死にたがりの悪役令嬢はバッドエンドを突き進む。
どんなに生まれ変わったって、救いのないものは救いがない。
前世……のことを思うと、その前か。前々世の私は一体何をやらかしたんだ? と思うくらいに、私という存在はとことん幸運と縁がない。
前世はこの根暗な気質ゆえか、小中高とどこへいっても苛められ、ハブられて来た。
就職して働きだしても、職場の人とのコミュニケーションは最低限。ほんと、私って生きてる意味ないよなぁと思いながら生きていた。
そんな私の、唯一の楽しみが乙女ゲーム。
あれはいい。すごく良い。リセットボタンはあるし、セーブ地点はあるし、何て言ったって、攻略キャラはヒロインを好きになってくれる。
そんなもの、ハマるしかないじゃない。
そうして巡り巡って出会った一つの乙女ゲームが「騎士とドレスと花束と」、通称「騎士ドレ」。
ストーリーはまぁ、ありがちな中世ヨーロッパ風のシンデレラストーリー。英国らしい王室のあれこれや外国との事件に、庶民派ヒロインが関わっていく中で四人の騎士と恋をしていくというもの。
乙ゲープレイヤーとして、それはまぁ片手で足りない回数彼らと恋をした。
そうやって自分を慰めながら生き続けて……結局最後、私はつまんない交通事故であっけなく死んだわけです。
そうして生まれ変わった今現在、私はこのように生前のあれこれをふと思い出した訳ですが。
……今の現状、生前以上に、生きづらい。
スーエレン・クラドック侯爵令嬢。
騎士ドレの悪役令嬢とは私のことだ!
思わず頭を抱えてしまった。
そうだよ、ここ乙女ゲームの世界でしょう。
その確定的証拠として、私の婚約者はエルバート・リッケンバッカー。騎士ドレの攻略者の一人に違いがなかった。
ハハハ、私の目が死んでしまうのも許してほしい。
だって騎士ドレの悪役令嬢、どのルートへ行っても処刑やら事故死やら……シナリオライターに慈悲はないのかこの悪魔張りに必ず死ぬ。
私は自分の運命を悟った。
だって前世だって事故死だ。
人間、死ぬときは死ぬんだ。
だって騎士ドレのシナリオライターなんて呼ばれてたか知ってる!? バッドエンドの申し子、死ネタほいほい、慈悲のない出オチ神だよ!?
無理、そんなシナリオライターによる世界観の世界で生き残るとかマジ無理。
それなら、死んでしまうその時までのんびりと生きて、跡を濁さず散っていくしかあるまい。
私はスーエレンが死んでしまうまでの余命を指折り数える。
いーち。
にーい。
……。
おや、二本目の指が折れない。
後一年だそうです。
そっかぁ一年かぁ。
あっはっはっ。
ここでラノベあるあるなら、死にたくないとあれこれ画策するんだろうけど……私は、そんなことしない。
だって、生きていくのはしんどい。
今だって。
「スーエレン、貴女は素晴らしいわ。あの公爵家のエルバート様との婚約。ふふ、ふふふ、これなら王族の……王子の目に留まるのも夢じゃない。貴女の美しさならきっと魅了できるわ。エルバート様との婚約を踏み台にして、王族へ取り入るのよ」
「……はい、お母様」
お屋敷の、お母様とのティーパーティ。
お茶を片手に、お母様は私に呪詛を吐いている。
こんな時に思い出すなんて、私もつくづく間が悪い……。
どうせ私は政治の駒としての価値しかない。浅ましい母の考えに、父が何も口を出さないことを思えば、きっと少なからず父も考えていることなのだろう。
エルバート様だってヒロインへと靡いていく。
もっと昔に記憶を思い出していたなら、何か変わっただろうけど……今の私にはもうどうしようもない。一年でできることなんてたかが知れてるんだから。
だから私は、今日もお母様のお人形になる。
お人形になって、残りの余命を心穏やかに生きるのだ。
◇
最近、婚約者の様子がおかしい気がする。
元々感情の起伏が薄い人のような気がしていたけれど、ここ最近は特に輪をかけてきたように思える。
僕は何だか嫌な焦燥が胸をよぎってたまらない。
何かおかしなことは無かったかと考えて、ふと今目の前にいる女性に目が向いた。
「エルバート様! どうされたの?」
「シンシア嬢……いや、何でもないよ」
いけない、いけない。今は仕事中だ。
僕はにっこりと笑って、花屋の娘であるシンシア嬢に笑いかける。
「エルバートが上の空とか珍しいな」
「最近忙しかったので、疲れが出たのでは?」
「ごめんなさい、私のせいね」
騎士仲間のチェルノとアイザックが口々に言うと、シンシア嬢がしょんぼりと肩を落とす。
