part17
Mont~光の国の魔法使い~
よかった、晴れている。これで無事に夕方から感謝祭が始まるだろう。リフィアはゆっくり微笑んで窓を開けた。眼下の街は白く光り、蒼い海と強いコントラストを生んでいる。あの街ではもう祭りの準備が始まっている。店の軒先に色ガラスをはめ込んだランプを吊るし、柱のくぼみで香を焚く。石畳の階段の脇の壁には花が添えられた。
普段、白と青のすっきりとした二色の街に、今日だけは華やかな彩りがあった。春の訪れと同時に行われるこの感謝祭は、オーリエの伝統行事だった。この日に限ってはリフィアも娘らしく遊んで良いことになっている。さっそくレアを呼び出して、春らしい装いに着替えた。しかし、いつも着ている裾の長いドレスではなく、膝を覆う程度の長さの綿のスカートに軽いブラウスを合わせた姿だ。オーリエの街娘の姿だった。軽いその装いが彼女は好きだった。
それからこっそりレアに耳打ちする。
「…ねえ、レア。旅商人が好んで着るような顔を覆うローブの様な衣装。確か、古いものがあったわよね?」
「…はい…確かにございますが…」
「じゃあ、用意してくださる?使いたいの」
そう言うと、レアは不思議そうな顔をしながらもリフィアの指示に従うべく一礼して立ち去った。
リフィアはそっと自分の髪を撫でる。その髪は亜麻色の輝く様な美しさだった。しかし、今日来るであろうアルヴァーの髪は黒い。黒髪は南方民族のものだから、見られるわけにはいかない。また、その目もあの爛々とした青色ではあまりにも目立つ。その点、旅商人のローブなら顔も隠せるし、感謝祭にいてもおかしくはない。
「…お嬢様、ご用意ができました」
リフィアがそっと持ってきたそれをリフィアは受け取る。レアはおそらく、これが何に使われるのか想像できただろうが、彼女はそれを深く問いかけることはしなかった。
--彼が来るのが、待ち遠しい。
--オーリエよりも暑い、モーントの集落で、アルヴァーは晴れ渡った空を見上げた。昨日、カルガントが自分を探していたらしいが、結局出会わなかった。そういえば今日も見かけていない。
「…ま、いっか…」
用があるなら、向こうからそのうちやってくるだろう。
--いつ頃ここを出発しようか?夕方までにはオーリエについておきたい。リフィアが"カンシャサイ"と言うものに招待してくれた。今年も無事に春を迎えられたことに感謝するための行事だという。春なんて放っておけば勝手に来るものだと思っていた自分にとっては少し不思議だった。でも、なんだかそんな風に感謝することが奥ゆかしく、上品に感じられて、アルヴァーは思わず笑ってしまった。
中央広場に生えている草も緑に染まり、木々の葉を透かした陽も薄緑色に煌めいている。彼はこの季節が好きだった。何もかもが煌めいていて、喜びに満ちている様に思える。
アルヴァーはいつも通りの要領で見張りの目をかいくぐり、集落の外へと飛び出した。
いつもは薄暗い森も、輝いて見える。山の上の雪が溶けて、沢は音を立てて素早く流れる。水面にわずかに頭を出している岩も、苔むして柔らかそうに見えた。軽く草を踏んで沢を飛び越える。少し跳ねた水が手の甲に当たった。切れる様な冷たさだ。アルヴァーは振り返って沢の中を眺める。いつのまにか魚がやってきていた。
やがて森の終わりが見える。のんびりと歩いていると様々な音が聞こえた。鳥のさえずる声、風が木々を揺らす音、自分が地面を踏む軽い振動。森の終わりからは音と光の洪水が押し寄せていた。
--目の前が開ける。軽い丘陵地帯になっているそこは、どこまでも広々として見えた。
ゆっくりと視線を地平線へと移していく。あの向こう、海のそばの急斜面。そこに張り付く様にオーリエの街はある。今日は気分が浮き立っている。きっと、春がきたからだ。
≪次回は7月14日更新予定≫