魔法使いになってみる
私とゼイダは、ゼイダの馬に乗り、どこかに向かっていた。
ゼイダが手綱を握り、私が後ろに乗りながらゼイダに後ろからしがみついていた。
馬に初めて乗ったな。結構揺れるけど風が当たって気持ちいい。
とりあえず、目的地を聞いてみることにした。
「ゼイダ様。私たちはどこに向かっているのでしょうか?」
「私のことはゼイダでいいよ。様付けはあまり好きじゃない。今向かっているのは、私の隠れ家のような所だ」
「隠れ家ですか。それってどれくらいかかるんですか?」
「多分、3週間ぐらいじゃないかな。400kmぐらい離れてるはずだし」
「だいぶ遠いですね」
「まあ、急ぐ旅でもないし、のんびり行こうか」
そんなことを話しながら、草原の中にある道を進んでいく。
「ゼイダさんは何で魔法使いの弟子探しなんて始めたんですか?」
「私はもう歳だからね。まだ動けるうちに有望な教え子を見つけて、その子に私の全てを伝授するためだよ」
「そのために、半年近く探し回っていたんですか?」
「そうだ。正直諦めかけていたから、君が見つかって良かったよ」
そういってゼイダは振り返って私に笑いかけた。
渋くてカッコいいな、この人。
疑問に思っていたことを聞いてみた。
「なんでわざわざこんな辺境に?貴族のなかにはゼイダさんの弟子になりうる子はいるんじゃないんですか?」
「確かに能力だけみれば、貴族の子は有望だ。だが、貴族の子供は驕り高ぶった考えに毒されていたりするし、そもそも私は貴族が好きじゃない。貴族に関わっていままで碌な目にあったことがないからな」
「貴族ってそんなに酷いんですか?」
「ああ。あいつらは自分たちの言うことであれば、市井の者はなんでも言うことを聞くと考えている。そして、自分たちが高貴な血が流れている、生まれながらにして特別な存在であると。正直馬鹿馬鹿しい。貴族だろうと平民だろうと、能力のあるものもいれば、能力のないものもいる。私が今まで見てきた中では、貴族と平民の能力差はほとんどないといっていい」
とりあえず、ゼイダさんが貴族嫌いだということはよくわかった。あまり、この話題は振らない方がいいかも。
「弟子探しの前は何をしていたんですか?」
「それに関しては秘密だ。君のそれを伝えると、君は厄介ごとに巻き込まれることになるからな」
「・・・犯罪者ですか?」
「そんな訳はなかろう。一つ言っておくとすれば、私はかなり偉い立場にいた。それだけで厄介ごとの香りしかしないだろう」
「重要な役職だったのにも関わらず、それを放り出して弟子探しに出たといった所ですか。・・・確かに詳しくは知らない方がよさそうです。ということは、ゼイダというのは偽名ですか」
「その通りだ。だが、この名前は私がかなり以前から使っていた偽名だから、私のもう一つの名前といった感じだな」
「なるほど」
そんな風に言葉を交わしながら、いくつかの街を巡りながら2週間ほど経った後にゼイダの隠れ家に着いた。それまでの間に、魔獣との戦闘が何度かあったが、ゼイダがすぐに倒してしまったため、何の問題もなかった。
そこは森の深くにある木造の家であった。周りには木しかない。そんな所だ。
「すごいところですね」
「見ての通りの森しかない所だが、自然に囲まれた案外いい所だぞ」
「ものは良いようですね」
「気づいたんだが、君は見た目の割に毒舌なようだ」
「今更気づいたんですか」
まずは、ゼイダが留守にして居たために埃が積もってしまった家の中を2人で綺麗にすることにした。
「掃除するといっても、水ってあるんですか」
「そこは私の出番だな」
そう言うと、ゼイダは家の隣にあった瓶の中に魔法の杖を向ける。
すると、杖の先から水が出てきて、瓶の中がみるみるうちに水で満たされていく。
「便利ですね」
「だろう」
「そういえば、詠唱とかってないんですか?水よ、いでよ、みたいな」
「普通の魔法使いは詠唱するよ。それも、そんな短いのじゃなくてもっと長ったらしいものを。でも私の場合はそんなものは必要ないんだよ」
「それって凄いんですか?」
「別にすごいものじゃない。ただこの技術を持っている魔法使いが少ないだけさ」
「それって凄いっていうんじゃ」
2人は布やモップを使って、家の中を1時間ほどかけて掃除した。
掃除が終わった後に1つ聞いてみた。
「今更ですけど、魔法で掃除ってできないんですか?」
「無理。風を起こしたら、部屋中の物が散らばるし、水を出したら本とかが濡れてだめになる。火は論外。ね?、無理でしょ」
「なるほど。魔法も万能じゃないんですね」
「魔法にできることなんて微々たるものだよ」
そうゼイダは言いながら、遠くを見つめていた。
昔何かあったんだろうな。
そんなことを思いながら、私とゼイダは家の中に入って休むことした。
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それから1週間後、私は魔法の勉強を始めることになった。私は疲れてしまって、1日中ほとんど寝てしまった。そのお陰で大分疲れがほとんど取れた。一方、ゼイダさんは長旅で疲れたためか、1週間ほど休むとのことになったのだ。その間、私は適当に料理を作っていたりした。
