21話 構え
私にとっては当たり前のコンビネーションであったが、周囲の人だかりは得体の知れない武術に声を上げることすらせず、ただ沈黙だけを作っている
ソレを払い去ったのは、背後に居た親切お兄さんだった
「じ、嬢ちゃん…… マジでカッケェなぁオイ!! 何だよ今のは!? パンパンって…… クルッと廻ってパンパンって!! てか速いし強いし大したもんだ!!」
身振り手振りを加えて彼は私のコンビネーションを模写する
とはいえ、空手道を嗜んでない彼の動きは体重移動すら無いお粗末な動きだ
「コレが空手よ♪ 私的には数ある武道の中、何も持たない状態であれば最強の拳撃武術だと思ってる」
「そうかそうか! ソレがカラテドーって奴かよ♪」
「そそ♪ でね、親切お兄さん」
「ん?」
「本気出すと危ないから最低限の手抜きはした…… てことで、まだ終わってないからもうチョイだけ下がってて♪」
そう彼に伝え、私は酒売りお兄さんへ向き直った
彼はゲホッと咳き込みながら頭をブンブンと振り、ゆっくりと体を起こす
そして立ち上がり、ナイフを持ったままの袖口で鼻血を拭いた
「スゲェよお前…… 俺の…… 俺の最期の日にお前と会えて本当に良かった」
「最期? なんで? お兄さんの人生は今日新しく生まれ変わるんだよ♪ ソレを手伝ってあげるんだから」
「そっか…… ありがとう…… じゃあ、もう少しだけ付き合ってくれ」
「了解♪」
彼は両手のナイフを改めて構えた
右半身を出し、そのまま右手のナイフは私に向けられ、左手のナイフは腹部付近に持っている
やれやれ……
少々厄介ね……
私の脳裏にヤりづらさを持つ
私は《正体の構え》
それは左手、左足が前に出る半身
ボクシングでいえば、ジャブ用の前拳が左手だ
それに対して彼は《逆体の構え》
左利きの人が多く使う構え
それは左手が本命な為、右手がジャブ用
だから、本来《正体》と《逆体》は相性が著しく悪い
現状では特にソウなる
私が向ける左拳の先に、彼の右ナイフが向けられているんだ
鏡を見ている様な立ち姿といえば解るだろうか?
つまり、腹部が遠い
だが、私にとって相性が悪いという事は彼にとっても悪い
という理屈に本来ならなるのだが、相手が今の彼であると分が悪いのは私オンリーだ
彼はナイフを持っている
リーチが私の比では無い
さて、どうしたものか……
【桃様! もうチョイ筋力上げるかニャ?】
『シロ…… うん、お願い♪』
【了解ニャ! それと、上に羽織ってるブレザー脱いだ方が良いニャ♪】
『そっか…… そうね! そうするわ♪』
面白い提案だ
そして忘れていた
私は制服姿だった事に……
私が通う高校は、下はスカート
そして上はブラウスにブレザーを羽織る
この姿ならば、アレが出来る事を私は忘れていた
構えていた位置から数歩跳び退き、ブレザーのボタンを外す
そしてソレを左拳へと軽めに巻き付けた
外野から見れば、左拳だけボクシンググローブを掛けた様に見える、そんな姿
「さて、再開しましょ♪」
私は告げた
そして即座に跳んだ
襲う右手のナイフ
ソレを更に外側へ回り込む
追った彼の視線
左手のナイフが私に走る
が……
完全に横を向けた彼は腹部が邪魔で届かない
見越した私は右拳を彼の左脇腹へ突き立てた
耳に届く彼の嗚咽
大雑把に振る彼の右手ナイフが私に横薙ぎに向けられた
ココだ!!
左手に巻き付けてあったブレザーを解いて叩きつけると、彼の腕ごとナイフに巻きついた
今はコレで充分
切れないナイフなど恐くない!
一気に右拳をブレザーごと突き上げる
宙を舞ったブレザーは彼の腕から解かれ、少し離れた場所へカランと鳴るナイフに被さり落ちた
コレで1本は処理オッケーっと……
後は残り1本か……
「痛っってぇぇぇ…… ククク…… スゲェ…… お前、ホントにスゲェよ」
彼は私に突き上げられた右腕と、その直前にめり込ませた右脇腹を交互に擦ってそう言った
「でしょ♪ 厚手の服ってさ、こんな使い方も出来るのよ」
「ああ、憶えておくよ…… そしてもう一着有るわけじゃねぇよな」
「無いね♪」
「そっちに落ちた服拾っても良いケドよぉ…… 同じ手は喰らわねぇぞ」
構えたまま横目でチラリと落ちたブレザーに目を向ける
《ひなこ》と夜の公園で空き缶取り競争の距離、その半分程度
本気で走れば一瞬で取れる距離だ
だが、私は拾いに行かなかった
彼が言った「同じ手は喰らわない」の言葉通り
ただし、内容と合致しているのは《ソレをしない》事だけ
私が本気を出せば同じ事など造作もなく出来る
が、ソレをし無い事が何より必要なのだ
どんなに頑張っても絶対に勝てない者が居るという恐怖を植え付ける
今、彼はナイフを持ち、優位に在ると思っているはず
ならば、その優位性を粉微塵に砕く
ソレが今、求められている
「大丈夫、一瞬で取りに行くことは出来るけど…… そんな在り来たりなテクニックじゃ面白く無いじゃん♪」
私は笑顔で彼に言う
「一瞬だと……? ぬかすな小娘……」
「ホントだよ?」
やれやれ、求められているなら応えるとしようか……
ザッと鳴る私の足元
その音と共に彼の表情が凍りついた
「お前…… 何だそりゃ……」
呟く様に言葉を紡いだ彼の口
その後、私から視線を外した彼は信じられない物を見る様に震えていた
「解った? その程度なら一瞬なんだよ」
そう彼へ告げた私は、一瞬で取りに行った《ブレザー》をまた同じ位置に投げたのだった