「シンシアのせいじゃない」
「そうですよ。貴女は貴女の正義のために動いたんですから」
「ありがとう」
気落ちしかけたシンシア嬢を慰めるかのごとく、チェルノとアイザックは声をかける。それにシンシア嬢がにっこりと微笑んだ。
なんて打算的な微笑。
とんだ茶番だ。
シンシア嬢とはとある事件をきっかけに知り合った。その後もどうやら彼女はとんだトラブルメーカーのようであちこちの事件に巻き込まれ続けた。
そうしてそんなごたごたの中で、ただの花屋の娘だと思っていた彼女が王族の血を引くことが発覚してしまった。
そんな彼女を放っておくわけにはいかない。
かといって王位争いが起こることが目に見えて分かっている王室に迎え入れることも難しい。仕方ないので兼ねてから関係のあった、僕を含めた四人の騎士が内密に彼女の護衛をすることになった。
だいたい日替わりで護衛をしているんだが……まぁ僕らも護衛に集中するように言われてそれなりに暇だから、基本的に全員彼女の花屋に入り浸っている。
理由は簡単。
目を離すと彼女はすぐに事件に巻き込まれるから。
正義感の強い人らしく、困っている人を見過ごせないらしい。この間も人買いに拐われかけていた子供を助けようとして、自分が拐われかけていたし。
僕以外の三人……とくにチェルノとアイザックはそれだけではないだろうけど……まぁ他人の恋路に踏み込むまい。僕には僕だけの可愛い婚約者がいるのだし。
「そうだ、シンシア嬢。また花束を作ってくれないかい?」
「またですか?」
呆れたようにシンシア嬢が言ってくるけど、僕は至極いたって真面目である。
「エレへの贈り物だからね。彼女を花で包もうと思ったら幾らあっても足りないよ」
「あ、そう」
白けた顔でシンシア嬢は花屋のカウンターから花切り鋏を取り出した。
「お花はいかがします」
「そうだなぁ……」
最近贈ったばかりの花束を思い出して、被らないように、それでいて花言葉が可愛らしいものを選んでいく。
こんなもんかと満足すれば、シンシア嬢はやれやれといった体で花を抱えた。
「ほんとエルバートルートを選ばなくて良かったわ……こんな一歩踏み外せば溺愛からヤンデレ転落ルートマジ勘弁……むしろスーエレン様が可哀想……まぁでもこのエルバート様だったらスーエレン様をちゃんと守るだろうし、鬼畜シナリオライターの即死ルートは免れるでしょ……」
「何か言ったかい?」
「なんでも」
ぶつぶつ呟くシンシア嬢。何を言っているのかはいまいちよく分からないが、一人言を言いながらもテキパキと花をリボンと包装紙で包んでいく。
「相変わらずの溺愛っぷりですね」
「はぁ、俺も可愛い嫁さん欲しいいい」
アイザックが店内の花の枯れ具合をチェックしながら僕をからかってくるのに便乗して、チェルノがシンシア嬢の邪魔をし始める。どんな邪魔かと言うと、作業するシンシア嬢の髪をすくって口づけるという悪戯だ。
シンシア嬢はやんわりと微笑みながら、チェルノの手を振り払う。
「私なんか、チェルノ様と釣り合いませんよ」
「以前だったらそうだけど……今なら俺の方が君に届かなくて悲しいよ」
口説くチェルノにアイザックが射殺すような目を向けている。非番の日でもこいつらがでしゃばっているのはこういう理由が一番大きい。互いに互いを牽制しているんだ。
まぁ、空しい争いなんだが。
三人のやり取りを横目に花束の出来上がりを待っていると、ちょうどよく時間が潰せたらしく、花束の完成と共に、交代役の護衛であるセロンがやって来た。
「! セロン様、いらっしゃいませ」
「ああ、昨日ぶりだ、シンシア嬢」
寡黙な質のセロンが柔らかく目を細めてシンシア嬢に挨拶をする。シンシア嬢もとりわけ嬉しそうにセロンを店内へ招いた。その頬はほんのり赤らんでいて。
お分かりだろう。
正直、チェルノもアイザックも、勝ち目はない。
悔しそうにしているが、負け戦は負け戦だ。
あいつら、いつになったら諦めるんだろうか。
そういう僕は花束を受け取ったので、セロンと入れ代わりで店内を後にする。日報報告は明日でいいので、僕はこれから愛しの婚約者の所へ顔をだしに行くつもりだ。
久しぶりに可愛い婚約者に会えると、僕は浮かれた。
花束を贈れば、スーエレン・クラドック侯爵令嬢……エレはほんのりと微笑んで受け取ってくれた。
「ありがとうございます。嬉しいですがもう少し控えてくださらないと、我が家の花瓶が無くなってしまいます」
「花瓶が無くなるより先に枯れちゃうから大丈夫さ」
