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ルビーアイ princess momoka  作者: アゲハ
2章 カタストロフィ
20/308

20話 残心

「はい、親切お兄さんは解ってくれたし、こちら側は収まった♪ 後は売り手さんが引くだけね」




そう言って顔を向けた男性には明らかな苛立ちが見える




「ふざけんなよ、小娘…… こちとらコレが商売なんだ! 途中参加のガキに引っ掻き回されたく無いんだよぉ!!」



「ガキに正論突かれて困ってるの? ごめんね! でも、引いてくれれば収まるレベルまでは持って来れたんだからお兄さんも収めよ? 皆見てるしさ……」




そこまで説明すると、彼は周りを見回した


苦虫を噛み潰した様な顔を見せるが、状況が悪いという焦りは感じない


苛立ちは一向に収まりそうに無いといったところだろうか




「周りが見てようが見てまいが関係ねぇ…… どうせコレが売れたら次の町で稼ぐつもりだったんだ…… だから必ず買い取って貰う!! 邪魔すると怪我すんぞ……」



「ハァ…… まったく面倒な町に来ちゃったよぉ…… この町に来て良かったのは3つだなぁ」



「3つって何だ?」




そう問い掛けたのは隣に立つ魂語のおじさん…… じゃ無くて、お兄さんだ




「うん、1つ目は親切お兄さんに会えた事ね♪」



「俺か!?」



「そそ! そして2つ目はカレーがメッチャ美味しかった事♪」



「そりゃ良かった♪ 金は足りたか?」



「うんうん、お蔭様で♪ そして3つ目は綺麗で優しいお姉さんに会えた事よ」




そう言った私は周りを取り囲む野次馬からムゥを見つけて微笑み掛けた


彼女も柔らかな視線を交わしてくれる




そして、私はまた向き直った







「だからね、私さ…… この町が好きになったの♪ ね、怒りとか収めよ? 嫌な思い出とか作りたくないし!」



「そりゃお前の都合だろ!? 俺は売って金にしないと生きていけねぇんだよ!」



「なら真っ当に働こうよ♪」



「働けるもんなら働きてぇよ! 無ぇんだよ、職が…… コレしかねぇんだよ! 生きていくには!!」




そうだったのか……


裕福な町だと思えるところが最初に訪れた町だったから気が付かなかった


皆、ちゃんと働いてお金を貰っている


それでキレイにお酒を(たしな)んでいるんだ


あるんだ、多少なりとも……


《貧富の差》ってヤツが……




「そっか…… お兄さんの言ってる事、理解できるよ…… でもね、それでも真っ当に働いてお金もらお? 私も職探し手伝うから♪」



「小娘……」




呟く様に言った酒売りの男性はその後、構えを解き、目を閉じた





そして少し、ゆっくりとした時間が流れる





解ってくれたのだろうか……


そうであって欲しい





が、彼が瞳を開けたソコには溢れる涙を浮かべ……


そして私に言った





「無理だ……」



「何でよ!? 私もちゃんと手伝うよ!」



「無理なんだよ! 俺は仕事が続かねぇ…… 俺みたいな奴がちゃんと働ける訳ねぇんだ! どうせ直ぐ辞めて同じボッタクリ業をする羽目になるだけさ!!」



「アンタ…… 最初から自分の評価を低くすんな! やってもみない事をやり終わった様に言うな! 私は来年就活し無きゃいけないけどさ…… アンタほどネガティブに考えて無い!」



