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【七・抉られた心臓】

   【七・抉られた心臓】


 部屋に戻るとベルダネウスは言った。

「話を聞く限りでは、私とエクドールさん以外、誰でもクレイソンにとどめを

刺すことが出来たわけか。もっとも、私ら二人の共犯という可能性もあるな」

「冗談はやめて」

 炭火ストーブに新たな炭を入れているルーラが顔をしかめた。食事とその後

の騒ぎのため、すっかり火は消え、部屋は冷えてしまっている。

「お前はいなかったが、エクドールさんは、話している途中、何度も外に目を

やった。何か気になるものでもあるらしくてな。単純に自分の馬車が気になっ

ているだけかもしれないが」

「でも、エクドールさんはアクティブから来たんでしょう。同じくアクティブ

から来たって言う、ボーンヘッドさんとアーシュラさんと一緒に除外して良い

んじゃないかしら」

 ルーラが指折り数える。魔導人は明らかにワコブから来たのだから、アク

ティブから来た三人が魔導人ではありえないという理屈だ。

「そうかな。アーシュラについては本人がそう言っているだけだ。直接アク

ティブから飛んできたのを見たわけじゃない」

「でも、魔導人って魔導とか使えるの?」

 新たな炭をストーブに入れ終わり、上に無骨なケトルを置く。

「さあな。だが、魔導は魔力を様々な形に転化する技術のことだ。力玉によっ

て動いている魔導人が、その魔力を使うことは考えられる。文字通り、自分の

命を削っての使用になるがな」

「そうなの?」

「私は魔導人についてはほとんど知らない。だから、これはあくまで可能性の

ひとつにしか過ぎない。それに、魔力で動くからと言って、魔導が使えるとは

限らないだろう」

「結局どっち。使えるの、使えないの?」

 ベルダネウスを睨み付ける。

「情報不足でハッキリ言えないんだ。ボーンの作った魔導人がどれほどの能力

を持っているかがわからない。誰が魔導人なのかは、ワコブの町で情報を集め

れば大方の予想はつくんだろうがな。実際、魔導師連盟は魔導人がどんな姿を

しているのかの情報もつかんでいるだろうし」

「その、魔導人なんだけど。もしかしたら、正体がわかって、どうにかするま

であたし達、ここに閉じこめられるかもしれない」

「どういう事だ?」

「実は、さっきは言わなかったんだけど……」

 ルーラは、この吹雪は精霊達が「何かを逃がさない」ためにわざと起こして

いるらしいことを説明した。

「その何かが、魔導人だってハッキリは答えてくれなかったけど」

「それを言わなかったのは賢明だな。みんながそれを聞いたら、どんな騒ぎに

なっていたか。だが、本当に精霊たちは何も言わなかったのか。手かがりにな

るような一言すらも」

「うん。というよりか、どうもあたしには手出しせずに、黙って見ていて欲し

いって感じだったな」

「協力しろではなく、傍観していろということか」

「みたい。こんなのは初めてよ」

 そこへ扉がノックされた。

「フィリスかな?」

 開けると、ボーンヘッドが立っていた。

「よぉ。話があるんだが、いいか?」

「何か入手したいものでもあるんですか?」

 ボーンヘッドを中に入れ、握手するベルダネウス。

「まあな。ところで、お前さんは魔導師に顔が利くか?」

「お得意様に何人か魔導師はいますが」

 意を得たりとボーンヘッドが笑った。

「だったら話が早い。どうだ、俺と組んで魔導人を仕留めないか」

「言うのは簡単ですけど、魔導人だって、自分の身を守るための手を打つぐら

いの知恵はあるでしょう。そう簡単に行きますか」

「何の当てもないのに話を持ちかけたりはしねえよ。誰が魔導人か、見当はつ

いている」

 にやにや笑う。

「仕留めるのは俺がやる。あんたは奴から取り出した力玉を売りさばいてく

