表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

ウィアー姉弟は、モントヤーデ帝国北部の貧村の出身だ。二人とも180センチを超すガッチリとした体躯の持ち主で、雛罌粟(ひなげし)を思わせる見事な赤毛は北部出身者の特徴である。15年前、流行り病で両親を相次いで亡くしたのを機に村を飛び出したという。姉のマチルダが14歳、弟のエランが12歳の時だ。以来、姉弟は用心棒や魔物退治をはじめ、荷物運び、作物の取り入れなど、あらゆる仕事をしながら帝国内各地を流浪してきたという。マチルダより2つ年上の従兄のライナスは、ウィアー姉弟の説明によると「いつの間にか勝手についてきた」らしい。

「とにかく、迷宮探索は一に準備、二に準備よ。迷宮内ではどんな不測の事態が起きるか分からないから、臨機応変に対応できないとね。そのためには十分な装備で潜ること。これが鉄則よ。それを怠ると、こうなっちゃうの」とマチルダは顎でライナスの方を示した。

 ライナスは相変わらずカップの解毒薬をちびりちびりと啜っている。一気飲みしないところ見ると、やはり相当不味いんだろう。

「それと、一人では絶対に潜らないこと。信頼できる仲間と助け合わないと探索は厳しいわ。できればメンバー全員が武器を扱えるほうがいいと思う。私たちは下級騎士だった父から武芸の手ほどきを受けたし、ライナスは魔術師の家系なのよ」

「姉貴の言う通りだ。一人で潜るなんざ匹夫の勇だぜ。たとえ優れた戦士でもな。当然、ユイも得物はあるんだろ? まさか手ぶらでワン・フー挑戦とか言わないよな?」

 エランが冗談めかして言うが、唯が無言で見つめ返すのを見て姉弟は困惑そうに顔を見合わせた。

「それはちょっとマズいわよ、ユイちゃん。知っているとは思うけどワン・フーは魔物の巣屈よ? 身を守る術がなきゃ死にに行くようなものだわ」

「…はぁ、あの、それは分かっているんですけど」

 唯は泣きたい気分になっていた。迷宮探索を甘く見ていたわけではないが、こうして探索者の話を直に聞くと、現実は相当厳しいのだと思い知らされる。

「まぁ、なんだ、腕っぷしがある熟練者を仲間にすれば、そこそこ行けるとは思うぜ。それでも、20階あたりまでが限界だけどな。そこから先は魔物が急に強くなるから、他人を護衛する余裕なんかなくなる。勿論、そういう人物のアテがあればだが」 

 唯は首を振った。ある訳ない。先週この世界に飛ばされてきたばかりなのだ、知り合いなどいるはずがない。

 仲間と武器の技能、それに装備を整えるための資金。足りないものだらけだ。前途多難である。しかし、今はどんなことでも聞いて情報を集めるべきだろうと考えた。唯は必要な装備、迷宮の構造、魔物の種類や対策など思いつく限りの質問した。

