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【六・その時にしていたこと】

   【六・その時にしていたこと】


「一番良いことは、早急にキリオンを殺した犯人を見つけること。そのこと自体に皆さん異議はないはずです。そのためにも、まずは彼が殺されたことについて状況を整理します。セシル、記録を」

 マスカドルの言葉にセシルが頷き、ノートを開いてペンを取る。

「キリオンがベルダネウスさん達に運び込まれたのが三時頃です。その後、僕たちは彼を控え室のベットに移し、食事の支度をはじめます」

「四時半に様子を見に行ったときは、まだ彼は無事でした」

 セシルがノートから顔を上げる。

「その後は、ずっと食事の準備をしていました。みなさんの食事が終わりかけた七時頃、やっと少し余裕が出来たので、スープを持って控え室に行きました。キリオンさんが眠っているのはわかっていましたが、もしも起きていたら少しのスープなら飲ませることが出来るのではと思ったんです。そうしたら……」

「彼が殺されていた」

 うなずくセシル。

「とすると、キリオンが殺されたのは、最後にセシルを見た四時半から食事を届けた七時までの間になりますね」

「そういえば、控え室の鍵はどうなっていました? かけていたんですか」

「……厨房の前でしたし、今まで鍵をかけなければならないような事態になったことがないので……」

 マスカドルは言いにくそうだった。

「要するに、鍵をかけていなかった訳ね」

 アーシュラが睨みつけた。

「はい」

 うつむくマスカドル。これが自分の大失態であることはわかっているのだろう。

「考えれば、犯人が口封じをはかることは十分考えられたのに」

「そんなに自分を責めないでください」

 優しく語りかけたのはエリナだった。

 今までほとんど部屋で横になっていたせいで、ルーラがエリナをじっくり見たのはこれが初めてである。こうして見ると、山吹色のゆったりした服の上から葡萄色のショールをかけた姿は、華やかさこそないが、見る者を安心させる力があ

る。髪や肌に張りがないため二十代後半に見えるが、実年齢はもっと若いだろう。

「さきほど、ベルダネウス様もおっしゃいましたが、誰も衛視の詰所で、しかもこんなに大勢の中で人を殺めるなどとは思いません。あなたが責めるべきは自分ではありません。クレイソン様を殺めた人です」

「ありがとうございます」

 マスカドルは、気を取り直して顔を上げた。

 気持ちを完全に切り替えるため、彼は断言するように言う。

「犯人がキリオンを殺したのは、セシルが様子を見た四時半頃から遺体が発見される七時頃までの間です。みなさんはその間、何をなさっていましたか?」

「私はエクドールさんと話をしていました」

 最初にベルダネウスが言った。セシルが記録していく。

「ですから、私とエクドールさんの行動は同じになります。途中、席を立つこともありませんでした」

 エクドールが同意ですとうなずいた。

「最初はルーラも一緒でしたが、途中で席を外しました」

「それは」

 と説明しようとするルーラをマスカドルが止めた。

「すみません。ルーラさんの説明は後で聞きますので、今は彼に話させてください」

 ルーラは口をつぐみ、ベルダネウスの証言が再開される。

「それからしばらくして、ルーラがフィリスさんを連れて戻ってきました。護衛として雇って欲しいということでした。とりあえず、彼女の腕を見たかったので、外に出て軽く私と戦ってもらいました。私も護身用に少々鞭が使えますので」

「俺たちが立ち会った奴だな」

 ボーンヘッドの言葉に、ベルダネウスが「そうです」とうなずく。

「その結果、彼女が優れた剣士だとわかりましたので契約することにしました。契約書も作らなければならないので、その場では口約束だけして、ルーラと一緒に部屋に戻りました。彼女と少し話していると、食事の合図の鐘が聞こえました」

