23話 ケジメ
私の手に収まる、男のナイフ
顔を上げると、離れた位置で私に微笑むムゥ
《桃色の瞳》
その後、いつもの色味に戻ったソレ
ナイフを持ち、固まったままの私にムゥの口が何かを口ずさんだ
で、は、き、ゆ、う、で、ん、に、て……?
そう言った様に見えた
ん!?
《では、宮殿にて》か!!
やっぱり宮殿関係者だ、あの人!
声を掛けようとした瞬間だった
「ランカ!! 良かった!」
「ママ…… ママーー!!」
親子が抱き合う
そして涙を流しながら、母親は私に笑い掛けた
「ありがとうございます! ありがとうございます!! 貴方は娘の…… ランカの命の恩人です!!!」
「あ、いや…… 私じゃ無くてですねぇ……」
私じゃナイフに届かなかった
間違い無く、だ……
彼女の尋常では無い速さは何だったのだろう?
確かに見えたムゥの眼
桃色の瞳が能力眼なのだろうか……?
「何卒…… 何卒お礼をさせて下さいまし!」
「いや、だから私じゃ無いんで……」
女の子の命を救ったのはムゥさんなんだ
だから、お礼をされるのは彼女であるべき
「娘さんを助けたのはアチラの方ですよ」
そう皆に向いて伝え指を差すと、人だかりは一斉に顔を向けた
「嬢ちゃん……」
「ん?」
声を掛けたのは親切お兄さんだ
「誰も居無ぇケド……」
「は?」
私も向き直ったその場所に……
彼女の姿は見当たらなかった
「あれ? おかしいなぁ……」
もう帰っちゃったのだろうか?
絶対に彼女の、何らかの能力眼が発動した奇蹟なのは解っている
そう、有り得ないほどに速かった……
私のスピードの比では無い
そして……
帰宅のスピードも速過ぎでしょ…… タハハ……
「なんだ、嬢ちゃん! 恥ずかしいからって他人の手柄にしなくても良いじゃねぇか♪」
「いや、だから本当なんだって!」
「良いから良いから! お礼されて来いや♪」
「そうですよ! 是非ともお礼させて下さいまし!」
いや、ちょっと待って……
「お礼を♪」
グイグイ来られても……
「是非とも!」
そうか…… コレか!?
この圧力から逃げたんだな!?
ヒドいよ…… ムゥさん……
「てかよ、もしかして嬢ちゃんがアレか!?」
ニヤニヤしながら親切お兄さんは問い掛ける
「アレって?」
「おいおい…… ソッチも隠すってのかよ!?」
何を言ってんだ、この人……
「まどろっこしいなぁ! ゴチャってないでハッキリ言いなよ、お兄さん!!」
「あははは! 嬢ちゃんはアレだろ? 宮殿の《センコウ》様だろ! とんでもねぇ速さも強さも噂に聞いてたとおりだぜ♪」
なんだソレ!?
線香……?
いや、閃光か?
「閃光って何よ!? 知らないって!! ってか押すなコラァァ! つーか、どさくさに紛れてドコ触ってんだ!!」
胸を揉みしだかれた感触に吠える
クッソー……
誰だか解らない!
というよりも、もはや揉みくちゃだ
「《ライトニング・ヴァルキュリア》さ! 嬢ちゃんが《閃光の戦乙女》様だろ!? 神様に仕える最強の宮殿侍女長って聞いてるぜ♪」
「知らないわよ! 宮殿だってこれから初めて行くのに!」
「初めて? 帰る、の間違いだろ?」
「初めて行くんだってば! 勝手に言い間違うな! 騒動が大きくなるじゃん!」
「隠すな隠すな♪」
「話を聞けぇぇぇ!!」
私の話を聞かない親切お兄さんはこの際無視だ!
それよりもこの状況を何とかしないとマズい!
「あの…… チョット待って…… あの女の人探すから……」
「お礼を何卒♪」
「だから、待ってって!」
「美味しい食事を準備しますので!」
「だから待てぇぇぇぇい!!!」
さすがに話も聞かず詰め寄る人だかりに私は叫んだ
すると取り敢えず察した周囲がシンと静まり返る
「おし、そのまま待ってね…… まだ1つだけヤらなきゃならない事が出来たから」
「ヤらなきゃならない事?」
「そうよ、親切お兄さん…… ケジメ付けなきゃダメになった」
親切お兄さんは首を傾げる
そんな姿をチラリと横目に、人だかりを掻き分け私は歩いた
向かった先
ソコには人が居る
そう、ナイフを投げた酒売りお兄さん
彼の前で立ち止まり、私は腰に手を当てて睨んだ
「アンタ…… 何やったか解ってんでしょうね?」
彼は悔しさなのか、悲しさなのか……
それとも申し訳なさなのか、よく解らない表情で私を見ていた
「アンタの相手は私でしょ!? 小さな女の子を狙うなんて卑劣な事すんじゃねぇよ!!」
何も語らない彼に苛立ちが積もる
「何か言え!! 言わずに済むと思ってんな!!」
私は高く手を振り上げた
そして振り下ろし……
ヒュンと風を切りながら、男の頬を引っぱたく
弾ける様に周囲へ響いた甲高い音
膨らみきった風船が割れた時の様な陳腐なメロディー
叩いた際に横を向いた彼は、そのまま微動だにし無い
「アンタ弱いんだよ、心が! 我武者羅に何かを頑張った事すら無いんでしょ!? ふざけんな! 最初から全部諦めてんじゃねぇ!!」
「俺は……」
「俺はじゃ無い! アンタ…… 先にヤらなきゃならない事まで忘れんな!」
「先…… に……?」
私に向いた彼の顔
何も解ってないっていうの!?
