part14
Mont~光の国の魔法使い~
リフィアは湯浴みを終え、レアはそれを見計らって新たなドレスを持ってきた。レアは彼女の湿った髪を丁寧に結いあげた。その白く滑らかな肌の上を水滴が落ちていく。ドレスを着せられながらリフィアはただじっと天井を眺めていた。
やがて彼女が浴室を後にすると、廊下に並んで待機していた洗い物の下女達が静かに礼をして洗い場へと向かっていった。
城の中は無音だ。リフィアとレアの衣擦れの音だけが静かに響く。
「…お父様にお会いしてくるわ。お下がりなさい、レア」
「…はい、お嬢様」
レアは深く礼をし、リフィアを見送った。
父のいる塔の螺旋階段を静かに登る。途中の小さな窓からオーリエの街と海が見渡せた。斜面に複雑に立ち並んだ家々は銀色の月光を反射してきらめいていた。街は下りながら濃紺の海へと続いていく。海の彼方で、月が波間に一筋の帯を浮かべていた。
「…お父様、リフィアです」
扉越しに声をかけると、ややあって静かに返事があった。
ゆっくりと部屋に入ると、父は椅子に腰掛け、何やら書き物をしていた。
「…お父様、お体はよろしいの?」
リフィアがためらいがちに問いかけると、父は微笑みながら振り返った。
「…もうだいぶ良くなった。リフィア、隣に」
リフィアは無言で静かに父の隣に腰掛けた。
「随分遠くへ出かけていたようだな」
「ラメルの街へ行っていたのよ」
リフィアの答えに父は苦笑した。
「…嘘などよい。本当は誰と、どこへ行っていたのだ?」
何故、わかってしまうのだろう。やはり、親子とはこういうものなのだろうか。
「…この間お話しした方と少し遠くへ」
リフィアは短く答えた。
「…リフィア」
静かに名前を呼ばれて彼女は父を見る。
「縁談のお相手が面会を望んでおられる。お前ももう大人だ。オーリエ家の娘として、通らざるをえない道の上にある」
父は静かに笑った。
「お前が望まぬのであれば、異なる道を選ぶこともできる。ただ、それは険しいぞ。冷静に物事を考えるようにしなさい」
優しく、けれどたしなめられてしまった。リフィアは俯いた。
「…はい。理解しておりますお父様」
その頃、少し顔を青くした下女がリフィアのドレスを手に取ったままレティアの部屋の前に佇んでいた。
「…お入り」
レティアのつんとした声に従い、震えながら下女は部屋に立ち入った。
「何か見つけたかしら」
悠々とソファに腰掛けたレティアは下女を一瞥した。
「…リフィア様のお召し物を改めましたところ、こ、このようなものが…」
そっと差し出された手のひらには、短い黒髪が乗っていた。
レティアは険しい顔でそれを見つめた。
「…もうよい、お下がりなさい。それと、この事を決して口外しないように」
下女は一礼し、足早に部屋を去った。レティアは掌の黒髪を見つめた。娘が嘘をついて何処かへ出かけているのは知っていた。縁談も来ているというのに、どこぞの男と遊びほうけているのだろうとも思っていた。しかし、まさかこんなこととは思っていなかった。
北方民族の髪の色は茶色や金色だ。黒髪は敵対する南方民族のもの。この国で敵対民族と関わるなど、重罪に問われてもおかしくはない。
(…このことが露見すれば…)
--オーリエ家は終わりだ。それだけは避けねばならぬ。こうなればリフィアへの監視を強め、縁談の実現を急がねば。
レティアはジャルエンの元へと急いだ。
その頃、リフィアは父の部屋を後にし自室に戻っていた。
(…どうせ…)
--ジャルエンが用意したという縁談だ。碌でもないものだろう。そんなものは断って当然だ。しかし、父の言うことも理解できなくはない。
(…でも、私は冷静よ)
リフィアは言い聞かせて、アルヴァーからもらった首飾りを月明かりにさらした。
--自分はいつまでも娘ではない、そんな事実はわかっているはずだった。けれど彼女はそれを考えてはいなかった。
--次に彼に会うときは、思い切って縁談の事を話してみよう。彼にそんな経験があるとは思えないが、新鮮な答えをくれる気がした。
それに、彼のことは気になっているし、話していて楽しいと思うけれど、きっと、愛しているわけではないだろう。
彼女は若かった。自分の思いを理解できないくらいには。
≪次回は6月26日更新予定≫