part6
Mont~光の国の魔法使い~
広場を抜けて松明の明かりに照らされた小道を進み、岩を削り出した大階段を上るとやがて目の前に族長の居城が現れた。
巨木と巨岩で構成されたそれは豪華さはなくとも十分に荘厳だった。門番はヴェラトゥーラとアルヴァーの姿を認めると姿勢を正し門を開け放った。門番となる兵士は皆、族長直属の者達であり族長の信頼も非常にあつい優秀な兵士である。そんな彼らはアルヴァーの来訪にも大して驚きを見せなかった。
ヴェラトゥーラに案内されながらアルヴァーは城の中を見渡す。以前にも数度同じようにして訪れたことがある。毎度のことながら大した話があるわけでもないのだが、今回は何か違うようなそんな予感がした。
「…着いたぞ。あとは一人で行け」
ひときわ大きな扉の前でヴェラトゥーラは言った。アルヴァーは無言で頷き扉の前に立つ。
「ダヤルク様、アルヴァーを連れてまいりました」
ヴェラトゥーラがそう言うと、ひとりでに扉は開いた。
「入るがいい」
奥から深くよく通る声がした。アルヴァーはそっと部屋に入る。背後で扉が閉まった。
「よく来たな。さあ、面をあげなさい」
部屋に踏み込んですぐに片膝をつき最敬礼をとったアルヴァーにダヤルクは気さくに声をかける。アルヴァーはゆっくりと顔を上げた。
「…ダヤルク様、再びお目にかかれて光栄でございます」
アルヴァーは決まり文句を淡々とのべた。
ダヤルクの部屋は広く、一番奥まったところに壮麗な装飾を施した椅子がある。クリスタルやら魔法植物の実から作られたと思われる浮き彫りやらが繊細に絡み合った椅子だった。ダヤルクはそこに深く腰掛けている。
「達者であったか?」
ダヤルクは微笑みをたたえている。
「…はい」
ダヤルクの意図を図りかねて、アルヴァーは手短な返事をした。そんなアルヴァーの戸惑いに気づいたのか、ダヤルクは笑みを深くする。
「…なに、お前と例の北方の娘との交流について咎めはせん。」
アルヴァーはその言葉に驚き目を丸くした。
それを見てダヤルクは続ける。
「話したろう?もはや外の民を無視できぬと。ならば架け橋になるが良い」
アルヴァーはもう一度深々と礼をした。
「…ところで」
ダヤルクは不意に声の調子を変えた。
「カトリーナは知っているな?」
突然の問いにやや戸惑いながらアルヴァーは答える。
「…裏切り者の兵士だと聞いております」
ダヤルクは頷く。
「そうだ。当代最強と言われながら我ら一族を裏切った娘よ」
それから天井を見上げた。
「あの娘は一族に伝わる最高の魔導具を奪い去り、究極魔法を手に入れた…」
「…え…」
それは初めて聞く話だった。アルヴァーはダヤルクを思わず見つめた。
「…アルヴァー」
「…っ、はい」
名前を呼ばれ我に返る。
「お前も当代最強と呼ばれる兵士だ。ゆくゆくはもう一つの究極魔法を授け、カトリーナとの戦いを頼むかもしれぬ」
--なぜ自分が?
