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 居間兼台所と寝室と作業室、これが唯の家の間取りだ。作業室の方は半ば物置化しているが、部屋の真ん中に大きな木の作業台があり、その引き出しの中に裁縫道具が入っている。裁ちバサミや物差しや目打ち、用途に合わせた針と糸、端切れもある。エリアスの計らいかどうかは分からないが、すぐにでも仕事ができる状態であった。

 「赤い猪亭(レッド・ボア)」で仕事受けて1週間。マチルダ一行たちの直しは3日で終わり、それらを持って行くと彼らはその仕上がり具合に大いに満足し、その足で再びワン・フーの探索に向かって行った。凄いメンタルだ、と唯は思った。蜥蜴人間(リザードマン)に槍を投げつけられたら、自分ならトラウマになって1週間くらい寝込んでしまうだろう。

 マリア・ユステの前掛けも5日で仕上げた。頼まれたのは2枚だったが、客を紹介してもらう礼として3枚作って納めた。厚手の綿帆布(はんぷ)で丈夫に作ったから当分困らないはずだ。マリアも喜んでくれ、宿泊者から頼まれたという仕事をいくつか回してくれた。

 仕事は主に探索者の衣服の補修で、ボタンつけ、ほつれ直し、穴ふさぎ、補強などが多い。魔物との戦闘やごつごつした岩肌の足場の悪い迷宮を探索するのだ、服もあちこち破けるというもの。ミシンがないので手間暇かかるが、どうせテレビもラジオもスマホもないのだ、長い夜の時間つぶしに丁度いい。

 とにもかくにも伯母に感謝だ、と唯は思った。寄る辺ない異世界で物乞いをせずになんとか自力で食べていけるのは伯母が教えてくれた裁縫の技術お陰である。きっと、いまごろ彼女は突然姿を消した姪の身を案じているに違いない。せめて無事でいることだけでも伝えることができたら、と思った。

 唯は仕事が一段落ついたのでお茶を入れ、エリアスから貰ったノートを久しぶりに開いてみた。

腕力:1

体力:1

知力:1

器用さ:50

知識:3

素早さ:1

幸運:50

 何も変わっていないように思ったが、よく見ると知識が僅かに増えている。マチルダや女将と話して情報を仕入れたからか?微妙な上昇だ。それにしても、何らかの魔法の力とはいえノートの数字がいつの間にか書き換えられているのは不気味である。攻撃技能と一般技能のページも見たが、現時点で書き加えられたものはなく、他のページは相変わらず真っ白だ。

 唯はノートを閉じると、今度は紙の束をテーブルの上に広げた。これは彼女が用意したいわゆる忘備録で、こちらの世界で見聞きしたことを書き記したものだ。

 唯は忘備録の一枚、ワン・フー探索に必要な装備欄を見た。ロープ、カンテラ、ザック、薬、携帯食、水筒、火口箱、筆記用具、迷宮の地図、コンパス、魔道具…。お金も貯まってきたことだし、そろそろ少しずつ買いそろえてもいいかもしれないと思った。

 ただし、問題は魔道具である。一体どのくらいの価格で、どういった種類があるのか皆目見当がつかないのだ。明日、魔道具店に行って商品の下見をしてきた方がいいかもしれない。



 翌朝、唯は補修の終えた衣類を「赤い猪亭(レッド・ボア)」に届けると、その足で東の大路にある魔道具店へ向かった。カッサンドラに来て16日目。ずっと快晴続きで、今朝も雲一つない澄んだ青空がどこまでも続いている。が、そろそろ本格的な夏の到来のようで、歩くと少々汗ばんだ。

 リンデン広場の一角では朝市が開かれ、店頭には琥珀色と紫紺色の色鮮やかなベリーや摘みたてのハーブが並んでいた。焼きたてのパンやチーズを売る屋台も出ていて、唯は帰りに覗いてみようと思った。

 魔道具店は東の大路、広場から出て右側の5件目にあった。店名は「アグリモニー」。パイン材のドアを開けると、そこはウナギの寝床のような奥行のある店内で、両側の壁の作りつけ棚には用途不明の奇妙な品物が所狭しと並べられている。赤や青の液体の入った瓶、何かの骨の束、蝋で固められた蝶の羽、ビーズの首飾り、干からびた海星のチャーム、等々。

 店の奥にはマホガニーの丸いテーブルと椅子があり、そこにレースをふんだんにあしらった藍鼠(あいねず)のローブを着た女性が座っていた。ここの店主だろうか?大変に美しい女性だ。歳は20代後半といったところ。ウェーブのかかった白銀の頭髪に透き通るような白磁を思わせる肌、瞳はアメジストのようなスミレ色で、姿勢よく端然と座っている様子はまるで精巧な人形のようだ。唯は決して不器量ではない。むしろ、目鼻立ちのはっきりした美人といってもよい方だが、それでもこの女性は別格だ。

 女性は唯をじっと見つめている。店内にはほかに客はおらず、美しい女性からの凝視に唯はどぎまぎして顔面が火照るのを感じた。変な気まずさを覚え、思わず唯は近くの商品へ視線を逸らした。それは、魚を象った土鈴だった。紙の値札が裏返しになっていたので唯は何気なくひっくり返したが、目に飛び込んできたその金額に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。「はぁあああああ?」

 カッサンドラに来てから2週間と少し。唯はこちらの物価をそれなりに把握したつもりでいた。ちなみに、モントヤーデ帝国の貨幣単位は「ドーレ」という。全粒粉のパン1斤が8ドーレ、リンゴ1キロが5ドーレ、居酒屋のエールは1杯3~5ドーレ、宿は素泊まりで1泊20ドーレ、豚1頭500ドーレ、オルバースへの馬車の運賃は片道100ドーレ、だいたいこんな感じである。だが、その土鈴の値段は『1200ドーレ』もするのだ。何かの間違いではないかと隣の木製の腕輪の値札も見たが、そっちはさらに高額で『2000ドーレ』の値段。

 いくらなんでも高すぎやしないか?

唯は想定外の金額に驚愕した。

「あなた、ここにいらっしゃるのは初めてよね?」と、不意に女性が声をかけてきたので、唯は強張った表情のまま振り向いて頷いた。

「わたくし、ここの店主のフェリシー・フラヴィニーというの。よろしくね」

 玲瓏とした澄んだ美しい声音で耳に心地よかった。美人は声も良いのだな、と唯は思った。

「わたしは、ユイ・オニコウベといいます。その、こちらこそよろしくお願いします」

 唯はカッサンドラ風に――氏名・姓名順で名乗って軽く会釈した。

「ユイさん……ああ、たしか最近越してきた仕立て屋さんね?」

「はい、そうです」

「その仕立て屋さんが、魔道具店にどんな御用かしら?」

「わたし、ワン・フー探索の計画を立てているんです。だから、仕立て屋としてここに来たわけじゃないんですが」

「あら、まぁ、あなたが迷宮探索?」

 フラヴィニーは目を丸くして驚いたかと思うと、つぎに怪訝そうな目つきで唯を眺めた。

「あの、なにか?」

「あら、ごめんなさい、ユイさんって戦士にも魔法使いにも見えないものだから」

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