19話 私が止める
「とりあえず状況が解りました…… ユエさんは究極の方向音痴です」
「やっぱりそうなんだねぇ……」
「はい! んで、救いたいけど救えません」
「ヒドくない!?」
今の取られ方……
あ!
語弊があったかも!?
「ごめんなさい! 救えないレベルの方向音痴ってバカにしてるんじゃ無くて、私は西に行かなきゃならないから東側に付き合ってあげたいけど無理…… って意味だったの」
「なるほど♪ うん、大丈夫さ! 桃ちゃんが教えてくれたドムフェス東出口さえ解れば、出てから真っ直ぐ進むダケだもんね♪」
山も何もかもを真っ直ぐ進むつもりなのだろうか……
「ま、まぁ…… 理屈はそうですが…… 方向感覚間違って大回りにUターンしないでね」
「それか! それは大きな問題だねぇ」
ダメじゃん……
「でもホントここまでで大丈夫! ありがとね、桃ちゃん♪ またいずれドコかで!」
「うん、またね! ユエさん」
「ん♪ また…… 必ず会うよ、アタシら」
そう言って彼女は私に背中を向けた
再開の約束にしては確信めいた雰囲気だったが、彼女が今度こそ東出口に向かったので、迷わせたくなかった私は声を掛けない
だが町中で何かに目を留めて方向が間違わないように見送る
スタスタと軽い足取りのユエだったがその足を何故か止めた
そして上半身だけを振り返って彼女は言った
「そういえば桃ちゃん」
「はい?」
「ポゼッションは任意で使えるようになった方が今後の為だよ♪ 西で起きる戦いで必要になるはずだからさ!」
そう私に告げた彼女は西を指差した
それにつられ、向けた私の視線
西には宮殿があるわけじゃないの?
ソコで戦うというの?
いや、戦い……
西で起きる戦いと言ってた!
私の今後を彼女は……
いや、彼女も知ってる!?
即座にユエへ向き直る
だが、ソコにはもう……
彼女の姿は無かった
何なんだ……
彼女は何を知っている?
ポゼッションって何!?
解らない……
アーサー祖父ちゃんやライ祖父ちゃんもそうだったが、ユエさんも私の知らない何かを識っている
何だかモヤモヤするなぁ……
私だけが取り残された気分だ
足を踏み入れた異世界の新天地
ソコで初めて会い、そしてまともに語り合った女性との別れは、少々ばかりではあるが異様な不快感を心に残したものとなった
ま、考えてもしようが無いかな?
正直、ネガティブは好きじゃ無い
極力拭い払う事の出来る負の感情は持たない様にするのが私のポリシー
だから今、心の中に巣くっている負の感情、後悔は1つだけ……
親友だった《ひなこ》との決別だけだ
コレだけは簡単に割り切れるものでは無い
小学校からの親友……
いや、大親友なんだ
家に居る時以外はいつも一緒だったのだから……
いや、またネガティブになりそうなので止めとこう
ユエさんも東へ向かえたっぽいから、私も西へ…… 宮殿とやらに向かうとしようかな
そう心に踏ん切りを付けて、私は踵を返した
優先順位が1番高い目的地は曾祖父ちゃん達が言っていた宮殿
先ずはソコに向かうのが先決だ
てな訳でドムフェスという町、その私が来訪した入口へと歩みを進める
そして私が乗ってきたサンドバギーに乗り込む予定だったが……
完全に停車させたハズのその場には、車の姿が見当たら無かった
「車が……」
【無いニャ……】
【無いッピ……】
【無いッシャ……】
【無…… い……】
「異世界で盗難遭うとかマジ有り得無いんすけどぉぉ!? しかも借り物なのに!」
【でも…… 真実ニャ……】
【現実逃避したくなるッシャな……】
「ヤバいよぉ…… 祖父ちゃん達に何て言おう……」
【誤魔化しは問題大きくするッピよ……】
【キチンと…… 話す…… べきだ……】
ヒドいよ……
何て理不尽な世界なんだ……
いや、鍵を取り忘れた私の責任なんだが……
「わ、解ったわよ…… 後で会いに行けたらその時にちゃんと話す……」
【正直者はお小遣いもらえるニャ♪】
誰からよ…… まったく……
私はその場にしゃがみ込んだ
あのサンドバギーが有ったから道順を間違わずにココまで来れたっていうのに……
さい先が悪いとは正にこの事
そして私は大きく溜息を吐いた時だった
「ふっざけんじゃねぇ!!」
突如聞こえた誰かの怒声
町中からか!?