れ。儲けは七・三でどうだ」

 もちろん、七はボーンヘッドの取り分だ。

「えらく不公平ですね。ご禁制の品を売りさばくというのは、思っているほど

簡単じゃありませんよ。ましてや力玉となると、魔導師連盟の監視の目も厳し

いですし。それに、あなたが目星のつけている人が本当に魔導人かどうかわか

りませんしね。誰なんです。あなたが目をつけている人は」

「そいつは言えないな。情報のタダ聞きはよくないぜ」

 ベルダネウスが息をつく。

「ルーラ、ボーンヘッドさんのお帰りだ。ドアを開けてさしあげろ」

「断るってわけか」

「その条件ならば、力玉を手に入れてから来てください。商品を見ないうちに

商談を進めるつもりはありません」

 ボーンヘッドはしばらく黙っていたが、いきなり笑い出した。

「なるほど、確かにあんたの言うとおりだ。だが、俺が力玉を手に入れたとき

は、買い取ってもらうぜ。一千万ディルでな」

「実物を見ないと金額は承知できませんね。力玉に蓄えられた魔力の量によっ

て、力玉の価値は大きく変わりますから」

「魔力の量がお前さんにわかるのかい?」

「魔導師の協力が必要ですね。……どうして、この話を私に持ってきたんで

す。売りさばくのなら、魔導師二人の方が魔導師連盟のつながりはあるでしょ

う」

「アーシュラが魔導人を仕留めるのに協力するはずねえだろう。ファディール

の奴は、売るぐらいだったら自分の研究に使うだろう。ちょいと話したが、あ

いつは金儲けよりも自分の研究を優先する奴だ。借金まみれの女を嫁にしよ

うってだけに、金儲けには興味がないらしい」

「そういえば、治癒術を研究していると言ってましたね」

「女房になる女があの体だからな。何とかしたいんじゃないか。ま、何にし

ろ、ここの魔導師は当てにならねえってことだ」

 その時、また扉がノックされた。

「どなたですか?」

 ルーラが扉を開けると、フィリスが立っている。

「すみません。契約の件について」

「そうだったな」

「それじゃあ、俺はこれで失礼するぜ」

 ボーンヘッドが入れ替わるように出て行く。

 今まで彼が座っていた椅子に、今度はフィリスが座る。

「とりあえず、契約の内容を確認しておこう」

 ベルダネウスが契約条件を提示する。内容は契約期限をのぞいて、ルーラが

交わしているものとほぼ同じだった。賃金自体はかなり安いが、契約が切れる

までの生活費は全てベルダネウス持ちというものだ。

「生活費というのは具体的には?」

「食費、宿代が中心だな。それ以外はものによる。武器やその手入れの道具は

折半が基本だ。服も特に贅沢さを感じなければ数着は私が持ってもいい」

 思わずフィリスがルーラを見た。服代まで出してくれるとは思わなかったの

だ。そんな彼女にほらねと言いたげにルーラは笑って見せた。

「ここにいる間のことだが。ちょうどフィリスの部屋は隣だ。そこをルーラと

の相部屋にして、ここは私の個室にする。もちろん宿泊費は全額私が持つ。こ

こは前払いだったな」

 あらかじめ用意してあった宿泊費を、フィリスに渡す。

 こうして、ルーラはフィリスの部屋に移ることになった。

「あれ、フィリスさんの荷物ってそれだけ?」

 フィリスの荷物は、武器の他は簡単な手荷物だけだった。

「旅の荷物は少ないに越したことはないですよ。私は徒歩ですし」

「そんなものかな」

「それよりも、ベルダネウス様のおそばにいなくて良いんですか? あんな事

が起こった以上、なるべくおそばにいた方が」

 その心配はもっともである。

「そうね、交代でザンの部屋の見張りをしていようか」

「わかりました。それと……ルーラさんにひとつお聞きしたいことが」

「なに?」

「ベルダネウス様って、その……女の雇い人に、手を出す方ですか?」

 つまり、夜の世話も求めてくるかと言うことだ。

