間章、兄を想う
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僕には居場所が無かった。期待され、気の許せる人がいなかったんだ。唯一、兄さんを除いて。
兄さんは僕の光で、希望だった。僕には昔から兄さんしかいなかったんだ。多分、それこそが兄さんを苦しめた大きな原因。
兄さんが僕を離れてから一年、がむしゃらに頑張った。勇者として国と契約を交わし、人殺しまでした。
全ては兄さんと地球に帰るため。地球に帰ったら、他愛の無い話をして、友達に兄さんを紹介して……普通に暮らしたい。
兄さんの為なら僕は人殺しだってする。
僕の全ては兄さん、兄さんは僕の全てなんだから。
広く長い廊下、床は大理石のような石で作られている。廊下の側面にはズラッとドアが並び、すれ違う人達は僕に頭を下げていく。
そうだ、僕は勇者なのだから。
僕が部屋に行こうと廊下を歩いている時、向こうから来る少年が見えた。金髪の、美しい少年。
だがその正体は魔法師団の第一部隊隊長。確か、名前はシオンと言っていた。
シオンは僕に気付き、口元に笑みを作る。うん、彼はやっぱり何を考えているか分からない。子供のくせに達観したような物言い、だけどどこか子供っぽい。
「確か、順也と言ったか? 仕事はもう終わったようだな」
シオンは僕の前に立ち、声をかける。それに当然僕も反応した。
「ええ。貴方は魔法師団のシオンですね?」
「そうだ、良く覚えていたな」
「当然ですよ。シオンは有名ですから」
「うむ、それより順也、話があるのだが」
「なんでしょう?」
僕はシオンの真剣な表情に、疑問を感じた。彼のこんな顔、あまり見た事が無い。普段は飄々とした表情をしているから。
「実は、お前の兄に会った」
「!? 本当ですか!」
僕は驚きを隠せず、口に手を当てた。なぜ、なぜ彼が兄さんと会うんだ?
「ああ。街に欲しい人材がいてな、自ら出向いた時に、匂いで分かった。お前と同じ、血の匂い」
「兄さんは、元気でしたか?」
「うむ。あれは少々危険な匂いだったな。元気といえば元気だが、気配にお前のような神々しさも、光も感じなかった。どす黒い、濁った闇。奴に感じるのはそれだった。……ククク、兄弟のくせに正反対だな」
僕はその瞬間、怒りが込み上げてきた。
「兄さんを貶すな……!」
殺気染みた声に、シオンは少し驚いたように顔を上げる。
「すまなかったな。……ただ、お前も会うときは覚悟しておいた方がいい。召喚した時よりかなり……」
「いや、ええ。すみませんでした。大事な兄さんなので……たった一人の、僕にとっての居場所。覚悟なんかいりません。兄さんなんですから」
笑みを浮かべて、僕はシオンを見る。
「そうか。では、仕事があるので、ここで失礼する」
「ええ。情報、ありがとうございました」
頭を下げ、通りすぎるシオン見た。
兄さん……僕はまだ会えないけど、必ず会いに行くよ。全てが終わったら、ね。
「兄さん……」
ポツリと呟いたその言葉には、僕にも気づく程の悲しみがこもっていた。