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 鬼首 唯がエリアス・加賀美に出会ったのは7歳の時だった。

伯母の自宅前には小さな公園があり、その公園を挟んだ真向かいがエリアス・加賀美の家だ。

当時、公園はまだ空き地で、周辺に洒落た建売住宅がぽつぽつと建ち始めていた。

その空き地を挟んだ真向かいにも広いテラス付きの北欧風の家が建ち、そこへ引っ越してきたのが加賀美一家だった。父親と母親と同い年の男の子の3人家族。近所には同世代の学童が少なく、向かい同士ということもあり、唯とエリアスはすぐに仲良く遊ぶようになった。

 エリアスは栗色の髪に(ハシバミ)色の瞳の病弱な少年だった。色白で線も細く、人形のような整った顔立ちでもあったから、小学生の時はよく女の子に間違われていた。

一方の唯は好奇心と創造力旺盛な活発な女の子だ。この頃からすでに手先の器用さを発揮し、紙や粘土で作ったお姫様や王子様や騎士や馬を使ってエリアスと『王国ごっこ』をして遊んでいた。

 唯とエリアスはその境遇もよく似ていた。エリアスの父加賀美秀一は考古学者で、古代海洋国家とアトランティス大陸の研究者としてその方面では世界的に有名だった。当然ながら海外での仕事が多く、1年のほとんどを外国で過ごしている。

唯の母、鬼首 弥生もまたパタンナーを目指し、大学卒業後は欧州へ留学したきりほとんど帰国してない。娘の唯は日本の大学在学中に付き合っていた恋人との間に出来たいわゆる私生児で、母曰く「若気の至り」だそうだ。彼女は唯の父親が誰かいまだに明かしていない。今はパタンナーとして成功し、現地のパートナーとデンマークで会社を興している。

 唯もエリアスも半ば親に見捨てられたような存在だった。そういう似通った境涯のせいか、いつか二人はなんでも打ち明けて相談する親密な仲になっていた。

 ただし、そこに恋愛感情はない、と唯は考えている。むしろ、兄弟のような感覚だ。唯は同い年でありながらエリアスを弟のように思っている。

面倒を見なければならない存在だと。たぶん、彼が病弱なせいだ。

 エリアス・加賀美は生まれつき柳浦の質で、何度かの入退院の後、中学の頃には車椅子の生活になっていた。勉強はできる方だったので高校には入学できたものの、ほとんど登校していない状態が続いていた。そのため、友人は唯だけといってもいい。唯はそんなエリアスを心配して、なにくれとなく面倒を見ていたのである。

 エリアスにはスペイン人の母親がいたが、彼が12歳の時に病気で亡くなっている。彼の病弱な体質は母親譲りなんだろう。母親もまた入退院を繰り返していたために滅多に会うことがなかったが、鳶色の髪と深い緑色の目の、どこか悲し気な雰囲気の女性だったと唯はおぼろげに覚えている。確か彼女の名前は「カッサンドラ」といったはずだ。



 部屋の隅に立つ青年は相変わらずニヤニヤと笑っている。髪も瞳の色も違うが、その顔かたちは間違いなくエリアス・加賀美その人だ。

「やあ、唯、久しぶり。楽しんでいるかい?」

3週間ぶりに聞く幼馴染みの声。ひどく懐かしく感じる。

 異世界に来て初めて見知った人間に会った唯は、思わず駆け寄って抱きつきたい衝動に駆られた。しかし、彼こそがこの事態を招いた原因であると思うと、同時に怒りも湧いてきた。

「エリアス君、これってあなたの仕業なんだよね?」

「んー、まあね」

 エリアスはあっさりと認めた。

「どんな力を使ったのかは知らないけど、他人を巻き込むなんて酷いんじゃない?」

「他人? 他人じゃないだろ。君だって『カッサンドラ』の創造主じゃないか」

 創造主などと言われて唯はたじろいだ。

 確かに唯は『カッサンドラ』制作の手伝いをした。フィギュアやサイコロや城を作り、イラストの不得意な彼のためにモンスターのイメージ図や地図を描いてあげた。物を作るのが好きだったし、何よりも『カッサンドラ』の制作が、病弱で引き籠りがちのエリアスの唯一の楽しみになっていたからである。ネーミングに悩む彼に月のクレーターの名前を付けたらどうかと提案したのも唯だ。