「あら、こう見えて私はお花のお世話が得意ですのよ」
エレは微笑みながら僕からの花束をメイドに渡す。
確かにエレは花を長持ちさせるのが得意なようだ。先週贈った花が、まだ屋敷の廊下に活けてある。
感心しながらその花を見ていると、応接室へと案内してくれようとしたエレがくすりと笑った。
「エルバート様のお陰で屋敷中花だらけですのよ」
「それは嬉しい。僕は君に贈った花達で君を囲って包んでみたいからね。花に包まれて眠る君は、きっと花の妖精のように愛らしいよ」
「花に包まれて……」
渾身の口説き文句がスルーされて、何やらエレが考え出す。……うん、エレが僕の口説き文句に反応を示さないのはいつものことだ。チェルノがシンシア嬢を口説くのを真似てみても、エレが靡くことはないのは分かっていたこと。悲しくなんか、ない。
つらつらと考えていたエレが、何か得心がいったのかぽんっと両手を打ち鳴らした。
「エルバート様。それでしたら次は百合の花でお願いします」
「百合? 好きなのかい?」
「いいえ?」
きょとんとするエレが可愛い。
じゃなくて。
「でも、白いシーツと百合の相性は良いと思いますよ? その中で私が眠るのです。素晴らしいでしょう?」
ベッドを花で囲う……我ながら口説き文句として恥ずかしいことばではあるけれど、本気に受け取ったエレが可愛らしく無邪気にお願いしてくるので、僕はついつい調子にのってしまう。
「確かに……白い君の肌と黒く艶々とした君の髪を、百合なら引き立たせられるね。僕も是非ともその光景を見てみたい」
「そうですねぇ。私が眠った後ならいいですよ」
「ンッ」
どうぞ夜這いしてくださいとでも言わんばかりのエレの言葉に、僕の紳士面が剥がれるかと思った。
……ふう、危ない、危ない。
僕はにっこりと微笑みながら、エレをエスコートすべく、腕を差し出す。
「エレ、そういう冗談は僕以外にしてはいけないよ?」
「冗談ではありませんが……百合は頂けないんですか?」
「勿論、百合は贈らせていただくよ」
君が喜ぶのなら幾らでも。
ここ最近、気分が塞ぎがちなのか元気がないのか、以前にも増して欲というものを見せなくなっていたエレのお願い。叶えずして何が婚約者だろうか。
エレが嬉しそうに微笑んだので、僕も嬉しくなってしまい、つい彼女の額に口づけをしてしまう。
エレは驚いたらしくて目を真ん丸にしちゃって、すごく可愛い。
僕はそんな彼女をエスコートして、応接室へと行くと彼女とのお茶を楽しんだ。
「え、百合?」
「そう、百合」
翌日、僕は日報を騎士団へ提出した後の暇時間を利用して、同僚達のたむろする花屋へとやって来た。
もちろん、シンシア嬢の花屋だ。
「沢山百合が欲しいんだ。花束が三つ四つできるくらい、沢山」
「いや、それはさすがに贈りすぎでは?」
「あのエレの我が儘だ。叶えてやりたくなるのが婚約者というものだろう?」
くすりと笑んで見せれば、微妙な顔をしたアイザックが呆れたようにため息をつく。
「エルバートの溺愛話で私はお腹が一杯です」
「僕は君らの溺愛を毎日目にしてるんだからお互い様でしょ」
「彼女には通じてませんけどね」
嫌みたっぷりに返してやれば、アイザックはふいっと視線を明後日の方にやってしまう。涙ぐましい彼らの努力に僕は強く生きろと念じてやる。
どうせ報われないけど。
今だってシンシア嬢はセロンを相手に、僕が注文した花束について頭を悩ませている。
「うーん、百合、百合かぁ」
「どうした? 百合は何か不都合でも?」
普段なら白けた目になりながらも僕の注文に答えてくれるシンシア嬢が、何やら百合について唸っている。
「いや、私の思い過ごしならいいんですけど……」
「何か気になることでも?」
歯切れの悪いシンシア嬢に前のめりになって聞き出せば、彼女は困ったように笑う。彼女の勘が侮れないことは、彼女の騎士として任命された面々なら百も承知だ。
話を促せば、シンシア嬢は丁寧に説明してくれる。
「この世界……じゃない、この国の百合って毒性が強くて。花粉を大量に吸ってしまうと死んでしまうこともあるんです。一輪二輪を花束に差す程度ならいいんですけど……百合の花だけの花束はちょっと健康上の問題で提供出来ないんですよね。それを三つも四つもとか。花屋からしてみれば心中でもする気なのかと」
「あ、はは……そんな、僕とエレに限って、そんな……」
ドクドクと嫌に心臓が鳴る。頬の肉がひきつった。
無知とは恐ろしい。僕は知らずの内にエレを殺してしまう毒花を贈ってしまうところだったのだ!