「それはないんじゃないかな。あたしが雇われる前はどうか知らないけど、少

なくとも、ザンはあたしには、そういうことは全くしてくれないわ」

「してくれない?」

「あ、そうじゃなくて、しないのよ」

 慌てて訂正するルーラ。

「こういう事は、きっちり分けて考えるみたいだから」

 顔を赤らめて言うルーラを見て、フィリスは笑みを浮かべた。

「大丈夫です。ベルダネウス様が私に対してそういうことをするようでした

ら、逆にはり倒してあげますから」

「……お手柔らかに」

「でも、ベルダネウス様は、ルーラさんの思いを知ってらっしゃるんです

か?」

「え」

「雇い主以上に思っているんでしょう」

 その言葉に、ルーラがうつむく。

「最初はベルダネウス様のことを、名前で呼び捨てにしてましたから、てっき

り二人はそういう仲なんだとばかり思っていましたが、どうもそうではないよ

うなので」

「……ザンはなにも言わないけれど、知っている……とは思う。そこまで鈍く

ないから。でも、それでも、手を出さないから、たぶん、あたしのことは何と

も思ってないのよ」

「何でしたら、少し私の方から探りを入れてみましょうか」

 慌てて首を横に振るルーラ。

「いいよ。なんだか怖いから。それから、ザンのことは呼び捨てで良いと思う

わよ。あたしも最初の頃は、ベルダネウスさんって呼んでいたんだけど、怒ら

れたのよ。なんだか言葉で全身をなで回されているみたいで嫌なんだって」

「それは、ルーラさんだからじゃないんですか」

「そ、そうかな」

 照れくさそうにはにかむルーラをフィリスはなんだか微笑ましく思った。

「ベルダネウスさんは変わった人ですね。そういうことはきちっとする人だと

思ったんですけど」

「呼び方以外はそうよ。まぁ、いろんな意味で変わった人っていうのはその通

りだと思うわ。とにかく、今日からしばらくよろしくね」

「こちらこそ。先輩」

 二人の女は、互いの手を打ち鳴らした。


 雪はかなり小振りになったものの、風がかなり強い。積もった雪を風が舞い

揚げ、視界をほとんど奪っていた。空は雲が覆い、月の光も届かない。

 白と黒の二色しかない外を見ながら、ベルダネウスは舌打ちをする。

「まずい展開になってきたな」

 ベッドの上には力玉が置かれている。ボーンの依頼でベルダネウスが手に入

れたものだ。今はルーラがベルダネウスの護衛をしており、フィリスは部屋で

早めの睡眠を取っている。

「ワコブでも、下水道で遭遇した二人組が私たちだとほぼ確信しているだろ

う。早いところ国境を越えないと。アクティブ側に連絡が行っていたら厄介

だ。唯一の救いは、この雪のせいでクレイソンが戻らないことが不自然ではな

いことぐらいだな」

 ベルダネウスは力玉を改めて包み直し

「来たときのように精霊に頼んで道を空けてもらえることは出来るか。できる

なら吹雪が止んでなくても出発出来る」

「やってみないとわからないけど。吹雪が止まないうちはマスカドルさん達が

許してくれないんじゃない? へたすると、あたしたちがクレイソンさんを殺

したと思われるんじゃ」

「それはないだろう。彼が邪魔ならば、わざわざ助けたりはしないさ。だが、

いざとなれば強行もありうる。フィリスにも言っておけ」

「そのフィリスさんなんだけど……これのこと、言っておく?」

 力玉を指さす。

「いや、しばらく黙っていろ」

「あたしに出来ることはない?」

「精霊達に、吹雪は早めに切り上げるように言っておいてくれ。あと五十日も

すれば、いくらでも騒げるからとな」

 だが、事態はベルダネウスにとってより悪くなっていく。


「ルーラ、起きてください」

 揺さぶられ、軽く頬を叩かれてルーラは目を覚ました。

 目の前に、フィリスの顔が見える。

「……おはよう……」

