依頼を受けて魔獣討伐してみた
2人が泊まっている木造の部屋の窓から朝日が差し込み始め、部屋が明るくなってゆく。それとともにフィリスは徐々に目を覚ましていった。
あっ、なんか明るくなってる。もう朝か。
そう思い、ベッドから起き上がり、しばらくぼーっとしていた。
少し目が覚めたので伸びをしてみる。
「うーん。ひさしぶりによく寝た」
最近野宿だったので、久しぶりにベッドで寝て疲れが取れたのだ。
さて、ハルトはっと。
ハルトの方を見るとまだベッド上で寝ている。
近くにいって覗き込むと、寝息を立ててぐっすり眠っているみたい。
起こしちゃ悪いから、静かに着替えて朝風呂行ってこよ。
ネグリジェからコットに着替えて、メモを残してからお風呂に向かう。
「朝風呂サイコー」
朝の浴場は誰も人がいなかったので、貸切でのんびりと入浴を楽しんだ。
その後、部屋に戻り目を覚ましていたハルトとレストランに向かい、朝食をとる。
「ハルト、よく眠れた?」
「うん。疲れがとれたよ」
「それはよかった」
食事を終えると、ジュースを飲みながら今日の予定についた話すことになった。
「今日はどうする?」
「まずは、私の冒険者証をギルドに取りに行って、それから良さげな依頼を見つけて外に行くってことでいいんじゃない」
「それならポーションとか虫除けとかあった方がいいね。ギルドの後は薬屋に行こうか」
「わかった。それなら早速行きましょ」
2人は部屋に戻って、各々支度をする。私は鞄の中身を整理して、ハルトは動きやすい服に着替えて革の防具を身につける。そして、冒険者ギルドに向かった。
今は午前7時。まだ早いというのにギルド内は人で一杯だった。
「すごいね」
「そりゃ、朝依頼を受けてそれから外に向かうわけだから、朝が一番混むよ」
「なるほどね。流石物知りだね、先輩」
「そうだろー」
受付が混んでいるので、まずは依頼を見つけることにした。依頼用紙の貼ってあるボードの人並みを掻き分けて前にでる。この時ばかりは、身長が小さいことに感謝だ。
「ハルト。私はよくわからないから、任せるよ」
「わかった。ええと、折角だから討伐部位採取依頼を受けようか。Eランクで受けられる討伐依頼は・・・っと。これかな」
そういってハルトが見つけてきた依頼はグラスボアの討伐。体長は1m~1.5mほど。森林や草原に主に生息。凶暴な性格で、人が近寄ると突進して牙を突き刺そうとしてくる。今回の依頼はその牙の採取。数は最低10本。
今更だが、魔獣について説明する。この世界には先天的に魔法を使える魔獣と、先天的には魔法を使えない動物が存在する。人はこの分類では動物にあたる。人が得た魔法は後天的なものであるからだ。一方、魔獣は生まれつき魔法を使うことができる。それは、身体強化魔法、攻撃魔法、幻惑魔法など様々だ。魔獣は動物に比べて気性が荒く強い。身体強化魔法を使う魔獣においては、体表面が強化され攻撃が通らなくなるため討伐が困難になる。なお、魔獣の子供は魔獣となり、動物の子供は動物となる。
「グラスボアって結構危ないイメージがあるけど、Eランクなんだね」
「そうみたいだな。俺は戦うのは初めてだ。フィリスは?」
「私は森の中に住んでたから、何度も戦ったことがあるよ」
「それは心強いな。それじゃ、これにしよう」
そういって、ハルトは壁から依頼用紙を剥がして持っていく。
その後受付に行き、私は冒険者証を受け取り、ハルトと私でグラスボア討伐依頼を請け負った。そして、薬屋でポーションや毒消し、虫除けなどを購入し、街の外へと向かった。
「少し距離あるみたいだけど、歩くつもり?」
「そりゃ、そのつもりだけど。フィリスには何かいいアイディアが?」
