part15
Mont~光の国の魔法使い~
春が来て、オーリエの街に華々しい輝きが生まれた。紺色だった海は明るい青に変わったように見えた。
「…リフィアお嬢様、レティア様がお呼びです」
静かにレアが呼びかけてきた。リフィアは自室から見える外の景色から視線を外した。
「…あら、お母様から?珍しいこともあるものね」
静かに母の元へと歩き出す。母はいつものように自室の椅子に優雅に腰掛けていた。
部屋の中の装飾は季節に合わせて取り替えたようで、沈んだ色から明るい色へと変わっていた。母のドレスもまた、すっきりした色と柔らかい生地のものになっていた。
(…こういうところは優雅よね)
いつも名声ばかり気にかけているような母は、季節の移り変わりや年月の経過に対しては優雅かつ繊細に応じている。
「お掛けなさい」
母は済ました声でリフィアに呼びかけた。リフィアは音もなく母と対面するように腰掛けた。
「さて、貴女との縁談を希望していらっしゃる方が、そろそろ面会をとお望みですわ。両家同士の話はほとんど終わっていますの。あとは当人同士の面会の日程をと思って」
「…はい、お母様」
リフィアが返事をすると母はゆっくりと彼女の頭からつま先までを眺めた。いつもならここで嫌悪をむき出しにするところなのだが、今日は違った。
--微笑んだのだ。どこか満足そうに。
リフィアは唖然としながら母を見つめた。
「…面会の日取りは、感謝祭の夜か翌日の夜とご指定がありましたわ。貴女の都合もと思うからどちらかお選びなさい」
--感謝祭の夜。彼と会う約束をした日だ。それなら感謝祭の夜はいけない。
「…感謝祭の翌日の夜をお願いいたしますわ」
そう言ってそのまま母の顔を見つめ続けた。
「…ご縁談のお相手というのは、どのようなお方でいらっしゃるのでしょう」
リフィアが問いかけると、母はほほ笑んだ。
「…アルガス・カルズ様。かの王側近、オーガス・カルズ大臣のご子息よ」
--カルズ家の長子…。以前王宮で出会ったメーシア・カルズの兄。ありえない話だ。それほどまでに地位のある家がどうして…。
「オーリエ家にとってこれ以上ない良縁ですわ」
リフィアは漸く母がここまで上機嫌な理由を悟った。
「…それにしても、あの様な家の娘と縁談などと」
王都にほど近い街の豪奢な宮殿で、アルガスの母、アリーヌ・カルズは苦言を呈した。華やかなシャンデリアと、金縁に入った絵画がずらりと並ぶ宴の広間にはカルズ家の全員が集っていた。
木目のはっきりとした巨大な長机の上に、炎の様な装飾が施された金銀の器が運ばれてくる。器にはそれぞれ料理が盛り付けられていた。
「…母上、オーリエ家は非常に古くからある高貴な血筋。今や貧しいといえど、その知性と品格は確かでしょう」
アルガスは静かに母を見据えた。
「…メーシアよ、お前もかのリフィア様とお会いした時、海の如く深き知性と、空の如く澄んだ広い御心をみたのだろう?」
「はい、お兄様。大変素晴らしいお方であると存じます」
メーシアは兄を見て微笑む。メーシアはリフィアに出会ったのち、彼女についてすぐに兄に話していた。そして王と会話する姿を兄アルガスは見ていたのだ。
「…この縁談は、カルズ家の長子にして次期当主たる私が決めたことです。母上、どうぞご協力を」
アルガスの瞳の底の強い光を見て、アリーヌは怖じ気付いた様に夫のオーガスを見た。オーガスはおおらかに笑った。
「なに、わしもあの娘については調べた。大変聡明ではないか。まだ若く、美しい。新興で金ばかりの家の娘よりははるかに妻にふさわしい」
「…しかし…」
何か言い返そうとするアリーヌをオーガスは遮った。
「…心配するでない、舞踏会を兼ねて感謝祭の近くの日にお会いすることになっている。そこで直接見極めれば良い。アルガス、それを見極める程度の目、お主は持っているだろう?」
父に見据えられ、アルガスは緊張感を得た。
「…勿論です、父上」
--今、ユフェルナは未曾有の危機に直面している。国が崩壊すれば最早地位や血筋など何の意味もない飾りだ。国を守り、一族を守るために必要なのは高貴な血筋などではない。どこまでも深き知性とそれを駆使する行動力だ。
アルガスはそう心に思っている。王家の近衛騎士団に属する彼は微温湯に使った貴族とは違った。物事の本質を見抜く力に長けている。
--リフィア・オーリエ。あの聡明な娘により政に関わる機会を与えたなら…。
必ずや現状を改変する力となり、国全ての母となりうるだろう。
≪次回part16は7月3日更新予定≫