「フィリスさんがきたのはいつ頃ですか?」

「覚えていませんが、剣の腕試しや、戻ってからルーラと話した時間を考えると、鐘の鳴る一時間ぐらい前だと思います」

「そうすると、五時頃ですか。フィリスさんとルーラさんはそれまで何を?」

「外で雪の精霊の様子を見ていました」

 ルーラが答えた。

「この吹雪がどれくらい続くか気になったもので」

「で、どれくらいかかりそうでしたか?」

 皆がルーラの答えを待った。

「わかりません。今夜にも納まるかも知れませんし……、もしかしたら、二、三日は続くかも」

 ルーラは嘘をついた。もしも、精霊がこの吹雪を降らせている目的が「何か」を逃がさないとするためだとしたら。その何かが魔導人だとしたら、みんなの魔導人探しが一層激しくなる。それは、不幸な結果を呼ぶ事になりそうな気がした。

 だが、その場の人々はルーラの答弁を言葉通りに受け取ったようだ。

「ハッキリしないわね。あなた、精霊使いなら何とか出来ないの?」

「あたしたち精霊使いは、精霊達にこうして欲しいと願い、それを聞いてもらうだけです。ああしろこうしろと命令することは出来ません。雪の精霊達がここに雪を降らせたいと思っている以上、あたしにそれを止めさせることはできません」

「精霊使いっていうのは不便なんだから。いくら力が強くても、使い勝手が悪くちゃね」

 アーシュラがぼやいた。

「雪の精霊と話して、部屋に戻りました。戻るとき、暖炉の前でアーシュラさんとボーンヘッドさんがカードをしているのを見ました。そして部屋を暖めているとフィリスが雇って欲しいと訪ねてきたんです。それでザンの所に連れて行きました。後はずっとザンと一緒です」

 記録し終えたセシルが、次の人に行っても大丈夫とマスカドルを促す。

「フィリスさんは、ベルダネウスさんを訪れるまで何を?」

「部屋でこれからのことを考えていました。それで、少しの間でも仕事になればと、ベルダネウスさんの所に行ったんです。部屋には、ルーラさんしかいませんでしたけど」

「あなたがベルダネウスさんの部屋を訪れるまで、自分の部屋にいたことを証明する人はいますか?」

「いません。途中、用を足しに出るなど、ずっと部屋にいたわけでもありませんし」

「その時に誰にも会いませんでしたか?」

「ロビーからボーンヘッドさんの声が聞こえましたけど。ロビーまで行ったわけではありませんし」

 次の証言者はファディールだった。

「僕は、部屋でエリナと話をしていました。不調を訴えていたもので、暖かくして寝かせていたんです。一度、紫茶をもらいに厨房へ行きました」

「覚えています。あれは確か五時過ぎでした」

 セシルが言った。

「馬小屋の方で何か騒がしい声が聞こえましたが、具体的な内容まではわかりません。それからですが、僕たちは部屋で食事をとることにしました。食事が運ばれてきたのは、詳しい時間はわかりませんが、合図の鐘が鳴ってそんなに経っていなかったと思います」

「料理を運んだのは、セシルさんですか?」

 ベルダネウスが聞いた。

「はい。エリナさんにはコーン粥を用意しました」

「見たところ、お二人はかなり忙しそうだったので、食事が終わると、僕は自分で食器を厨房に戻すことにしました。それで、食器を持って降りてきた時に、セシルさんの悲鳴が聞こえたんです」

 次にソーギレンスが口を開く。

「私は、自室で瞑想をしていた。死の思いが感じられた。私は、あれを生なるものではない魔導人のものと思ったが、クレイソンの生が途絶えるものだったのだな」

「……それを感じたのは、いつ頃でしたか?」

 マスカドルが身を前に出す。

「知らぬ。私は時計を持っておらぬのでな」

「役にたたない人ね」

「人の生死の時において、僅かな時間の違いに何の意味があろう」

「今回に限っては意味があるのよ」

 アーシュラがため息をついた。

「私は部屋で今後の事を考えていたのよ。ボーンが殺され、魔導師連盟が調べを始めているなら資料だって没収されているでしょう。見せてもらえる可能性は低いわ。へたをすると私まで取り調べられる」

