4話 もういい
「着いたぞ」
ただ、何気なしに歩いていた帰路
ふと気付くと家の前に立っていた
「どうした? 入ろうぜ」
「うん……」
私は頷く
そして、玄関をくぐった
靴を脱ぎ、家内へと向き直る
右手にはキッチンとリビングが併設した部屋
正面1階にはトイレやお風呂が奥にある
左手には階段があり、2階には私達家族の部屋
3階はイッちゃんの家族が使っている
2階と3階は同じ部屋数だ
なのでイッちゃんと妹2人は一緒の部屋だった
私は家に着いてからリビングの戸を開けた
中では私のパパとイッちゃんのパパがテレビを見てケラケラ笑う
バラエティー番組なのだろうか?
そしてキッチンでは私のママとイッちゃんのママが食器洗いを仲良くこなす
ふと、見ていた先の女性の視線が私に止まった
「あら、桃花♪ お帰り!」
そう言ったのは私のママ、茉莉花
「お帰り! もう10時過ぎか…… 随分遅かったじゃん? 練習お疲れ様! じゃ、夕食食べな♪ 食べ終わったら洗っちゃうから」
次いでイッちゃんのママ、美里が笑顔でそう言う
「うん、ありがと…… 頂くね」
2人に答えた私はスタスタとダイニングテーブルへ足を運ぶ
そこには1人分の夕食が準備されていた
私はダイニングチェアに座り、足元に胴着の入った荷物を下ろす
そして、夕食を眺めた
ワンプレートに乗って居たのはハンバーグ
そしてその手前にはご飯とオニオンスープ
ハンバーグは大好きだ
オニオンスープも同じく好き
私はパンよりご飯派
好きなモノだらけで嬉しい
だが、今日は……
今日だけは、その気持ちが持てなかった
「あのさ……」
「ん?」
「今日の練習はハードだったから…… あんまり食欲無くて…… 明日の朝に食べても良い?」
「そんなに大変だったの!? ありゃりゃ…… いつも練習の後はパクパク食べるからさぁ」
「うん、ホントいつも美味しいんだけど…… 今日はちょっと、ね」
「そっかそっか! オーケー♪ 明日の朝ね! ラップかけて冷蔵庫に入れとくから」
「うん、ありがと♪」
そんな感謝の言葉を口にし、私はダイニングから離れた
扉を開けて、廊下に出る
正面にある階段
その手前を横切り、浴室側に歩いた
ふぅ、と一息つく
そして汗に濡れた胴着を洗濯機に放り、私は部屋に向けて歩いた
部屋の戸を開け、暗がりの中でスイッチをカチリと鳴らす
住み慣れ、居慣れた私の部屋
まだ照明が点かなくてもクローゼットの位置は解る
荷物を置き、クローゼット内にある衣服棚に手を掛けた頃、照明が点灯した
取り出した下着とパジャマ
ソレを携え、また1階へと足を運ぶ
向かった先は浴室だ
中に入ると既に丁度良い温度に沸いた風呂、そして湯気
有難い
でも、今日は風呂に入りたい気分では無い
私はシャワーヘッドに手を掛けた
温度を調節するレバーと水量を調節するレバーを交互に捻り、体を打つ水飛沫
そこでまた、私はしゃがみ込んだ
まったく…… 私ってヤツは……
うわ……
また後悔か……
もういいって、そんなモン
サラリとシャワーで汗を流し、パジャマに体を通す
そしてまた私の部屋に向けて暗がりの階段を上がった時、上階から声がした
「な、なぁ…… 桃花」
自室の戸を開けようと思った直前の事
振り向いた先には3階に登る階段
その中腹で腰を下ろしたイッちゃんが暗闇の中で私を見ていた
「何? そんな暗いとこで……」
「いや…… なんつーか……」
「何よ…… ハッキリ言ったら?」
「う、うん…… 昼間の…… 事だけどな」
直ぐに察した昼間と云うワード
私が彼に胸の内を告げた件だろう
「その話は聞かないよ」
それだけ言い、私はドアノブを捻る
「いや、待てって!」
「待つ必要は無いよ…… さっき迎えに来てくれたときも言ったよね? 今さ、とてもじゃないけど冷静に物事考えられないの…… だから今は聞かない」
「あの…… 俺……」
何か言おうとしたことは理解出来る
だが、私は自室に足を入れて戸を閉めた
もう、ほんとヤだ…… 私って……
彼にしたのはある意味八つ当たりだ
冷静になど居られるものか
私は今日、大きなミスだと思える事を2度した
何もしなければ家族で居られたイッちゃんに想いを告げ、今尚、ギクシャクしてしまった件
そして、ひなこに私の力を見せてしまった件だ
まったく…… 何をやってんだ
「ははは……」
そんなつもりは無く、部屋の戸にもたれ私は笑った
今日だけで何度しただろう
後悔を……
後悔?
してないってば、そんなモン
明日からどんな顔で、ひなこと顔を合わせるんだ……
いや、もういい
考えるのは、もう止めだ
寝よう……
スタスタと床を鳴らし、ベッドに歩み寄る
そういえば電気を点けていなかった
もういい、それすらも面倒だ
カーテンの隙間から覗く月の光で充分
そして私は掛け布団に手を掛ける
不意に感じた違和感
私のベッドに奇妙な膨らみを確認した
ポコポコと山が2つ
ん? 2つ?
ああ…… そういう事か
ゆっくりと手を向けた掛け布団
静かに少しだけ持ち上げる
そこには女の子が2人、スヤスヤと寝息を立てる樹の妹、泉と咲子の姿だった