「就活……? 何だそりゃ……」



「ああ…… 何でも無いよ…… ねぇ、お兄さん…… ポジティブにいこうよ、ね♪」



「でも…… でも、俺は…… 俺は……」




瞳に溢れまいとしていた雫が一筋の線をアゴまで繋ぎ、足元にポタリと落ちた


小刻みに体を震わせる


そんな彼が両手を腰元に持っていく


そして、そのままゆっくりと……


ズボンのポケットへ両手を入れた




「もっと早く…… お前みたいな奴に…… 会いたかった」




酒売りの彼はそう言った


涙を流しながら真っ直ぐ私の目を見て……


確かにそう言ったんだ






そしてポケットから取り出した両手


ソコには……





()()()()()()()()()()が2本、握られていた





「ダメだよ、お兄さん…… ソレは1番ヤっちゃいけない」




私の声には耳を向けず、たたみ込まれていた刃を引き出す彼




「もう無理なんだ…… お前みたいな奴…… 今まで会った事が無かった…… 女神にすら見えた」



「え?」



「俺をちゃんと人扱いしてくる…… それだけで…… 充分だ」



「じゃあ…… ナイフは捨てて、もっと話そうよ♪」



「いいな……」



「でしょ♪ じゃあ捨てて、ソレ」



「いや、もう《いい》って意味さ…… 生きるのも疲れた…… なら生きているのも死んでいるのも変わらない…… だから俺は死ぬ! お前も一緒に来て、ずっと俺の隣で微笑んでくれよ!!」



「嬢ちゃん!!」




突如私の前に割り込む影


大きな後ろ姿が視界を埋め尽くす




コレは…… 親切お兄さん!?





「危ねぇ! 逃げろ嬢ちゃん! アイツは本気(マジ)だ!」




本当に優しい人だ


ナイフを向けられて居たのは私なのに、恐れも無く間に入り込めるなんて……




そんな人だからさ……


私が守んなきゃね




「私、逃げないよ」



「逃げねぇって…… 嬢ちゃん本気か!? 刺されんぞ!」



「大丈夫だよ、親切お兄さん♪ 私ねぇ、これでも空手道の全国準優勝者よ!」



「カ、カラテドー…… って何だ!?」



「日本が誇る無手の武道だよ」



「ニホン……? 嬢ちゃんの集落か?」



「ん? んーーー…… まぁそんなトコ♪ だからお兄さんは私の後ろに下がってね!」




私の語り掛けは伝わったと思うのだが、彼は私の目を見たまま動こうとしなかった


そんな彼の服をグイッと引っ張り、私の背後に移動を促すと彼はヨタヨタと足を進める




「さて、酒売りお兄さん…… 勝負しよっか♪ 私が勝ったらお酒販売もだけど、ボッタクリ業そのものも辞める事…… そしてちゃんと働く事!」



「じゃあ…… 俺が勝ったらどうする?」



「貴方の為に…… 死んであげる」




そこまで言葉にした瞬間、私達を取り囲む人だかりがザワついた


目の前でナイフを両手に持つ男もまた、信じられない言葉を聞いたかのように動きを止める




「本気…… なのか?」




目の前の男は呟く


私は彼に微笑みかけ、そして言った




「勿論よ♪ ソレが貴方の望みでしょ?」


「だが…… しかし……」




激しく泳いだ彼の視線には迷いが瞳に映っていた



「ねぇ、お兄さん? 貴方の心の傷が深いのはよく解った…… でもね、話を聞いてるとさ…… やっぱり貴方の心が弱いから起きたんだよ、コレは」



「くっ……」



「認めたくないならソレでも良い…… だけど、俺には無理だとか、俺では仕事が長続きしないとか…… そんなんやっぱ甘いよ」



「だけど……」



「ほらまた出た」



「な、何がだ……」



「《しかし》だとか《だけど》とか…… そーゆーの要らないんで! あーーもう!! だったらアンタの分まで私が《しかし》と《だけど》使ってあげるよ!」



「え?」



「お兄さんは心が弱い! しかし、生きる為に精一杯考えたのがボッタクリ業なんでしょ!? だけどソレは間違ってる! 誰かの笑顔を壊してまで行う仕事は仕事じゃ無い!! しかし、その中でも今、貴方は貴方の望みの為に私へ凶器を向けている…… だけど…… いや、だから私は私の為に戦う! 解る? 私の言ってる事を」



