知能に出来ない事はスペシャリストが何でも解決してくれる。そう思っていたからこそ、次の文章の意味が理解出来なかった。

『スペシャリスト不在により救助を断念します』

「は? えっ?」

 ......嘘だ。有り得ない。そんな。だってスペシャリストは何だって出来る存在だって......

 そこまで考えて結論に達した。

 ......そっか。だから、諦めたんだったっけ......。

 俺は、俺にはなれないと思っていた。いつか直人に追い抜かされて、失望されると思った。それなら、先に諦めてしまった方がずっと楽だ。そう思ったんだ。

 俺はあの時、罪悪感とともに......安心していた。



 あれから一日が経過した。依然として外の雪は止む気配はなく、既に窓まで降り積もっていた。外に出ようにも扉は雪に固められて固く閉ざされている。救助が来ないと分かった時点で直ぐに外に出るべきだった。更に悪い事にこの山小屋には食糧の備蓄が無く、籠城するには最悪の環境だった。だが、いくら待っても救助が来ない事は分かっている筈なのに、心の何処かでスペシャリストが来てくれる事に縋っていて動けなかった。

 これは罰だ。友を、そして自分の夢を裏切った事への清算だ。そう思いながら直人の顔を思い浮かべる。

 会わなくなってから五年、いつかまた会えると思ってどこか安心していた心は、今更になってとめどない感情を溢れさせている。

 最期にもう一度会いたい。会って、ごめん、と伝えたい。共に走れなくってごめん、って......ああ。

 少しだけ力が湧いて来た。このままここで待っているだけでは、絶対になにも変わらない。

 まだ......、終われない。まだ、終わっていない......!

 ......そして、その先へたどり着くには......

「......動かなければ、変わらない......‼︎」

 俺は一握りの勇気を手に立ち上がった。無駄な努力とか、何も変えられないとか、そういった足を引っ張るだけの思いは捨てた。

 あのときは途中で投げ出したけれど、今度は最期まで走り抜いてやる。

「ここを出るぞ......!」

 一握りの勇気を全身に渡して、俺は殺風景な部屋を見渡す。扉は開かない。それでも......。

 降り積もった雪で覆われて外が全く見えない窓の前に立ち、おもむろにロックに手を伸ばす。酷く冷え切った金属に触れた手が痛むが、それを堪えてロックを外し窓に手をかける。

「......ぐっ......うぉりゃあ!」

 レールを遮っていた雪を押しのける様に力を入れて窓を開いた。


 そこには白い壁があった。降り積もった雪が押し固められたとても硬い壁が。山小屋は埋まっていた。

 あれから雪は止んだのだろうか? いや、そもそもどれだけの間降り積もったんだ?

 どれくらいの厚さになっているんだ? もし掘り進むとして、地上に着く前に力が尽きるのでは? そういった疑念が俺を怯ませた。

 だが、既に最後に食事を取ってから一日以上経っている。このまま待っていても体力が落ちるだけだ。

 可能性は刻一刻と縮小している。

 今しかないんだ......! 立ち止まっている暇はない!

 雪の壁に手を差し込んで、掻き崩す。痺れかけの腕がキリキリとした痛みを脳に伝える。

 ......しかし、それでも掘り進む。未来へと進むため。あの日、越えることの出来なかった壁の、その向こうへ............‼︎


<>


 直人の声が聞こえる。虚ろな意識を固めながら、俺は目をゆっくりと開いた。一人の人間が見える。

 無精髭が伸びてこそいるものの、そこに見えるのは紛れもない直人の姿だった。

 ......これは夢だろうか?

 雪に埋められた小屋から脱出しようと雪を掘り進んだことは記憶に残っているが、地表に辿り着いた記憶は無い。しかし、掘り進む間に凍えて感覚の失せた手が、今はズキズキと痛みを発している。

「どうした......? 腕が痛むかい? 」

 目の前にいる俺に裏切られた幼馴染は、既に雪辱を果たしたかの様に毒気が無く、自然に俺を慰っていた。

「......酷い状態だよ。凍傷だ。壊死している。......早く切除しないといけない」

 ......どうやら夢ではないらしい。腕を失うと聞いた俺は意外にも冷静だった。

 混濁しながら要領を得ない会話を重ねた結果分かった事は、気象操作システムの暴走で記録的な大雪が降り、それによって演算施設がやられたせいでほぼ全ての人工知能が機能停止をしている事。山に登ったきり音信不通になった俺を、直人が助けてくれたという事だった。雪のせいで山小屋の位置もわからなくなっていた状態で、雪上の僅かな隆起の中から俺を発見したらしい。今だに雪は降り止む気配は無い。俺があの時外に出る勇気を出さなければ、今頃はまだ山小屋の中だっただろう。

