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part5

Mont~光の国の魔法使い~


--部屋の中でリフィアの淹れた熱い紅茶を片手に三人はすっかり話し込んでいた。


--モーントには、兵士(ソルジャー)魔導具師(クラフト)医術師(ヒーラー)指導者(エンペス)の職があるって本当?

--本当だよ。最初に振り分けられた職につくんだ。オレが兵士(ソルジャー)で、こいつは魔導具師(クラフト)医術師(ヒーラー)はその名の通り医者で、指導者(エンペス)は古参のひとの中から選ばれた人だね。


--魔法にはどんな種類があるの?

--風と炎と水と雷と大地の五種類。水魔法は氷も作れるんだ。アルヴァーは雷魔法で、ボクは水。あと、自分の血を使った強力な鮮血魔法っていうのもあるよ。


--ご家族とかは?

--カゾク?何それ。

--ご両親とか、ご兄弟とか…

--ボク達はね、誰かから生まれるんじゃないんだ。ある日突然、少年或いは少女の姿で森の奥の「聖域」から「やってくる」んだよ。


--魔導具って何?

--例えばほら、この剣。トニトルスって言うんだけど、見える?ここの文字。これが魔法術式って言ってこれによって魔法の力が宿ってる武器なんだ。

--術式は形の他にも彫り込む深さとか彫る道具とかで効果が違ってくるんだよ。


三人が一息ついた頃には、すっかり夜も更けていた。

「…面白いわ…本に書いてある通りのこと、全然違うこと…たくさんあるのね」

リフィアが本にたくさん書き込みながら幸せそうに呟く。

「…オレたちもいつか、リフィア達の暮らしを知りたいな」

アルヴァーも呟く。リフィアが驚いたように顔を上げた。

「…私達が住んでいるような街では暮らせないの?」

「…そうじゃないんだ。ただ、モーントは自分たちのみで作った三つの集落を行き来する以外は外に出るのを禁止されていてさ」

アルヴァーは肩をすくめた。

「そうそう、指導者(エンペス)の人たちがあんまりいい顔しないんだよね」

カルガントも同意した。

「…そうなの…」

リフィアは少し寂しげな顔をした。

アルヴァーとカルガントは立ち上がる。

「でも大丈夫!またすぐ会いに来るからさ!」

そう言って微笑み、バルコニーに出る。リフィアに軽く手を振ってアルヴァーとカルガントはバルコニーから飛び降りた。

--リフィアが下を覗き込んでも、その姿は忽然と無くなっていた。


その頃、ユフェルナ王国の南北境界線の南、南方民族の街では一人の女性が手紙を書いていた。

長くまっすぐな黒髪を結い上げ、簪を差し、明るく上品な黄色の着物を纏っていた。

右手に筆を持ち、巻紙に軽やかに文字を綴る。

彼女の名は、ウラナ・クナタ。クナタ家の若き女主人である。歳の頃は二十の後半といったところだ。

--もう間も無く冬が終わる。枯れ枝もやがて美しい葉を出し花をつけることだろう。

薄雲がかかった晩冬の空を見上げウラナは静かに想いを馳せる。

「…ウラナ様」

一人の若い男がウラナの背後からそっと声をかけた。

「如何した、ハラス?」

ハラスと呼ばれたその男は、静かにウラナを見つめた。

「…畏れながら、そちらの御文は北方の民へ?」

ハラスの内心を読んだウラナは目を細めた。

「なに、おまえが心配することでもあるまい。オルファン・オーリエは我が旧友。病に倒れたとあって文の一つも無いのでは余りに薄情かと思ってな」

ハラスはなにも答えなかった。ウラナの臣下の身では、これ以上物を言うのは躊躇われたからだ。

「…さて、ハラスよ。この文を使いの者へ」

差し出された文を受け取り、ハラスは一礼して退室した。

(ハラスもやはり、かのように申すか…)

ウラナはそっと御簾を上げ、庭へと踏み出す。

南方王家も最も信じる家臣が北方の民と交わる事をあまり祝福はしていない。

(だが、もし交わる事をやめれば…)

いま、かろうじて保たれている安寧も瞬く間に崩れ去るだろう。両民族の有力貴族同士の細々とした交流があってこそ保たれてきたのだから。

北方は寒く、土地が貧しい。それに引き換え、南方は温暖で肥沃。民が二つに別れれば、戦は必至だ。

--海の向こうから来た二つの民はかつてはこの地に住んでいた先住の民を滅ぼさんと手を組み、自らの国を手に入れた。だが、共通の敵を失ってからは争いが絶えなくなった。もとより、文化も価値観も異なる民同士だった。一つの国に住まうということ自体が不可能だったのかもしれない。

--ただ考えを巡らせたのち、ウラナはふと息をついた。

(オルファンの体調が戻るようならば…)

その時は和平交渉を再開しよう。二つの民の蟠りは消えぬ。だが、争わぬと約束さえ取り決めてしまえば、真の和解の道も見えてこよう。

ウラナは庭の隅へ向かう。そこには一本の木が植わっている。一本の木であるが、朱と白の花をつける木が。

(願わくばこの木の花が散るまでに…)