グラスボアの出没地域までは4kmほど。歩いて1時間ぐらいだけど、正直歩くのめんどい。
「私、馬もってるよ」
「まじか。馬なんて超高級品じゃん。いいなー。俺も欲しい」
ハルトがそういうのも無理はない。一番安い馬でも1頭金貨10枚はするからだ。それに、馬屋に預けると1日銀貨2枚はかかる。正直高い。
「ハルトもいつか買えるよ」
「いつかと言わず、早く手に入れたいな。あるとないとじゃ大違いだからな」
確かにその通りで、この世界では移動手段は徒歩か馬しかないため、馬による移動速度向上はとてもメリットが大きい。ちなみに主要な街の間であれば、乗合馬車があったりもする。
ということで、馬屋に向かって私の馬を引き取って、門の外まで出てきた。
「おおっ。これが馬か。かっこいいな。強そうだな」
「ふふん。いいだろ」
「どうしたんだよ。こんなに良い馬」
「師匠からもらった」
「気前のいい師匠だな」
ハルトはしばらく私の馬を眺め回していた。
「そろそろ行くよ」
「おう」
私が先に鞍にまたがり、ハルトが後ろに乗って私の腰につかまる。ハルトの手の温かさが伝わって来る。
「しっかり掴まっててね」
「わかったよ」
手綱を引き、馬を走らせ始める。そして、徐々にスピードを上げて行く。
「すごい。すごいよ、フィリス。」
後ろでハルトがめちゃくちゃ興奮しているようだ。その姿を見たいが、後ろを見て事故りたくないので我慢我慢。
「それはよかった」
「風が気持ちいいね。僕、馬に乗ったの初めてなんだ」
「そうなんだ。ということは、村からここまで徒歩で」
「そうだよ。あー、早く自分の馬が欲しいな。自分で馬を乗りこなしたい」
興奮しっぱなしのハルトと一緒に、20分ほどで目的地に着いた。そして、2人で馬を降りた。
この辺りは見晴らしのいい草原地帯。少し奥の方に森が見える。
「ねえ、ハルト。まず、どうすればいい?」
「索敵だね。ひたすら歩いて探すしかない」
「わかったよ」
ということで、2人して索敵に入った。そして少しすると、グラスボアを5匹発見した。草を食べているようだ。
「さっそくいたね」
「どうする?」
「フィリスが先制攻撃。僕がその後、仕掛ける。そして、あとはフィリスは支援してくれればいいよ」
「魔法属性は何がいいのかな?」
「そもそも何が使えるの?」
「全部」
「・・・?」
「だから、全部使えるってば。火、水、風、雷、土、光、闇なんでも」
「・・・まじか。すげえな。それじゃ、毛皮を傷つけない感じでよろしく」
「なら火はダメだね。水と風と雷かな。水だとハルトの足場が悪くなるからなー。今回は風魔法で行くよ」
「わかった。それじゃ、先制攻撃頼んだ」
風魔法か。それなら、ウィンドトルネードでいいか。浮かせて、自重で落下ダメ入るし。
魔法の杖を取り出して、術式の構築を開始する。
術式構築開始。風属性のヘッダー及びグローバル変数読み込み完了。変数にて以下を指定。対象・グラスボア、威力・指定なし、消費エーテル量・指定なし、実行方法・地上からの上昇気流を発生させ、対象を10メートル上昇させたあと気流を停止。範囲・対象存在域の直径+1m。スタンバイ。
「ハルト。グラスボアのいる場所に上昇気流を発生させて、10メートル上げてから落とすよ。グラスボアが落ちてくるタイミングを見計らって近づいて。上昇気流はあいつらのいる範囲より1メートル広く設定したから、気流発生中は間違っても入らないで。それじゃ、いくよ」
「おっけー。いつでもこい」
「ウィンドトルネード」
魔法の杖から私のエーテルが世界のエーテルに干渉を開始する。そして、グラスボアのいる範囲で上昇気流が発生し始め、みるみるうちにグラスボアが上昇していく。そして10メートルほど上昇したあと、グラスボアは自由落下を始めた。すると、横にいたハルトは駆け出して行った。