「毒花なのでしたら、売らなければいいのに……」
「百合の毒性はあまり知られていないんですよ。言ったでしょう、一輪二輪の花粉なら大丈夫だと。ただその毒性のある花粉のせいで百合の花畑は作れないから、百合は一輪辺りのお値段が高価になっているんです」
そうなんですか、というアイザックの相づちに、僕は真っ青になる。
そう、花畑ほどの、量だと───
『でも、白いシーツと百合の相性は良いと思いますよ? その中で私が眠るのです。素晴らしいでしょう?』
エレの言葉が脳裏を駆け巡る。
彼女は百合の毒性を知っていたのだろうか。
知らずにあんな無邪気なことを言っていたのだろうか。
脈打つ心臓を押さえて、今すぐにでもエレの元に駆けていきたい衝動を抑える。
そうだよ、百合の毒性はあんまり知られていないんだ。
それに、彼女が死にたがる理由なんてあるはずもない。
乾いた笑みを張り付けて、僕は注文した花束をキャンセルした。だけど、百合を所望したエレの喜ぶ顔も見たくて、一輪だけ百合を使った花束を注文し直す。
ほっとした様子で、シンシア嬢は花束を作ってくれた。
それじゃ早速贈りに行こうかと代金を払って店を後にしようとしたとき、交代のために一旦騎士団へ帰っていたチェルノが慌てて飛び込んできた。
「……はぁッ、え、エルバートいるか……!?」
「どうしたんだい、チェルノ?」
息を切らして駆け込んできたチェルノに全員が注目する。
何事かと促せば、彼は一つ呼吸をして、滝のように流れる汗を服の襟元でぬぐいながら答えた。
「クラドック侯爵が、捕まった!」
シンシア嬢、アイザック、セロンが、僕の方を振り向く。
僕は、告げられた言葉が信じられなくて、頭が真っ白になった。
「ど、ういう、ことだい」
「そのままの意味だ。何でも人身売買に関わってたらしい。ほら、この間シンシアが助けてた子供がいただろう。あそこから、芋づる式に発覚した」
「しまった、あれってエルバートルートのイベだったのか……!」
ぼそっとシンシア嬢が何やら呟いてるけど、その内容までは分からない。
とにかく今の僕の頭をしめるのは、しめるのは……。
「エレ、エレは!? エレはどうなる!?」
「一家全員捕縛されている。夫人の言動が怪しくて、最悪謀叛の疑いが───」
「あ、待てエルバート!」
僕は駆け出す。
今、エレを一人にしてはいけない。
そう思う。
花束を放り投げて店内から飛び出そうとしたところで、凄まじい殺気が僕を襲う。
僕は咄嗟に腰の剣を抜き放ってガードした。
キィン、と金属の甲高い音が響く。
「……落ち着け、エルバート。こういう時こそ、慎重に動くべきだ」
「……セロン」
セロンの殺気を浴びせられた僕は、幾分か冷静さを取り戻す。二回深呼吸して、気を沈めた。
「……ごめん。ありがとう」
「気にするな」
剣を収めて鼻を鳴らすセロンに苦笑する。
うん、一気に頭が冷えたよ。
僕も剣を収めると、ホッとした様子のシンシア嬢達が僕らの様子を伺っている。
僕が肩を竦めると、チェルノが僕の肩を叩いてきた。
「スーエレン嬢が関わった証拠はまだ出てきていない。きっと道はある」
「ああ、そうだな……すまん」
「愛しいの婚約者がそうなれば、誰でも焦りますよ」
優しい仲間に慰められ、涙が出そうだ。お前達、優しすぎるだろう。
「あ、あの、そのこと、なんですけど……!」
意を決した様子のシンシア嬢の言葉に、僕ら四人の騎士が注目する。
「早くしないと、スーエレン様が死んでしまうやも……」
「なんだって!?」
