part8
Mont~光の国の魔法使い~
ルキフェルが語り終えると部屋の中は再び静寂に包まれた。
カルガントはただ黙っていることしかできなかった。
--アルヴァーの過去は彼の予想をはるかに超えていた。そして、カルガントがやってくるより前のことをほとんど語らない理由もようやくわかった。
カルガントが何か言おうと息を吸い込んだとき、突然部屋の扉が開いた。
「…ルキフェル…!」
そこには息を切らしたアルヴァーがいた。
「お?アルヴァー。お前正装のままってことは昨日は帰ってな…」
「そんなこと言ってる場合じゃない!『黄金の泉』にヒトガタがいる!」
ルキフェルの言葉を遮って叫ばれたその言葉に、二人は思わず立ち上がった。
「…何匹いる?」
ルキフェルが問いかける。
「…見えただけで三匹。あのサイズなら変異種だ」
アルヴァーは短く答えた。
変異種それは、見た目は普通種より大きいだけのものだが、黒い高温高速の煙を吐いたり、魔法が効きづらかったりと普通種より遥かに強い。
「カルガント、警鐘を鳴らしてくれ」
ルキフェルに言われて、カルガントは緊張した顔で頷き、部屋を後にする。部屋を出るとき、アルヴァーの顔を不安げにちらりと見たが、アルヴァーはこちらを見ることはしなかった。
「安全策をとって、大人数で対処すべきだな」
アルヴァーは頷いた。
外に飛び出すと、中央広場には次々と人が集まっていた。カルガントが鳴らした警鐘を聞いたのだ。族長のダヤルクも側近のヴェラトゥーラに付き添われてやってきていた。
「兵士!『黄金の泉』にヒトガタが現れた。数は少なくとも五匹!それにおそらく変異種だ。気を引き締めろ!」
ルキフェルが叫び、兵士の一団から声が上がる。
アルヴァーはその一団の先頭に立ち、黄金の泉へと走り出した。
ヒトガタが現れた場所はとにかく暗い。ルキフェル隊の五人は固まって辺りの空気を探った。他の部隊も暗闇の中で辺りを探っている。
「…北には居ないと思われます」
大鎌を構え、参謀のヴィエラは囁く。
「…南もいなさそうよ」
弓を構えたリリアも答えた。
「…静かに…東から何か音がする…」
サティグが刀を構え直した。
--その時
「東隊!逃げて!!」
ヴィエラが叫んだ。東の暗闇の中から黒光りする爪が伸びている。ヴィエラの声を聞き、東隊五名は慌てて辺りを見回す。
「…何してんだよ…!」
アルヴァーは奥歯を噛み締めて、左手から雷を放った。雷の青白い光に暗闇が裂かれ、ヒトガタの姿が浮かび上がる。ようやく東隊はその位置を知り、退避の動きを見せた。だが、その動きは間に合っていない。ヒトガタの爪はもう避けようがない。
「…くっ!」
ヴィエラは左手に作った水のボールをヒトガタに投げつけた。弾けたボールはヒトガタの足元を凍りつかせる。
「今のうちに!」
叫ぶと東隊は体勢を立て直し、氷で動けないヒトガタを切り刻んだ。
「…あと二匹か…」
アルヴァーは集中した。
--ぞわりと寒気がした。アルヴァーは頭上を見上げた。
(…しまった…)
ヒトガタは枝の上に乗っていた。牙がびっしり生えた口がゆっくりと開いてゆく。
「…上だ…!」
アルヴァーが叫ぶと同時に、黒い煙のようなものが高速で彼らを襲った。
--たくさんの叫び声が闇をこだまする。煙の衝撃に吹き飛ばされ、上も下もわからない。
「…うっ…」
地面に叩きつけられ、ようやく立ち上がることができた。闇の中から微かにうめき声が聞こえる。
「アルヴァー!無事か?」
ルキフェルが横からやってくる。サティグもヴィエラもリリアも怪我はしたものの無事のようだ。
「…大丈夫。それよりヒトガタは!?」
アルヴァーは辺りを狂ったように見回した。
(…早く見つけないと…)
--また、『あの時』みたいに…
脳裏に六年前の光景が浮かぶ。
「う、うわぁぁっ!」
背後から叫びが聞こえた。見れば、ヒトガタが今にも人を串刺しにしようとしている。
「伏せろっ!」
アルヴァーは叫び、ヒトガタに向かい走る。
--頬から流れる赤い自分の血を指先ですくい、腕を伸ばして指を鳴らした。
(…鮮血魔法…!)
指先から赤黒い炎が巻き起こった。それは生き物のようにうねりながらヒトガタを飲み込んだ。
対象から生命エネルギーを奪うその魔法は、ヒトガタの半身を消し去った。
「アルヴァー!」
リリアの声に反射的に身をかがめる。風の魔法で加速した矢がヒトガタの目に刺さる。ヒトガタが地面に倒れると、大地が裂け、それを飲み込もうとした。
「デカブツめ…!」
裂け目に飲み込みきれず、大地を裂く魔法を発動したサティグは舌打ちした。ヒトガタは這いつくばりながらも再び襲いかかる。
「おい!もう一匹くるぞ!」
ルキフェルの声と同時に、その目の前からもう一匹が飛び出した。
(…挟まれた…!)
アルヴァーを除くルキフェル隊のメンバーと倒れたまま動かない十数人がヒトガタの餌食となろうとしていた。
ルキフェル隊の四人はそれぞれ攻撃の構えを取るが、対処できるとは思えない。
「…させるかぁっ!」
考える前にアルヴァーは走り出していた。右手に握られた細剣『トニトルス』に強大な魔力が流れ込む。
勢いのまま、一匹目のヒトガタに剣を突き刺す。雷を纏った細剣はその肉を焼きながらヒトガタの胴を貫通した。しかし、アルヴァーは止まらなかった。
「消えろ!!」
剣にヒトガタを突き刺したまま、凄まじい力でアルヴァーは上空へ飛び上がった。
叩きつけるように剣を降り、もう一匹のヒトガタを叩き潰した。
--土煙が舞い上がる中、アルヴァーはヒトガタから剣を引き抜き、振り上げた。
閃光と轟音が辺りを支配し、誰もがその光景に目を見張った。
--ヒトガタだったはずのものは黒い炭の塊となっていた。アルヴァーはその上からひらりと飛び降りてくる。
彼の着地と同時に、ヒトガタは赤い閃光を放って砕け散った。
「…嘘だろ」
ルキフェルは呟いた。
「…あの一瞬で…変異種のヒトガタを二匹同時に…ひとりで…」
アルヴァーはゆっくりルキフェルの前に歩み寄った。
「…変異種ヒトガタ三匹の討伐完了。負傷者の救助に移ろう」
表情一つ変えずにそう言って背を向けると、負傷者たちを運ぶ準備を始めた。
「…当代最強の兵士か…」
ルキフェルは呟いた。
以前にも、こんな光景を見たことがある。
--そう、あの裏切り者のカトリーナ。彼女も同じことをやってのけたのだ。
次回part9は5月1日更新予定