41話 塩、一撮みの心
この料理が失敗に向かえば、ソレは私の責任
私が厨房に逃げ込まなければリンデロイさんや料理人さん達は一級品の食事を作れた
絶対にソウだ……
こんなに料理へ愛情を注いでいる人達に迷惑は掛けられない
何度も差し水をし、味を見る
そして間もなく……
私達のスプーンを口に運んだ後…… 止まった
私はリンデロイを見る
彼女もまた、私を見る
そして同時に頷いた
「整った! 桃花、コシ……」
「コレが《コショウ》ね! はい!」
彼女の魂は伝染る
絶対に笑顔を創るというハートフルな魂
心地良いジャズ・セッションの様な、混ざり合い、そして高め合う旋律
私はその芸術に一役関われるという気持ちが、彼女の想いにリンクした
「言わずとも解るかい……」
「解るよ! リンデロイさんのスマイル・メイクは究極のアートだもん♪」
「そうかい、そうかい♪ じゃあ……」
「はい! 《塩》ね!」
そう言って器に入った塩を渡す私
ニヤリと笑った彼女は一撮みの塩を入れ、少々のコショウで味を整える
そしてまたスプーンを口に運ぶ事を繰り返した
繊細な作業
1人分の食事ならもっとスムーズに出来るはずだ、彼女程のレベルならば……
大きな寸胴鍋に宮殿で働く者、全ての食事が有る
本気で全員の笑顔を創りたいと願っているんだ
彼女が味見をし、ピクリと眉が動いた
そして彼女が向けたスプーンを受け取り私もノドを通す
彼女は言った
「アートだねぇ♪」
私も言った
「アートだけど、ソレだけじゃない…… 料理人さん皆の…… 魂だね♪」
「ああ、そうだねぇ…… 魂だ♪ コレで今日も皆の笑顔が見れそうさね」
そう答えた彼女から視線を外して料理人さん達をグルリと見回す
そして彼等、彼女等と共に一緒に……
いっぱい、いっぱい、精一杯…… 笑った
ひとしきり笑い合った私と料理人達
そんな中で一瞬止まった間を見逃さず、リンデロイは壁際に立っている10名の侍女に言った
「こんな魂の迸りを毎日してるわけさ…… 皆、感じる所があったかねぇ?」
侍女達は俯く
そして1番最初に顔を上げたユユコが応えた
「はい、とても…… こんなに一生懸命料理を作って下さってたのですね…… ありがとうございます…… そして、皆様の聖域を汚してスミマセンでした」
「解れば良いのさ♪ それに桃花の魂も感じたかい?」
「はい…… 賊では…… 無いですね」
コクリと頷くリンデロイは尚もユユコを見据える
「じゃあ、どうする?」
「上からの指示では捕らえよ、と」
「少し怪我させても良いみたいな話があったようだけど?」
「はい、まぁ……」
ユユコは困ったという表情をしていた
そんな彼女にリンデロイは呆れた顔で首を振っている
「アンタら、ソレを鵜呑みにするわけかい? そりゃお前達の腕前を過小評価してるって事でしょうが!」
「え!?」
「ホントの強者はねぇ、求めずとも手加減出来んだよ…… お前達がヤワな女じゃ無いって認めて貰いたいならアンタ達から言うべきでしょうが、『私達なら怪我させなくても捕らえられる』てさぁ! 舐めんじゃ無いよ、ひよっ子どもが」
「ス、スミマセン……」
そう言ったユユコは、リンデロイの言っている事を理解したのだろう
明らかに厨房へ入室してきた時とは別人の様にシュンと肩を落としていた
そんな彼女にリンデロイは言う
「塩、一撮みの心を忘れんじゃ無いよ」
「塩…… 一撮み?」
「そうさ…… 塩は味にアクセントを付け、引き立たせる無くてはならないモノ…… だがね、ベストのポジションに持って行くには経験とセンスが必要なのさ♪ このデカい寸胴鍋なら一撮み…… 小さい家庭用の鍋なら一粒の塩でも味は変わるんだ」
「塩、一粒ですか?」