ガバッとシンシア嬢に詰め寄ろうとすると、アイザックが間に入って僕を止めた。
「可能性の話です! あの、私の推測が正しければクラドック侯爵が……!」
シンシア嬢の勘はよく当たる。
シンシア嬢の言葉を聞いた僕は、シンシア嬢が述べた最悪の結末を覆すべく、すぐさま動き出した。
◇
やっぱり私にはバッドエンドしか残されていないらしい。
屋敷を取り囲んであっという間にお父様とお母様を捕縛していく騎士達。
くるっとその騎士達を見回してみるけど……うん、私の婚約者はいないね。
時期的にはエルバート様はヒロインと既に出会っていてもおかしくない。仕事について聞くことはしなかったから分からないけど、でもこの時期ならヒロインの護衛に着いているんじゃないだろうか。
シナリオ通りなら度々どこかで関わるはずなんだけど……私がこの一年ずっと引きこもっていた成果か、ヒロインと私自身の邂逅は無かった。
それでもシナリオは私を断罪したいらしい。
ほらねー、やっぱりねー。無駄な抵抗だとは思いつつ、私がヒロインとの関係を断ってみたって、結局は私は死ぬんだよ。
ハハハ、マジで鬼畜シナリオ。無理ゲーとはまさにこのことだわ。
ぼんやりと抵抗もなく騎士に従えば、侯爵令嬢ということもあって必要以上に乱暴には扱われなかった。
でも途中、エルバート様がくださった花達が目についてしまって、その花を一輪だけ手に取ってしまう。
「スーエレン嬢」
「一輪だけです」
「申し訳ございません」
騎士に首を振られて、私はそっと花を戻した。自分自身への餞も許されないのかと自嘲する。
まぁ仕方ないか。私はシナリオを知っていた。どこかのタイミングで父がやらかすだろうということを知っていた。でも私に止めることはできないと敢えて放置していたんだから、私の罪は重い。
お父様とお母様とは違う馬車に乗せられて、私は護送されていく。たぶん牢屋に放り込まれるんだろうなぁと思いながらガタゴトと移動していると、その内目的地に着いてしまった。
「降りてください」
騎士に囲まれて、私は移動する。
牢屋……に行くと、思うんだけど……なぜ私は王宮の廊下を歩いてるんだろう?
ん? これはもしや謁見の間とかで婚約破棄の申し渡しとかいうフラグ? そういう系?
どうせ私が死ぬことに変わりはないんだろうなぁとぼんやりしていると、応接室らしき一室に通された。そこにはエルバート様を含んだ四人の攻略者、そしてヒロインが、いて。
ああ、やっぱりこれは婚約破棄フラグと穏やかに微笑んで見せれば、今にも泣きそうな顔でエルバート様が私を抱き締めた。
「そんな、死を悟ったような顔で笑わないでくれ……! 僕が、僕がどれほど心配したか……!」
「何をおかしなことを仰るのです。お父様は悪いことをしたのでしょう? 罪を購うのは家族として当然です」
「そんな屁理屈は聞かない!」
いやいやいや、屁理屈でもなんでも無いんだけどなぁ……。
「あの、エルバート様」
「なんだい」
「一つだけ我が儘をいいでしょうか」
「……なんだい」
ぎゅうっと私を抱き締めるエルバート様に、駄目元でお願いをしてみる。
「死ぬときは毒殺でお願いします。私が眠っている間に、前に言っていたみたいにベッドに百合を敷き詰めて部屋を密閉にして欲しいのです。綺麗なまま死にたいんです」
「ッ、そんな我儘聞けるわけがない!」
そっかー。残念だ。
毒殺が駄目なら、斬首とか? 痛いのと怖いのは嫌なんだけどなぁ。
そんなことをつらつら考えていると、ますますエルバート様の締め付けがきつくなる。あたた……もしや圧死?
