31話 ミヤの為に生まれた刀
ミヤの顔には苦笑いがあった
レイジを超える事は出来ないと、心のどこかで思っている
そんな気持ちを察した私は彼に言った
「ミヤ、アンタはレイジさんを超えるって言葉にしたんだからね! 男に二言は無いよね♪」
「はぁ? お嬢…… 俺をハメたな!?」
「違う違う! アウトプットしただけ♪ 人に覚悟をちゃんと話したらヤルしかないっしょ!?」
「くっ……」
思い通りに事を運ばされたミヤは悔しさを満面に出す
ソレを見たレイジは「あははははは♪」とお腹を抱えて大笑いした
「ミヤは彼女の巧みな話術に引っ掛かっちまったな♪ まぁ、何はともあれ俺を超えると言葉にしたんだ! 超えて貰うぞ♪」
「ああ、超えるよ…… 絶対に……」
「いいだろう♪ ならミヤと俺の《差》をキチンと見せておくとしようか! 今のお前なら素直に受け止められるだろうからね」
「何の話だ…… レイジさん?」
ニコニコ笑いながらレイジはミヤに背を向け歩き出した
スタスタと足音を鳴らし、数メートル離れた位置まで移動すると向き直る
そして少しボリュームの上げた声を私達に掛けた
「近接戦闘ってのはね、ある程度力の差も近い方が互いに成長するんだよ」
「だから?」
「俺はミヤがもっともっと成長する為に…… 悪いが手を抜いていた」
「え!? あの強さでかよ!」
「いや、近接戦闘だけなら本気だったよ、それなりにはね♪」
「じゃあ…… どんな差を見せてくれるって事さ?」
「フフ…… まぁ、見てなよ」
そう楽しげに答えたレイジ
右手には大剣を握っていた
そして大きく振りかぶる
「桃花、少し離れてくれるかい? そしてミヤは白い眼を発眼したままにしておけ! じゃないと体中の骨が折れるぞ」
「わ、解ったよ……」
「え……? わ、解った!」
ミヤはそのままに、私はその場から離れた
彼等の姿が一望出来る位置まで退き、何が起きても良いように目を凝らす
「先に言っておく…… これからミヤに俺の剣を投げる…… だから躱してみろ」
「投げるの解ってて当たるわけないだろ?」
「じゃあソレで良い…… 行くぞ、ミヤ!」
一気に膨張したレイジの殺意と大剣を掲げた腕
ズヒュン!
大剣が飛んだ
投げた、速い!
だが確かに投げる事を解っているミヤに躱すことは容易い
彼の移動速度も常人のレベルでは無いのだから
ミヤに刺さる正にその刹那、彼の捻る体
最小限の動きで躱す体術は大した者だ
が……
「インフェルノ!!」
グボギッッッ!!
レイジが叫んだ直後、妙な音を立てミヤは大きく吹き飛んだ
背後から強い衝撃を食らったようで前方に向かって弧を描く
落下しズザザとうつ伏せで地を擦り止まったミヤは即座に仰向けへ返したが……
その顔の前にはレイジの大剣の切っ先が《寸止め》されていた
「グッ…… ゲハッゲハッ! 痛っってぇぇぇぇ…… クソッッ…… な、何が起きたんだ…… 俺は確かにレイジさんの剣を…… インフェルノを躱したはずだったのに!?」
ミヤは仰向けのまま青空とレイジを視界に映す
レイジはニコリと笑い、腰を屈め、大剣を置いてミヤに手を差し出した
グイッと引き上げ立たせる彼は弟子へと告げた
「コレが信頼関係なんだよ…… 俺の剣もまた意志を持っている…… だから彼に頼んだんだ」
「何を……?」
「バカ弟子の目を覚まさせてやってくれってな♪」
「目を、か……」
「ああ♪ 通り過ぎた後に思いっきり剣の腹でぶっ叩いてやれってさ」
そうミヤに告げたレイジは、ニコリと笑って言葉を続けた
「解ったか? 今のミヤが俺に勝つことは出来無い…… お前はお前の力で挑んでいるだけだが、俺の本気はインフェルノとのコンビネーションなんだ♪ 理解出来たろ? ミヤと俺の差は1対1じゃ無く、1対2でも無い…… お前と違って間合いが桁違いに広いんだ、俺はね♪ ソレは今のミヤを4、5人揃えたレベルだって事だ」
「1対5か…… ああ、解ったよ…… 今の俺ではレイジさんに勝てない……」
「そうだね…… そして君が最優先にし無ければならない事も理解したね?」
「それも…… うん、解った…… 兼光の信用を取り戻すために修練する」
「解ってくれたなら良いさ♪ お前は独りじゃ無い、いつも隣には兼光が支えてくれている」
「そう、だね……」
レイジはミヤの頭を優しく撫でる
ミヤは嬉しそうに……
でも、恥ずかしそうに、はにかんで居た
私には無かった師と呼べる存在
それでも感じる事の出来た師弟の絆が、強く優しく……
また、温かく私の心を満たした
不意にレイジが私に目を向ける、そして、
「桃花♪」
そう一言、告げた
私は頷く
その後ミヤのパートナー、兼光に目を向けた
《彼》から伝わる思いには、まだ迷いが感じられる
それでも私は兼光に言った
「ねぇ、兼光…… もう一度だけ…… ミヤを信じてみない?」
彼は何も言わない
心だけを私に感じ取らせ……
彼は無言を貫いた
「なぁ、お嬢……」
申し訳無さそうにミヤは私に声掛ける
「うん?」
「兼光は…… 俺を嫌っているか?」
「そうだね…… うん、嫌いだよ」
「そうか……」
「でもね……」
「ん?」
私の手には兼光が納まる
ソレを振り上げた
ドキリと凍らせたレイジとミヤの表情
その2人の顔にフフフッと少し笑い、私はミヤの腰元に刀を刺す
カ…… キィィン……
最後まで刺し終わると、とても美しい音色を奏でた
私はミヤの腰元に在る《鞘》に納刀したのだ
「お、お嬢……?」
「何?」
「何で…… 返してくれた? 兼光は俺の事を嫌っているんだろ……」
「そうだよ?」
「じゃあ…… なぜ……」
「兼光が私に心を伝えたからだよ」
「何て言ったか…… 聞いても良いか?」
私はまた、ミヤに笑い掛けた
「兼光はミヤの事を嫌いだけど、『アンタの為に生まれた』んだってさ♪」
「え……?」
「だから『もうチョットだけ付き合ってやるよ』って…… そう言ってるの」
「兼光…… ごめんな…… 俺は…… 俺は……」
「泣くな! 男でしょ!? アンタが泣いて良い最後の涙は、兼光の信頼を取り戻した時の嬉し涙だけにしなよ♪」
「お嬢…… なんつーか…… その…… ありがとな……」
「お礼なら兼光に♪ 信頼を裏切りまくったミヤにラストチャンスくれる器の持ち主だからね!」
「ああ…… 兼光…… これからも宜しく頼む……」
そんな呟きをこぼしたミヤは、腰に納まる刀の柄先に優しく手を乗せた
レイジがミヤの頭を撫でた時の様な優しさ
そんな気持ちが、彼の朗らかな眼差しと指先から感じたのだった