「ああ♪ 解るかい? その一粒を決めるのが経験とセンス…… そして、手加減! ソレは全てに通ずる…… 私達にとっては食材の切り加減に水加減、塩加減に火加減…… この寸胴鍋の掻き回し加減だってそうなのさ」
「手加減…… 手加減が出来ないから…… 怪我をさせてもの指示……」
「手加減は武器を振るう者にとって無くてはならないだろう? 人を殺めるだけの道具じゃ無い…… 戦場を征するのは殺技だけじゃ無いんだ」
「そうですね……」
「加減とは即ち《思いやり》だ♪ 私達料理人の加減は、これから頂く、そしてこれまで生きた食材達を最高の食へ変化させるという思いやり…… だから失敗は出来ない! そしてアンタ達は武器を振る相手への敬意を込めた思いやり、ソレがお前達が身に付けなければ成らない加減なのさね」
「はい……」
「鑑定眼だってそうさ! 桃花に邪気が無い事なんざ、この厨房に居る奴ぁ最初から全員お見通しさね♪ なんせ、一流の料理人が揃い踏み…… そして目利きの達人揃いなんだからさ! だから一見でも驚きはし無かった…… お前達、侍女よりもよっぽど武人だと思わないかい?」
「そうですね…… 指示ばかり、命令ばかりに目がいって…… 本質が見えてませんでした」
「良いんだよ♪ こういうのはタイミングが重要なのさ! だからお前達はこれから毎日毎日、一粒一粒の真心を育てて良い女に成ればいいさね♪」
『『はい! 御教授…… ありがとうございました!!』』
侍女達が揃ってそう言った
リンデロイは彼女達にニヤリと笑う
そしてそのまま私に向き直り、向けたその手にはピース・サイン
私も同じくソレをリンデロイに向けた
「さぁて…… 食事の準備は整ったし安心だ! 桃花はどうする? 宮殿仕え希望じゃ無さそうだねぇ……?」
リンデロイが私に問い掛ける
「うん、実は…… まぁ色々あってさ? ノアって人と、加藤…… ムーンって人に会わなきゃならないみたいなの」
「ほう…… 上様達にかい? じゃあ行きなさいな!」
「は? 料理長まで…… そんなに簡単で良いの?」
「簡単? 上様にお目通りがかい? だってアンタは会いたいだけだろぅ?」
「いや、そうなんだけどね…… 信用しすぎじゃ無い?」
私の言葉に目を丸くした彼女は、その顔のまま料理人達と顔を見合わせる
そしてその後…… 大爆笑した
「アハハハハ♪ 面白い! 面白いよ桃花ぁぁ!! 信用だって!? アンタの素性が信用出来なくても、その邪気を全く感じさせない目と、料理に真っ直ぐなハートは偽り無いじゃないか♪」
「でも…… ソレだけで……」
「ソレだけで良いのさ♪ 私ら一流の料理人さね! 食材の良し悪しだけ見抜くと思ってるのかい? 人も同じなんだからねぇ♪」
「料理長……」
「もう料理長じゃ無い♪ だってアンタは別な何かを成さねばならないんだろ? その為に宮殿に来た…… 違うかい?」
「うん、そう」
私はコクリと頷く
彼女もまた、私に笑顔で頷き返した
「なら桃花は料理人じゃ無くて客人だわねぇ♪ 料理人という枠なら私は料理長だけど、客人なら私と同格だ! だからアンタは桃花、私はリンデロイって事さ」
「そう…… ですね! リンデロイさん♪」
「うんうん! でも働き口に困ったんだったら、1等はじめに私へ連絡よこしな♪ 桃花なら面接無しで即採用さぁ! なぁ、お前達!」
「おうさ!」
「余計な事しないでさ、ココで働きなよ!」
「だぜ! 待ってっからよ!」
「勿体無いって、桃花の腕前は!」
「もう就職しちゃおう!?」
ジーンと温かい胸の奥
そして目頭が熱くなる
ホントにハートフルな人達だ
頑張って涙を溢さないようにしながら、私は皆に言った
「アハハハ! ありがと♪ もし就職活動で困ったら…… 絶対ココで働かせてね!」