 だんだんと言葉を交わし、俺の頭が明瞭になってきたあたりだった。俺は直人に感謝の意を伝えた。

「......ありがとう。直人。お前が助けてくれなかったら俺は......」

「まだだ。まだ昇の腕が解決していない。今外部に連絡して優秀な奴を探している」

 ......? 優秀な奴? スペシャリストはどうしたんだろう? いや、こんな大雪だ。救助部門と同じ様に、医療のスペシャリストも不足しているんだろう。

 直人はなにか焦っているように見えた。

「それでもさ、お前は俺を助けてくれた。......ずっと謝りたかったんだ。俺さ......」

 俺は謝った。山小屋で気づいた内心を吐露した。直人は、静かにそれを聞いていた。

「直人。本当にありがとう。スペシャリストが来なくって、内心もうダメかと思っていたんだ。」

 そこで直人の目が曇った。

「......スペシャリスト......か」

 そう言って、直人は辺りを見回しながら乾いた笑いをこぼす。......その焦点は合っていなかった。

「なんでも出来る、人工知能より素晴らしい人間......」

 いつもひたむきに努力をしていた直人の顔が、裏切られたときですら表情を動かさなかった顔が、突然紙クズの様にクシャクシャに歪んだ。

「昇のところにスペシャリストが来なかった理由......何故だか分かるかい?」

 泣き笑いの様な表情で直人は言った。

「そんなものは......いないんだよッ......‼︎ 百五十三年前から、ずっと......!」

 俺にはそれが理解できなかった。

「......何を言っているんだ?」

「小さな頃からスペシャリストスペシャリストと聞いてきたけれど、本物に会った事はあるかな? 見た人と会ったことはあるかい?」

「それは......」

 ない。せいぜいメールで指示をもらったという話を聞いたくらいで、直に会ったという話は聞いたことが無い。

「さっきのは言葉通りの意味だよ。......今から百五十三年前に最後のスペシャリストが死亡してから、僕らはずっと人工知能に騙されて生きていたんだ。

 僕らが見てきたスペシャリストは全て人工知能のマッチポンプだった。滑稽だよな。そんな偽物に憧れて、無意味な努力を続けて......もし人工知能に感情があったのなら、さぞ下らない喜劇だっただろうね。」

 5年分の感情が堰を切ったようだった。話し始めた直人は止まらない。

「誰もが人工知能に治療を任せる中、僕ら人間は患者を直接見ることが無い。人工知能に対応できない問題を解決する人材になる為に、人工知能がシミュレートした仮想上で勉強するんだ。

 想定外に立ち向かう者が想定の檻の中で生まれるなんて、不可能に決まっているじゃあないか......!

 昇......お前は正しかったよ。スペシャリストを目指すなんて、馬鹿げたことだったんだ。」

 俺は何も言うことが出来なかった。何を言えばいいのか分からなかった。

「それが信じたくなくて、諦めたお前を否定したくてしがみついていたんだ。

 ......でもダメだったよ。僕も諦めるべきだったんだ。

 手術すれば治る様に見える患者がいた。人工知能はその手術を却下した。スペシャリストに判断を仰いだけれど、もちろん人材はいないと返ってきた。

 おかしいと思って調べたらさっきの通りさ。僕は認められなかった。治せると思った。そうやって僕はその子の状態を悪化させた......! 僕が手術をしたせいでその子は手足が一生動かせない体になったんだ......‼︎