「わ、解るわけ…… 無ぇだろ……」



「そっか…… じゃあ言わなきゃ解んないんだね…… 私はねぇ…… 私の命を守りながらアンタが真っ当に働けるように貴方をぶっ倒す、そう言ってんのよ!! 弱いアンタの心を()し折ってあげる! だから本気で殺しに来ていいよ! 私の覚悟…… 少し分けてあげるからさ♪」



「何なんだよ…… 解んねぇ…… 解んねぇよ! 何なんだよ、お前はぁぁ!?」




動揺を見せる彼に、私はまた微笑んだ




「私は桃花…… 覚悟を持ってこの世界に足を踏み入れた女子高生だよ♪ 憶えといてね」




そう伝えた私は、彼の元に歩み寄った


笑顔を見せながら近寄る女に異様な緊張を感じたのだろう


彼は2本のナイフを私に向ける




「どうする? ヤる? ヤらないならナイフを捨てて♪」




私の説得はシンプルなモノだった


本来ならば穏便に済ませられれば良かったのだが、状況が状況


私達の周りには人だかりがある


私以外にナイフを向けられて万一が起きるよりは、私だけを彼の瞳に収めておいた方が安心というもの





そして……





(かな)わぬ何者かから圧倒的に…… コテンパンに負けた時、その心は大きく激しく……


()()()()()()()()事を私は知っていた




彼はワナワナと震えている


そしてその視線には私と両手のナイフを交互に映していた




「うう……」




そんな彼の口から言葉が漏れる


私は何も語り掛けない


コレは、彼が決めるべき事だから




「ウウウアアアァァァ!! やっぱり無理だよ! もういい! もういいんだよ!! 成るように成るしかねぇんだ!」




叫んだ男


その目は、ソチラ側を選んだ証しが垣間見れる




そしてそのまま上げた手、握られたナイフを私に振り下ろす


即座にザッと足元を鳴らし、私は飛び退いた




「ソッチ側…… 選んだんだね…… でも私…… うん、まだ諦めないから! コッチ側に引き戻してあげるよ…… お兄さんにはツラいかも知れない世界だけどさ…… 良い事も沢山有るはずだからね! ちゃあんと覚悟しとけぇ♪」




私は構えた


一歩左足を前に出し、半身の構え


左手は彼に向け、右手は鳩尾(みぞおち)付近にセットする




正体(せいたい)の構え…… さぁ…… 捉えるよ、私の拳が…… 貴方を」




私は()()()()()()()


思いの外、冷静な私がソコには居た




『いくよ、皆…… シロは筋力サポート! クロは念の為にラピスの盾とヒーリングの待機を! 相手は人間だからアカとアオの武器、放出系は大丈夫だと思うけど、2人も待機ね!』



【了解ニャ♪】

【おッシャ!】

【ガンバッピ!】

【承知……】




スッと吸い込む息


そしてフッと素早く吐く




「行きます…… お兄さん…… 御覚悟を」




私はそう言った直後、彼に向けて一足跳び


一気に左拳を顔に向けて真っ直ぐ突き放つ


パンと鳴った彼の顔は鼻から血を2本噴き上げ仰け反った


そのまま右拳で中段突き


仰け反った体が今度は《く》の字に屈む


ちょうどイイ具合だ


高さを変えずに一気に捻った私の腰を軸に振り子の如く蹴り上げた右足を腹、そして頭部へと2段階に分けて廻し連蹴り


腹を蹴った際に大きく折れ曲がった体躯、剥き出しの顔面に深く蹴り上がる


ズゴキュ!


そんな音を鳴らした彼の体は弧を描き、数メートル吹き飛んだ




まさに一瞬の出来事




ドザザッと彼の体が地に墜ち地滑りが終わるまで私は構えを解かない





《残心》





心を放った一撃の(つい)に対戦者へ武人としての心を残す


それは武の持つ礼節、覚悟、感謝





それこそが《残心》だ

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