あー、魔法はうまくいったけど、風魔法はやっぱり効率悪すぎ。たぶんこれ、私のエーテルの30%を使ってるな。風魔法なら攻撃すれば精々10%で済むのに。
そんなことを考えていたら、グラスボアが地上に打ち付けられて鈍い音が辺りに響く。ハルトはそのタイミングですかさず攻撃に移る。グラスボアが体勢を立て直す前にトドメを刺していく。そして、すぐに全てのグラスボアが息の根を止めた。
「おつかれ、ハルト」
「おつかれ、フィリス。というか、フィリスのおかげで僕がやったのってただトドメを刺しただけなんだけど」
「それだって、私はできないよ。剣を私は全く使えないから。杖術でもできるのは護身だけだしね。持ちつ持たれつだよ」
「そうだね」
その後、2人でグラスボアの剥ぎ取りを始めた。
私もハルトも剥ぎ取りの経験はあったため、難なく済ますことができた。
その結果、肉と毛皮と牙を得ることができた。
「それじゃ、次行こうか」
剥ぎ取りが終わったので次の狩りにいくことにした。
「ねえ、ハルト」
「なに?」
「探知魔法使っていい?」
「そんなのあるの?」
「あるよ。この周辺にいる生き物を探知することができる魔法」
「すごいな。よし、頼んだ」
杖を構えて術式を構築する。
術式構築開始。無属性のヘッダー及びグローバル変数読み込み完了。変数にて以下を指定。対象・なし、威力・指定なし、消費エーテル量・指定なし、実行方法・周囲にいる魔獣を検出し、脳内で場所をマップ状にイメージ化。範囲・現在地を中心に水平方向半径1キロメートル。実行。
無属性とは正確には魔法ではない。世界のエーテルに全く干渉しないからだ。人のエーテルを世界のエーテルに接続して実行するもの。それが無属性。世界のエーテルに干渉しないため、消費エーテル量はかなり少ない。ちなみに、探知魔術では魔獣の場所と魔力量の大きさはわかるが、具体的になんの魔獣がいるかまではわからない。
術式実行後、脳内に周囲の生き物の場所が映し出された。
「ここから、北北西に700メートルの所に魔獣が一杯たむろしてるから行ってみようか」
「わかったよ。それって、魔獣の種類まではわからないのか?」
「残念ながら」
「そうなんだ。でも、それでもすごい便利じゃん」
「ありがと」
2人でその場所に向かってみると確かに魔獣がたむろってました。グラスボアが30匹程。
「多い・・・ね」
「だから言ったでしょ、一杯たむろしてるって」
「これいける?」
「さっきの魔法じゃむり。そんなにエーテル残量がない」
「エーテルって?」
「マナのこと」
「なるほど。って、だめじゃん」
さて、ハルトを突っ込ませてもフルボッコにされる未来しか見えないわけで、さてどうしようか。
ハルトに聞いてみる。
「毛皮を犠牲にするっていうのは?」
「できればやめて欲しいんだけど。金がないのはお互い共でしょ」
「確かに」
じゃ、やっぱり火魔法は論外と。風魔法はエーテル残量的に無理。なら雷魔法がいいかな。効率いいし、痺れさせて動けなくさせればあとはハルトがなんとかしてくれるでしょ。
「雷魔法でグラスボアを全て動けなくするから、その後に攻撃よろしく」
「わかったよ」
術式構築開始。雷属性のヘッダー及びグローバル変数読み込み完了。変数にて以下を指定。対象・グラスボア、威力・最大、消費エーテル量・残量の90%、実行方法・対象に強力な電撃を与える。範囲・なし。スタンバイ。
「ライトニング」
杖の先から伸びた眩く光る稲妻が全てのグラスボアに直撃していく。その後稲妻はすぐに消えた。
グラスボアは全て痺れて倒れており、動けないようであった。