 ここ最近のエリアスの『カッサンドラ』へののめり込み方に唯は一抹の不安を感じていたものの、趣味にハマる男子は得てしてこんなものだと思っていた。それに二人の共通の話題でもあったから、言われるままに手伝っていただけである。唯にとってはただの遊びであり付き合いで、創造主などという御大層な気分に浸ったことは一度もない。

「と、とにかくわたしを元の世界に帰して欲しんだけど」

「どうしてそんな事言うのさ。僕たちが作った世界だよ? 唯にも楽しんで欲しいんだ」

「楽しめって……わたし、伯母さんや学校が心配なの」

 すると、エリアスが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「ふんっ、なにが学校だ。それに君は伯母さんちの厄介者だろ? いずれ出なきゃいけない家じゃないか。向こうのつまらない生活のことなんか忘れちゃえよ。ね、それよりさ、僕を見て」

 エリアスは一歩進み出ると、その場でくるりと一回転して見せた。

マントが翻り、鮮やかな深紅色の裏地が目に入った。

 今のエリアスはどこから見ても五体満足の健康な若者だ。血色の良い顔に、活力と生気に溢れたしなやかで瑞々しい身体。しかも意外と背が高い。177、8はあるだろう。車椅子の彼しか知らない唯には不思議な光景だった。

カーテンを閉め切った薄暗い自室に籠って、青白い陰気な顔でフィギュアを並べていた元の世界の彼とはあまりにも対照的だ。同一人物とは思えない変わりようである。

 それ以上に、唯は彼の職業(クラス)が気になった。剣を佩いているところを見ると戦士系なのか?それにしては随分と贅沢な身なりだ。一方の唯といえば、セージで染めた緑色の粗い毛織のドレスと端の擦り切れた麻の前掛け姿だというのに。

「エリアス君はこっちでは何をしているの?」

「僕? んー、改めて自己紹介するけど、こっちでの僕の名前はエリアス・モントヤーデっていうんだ」

「モントヤーデ?」

はて、どこかで聞き覚えがあるような?

「モントヤーデって、えっと、確か……。そうだ、思い出した、モントヤーデ帝国!」

 唯は思わず声を上げた。

「そう、そのモントヤーデ。僕は帝国の第二皇子なんだ。『()が高い、控えおろう』なんてね」

「なによそれ。わたしは村人Aで、あなたは皇子様なの? 随分と不公平じゃない? だいたい、皇子様なんて職業(クラス)あったっけ?」

 唯は憮然とした表情でエリアスを睨み付けた。

 エリアスは可笑しそうに声を立てて笑った。

「そんな顔するなよ。創造主の特権だよ。それに、村人を選択したのは君だろ? 僕は魔法使いを勧めたのにさ」

「異世界に飛ばされると分かっていたらそうしてたわよ。ねぇ、お願いだからわたしを帰して」

「イヤだね」 

 エリアスはきっぱりと断った。

「唯はもう『カッサンドラ』の住人だからね。こっちの世界のルールに従ってもらうよ」

 エリアスは明らかにゲーム感覚で楽しんでいる。その態度に唯はますます苛立った。

「なにがルールよ。創造主なんでしょ? その指を鳴らせばわたしを元の世界に帰すことぐらい朝飯前なんじゃないの?」

「ふふっ、そうかもね。でも、それじゃあ面白くない。僕は唯にこの世界の素晴らしさをじっくり体験して欲しんだ」

 そう言ってエリアスは懐からノートを取り出した。

「元の世界に戻る二通りの方法を用意したから、どちらかに挑戦することだね。一つ目は、帝都ヴェルサリオにいる僕のところまで会いに来ること。そして二つ目は」

 エリアスはノートをテーブルに放り出して続けた。

「地下迷宮ワン・フーの最深部に辿り着くこと。そこに元の世界に戻るための『現世の魔法陣』を設置しておいたからさ」




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