「おはようじゃないでしょう。交代の時間ですよ」

 言われて外を見ると、なるほど、まだ外は暗い。ここで初めて、ルーラは自

分が毛布にくるまって床に寝ていたことに気がついた。

 ベッドの中ではベルダネウスが静かに息をしている。だが、その彼の身体に

かけられているのは毛布ではなく愛用のマントだ。

 ため息をつくルーラの肩を、フィリスが笑顔で叩く。

「これ、あなたが最初から?」

 今までルーラがくるまっていた毛布を見せる。

 ルーラは首を横に振る。毛布を使った憶えはない。

「本当……変わった雇い主ですね」

 ベルダネウスは、相変わらずベッドで静かに息を立てている。

「護衛が眠ってしまっているのに、怒りもせず、毛布を……」

 ルーラは真っ赤になった。照れているのではない。護衛にあるまじき行為が

恥ずかしかったのだ。

「もしかして、ベルダネウス様はあなたを護衛として雇いたいのではなく、た

だ、そばにいて欲しいだけなのかも知れませんね」

「外はどうかな。吹雪は止んだかな」

 この話が続くのが照れくさく、ルーラは話題を外に向けた。

 外を見ると、夕方とは逆に、風は止んでいたが、雪は一層激しさを増してい

た。一晩で、ルーラの腰ほども積もったように見える。とても馬車を出せる状

態ではない。ここに来たときのように風の精霊の力を使っても、歩くよりも遅

い速度でしか進めないだろう。これでは、マスカドル達がその気になればすぐ

に追いつける。

「まいったわね」

 新しい炭を袋から取り出し、消えかけている炭火ストーブに入れては手をか

ざす。

「他の人たちは、みんな寝ているのかな」

「みなさん、部屋にいるみたいです。でも、起きているかは……魔導人のこと

もありますし」

「そうか……、早いとこ、雪が止んで出られるといいね」

 フィリスから鍵を受け取り、廊下に出た途端、

「うあぁぁぁぁぁっっっっっーーーっ!」

 外から聞こえてきた叫び声と同時にルーラとフィリスは扉の陰に隠れた。

 フィリスが剣の柄に手をかけ、ルーラは精霊の槍に意識を集中する。

「外に出ます。援護してください」

 とフィリスが剣を構えて廊下に飛び出した。廊下や階段を見回すが人の姿は

ない。

 外に出るか、留まってベルダネウスのそばにいるか迷ったが

「様子を見てこい。ルーラは私と一緒に後で行く」

 跳ね起きたベルダネウスが、服の皺を直しながら言った。

 ルーラに目配せしてフィリスが階段を駆け下りた。そのまま馬小屋に通じる

扉を開け放つ。何か飛び込んで来たときのため、明ける際に陰に隠れるのも忘

れない。

「誰か、誰か来てください!」

 叫びと言うより号泣の声が冷気と一緒に流れ込んでくる。ベルダネウスと

ルーラも駆け下り、フィリスを先頭に外に走り出た。

 屋根のおかげで周囲ほどではないものの、通路にはルーラのふくらはぎ近く

まで雪が積もっている。その通路をまっすぐ掻き分けるようにして誰かが通っ

た跡が付いていた。

「雪を払え!」

 ベルダネウスの声を受け、ルーラが雪と風の精霊に通路の雪を払い飛ばして

もらう。完全にではないがある程度雪が消え、通路が開けると、剣を手にフィ

リスが一気に駆けだした。続いてルーラが飛び出そうとすると

「どうした。何かあったか」

 剣を手にしたボーンヘッドが、階段を降りてきた。それにかまわず、ルーラ

もフィリスの後に続く。

 ファディールの号泣は馬小屋の方から聞こえるが、雪が邪魔で彼の姿は見え

ない。

 冷たい空気の中に、血の匂いが混じっていた。

 フィリスが、ルーラが通路を通り過ぎて得物を構えながら馬小屋に向き直

る。

 トイレの横に申し訳程度に備えつけられたランプの明かりの中。うっすらと

積もった雪は真っ赤に染まり、その中央でファディールがエリナを抱きかかえ