ぎゅうぎゅうされて、意識が朦朧としてくると、慌てた様子でエルバート様を止めようとするヒロインが見えた。
「エルバート様! 腕! 腕! そのままではスーエレン様が本当に死んでしまわれます!」
「っ!」
狼狽した様子でエルバート様が腕を緩める。それから私の顔をそっと覗いてきた。
「すまない、エレ」
「いえ……エルバート様の腕で死ねるのなら本望でしたのに」
「縁起でもないことを言わないでくれ!」
叫ぶエルバート様に内心驚く。いつも紳士然として優しい彼が、こんなにも憔悴して大声を出すなんて信じられなかった。
私が困惑している間に、ヒロインが私の側に寄ってくると、にっこりと笑った。
「はじめまして。私、花屋のシンシアです。スーエレン様、もう大丈夫です。あなたがお家のことに巻き込まれて死ぬことはありません」
「……それは、どういうことですの?」
ヒロインさん? 言ってることが分かりかねるのですが。
死ぬことはないって……いやいや、貴女の選択肢一つで私の死亡フラグはたちまち立つんですけど?
何を言ってるんだとばかりにヒロインを見れば、彼女は面白そうに微笑んだ。
「エルバートさんが責任もってあなたをお嫁さんにしてくれます。あなた自身に罪がないことを私が保証しますので……こうみえて私、権力にはめっぽう強いのです」
知ってますよ、だってあなた、国王の隠し子ですもんね。
知ってはいても、そんなこと知らないはずの私が言えるわけもなく、あいまいに微笑んで見せれば、ヒロインの後ろにいた攻略者の一人……アイザック様が説明してくれる。
「エルバートの、あなたへの溺愛ぶりは騎士団でももっぱらの噂でして……。あなたを嫁にできないなら一緒に死ぬとまで言い出しまして。それは騎士団の損失だと判断されたのです。そこにシンシア嬢の嘆願もあって……まぁ何だかんだとありまして、クラドック侯爵は爵位剥奪になりますが、スーエレン嬢のリッケンバッカー家への嫁入りはこれまで通りにということになりました」
ほんともう何だかんだあったんですね??
聞いててさっぱりな展開なんですけど???
というか、幾らヒロインとはいえ、そこまで権力に強いものなの? アリなの? アリだからそうなってるの??
いやもう、本当に訳が分からない……。
首を捻り続けていると、エルバート様が私の頬をやわやわと撫でる。その瞳は、とろりと熱を孕んでいて。
「あなたが、死ぬほど悩んでいたことに気がつけず、すみませんでした。僕が、もう少ししっかりしていれば、侯爵ももっと早くに道を正すことができていただろうに……」
「エルバート様のせいじゃありませんよ」
お父様もお母様も救いようもないくらい権力に固執するタイプの人間だったので、全ては必然だった。ここがゲームの世界である限り、きっと未来は変わらなかっただろうし。
「むしろ、エルバート様が巻き込まれなくて良かったと思います」
「エレ……!」
またぎゅうっと抱き締められる。おうう、あんまり締め付けると、息ができな───
「君のことは僕が守るから。もう死ぬほど思い詰めることもないんだ」
「……本当に?」
どんな死亡フラグからも、守ってくれる?
「勿論だとも」
ちゅ、と唇が啄まれる。
私はぐるぐると考え込んだ。
スーエレン・クラドック侯爵令嬢は悪役令嬢だ。
悪役令嬢が正しくエルバートと結婚するルートなんてあったっけ……?
「ん……? ん……? これどこのルート……?」
何回も脳内で騎士ドレのルートを確認するけど、エルバートが悪役令嬢に告白するシーンなんて見当たらない。
というか、ヒロインそっちのけでスーエレンを抱き締めるストーリーなんて無かったよね?
しかも、キス、まで。
……キス。
私の、今世、前世を含めた、ファーストキス。
「……きゅう」
「え、エレ!?」
「スーエレン様!?」
パタンと処理オーバーで私の意識が閉じる。
エルバート様とヒロインが何やら叫んでるけど、私はもう知らない。
うん、でも、そうだね。
鬼畜シナリオライターのことだから悪役令嬢の死にエンドに油断はできないけど……でもエルバート様が守ってくれるなら……。
もう少しだけ、この世界を生きてみるのもいいかもしれない。