すぐに、ハルトが攻撃に移り、トドメを刺していく。
だが、後少しというところで、残りの5匹の痺れが解け起きてしまった。
やばいと思ったが、今の私には支援できるほどのエーテルが残っていない。
最悪、闇魔法で視界を奪って逃げるしか。
「まあ、5匹程度ならなんとかしてみるか」
そんな風にハルトは呟いた。
5匹は凄く興奮した状態でハルトに襲いかかって行く。彼は、周囲から突撃してくるグラスボアを往なしながら、攻撃を加えていった。グラスボアの咆哮とハルトの叫びが交錯する。
私は心配しながらそれを見守る。
そんな戦いは10分ほど続き、最後にはそこに立っていたのはハルトだけだった。
「大丈夫?ハルト」
ハルトに駆け寄って行くと、彼は笑顔を向けてくれた。
「勝ったよ、フィリス」
「お疲れ様、ハルト。生きてて本当によかった」
涙目になって座り込んでしまった私をハルトが抱きしめてくれた。
「心配かけてごめん」
しばらくそうしてくれていると、落ち着いたのでハルトから抜け出した。
そしてハルトをみると左腕から出血しているのがわかった。
「血が出てるじゃん」
「これくらい大したことないって」
「そんなことないよ。腕まくって」
ハルトの左腕をみるとグラスボアの牙に突き刺されて深い傷を負っているようだった。治癒ぐらいなら今の私でもなんとか。
「今から治癒魔法を使うよ」
「そんなこともできるのか。お願いするよ」
「少し痛むかもしれないけど、我慢して。それと、私はこの魔法を使った後、多分エーテル不足で意識を失っちゃうと思うけど、別に心配しなくていいよ。1時間くらいで目を覚ますから」
「それって大丈夫なの?」
「問題ないよ」
「わかった。それじゃ、その間は僕が君を守るよ」
まず、ハルトの左腕の傷口を水筒の水で洗う。
そのあと、傷口に杖を向ける。
術式構築開始。光属性のヘッダー及びグローバル変数読み込み完了。変数にて以下を指定。対象・ハルトの左腕部の刺創、威力・最大、消費エーテル量・残量の90%、実行方法・傷の修復、範囲・なし。実行。
杖の先に白い光が点り、ハルトの傷口を照らす。すると、傷口が徐々にふさがってゆく。
あっ、ぼーっとしてきた。でも、まだだめ。
エーテル不足で薄れゆく意識の中、必死でハルトの治癒を続ける。
1分ほどするとハルトの傷は完全に癒えた。
そして私は意識を失った。
しばらくすると、私は目を覚ました。
なんだっけ。
あっ、そうだ。エーテル不足で倒れたんだ。
起き上がろうとするが力が入らない。
仕方ない、もう少し休むか。
そんなことを考えていると、上から声がかかった。
「あっ、起きた?フィリス」
ハルトの顔近い気がする。ってこれってもしかして、膝枕ってやつか。ハルトの膝あったかい。もう一眠りしよう。目を閉じる。
すると、ハルトから声がかけられた。
「寝ないでよ」
「いいじゃん。まだ、動けないんだから」
「そうなんだ。なら仕方ないね」
ハルトの膝枕を堪能しながらあの後のことを聞くと、全てのグラスボアの剥ぎ取りを終えたとのことだった。あとは帰るだけ。
「ごめんね。迷惑かけて」
「こっち悪かった。僕が怪我したせいで君に負担をかけちゃったね」
「そんなことないよ。これは私の自業自得。それにしても、ハルトすごかったよ、あんな猪突猛進なグラスボア5匹相手に勝っちゃうんだから」
「あれはやばかった。窮鼠猫を嚙むって感じだった。こっちが死ぬかと思ったよ」
「お疲れさま、ハルト」
「おつかれ、フィリス」
私はハルトの膝枕をたっぷり堪能した後に、起き上がって馬を口笛で呼び戻す。
その後、私たちは戦利品を馬に括り付けた。
「それじゃいくよ、ハルト」
「行って、フィリス」
馬は走り出し、2人はイリアスの街に帰っていった。