て泣きわめいていた。肩越しに見える彼女の顔は、血の気がなかったが不思議

と安らかな表情をしていた。

 やりきれずに伏せたルーラの目に、雪の上に転がされていた物が写った。雪

を赤く染め、エリナの死の証明でもある奇妙な肉の塊。

 それがえぐり出された彼女の心臓だと理解した途端、ルーラの中から、一気

にこみ上げるものが来たが、彼女は必死でそれを飲み込み返した。口の中に新

たな不快の匂いが加わったが、何とかそれを我慢する。

「ひどい……」

 フィリスの呟きが聞こえた。やってきたボーンヘッドもさすがに手で顔を

覆って天を仰いだ。その時になって、

「どうしました!?」

 マスカドルが慌てて駆けつけてきた。

「遅ぇよ」

 ボーンヘッドの言葉に、今回ばかりはルーラも小さく頷いた。他の客たちも

詰所への扉付近に集まっていた。ファディールの嗚咽混じりの叫びと異様な雰

囲気に押されたのか、誰もそれ以上近寄ろうとはしなかった。


「エリナ……エリナぁ……」

 ファディールは、無惨な屍と化した婚約者を抱きしめながら、その名を呼ん

でいる。服が血まみれになるのもかまわず抱く手に力を込める。

 誰もが無言のまま、彼の号泣に耳を傾けた。

「誰だ……誰の仕業だぁ!」

 エリナを抱いたままファディールが振り向いた。血で染まった顔や服に一同

が息を呑んで下がる。彼の目は何も見ていないようでいて、皆を睨んでいるよ

うでもある。

「あの、ファディールさん」

 声をかけた途端睨み付けられ、マスカドルは後ずさった。

「お前か……」

 床に転がっていた魔玉の杖を取る。エリナの血にまみれているため、彼の身

にまとう恐怖感は倍増した。

「お前かぁ?!」

 いきなりマスカドルに殴りかかった。

 慌てて下がるマスカドルだが、雪に足を取られて転倒する。

 殴りかかるファディールにルーラが飛びかかった。魔導の杖をつかむ腕を押

さえ、杖を奪おうとする。杖を奪い、魔導を使えなくしてしまえば魔導師はそ

れほど恐ろしいものではない。

「落ち着いて、落ち着いてください。ファディールさん!」

 だが、半狂乱のファディールの力は彼女の予想以上だった。力任せにルーラ

を振りほどくと手当たり次第に杖を振り回し、目についた相手に殴りかかる。

 たまらずエクドールが逃げ出した。

「話を聞くような状態じゃねえ。魔導を使われる前におとなしくさせるか」

「同感ですね」

 小さく頷き合うとボーンヘッドとフィリスがファディールに向かう。

 フィリスが自分に殴りかかってきたファディールの杖をつかみ、持っていた

手に手刀を打ち込んだ。手がゆるんだのを狙い、魔玉の杖を奪い取る。

 入れ替わるようにボーンヘッドが、ファディールの腹に拳を叩き込む。

「ぐえっ」

 たまらず体を折るファディール。無防備になった首筋に、すばやく当て身を

食らわす。

 ファディールはそのまま倒れた。

「殺したの?」

「まさか。気を失っているだけさ」

「なんてことだ……こんな……」

 マスカドルが、気絶している彼を見下ろした。

「また暴れると大変です。気が落ち着くまでどこかに縛っておきますか」

 ベルダネウスの言葉に、マスカドルがやるせなく「仕方ないですね」と返し

た。

 ソーギレンスの低い声が聞こえはじめる。見ると、エリナの遺体の前で経文

を暗唱していた。

 誰が言うでもなく、皆が自然に目を閉じ、彼女のために自分なりの言葉で

祈った。


【次章予告】

時とは悪い方を下にする坂道のようなもの。

常に上へと足を向けなければ、たちどころに転がり落ちる。

そしてその道は、上へ行くほど狭まっていくのだ。

自分が登りたければ、誰かを落とすしかない。

次章【八・殺す人、殺される人】

殺られる前に、殺れ

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