私は立ち上がり、声の上がった方へ走った
現場だと思われるソコには既に沢山の人だかりが在る
それを目指して私は駆け寄った
何が起きたの!?
私が何か問題を作ったのかと不安もあったがそれらしき様子は無い
人だかりを掻き分け進むと、その中央には身構えた2人の男性が対峙していた
1人は解らないが、もう片方は私に声を掛け、そして《魂字》や《魂語》を教えてくれた人だ
「テメェ…… 舐めんじゃねぇぞコラ! バーや居酒屋みたいな飲み屋でもねぇ店売り酒がこんなに高いわけねぇだろうが!」
「だけどよ、オッサン…… ちゃんと値札に書いてんじゃねぇか!」
「ああ、書いてあったよ! だけどなぁ、大吟醸・霞千鳥が三万ゼニエンたぁどんなボリだってんだ!」
そのお酒がどれ程この世界で価値が在るかは解らないが、明記しているなら納得したということでは無いだろうか?
「他の店がどうかは知らねぇよ! ウチはそうだというだけだろ!」
「だからって手に取っただけで買い上げじゃおかしいだろうが!」
は?
それはさすがに売り手が悪いよね!?
一言言いたいがこの世界の住人に大きく関わっていいものだろうか……
向かうべきは宮殿で、今は旅行じゃ無い
ある程度時間が限られているのは間違い無いんだ
参ったな……
でも、ほっとけないよねぇ……
そう思った時だ
隣に居た人がヤレヤレと肩を落とす姿が目に入る
そして、ソコに居た人は女性で、私は彼女を知っていた
それはお食事処で少しお話したムゥだ
「フゥ…… せっかくの休暇なのに……」
そう言った彼女は残念を顔全体で現している
そんな表情を見ていた私に、ふと彼女の視線が重なった
「あら? 先程の……」
「その節はお水頂いたり…… どうもですぅ」
「いえいえ、その程度お気になさらず♪」
「そういえば、もう1人女性の方とご一緒だったんじゃ……?」
「彼女とは先程のお店で分かれました♪ まだ昼酒頂くそうなので…… 困った友達ですね」
そう言って彼女は微笑んだ
私もその優しげな笑みに顔をほころばせる
が、表情を戻して指を差した
向けたのは言い争いを続ける男性2人
「あ、あの…… コレって?」
「ええ、ケンカでしょうね」
「今さっきの内容を聞いてると……」
「そのようですね…… 売り手が異常な金額設定したお酒を、手にしただけで販売確定としたようです…… 立派な押し売りとなりますねぇ」
「この世界でのソレは…… どちらが悪いの?」
「この世界、ですか…… フフフッ…… はい、この世界でも売り手が悪いでしょう」
うわ、マズった!
口を滑らせた《この世界》って言葉に反応しちゃったよ……
コレじゃ《どの世界》と比べてるのかって思っちゃうよね……
いや、先ずは沈静化させるのが優先だ
異世界に法律何て物があるとは思えなかったが、思いの外、正しいと思える事がキチンと正しかった事にホッとする
そして……
ならばこそ私は行動に起こした
「じゃあ、止めに行きます」
「え?」
私の一言にムゥは目を丸くしている
伝わっていなかったのだろうと私はもう一度口にした
「私が止めます」
彼女は表情を変えた
先程までの微笑みにではあったが、それに少し……
嬉しいという感情が見え隠れする、そんな表情に見える
「そうですか♪ やはり、貴方なのですね」
「ん? 私が何か?」
「いえいえ! こちらの話です♪」
「そう、ですか…… では危ないかもしれないので少し下がってて下さいね」
「はい♪」
私はムゥにコクリと頷き、男性2人へと歩みを進めた
「あの…… 話を聞いてると売り手さん、貴方が悪いよね?」
突如現れた私に売り手の男性は睨みをきかせる
「なんだ小娘…… 怪我する前に消えな」
「さっきの田舎嬢ちゃんか!? 危ねぇぞ! 下がってろ!」
静かに語り掛ける酒売り男と、さっきこの世界を親切に教えてくれた男性
「田舎嬢ちゃんは止めてよ…… ま、いいや…… で、この場合売り手さんがお酒の販売を諦めてくれれば簡単に事が収まると思うんだけど? 親切お兄さんはソレでどう?」
「親切お兄さんもイヤミったらしくて止めて欲しいが…… ま、嬢ちゃんがそう言うなら収めるさ」
魂語を教えてくれた男性は身構えていた態勢をスッと戻し、腰に手を当て笑った