文の返事だけでも見たいものだ。


モーントの森の中央集落では、人々が騒ぎあっていた。

王都から再び一日近くかけて帰ってきたアルヴァーはいつもと違う様子に首を傾げる。カルガントはそんなアルヴァーを見て不思議そうにしていた。

--二人連れだって集落の広場に向かうと続々と仲間が集まってきていた。

その時、アルヴァーは不意に肩を叩かれた。振り返ると淡い金髪の女性が立っている。

「ん?ヴィエラ。丁度良かった。何の騒ぎだこれ?」

金髪の女性、ヴィエラは答えた。

「…族長、ダヤルク様がいらっしゃいます。さっさと正装して広場に集まってください。カルガント、あなたもです」

みれば確かに、ヴィエラは白黒の詰襟の軍服、すなわち兵士(ソルジャー)の正装をしている。一応、モーントには四つの職能ごとに制服がある。しかし日頃それを着ることは滅多になく、あくまでも正式な儀式等の際の正装として扱われていた。

ヴィエラは用件だけを伝えると、さっさと踵を返して兵士(ソルジャー)の集団の中に戻って行ってしまった。

「さすが、オレたちルキフェル隊の参謀様だな。予定把握は完璧ってことか」

「族長が帰ってくる日ぐらい把握してて当たり前でしょうが」

アルヴァーの言葉にカルガントは肩をすくめた。


二人は一旦別れ、それぞれの部屋でそれぞれ正装をした。再び広場に出てくるともう中央集落の住民の殆どが集まっていた。

アルヴァーはその中で兵士(ソルジャー)の集まっている一角へ向かった。

「おー!アルヴァー。ようやく来たか。こっちこっち」

陽気に手を振る男が一人。この人物こそ中央集落の兵士(ソルジャー)のリーダー、そしてアルヴァーの所属するチームのリーダー、ルキフェルである。

「またどこか出かけてたんですか?」

呆れたように聞いてくるのは彼のチームメイトで参謀のヴィエラ。

「怒られないと良いねぇ」

意地悪く笑っている、銀に近い髪を一つに束ねた男はサティグ。彼もチームメイトだ。

「あら、怒られないわけないじゃない」

肩を竦めたのは波打つ黒い髪の女性、リリア。彼女もまたチームメイトである。

--この五人が兵士(ソルジャー)の中でもトップクラスの実力を誇るルキフェル隊だ。

アルヴァーは仲間から掛けられるからかいにも似た言葉を受け流し、切り株で作られた椅子に座った。顔を上げてみると、斜向かいの魔導具師(クラフト)達の集団の中でカルガントは早速リーダーのレッツェルグに捕まっていた。カルガントは苦笑しながらレッツェルグに何かを話している。

--大方、今日どこに行ってたかとかそんなんだろ…

アルヴァーはふと息をついて空を見上げた。木の枝で覆われた空は、広場の真上だけぽっかりと空いた穴から宵の星々をのぞかせていた。

(…早く終われば良いのに)

--東集落だかなんだかに出かけていた族長が帰ってくるからなんだというのだ。

アルヴァーを除けばモーントは族長のダヤルクに対する敬愛が非常に深い。確かにダヤルクはモーントの始祖と呼ばれる偉大な男ではある。人よりも遥かに長い時を生きるモーントにとっては始祖がいまなお生きていることは非常に心強いのかもしれない。だがそんなことは彼にとってはどうでもいいことであった。

--やがて広場の入り口付近でざわめきが生まれた。そして間も無く広場の火明かりの中に年老いた男が現れた。その隣に一人の女性が付き添っていた。年老いた男こそが族長ダヤルク。付き添う女性は指導者(エンペス)の一人ヴェラトゥーラ。二人はゆっくりと広場中央の祭壇に登り、ヴェラトゥーラはそれからそっと一歩後ろに下がった。

ふと、広場に沈黙が降りた。

「…我が友よ…」

深い声が静かに響いた。族長ダヤルクは年老いてもなお力強さを失わない蒼い眼で一族を見渡した。

「…東集落への公事では別れがあったとは言えぬが、ここで再会を喜んでおくとしよう」

そう言って静かに微笑む。

「…今、この森の外では南北二つの民が再び相争う危険が高まりつつある…。彼らは気づいておらぬが、確実にそれは進んでいる」

わずかの間を置いた。

「…最早我々も、外の民を無視はできぬ。今一度一族の結束を確かにし、互いの親愛の友を守り抜くのだ」

再びダヤルクは微笑み、続ける。

「…指導者(エンペス)兵士(ソルジャー)魔導具師(クラフト)医術師(ヒーラー)、四つの全ての職能が持てる技を最大に生かし、足りないところは補い合い、これから先も末長く我々は繁栄を続けようではないか」

聴衆は一斉に立ち上がり、拍手した。ダヤルクは満足げに頷くと、ヴェラトゥーラを連れて静かに広間を去った。


ダヤルクの姿が消えると集まっていた面々も段々とそれぞれの持ち場に帰っていく。アルヴァーも訓練場に向かおうと立ち上がった。

「アルヴァーはいるか?」

不意にどこからか声をかけられ、見渡すとヴェラトゥーラが立っていた。

「…ここにおります」

兵士(ソルジャー)達の群れを掻き分けて最前列に出る。

「ダヤルク様がお呼びだ」

「…わかりました」

ヴェラトゥーラについてダヤルクが待つ居城に向かおうとアルヴァーは歩き出した。

「…相変わらずお気に入りだなぁ」

「あの問題児がねぇ」

「まぁ強ぇのは確かだな」

後ろの方でその様子を見守っていた仲間達から様々な声が漏れ聞こえた。アルヴァーは無理矢理に意識をそらすように唇を引き結んだ。

「…気になるか?」

ヴェラトゥーラは歩きながら訊いてくる。

「いえ、大丈夫です」

アルヴァーは視線をあげることもせず手短に返事をしただけだった。ヴェラトゥーラはそれから彼に話しかけることはしなかった。


次回≪4月10日(日)掲載予定≫

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