そう思ったが、その問いは言葉にならず、代わりにありきたりな言葉が出た。
「…光栄でございます」
ふと表情を和らげ、ダヤルクは頷いた。
「心強いことだ。では、話は以上だ」
アルヴァーは再び最敬礼をして部屋を去った。
「ダヤルク様はなにをお話しになった?」
帰り道、ヴェラトゥーラはアルヴァーを振り返り一言だけ質問した。
「…外の民との架け橋になれと」
アルヴァーの答えを聞き、ヴェラトゥーラは微笑んだ。
「では族長様もお考えを改めなさったということか。それは良い」
そう言って、アルヴァーを元の広場まで連れてきた。まだ広場には人が残っていた。
アルヴァーは一礼すると、その集団を避けるようにして小道へと入っていった。
その姿を認めた広場の数人がその周辺の数人に何かを囁き、その後ろ姿を見送っている。それを見てヴェラトゥーラは眉を顰めた。
(心配しても仕方ないことか…)
アルヴァーがここでカルガントやルキフェルとその隊の仲間以外と会話しているところを見たことがない。ただ単に交友関係が絞られているだけならそれはそれなのだが、はっきり言って彼は馴染めていないのだ。ここにやってきて六年も経つのに、仲間たちは彼を避けている。強すぎるその魔力を裏切り者のカトリーナと重ね合わせているのだろうか。それとも一人だけ族長に目をかけられていることへの妬みだろうか。それともはたまた過去の「あの事件」の所為だろうか。
とにもかくにも、これだけあからさまに避けられれば、アルヴァーも彼らを避けるようになった。
しかしそれは、カトリーナも辿った道だった。
彼女も一族の中で孤立を深め、やがて裏切ったのだ。
(…数少ない友につなぎとめて貰うしかあるまい)
ヴェラトゥーラは諦めたように息を吐き、広場を後にした。
アルヴァーはどんどん森の奥へ歩いていった。この奥には「黄金の泉」と呼ばれる場所がある。澄み切った泉の中心に大木が経ち、その周りは芝に覆われた場所だ。そして、その泉の水とそれを吸い上げる木や草は全て幻想的な金色の光を放っている。その泉のさらに奥からモーントは「やってくる」。それゆえ、彼らにとっては神聖な場所でもあった。
--いつも誰もいない場所だ。今回も違わず誰もいなかった。
アルヴァーは芝の上にどさりと座った。
金色に輝く泉と木々をぼんやりと眺めながら、広場で自分に注がれた視線を回想する。
--久しぶりだった。
いつもなら無視されるだけの筈が、族長が絡むとあからさまに反応する。もうとっくに慣れたと思っていたが、存外に自分は繊細らしい。苦笑しながら芝生に横になった。
--自分が馴染めないのは、避けられるからではない。そんなことはどうでもいい。ただ、何か違和感があるのだ。彼らとは何かが違うという違和感が。馴染んではいけないような気さえする。
こんなことを考えているのが過去の自分なら、自信過剰だとあざ笑ってやるところなのだが、今の自分には自信過剰からくるものだとは思えなかった。
(…オレが外へ飛び出したのは…)
単純に自分の居場所はここではない気がしたから。誰に語ったところで、若気の至りと一笑されるだけの違和感に従っただけ。それでも、その開放感は素晴らしいもので、リフィアとの出会いは今までの何よりも新鮮だった。
(…だったらいっそのこと…)
こんな場所、出て行ってしまおうか。
--「裏切り者」のカトリーナのように。
ごとごとと揺れる馬車の中、リフィアはずっと黙って外の景色を見つめていた。またあの息苦しい城に戻らなければならないのかと思うとため息しか出なかった。
「どうかなされましたか?」
従者が問いかけてくる。
「…いいえ、なんでもないわ」
先日、父、オルファンの体調が快方に向かったとの報せを受けた。それはリフィアにとっては嬉しい知らせだった。それでも暫くはジャルエンとレティアによる横暴は続くだろう。
「…そういえば」
従者が口を開く。
「お嬢様に縁談が来ておりました」
その言葉を聞いてリフィアは愕然とし、それから呆れ返った。
「…突然ね」
「貴族の令嬢とあれば、決して時期尚早ではないでしょう。ジャルエン様はお受けすると」
「でしょうね」
リフィアはそっけなく応答し、従者と視線を合わせもしなかった。
(…結婚、ね)
まだ恋もしたことがないのに。そう思った時、ふと脳裏にアルヴァーの顔がよぎった。
(…まさか。たった二回あっただけの人よ)
日々の鬱屈した心に、新鮮な風を吹き込んでくれたから錯覚しているのだと自分に言い聞かせた。
(でも…)
心に決めた人などないと答えれば、あの二人が決めた相手と愛も何もないのに結ばれることになるのだ。それもそう遠くない未来に。否、心に決めた人があるといったところで何の変わりも無いかもしれない。
--結局、半端な貴族の家などに生まれてきた時点でそうなる運命だったということ。
(…操り人形なんて最悪だわ)
でも、あの城にいる限りは避けられぬとも言える。
立場を捨てて、自由に生きたい。だが、立場を捨てこの不安定な国でどうにか生きていくことなどできるのだろうか?
次回は4月17日(日)更新予定