私は席に座り、その隣にゼイダさんが座る。そして、説明が始まった。
「魔法とは世界に満ちているエーテルを、人の体内にあるエーテルによって書き換えるものだ。魔法学習の第1段階は、エーテルの放出及びコントロールだが、君は既に最低限できているのでよしとしよう。次にしなければならないことは、エーテルを書き換える方法を学ぶことだ。この書き換えの方法は人によって全く違う。そもそもエーテルを書き換えるという方法を取らない魔法使いも存在する。君に教えるものは書き換える方法だがね」
「なぜ、人の体内にあるエーテルによって、世界に満ちているエーテルを書き換えることができるのですか?」
「人の体内には、世界に満ちているエーテルを吸収して変換して蓄積するための器官が存在する。そして、そのエーテルはその人が制御可能な形に変わり蓄積される。体内のエーテルは世界のエーテルは同質の力であるが故に、世界のエーテルに干渉することができる。こんなところかな」
「その器官ってどこにあるんですか?」
「エーテルを変換する器官は心臓だ。蓄積する器官としては心臓の割合が大きいが、身体中の細胞にエーテルは蓄積される」
「なるほど」
それなら、心臓をやられない限り魔法は使えるということか。そもそも、心臓をやられたら死んでるわ。
「説明を続けるよ。体内のエーテルによって世界のエーテルを書き換える。このためには、体内のエーテルを世界のエーテルに接続した上で、世界のエーテルに干渉する必要がある。これから教えるのは、その干渉方法だ」
ゼイダが、近くにあったから本棚から1冊の本を持ってきて、机の上に置いた。
「これが、干渉するための術式及び理論の基礎の書かれた本だ。これから、私の所有している術式と理論を全て覚えてもらう」
「その本って何冊ぐらいあるんですか」
「4892冊だな」
「・・・覚えられる気がしないんですが」
「大丈夫。基本的な理論と術式さえ覚えれば、あとはその組み合わせだけだから。ただ、それぞれの本に構成に必要な理論と術式が全て書かれているから冗長になってるだけ。正直私はもう読みたくない」
「読みたくないとか言わないでくださいよ。ゼイダさんは全ての本を読んだんですか?」
「これは全て師匠から譲り受けた本なんだけどね。師匠がいた時に、無理やり全て覚えさせられた。それも何のアドバイスもなく、ただ覚えろと。そんなんで、私もよく覚えられたものだよ。さっ、始めようか」
それから私の魔法使いへの道、というかひたすら勉強漬けの日々が始まった。実際に魔法を発動させることなどほとんどなく、ほとんど座学。なんで、私は異世界に来てまで勉強しているんだろうと遠い目になりながら。
私が学んだことを簡単に説明してみる。まず、魔法の属性には、火、水、風、雷、土、光、闇の7種類が存在する。それらの形に世界のエーテルを変化させるためには、それぞれ属性のための術式が必要だ。術式には、いかにも魔法使いが使いそうな魔法陣を紙や地面に書く方法と、人の脳内で術式を構築する方法の2種類がある。私は両方とも学んだが、理解してしまえば両方ともやっていることは同じだとわかった。脳内で術式を構築する際には、プログラムでいうヘッダーファイルやグローバル関数が属性ごとに違うだけで、あとは魔法ごとに変数、関数、配列を使いながら術式を作ればいいだけ。って、何このプログラミング。何で私、異世界来てまでプログラム組んでるんだろう。大学でプログラミングを学んだことがここで役に立つとは。
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そんなこんなで月日は流れ、私は15歳になりました。え?時間が飛びすぎだって?だって、ひたすらゼイダさんの家に篭って勉強していただけで、何も面白いことなんてなかったから。受験勉強をずっと続けていたようなもの・・・。私、頑張った!
そして私は先日ゼイダさんから免許皆伝と認められ、今日から旅に出ることになった。
ちなみに馬に乗って移動するよ。歩きはきつい。
「ありがとうございました、ゼイダさん」
「こちらこそありがとう。君のおかげで私はもう思い残すことはなくなったよ」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ。まだまだ長生きしてください」
「それでは、せっかくの余生を楽しむとしよう」
「また会いましょう。ゼイダさん」
「そうだな。また会おう、フィリス」
そこで2人は別れ、フィリスはまだ見ぬ世界へと飛び出した。
これからのことに期待を寄せながら。
「君の行く先に幸あれ」
ゼイダはそんなフィリスの後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。