「こぉぉんのぉぉ……!!」
私はまた、手を振り上げる
彼は固く目を閉じた
叩かれると思ったのだろう
でも、私が下ろした手は彼の頬では無い
下ろし、伸ばした手の先は……
彼の後ろ襟だ
そして、むんずと掴んで引き摺り歩く
シロから上げて貰った筋力で、この男程度の体重なら軽いものだった
ズザザと無理矢理運んで放り投げる様に離した手
ソコには、ナイフを投げつけられた少女が母親の足元に縋り付いている
母親も危険を感じたのか、足から少女の手を解いて男を警戒した目で見ながら我が子を抱き締めた
「そろそろ冷静になったよね…… 解るでしょ? ヤる事が」
「あ、ああ……」
私を見る男の瞳には毒気が無い
ソレを感じた私はコクリと頷いた
「じゃ、やって……」
私から目を離した彼
そこに映るのは少女
少女は何が起きているのか解らず、男と母親を交互に見ている
そんな親子の前に彼は跪き、両手を地面に着いて…… 土下座した
「スミマセンでした!! なんか…… 本当に…… スミマセンでしたぁぁ!!」
そう少女に向けて叫んだ声が周囲に響き、そして、地面に浸みる
少女を固く抱きしめて居た母親は目を丸くし、あっけにとられていた
そんな母親へ私は語り掛ける
「お母さん、お礼って…… まだ、貰えるかな?」
私に視線を移した彼女はコクリと頷く
「え、ええ…… 勿論です!」
「そっか♪ じゃあさ……」
そこまで口にした私は手を置いた
ナイフ男の肩の上に……
「この人がした事…… 許して貰う事とか…… できますか?」
私の言葉に母親やナイフ男のみならず、周囲も唖然と静まり返る
そんな中でナイフ男は私を凝視していた
「お、お前…… 何言って……」
「黙りな…… アンタに聞いてない…… ねぇ、お母さん…… お願いします」
「あ、貴方が…… そう言うのであれば…… ランカも無事ですし」
「ありがとう♪」
私が母親に笑い掛けると、彼女もつられた様に表情が緩む
抱かれた娘は何事か解らず、目をパチクリさせていた
そんな親子から私は目を離し、今も土下座をしている彼の横に屈む
男は両手を地に着けた姿のまま、私に呆けた顔だけを向けて居た
「さてと…… 次は私の番だね♪」
そう彼に語り掛けた
理解不能と書いてある男の表情に私は微笑む
「約束したっしょ♪ アンタの仕事探さなきゃだよ!」
「お前、何を…… 何を…… さっきから…… 言ってるんだ……?」
「だから真っ当な仕事見付ける手伝いするからって約束したじゃん!」
「だから何で…… そこまで……」
「約束は破っちゃダメなんだよ♪ さ、立って! 一緒に見つけよう」
私は彼の腕を掴んで立ち上がる様に促す
男は申し訳なさそうにゆっくりと体を起こした
「ん! じゃ、行こう」
「お前……」
立ち上がり私を見ていた彼はポツリと呟く
「ん?」
「お前みたいな奴を…… 女神って云うんだな……」
「はぁ!? 何言ってんの! こんなんで女神なら皆が女神だよ!」
「そっか……? でも、そんな事を簡単にやってのける奴は…… やっぱり居無ぇよ」
「そう? だとしても女神は言い過ぎっしょ♪ それにハズいじゃん!」
「恥ずかしい? ……そうか?」
「うん♪」
彼は1度空に顔を向ける
流れる雲でも見ているのだろうか
私も顔を上げてみた
真っ白な雲が上空を漂い、流れては形を変える
綺麗だな……
そう思って、私はフフフと笑った
顔を彼に戻すと、男もまた私を見ながら悪意の無い笑顔を向けている
そんな彼の口がフワリと開いた
そして、優しく言葉を紡いだ
「名前さぁ…… 桃花…… だったよな……?」
「そ♪ 憶えててくれて嬉しいよ!」
「そうか…… 女神って云われるの…… イヤか?」
「んーー…… うん、そうだね! そんな器じゃ無いもん♪」
「じゃあよぉ…… お前は…… いや、貴方は王女様だな…… プリンセス桃花」
「何ソレ!? ソッチのが恥ずかしいわ!」
「いや、言わせてくれよ♪ 貴方に…… 俺は救われたんだ…… それ位は救った者の義務って事でよ」
「うわ! 卑怯くせー!」
「先ずはその言葉遣いをどうにかし無きゃ…… だな♪」
「ウルサイわ!」
そう言って私達はこの町の人達に囲まれながら大笑いをした