「はぁー、ユイちゃんは好奇心旺盛ねぇ。質問攻めであたしは疲れたわ」マチルダが呆れたように首を振り、両手を挙げて降参のポーズをとった。

「す、すみません、マチルダさん。わたし、迷宮探索について全然知識がなくて」

「べつにいいのよ。ただねぇ、どんな事情があるかは知らないけどユイちゃんに探索は無理な気がするわ。それより本職の方で頑張ったら?」

「本職?」

「そうよ、あなた仕立て屋なんでしょ? 直してもらいたいものがあるんだけど」

 唯は一瞬なんのことかと思ったが、すぐに仕事の依頼だと分かり、なぜか急に嬉しくなった。

「勿論です! なにを直すんですか?」

「これよ」

 マチルダは側のテーブルの上に置いていたマントを広げてみせた。モスグリーンの厚い毛織のマントで、真ん中のやや下の方に拳大の穴が開いていた。

「どうしたんです、この穴?」

「これはね、地下31階にいる蜥蜴人間(リザードマン)が投げてきた手槍でやられたのよ。あれは危なかったわ」

「……」

 蜥蜴人間(リザードマン)。唯は頭がクラクラしてくるのを覚えた。

「あー、私も直してもらいたいものがあります。今部屋から取ってきますね」

 今まで黙っていたライナスが突然口を開くと、フラフラとした足取りで部屋を出て行った。

「俺もあるんだ。頼んでいいか」と言ってエランも足元から帆布のナップサックを持ち上げた。随分と使い込んだようで紐が擦り切れそうだ。しかも、なにかの噛み跡のような小さな穴がいくつもあいている。どんな状況で作った穴か、それは聞かない方がよさそうだと唯は思った。ライナスが持ってきたのはフードの部分がギザギザに切り裂かれた灰色の毛織のローブだった。やはり、こちらも理由は聞くまい。いずれにせよ、どれも唯の腕前ならすぐに直せそうだ。

「料金は今払えばいいの?」とマチルダが聞くので、仕上がりを見て納得してもらってから代金を頂くと説明した。

 急に仕事が舞い込んできて、唯は先ほどの意気消沈から一転、気持ちが少しだけ前向きになった。定収入を得る道が開けたと思ったからだ。マチルダの言う通り、しばらくは本職に専念した方がよさそうだ。

 唯は仕上がりは三日後になるといい、話を聞かせてくれたお礼にシリアルバーを全て置いてきた。談話室を出る時、「赤い猪亭(レッド・ボア)」の女将にも話して客を紹介してもらうのもいいかもしれなと考えた。


 昼もだいぶ過ぎており、居酒屋にはテーブル席に数人の客がいるだけだった。唯は何度かここで食事をしているので、女将のマリア・ユステとはすでに顔見知りだ。夜に出す料理の仕込みの最中らしく、マリアはイワシを手慣れた手つきで次々と捌いている。コペルニクスは島の中央に位置しており海からは離れていたが、島内は道が整備されてているので安い魚がいつでも手に入った。 

「こんにちは、女将さん。美味しそうな魚ね、どう料理するの?」

「あら、ユイ、これはね、乾燥ハーブと塩を混ぜたパン粉をつけてたっぷりの油で焼くんだよ。付け合わせは茹でたエンドウ豆とキャベツの酢漬けさ。食べていくのかい? あと1位時間はかかるよ?」

 唯はまたもやよだれを垂らしそうになるが、我慢して首を振った。

「いいえ、今日は頼みたいことがあって寄ったの」

 仕立て屋の仕事を本格的に始めることにしたので、客がいたら紹介してくれないかと言った。マリアは快く引き受けてくれた。居酒屋はある種コミュニティーの場でもあるので、こういう口利きや斡旋はよくあることだ。

「だったら、私も仕事を頼もうかねぇ」とマリアはイワシの頭を切り落としながら言った。「前掛が全部ダメになってさ、今着けてるのが最後の一枚なんだよ」

 マリアは「ほら」と言って肉付きのいい腹を突き出してみせた。前掛けは油染みが一杯で端がボロボロだ。

「わたしにもアンタくらいの娘がいるんだけど、これが誰に似ちまったのか家事がさっぱりでさ、ハンカチ一つ縫えやしない。わたしもこの通りここや上の切り盛りで忙しくて、とてもじゃないが繕い物まで手が回らないんだよ」

 唯はお安い御用だと引き受けた。前掛けなら型紙がなくてもすぐに作れる。

 ついでに、村には他に仕立て屋はいないのか聞いてみた。マリアの話では二人いるが、一人は高齢者で半ば引退状態、もう一人は仕事が粗くあまり評判が良く無いようだ。農家の女房たちも片手間に繕い物をするが、仕上がりの方はいまいちだし、それに、金に余裕のある者はオルバースに注文してしまうのだという。帝国屈指の港町だけに、そこに暮らす職人たちも一流揃いだ。村とは120キロほど離れているが同じ島内なので、オルバースから御用聞き商人が頻繁にやって来るのである。

 去り際、マリアが紙に包んだ5匹のイワシをくれた。これが女将の好意なのか、それとも幸運値50の威力なのか、唯は深く考えないことにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