part2
Mont~光の国の魔法使い~
(…綺麗なひとだったなぁ…)
モーントの少年、アルヴァーは先ほどの邂逅をしみじみと回想しながら帰路を急ぐ。
(リフィア、か)
--カルガントから名前を聞き出しておいてよかった。
アルヴァーは友人の気の弱そうな顔を思い浮かべ、思わず笑みを浮かべた。
今度お礼に何を奢ってやろうかと笑いながら薄暗い森の中にやがてその影は入り、消えていった。
ユフェルナの南北境界線に位置する深い森。その中の開けた場所で三方を崖に囲まれたそこがモーントの住処だ。その崖にはいくつもの部屋が作られ、モーントの共同住宅となっている。
アルヴァーは広場を突っ切って自室へと向かう。と、そこに赤い髪の女性が立ちはだかった。
「アルヴァー、何をしていた?」
「…あぁ、ヴェラトゥーラ様。ごきげんよう」
アルヴァーは声をかけてきた女性、ヴェラトゥーラにぎこちなく挨拶をした。
ヴェラトゥーラはモーントの指導者だ。指導者は一族の中でも人望の厚い十名程度が選ばれ、その名の通り一族の行動などを決定していく。そしてその指導者のトップが族長である。ヴェラトゥーラは族長に次ぐ立場の女性だった。たかだか兵士のアルヴァーにとっては頭の上がらない人物だ。
--だから都合の悪い時には会いたくない。
「何をしていたかは大方察しがついている。興味本位で動くなと言ったはずだが」
案の定怒りモードのヴェラトゥーラにアルヴァーは項垂れる。
「…ユフェルナの民に興味を持つことはそんなに危険なことなのですか?」
ヴェラトゥーラはその問いにため息をついた。
「…同じ国に暮らす者である限り興味を持つことは仕方ないだろう。それは私もわかっている。だが、族長は…ダヤルク様は快くはお思いにならないはず」
アルヴァーの脳裏に族長ダヤルクの落ち窪んだ蒼い目が浮かぶ。
(…あの偏屈)
--滅多に人前に姿を見せず、日頃何をしてるのかもわからない老年の偏屈。例えどれほど一族に慕われていようが知ったことか。オレにとってはただの偏屈だ。
アルヴァーは心の中で散々罵声を浴びせ、それでも顔は真面目に保つ。
「…わかりました。行動には気をつけます」
そう答えてさっさと自分の部屋へ帰った。
部屋に戻り、扉を閉める。アルヴァーはそれから盛大にため息をついた。
(ま、想定内かな)
ユフェルナの民と関わりを持てば当然こうなるのはわかっていた。ずっと同じ土地に暮らしている民族同士だが、お互いに全く交わりはなく、南北の民はモーントの一部からは嫌われさえしている。となれば当然興味を示せば冷たい視線を投げられる。
(…彼女、リフィアも同じような視線を向けられてるのか)
--きっと、多くのユフェルナの民がその存在を信じていないモーントにひたすらに興味を抱き続けているから。
アルヴァーはぼんやりと思った。
静かに思考の海に沈もうとしたその時、
「アルヴァー!」
突然ノックもなしに部屋の扉が勢いよく開かれた。
「あー!カルガント!ノックしろと何度言ったら‼︎」
開け放した扉の向こうでひらひらと手を振るのは、金髪のふわふわした少年。
「おかえりー、また怒られてたね!」
満面の笑みでふわふわ…否、カルガントは部屋の中へ入ってくる。
「あのさ、オレの話聞いてた?」
呆れ気味のアルヴァーをよそに、カルガントは手に持っていたものを差し出す。
「はいこれ、直しておいたよ」
彼が差し出したのは剣だった。
"トニトルス"と呼ばれる漆黒の細剣は、アルヴァーが兵士に任命された時に族長から賜ったものだ。魔導装備の中でも最高傑作と言われる強力な雷の力を持った剣だが、それをも上回るアルヴァーの魔力に耐えかねて時折刀身にヒビが入ってしまうことがある。それでとても手先が器用で魔導具師として重宝されるカルガントに修理を頼んでいたのだ。
「で、トニトルスは今回新しい魔法術式で強化したからもうヒビ入ったりしませーん!」
ビシッと効果音がつきそうな勢いで親指を立てるカルガント。アルヴァーはそんな彼を見ていたずらっぽく笑った。
「んじゃ、試すべく最大威力の雷をカルガントに向かって放ちます。それでもトニトルスが壊れなければよし!」
そう言って剣を鞘から鮮やかに抜く。細身の黒い刀身に雷光を彷彿とさせる青白い筋が刻まれている。
「だめ!ダメダメダメ!死にます!」
カルガントは全力で遮るように手を振った。
「ジョーダン!やらないよ」
アルヴァーはまたニヤリとしてトニトルスを鞘に戻した。
カルガントはホッと胸をなでおろす。
「アルヴァーの魔法は一族の中でもハンパないんだから、ジョーダン抜きに怖いよ」
その言葉にアルヴァーは肩をすくめた。
「平和すぎて使い所がないけどね」
「平和は大事‼︎」
カルガントは大真面目に平和への愛を語り、それからまたふわふわと手を振ってアルヴァーの部屋を後にした。
「ヴェラトゥーラ、どう思う」
重々しい声がろうそくの明かりに揺れる空間に響いた。ここはモーントの指導者たちのみが入室を許される特別な部屋だ。
「どう思う、とは?」
ヴェラトゥーラは鋭く問い返す。毎週行われる指導者たちの定例会議はこの頃不穏な空気を醸し出していた。
「アルヴァーの事だよ。彼の行動についてどう思うか、と聞いているのだ」
鋭い眼差しの指導者の一人が質問を重ねる。
「彼が勝手に北方民族の娘と会ったということについてか?」
ヴェラトゥーラの発言に質問をした指導者は頷いた。
「私個人の見解を述べよう。彼が北方民族の娘と会ったことに関しては私は大きな問題を感じてはいない。我々もいつまでも森の中に閉じこもっているわけにはいかない。そろそろ南北両民族と対話し、協力していく必要があると感じる」
ヴェラトゥーラは一旦言葉を切り、一度指導者の面々を見つめる。
「アルヴァーとあの娘の交流はそのことに関して大きな意味を持つ。あの二人には政治的な意図はないからな。無論、アルヴァーの行動に関しては少し制限を加える必要はある。だが、全面的に交流を禁止するのは我ら一族にとって必ずしも利益にならないと考えている」
ヴェラトゥーラが言葉を切ると、一人の男が早速口を開いた。
「しかし、あの様な民と交わることは我々一族の伝統と誇りを壊すことになりかねない。なにせ奴らは野蛮だ。住んでいるところや髪、瞳の色の違いで仲間を区別し殺しあう。そんな民族と関わっても利益はない」
「賛成だ。我々を悪魔の末裔などと呼ぶものどもと交われば、確実に利用されやつらの法に絡め取られる。我々には我々のやり方がある」
--どうやら、指導者達は南北両民族と関わることを避けたいらしい。
そう悟ったヴェラトゥーラは心の奥で舌打ちした。
(モーントがこれから先も生き残るには…)
--変化と改革が不可欠なのだ。変化を恐れては一族はやがて廃れる。
ヴェラトゥーラはじっと揺れるロウソクの炎を見つめた。
次回へ続く ≪次回 3月20日掲載予定≫