46話 廻転
「とりあえず拒否権も選択権も無いなら…… サイカさんの望むままに……」
「私では無く、桃花さんの望むまま…… というのが正しいのですけれど…… 相手の決定に流される方がお好みでしたらソチラで構いませんことよ♪」
そう言った彼女はニコリと笑う
だが、優しく細めた白眼の奥には恐怖を感じた
「さぁ…… いらっしゃいませ……」
静かにサイカは言った
だが、私には少し、迷いがある
私から向かえば、先に手の内を見せる事になるのでは無いだろうか?
そんな考えだ
「サイカさんからどうぞ」
私は、そう答える結論に至った
「貴方が戦ってみたいのですわよ? でしたらソチラからどうぞ……」
彼女は私の言葉を突っぱねる
なぜ来ない……?
私よりも強いのなら自分から襲うべきだ
彼女は私の力を測ろうとしているのだろうか?
しかし、状況が状況
このまま譲り合ってもラチが開かない
「じゃあ、私から行きます……」
「はい♪」
優しく応えるサイカ
そのメガネの縁の色が、また変わった
《青》
綺麗な……
吸い込まれるほど繊細なコバルトブルー
コレは…… 完璧に研ぎ澄まされた…… 《冷静》
いや、そんな事を考えている場合では無い
戦うと決めた以上、戦うべきだ
私は心に語り掛けた
『どうであってもやるしか無いなら…… クロ、ヒーリングのスタンバイ! シロは筋力アップをヨロシクね!』
【承…… 知……】
【了解ニャ♪】
『アカは左手、アオは右手に待機!』
【左手、了解ッピ♪】
【出なくても良いッシャ?】
『うん、アオ…… ちょっと気になる事があってさ……』
【気になる事って何ッシャ?】
『解んない』
【気になる事が解んないッシャ?】
『うん、違和感だから…… 確定したら言うよ♪ それに相手は無手だしね』
【うぃッシャ♪ とりま待機ッシャな!】
『ん! いくよ♪』
体全体に力が漲る
皆が力を貸してくれているのがよく解る瞬間だ
その状態でサイカを見据える
彼女は私を見ながら少し驚いた様な表情を浮かべていた
「あらあら? 桃花さんはオッドアイでいらっしゃるのね♪」
オッドアイとは虹彩異色症
左右が別色の瞳の事だ
私の能力発眼時に《右眼が紫色》で《左眼がワインレッドカラー》の事を言っているのだろう
「ええ、まぁ」
「美しい瞳ですわね♪ 能力発眼時の《ノア》様のようですわ」
「ノアって人もオッドアイなの?」
「ええ♪ 右眼が世界を創りし蒼眼、左眼が世界を滅ぼす紅眼…… 本気をお出しの時には額に創造と破壊を混ぜ合わせた紫眼が♪」
「三眼なの?」
「ええ♪ 本気なら、ですわ」
「そうなんだ……」
サイカはフフフッと笑う
だが直後、その優しげな雰囲気を変え、言った
「さぁ、始めましょう」
やはりそう来るよね……
時間稼ぎもココまでか
「解りました…… では…… 行きます!」
私はサイカに走り跳んだ
絞りきった左拳を彼女の顔面に放つ
が、ヒラリとソレを躱す
コレは牽制だ
躱される事など予定通り
続いた右拳を腹へと打ち込む
ソレもまた、彼女は優しく左掌で受け流した
なんてガードの堅さだ……
だが……!
体を捻り、振り上げた右足
渾身の右回し蹴りを上段顔面へ喰らわせる!
受け流す為、下げたばかりの左手なら打ち込めるはずだ
しかし、彼女は微笑んだ白眼のまま……
顔の隣に上げた左手に右手を添えて受け止めた
嘘でしょ!?
結構なスピードのコンビネーションよ!?
戦い慣れているとはいえ、守りに入るのが早すぎる!
そんな考えよりも、突如襲った《痛覚》
痛っっ!?
何が!?
私は回し蹴りの軸にしていた左足で大きく飛び退く
トン、と足を地に着けると同時に襲う激痛へ右膝から崩れた
どんな鍛え方すればガードした程度の腕より、私の蹴りのがダメージ受けんのよ……
痛みに耐えながら私は立ち上がる
そしてサイカに目を向けた
今も優しく私を見詰める彼女
だが、構えは崩さない
本当に戦い慣れている証拠だ
確実に相手を倒すまでは、あるいは殺すまで構えを解かない
ガクガクと痛みで震える右足
その痛覚が和らぐ
クロのヒーリングか♪
助かるよ……
でも、打開策は切り開けるのだろうか……
痛みが完全に無くなった時、改めて、構えたままの彼女に目を凝らす
その構えた…… 両手?
そこに何かが掴まれていた
袖の中から出てきたと思われる、L字の様に見える棒だ
更に掴んだ手、その小指側から拳先にまで伸びていた
クッ……!
痛みの正体はコレか……
「面白いモノを使うんですね、サイカさん……」
「そうでございましょう♪ 私の相棒、《トルネード》と《ハリケーン》ですわ」
廻転という意味か……
正しくその通りの武具だろう
私にニコリと笑い、彼女は構えを解く
そして袖を捲り上げた
美しく白い両腕
ソレよりも尚、白い武器
真っ直ぐな持ち手、その横からは腕に添って拳の先から肘までを1本の真っ直ぐ太い鉄の棒が在った
ソレを2本、両手に掴んだ《ト》の字の様な武具
コレは《トンファー》……
知ってはいるが、見るのは初めてだ
近接戦闘用のトリッキースタイルが主体武具
厄介な代物だね……
殴る叩くと、斬る以外が兼ね備わり、守りまでも可能とする物か……
手中を軸に長い方を回転させてもリーチ自体は掌から肘までの距離だから大したこと無い
だけど、この場合の危険度は使い手の強さだ
器用さとセンス、そして鉄壁の守りから体術に即移行できる人なら近接戦闘で勝ち目は無いだろう
さて、どうしたものか……
【桃様、敵は無手じゃ無いッシャ♪ 武器があるなら武器で対抗するべきッシャ】
『そうだね♪』
突如語り掛けたアオに頷き応える私は右手を前に付きだした
現す紫色の剣
ソレを両手で構えた
「素晴らしく研ぎ澄まされた巡り巡る力の奔流…… 美しい剣ですわね♪」
彼女は構えたまま、そう誉める
「ありがとうございます…… サイカさんが武器を持っているなら私も良いよね?」
「勿論ですわ♪」
その言葉を皮切りに私は一気に走った
間合いに入る直前から振り下ろす
ソレを彼女は退いて躱した
そのまま走り込む私
振り下ろした剣を振り上げるが、彼女は左に躱した
その体勢で私に殴り掛かる彼女
私は腰を落として躱す
が……
ズバキャ!
強い痛みが脳天に響く
即座にヒーリングを受けるが、痛みは強い
彼女に目を向けた私の瞳に映ったモノは、サイカの掌を軸にクルクル廻るトンファーだった