 僕が台無しにした......」

 その時、病室の扉が開いて一人の青年が入ってきた。

「谷川先生......他の病院も手いっぱいで......谷川先生以上のスコアのものは来れない様です......矢間さんの手術は先生がなさって下さい」

 そう言って青年は病室を去り元の持ち場に帰ってゆく。しかし、空気は元に戻ることなく、より重たいものとなった。

「.......人を救うのはいつも人工知能だ。まして僕は人を救うことが出来ない人間だ」

 そう言いながらそばにあったパイプ椅子に座った直人は、頭を抱えてうなだれる。

「......なあ? 一体僕はどうすればいい......」

 時間は刻一刻と流れていく。静かになった病室は良く音を通し、外の阿鼻叫喚の様子が良く聞こえてくる。

「......俺は直人に任せるよ。」

 自然と言葉が漏れた。

「大丈夫、直人は出来る奴だよ。お前に付いて行かれなくなるって、お前はすごい奴だって。俺は今でもそう思っているんだ」

 直人は無反応でピクリとも動かない。それでも俺は言葉を続ける。

「お前に助けられたことを聞いたときに思ったことがあるんだ。こんなことを聞いた後でも変わっていない。」

 俺は深く、息を吸った。

「直人、お前は俺にとってのスペシャリストだよ。本当は本物が居ないんだとしても、これがおれの真実だ」

「でも......僕は失敗して」

 絞り出したかのような弱々しい声が返ってきた。

「一度の失敗くらいでへこたれるな! 失敗する覚悟のなかった俺に言えたことじゃないのかもしれないけどな......! そうやって失敗して成長するものじゃないのか‼︎」

 自分の命が懸かっている事は、実を言うとどうでもよかった。でも、ここで直人が手術をしないということは、俺が夢から逃げたことと同じような気がした。ここで折れてしまったら、恐らく一生立ち直れない。直人はそういう奴だ。

「人工知能が動かない今、世界を動かすのは人間なんだよ‼︎ お前は人工知能なしで俺を助けている! お前は人を救っているんだ‼︎」

 ゆっくりと顔を上げ、直人は時計を見た。

「..................任せて、くれるのかい?」

「当たり前だ! むしろお前じゃ無い方が不安だよ」


<>


 手術は無事に終わった。目を覚ましたとき、そばには舞華がいた。直人は他の患者の手当で奔走しているらしい。

「ノボル......残念だったな。腕」

 舞華がいたたまれない様子で気遣ってくれた。そこで自分の両腕がなくなっていることに気づいた。俺は両腕を失ったが、不思議と後悔は無かった。

 手術の途中か、それとも終わった後か、うっすらとした意識の中で思ったことがある。


 人工知能がスペシャリストがいると嘘をつき続けたのは、人間の為じゃないだろうか?

 新たな技術が生まれれば、僅か十年でも世界は大きく移り変わる。それなのに、シンギュラリティ以来、三百年ものあいだ世界は横ばいで大きな変化一つ起こらなかった。いや、起こさなかった。

 人間は人工知能に頼るあまり発展をしなくなり、怠惰に日々を生きるのみの生物に変わった。人工知能に勝てないという認識が、努力の価値を著しく下げていった。

 スペシャリストはその中で、唯一残されていた希望だった。そしてその希望の火が消えたことを人工知能は隠していた。

 人工知能は俺たち人間から向上心が奪われることを回避していただけなのかもしれない。

 もしかしたら今回の気象操作システムの暴走は、人間たちを再び自分の足で歩かせる為の人工知能からの叱咤だったのかもしれない。


「マイカ。また、ラーメン作るのか」

「なんだよ突然......そうだな。工場がダメな今なら商売敵はいないも同然だな!」

 病室の扉が開き、ワゴンを引いた直人が入ってくる。食料の配給に来たらしい。

「お疲れ様......! 手術は成功だよ。当分は食事は点滴だから。」

 そう俺に言って、マイカに配給食料を渡し、自分も食べ始める。

「おいっ!なんでそんな患者の前で見せびらかす様に食べるんだよ!」

「ささやかな仕返しかな。それに、三人揃うのは久しぶりだからね」

「だからって、おい! そんな!? 御無体な......」


 人工知能に役割を奪われた人々が、再び役割を取り戻す。

 戻ろう、皆がスペシャリストだった時代に。


 俺たちはきっと、何にでもなれるのだから。

人間は一見関連性の無いように見えるものからも体系的に学び、その法則を更に別のものに利用して発明をする。

 では、人間の仕事の多くを機械が代行する時代、現場の無い時代、私達はどうやってベテランになるのでしょうか?

 そんな一つの末路を辿った場合、人類を超越したAIはどんな選択をするのでしょうか?

 そんな疑問からこの物語は産まれました。

 こんな未来は訪れないかもしれません。

 しかし、

 不満のある現状を変えるには、自分も変わらなくてはならない事。

 見据えた展望へと近づくには前へ進まなければならない事。

 それは皆同じだと思っています。


何か間違えていたらAIについての考察というレポートになっていた本作(途中までレポート用だった)ですが、ここまで読んで下さりありがとうございます。

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