 その言い方がファディールの癇に障ったらしい。

「まるで魔導師連盟が邪魔者みたいな言い方をしているけど、君だって連盟に所属しているんだろう」

 と責め始めた。

「一応ね。あれでも情報やら魔導品の購入やらで役にたつし。でも、自分の知的好奇心を削ってまで忠誠を尽くす義理はないわ」

「何てことを言うんです。魔導師が人々に受け入れてもらえるようになったのは、連盟の努力あってですよ」

 ファディールの言うとおり、かつて魔導師は人々から「得体の知れない術を操る人間」として忌み嫌われていた。百五十年ほど前、それを払拭するために数名の魔導師達が協力して作り上げたのが魔導師連盟である。人とのつきあいよりも研究をしている方が良いという魔導師たちを説得し、「人々の信頼こそが最高の魔導である」と掲げ、魔導を人々の生活向上のために使うことを提案、それを実行し続けた。

 光を発して夜の闇を払う「魔光玉」、火種を生み出す「火種棒」、布は刺しても人の肌は刺さない「魔針」などの魔導品を生みだし、少しずつ人々の心の壁を崩していった。

 それらの努力が実り、現在、特別な事情のある人以外、魔導師を忌み嫌うことはなくなった。現在の魔導師の地位は、魔導師連盟あってこそと言っても過言ではない。

「魔導師連盟の功績は私も認めているわよ。でも、その反面、一般人から怖がられやすい様々な研究を禁じたりして、魔導の可能性を狭めたのも事実よ。魔導人などの魔導生物の禁止なんかそうね」

「当たり前です。今や魔導は魔導師だけのものではないんですよ。人々の生活の一部になろうとしているんです。そしてそれが魔導の可能性を広げたのも事実です」

 いがみ合う二人を、マスカドルが制止する。

「すみませんけど、魔導論議は後にしてください。今、話すことは違うことです」

「そうね」

 アーシュラは紫茶で喉を潤すと、改めて話し始めた。

「四時半頃だったかしら。ロビーに行ったら、ボーンヘッドが暇そうにしていたんで、食事までの時間つぶしにカードで遊んでいたわ」

「俺はずっとロビーで暖まっていたぜ。腹の外と中からな」

 おかわりの紫茶を口にする。不満そうな顔をして

「やっぱ酒じゃねえと具合悪いな」

「そんなんだからカードでボロ負けするのよ」

「ありゃあ、たまたまだ」

 余裕の笑みを浮かべるボーンヘッド。

「とは言っても、負けてたのは本当だからな。ちょいと冷たい風にでも当たろうと外に出ようとしたら、裏口からベルダネウス達がぞろぞろと出て行くのが見えたんでな。なにやら面白そうだってんで、後をついてったわけだ」

「アーシュラさんと出会うまで、誰かと会うようなことは?」

「ルーラが出て行ったのを見たぜ。戻ったのは、気づかなかったがな」

「カードを睨みつけていたから、戻るあたしに気がつかなかったんじゃないんですか」

「多分そうね。私はあなたが戻ったのに気がついたわよ。寒いのに何しに出たのかと思ったけど。精霊と話していたわけ」

 アーシュラの言葉に、ボーンヘッドは「かもな」と苦笑いする。

「で、続きだがベルダネウス達の一戦を見た後は、また暖炉の前でぬくぬくさせてもらったぜ。外に出たせいで体が冷えちまってな」

「暖炉の前にいたのはあなただけじゃないわ」

 アーシュラは皆を見回し

「私とエクドールも一緒にいたわ。体も温まって、カードの続きをしようとしたところに、あなたが鐘を叩きに現れたのよ」

「確かに、アーシュラさんとボーンヘッドさん、エクドールさんがいました」

 マスカドルが確認するように頷いた。

「しかし、そこまで必要はないでしょう。先ほど、窓の外に人が出て行ったらしい跡をルーラさんが見つけました。それはベルダネウスさんとフィリスさんの腕試しが始まったときには既についていたそうです。他の人で、跡を見た人は?」

「逃げ出したかどうかは知らないけれど、窓の下から通路まで雪が乱れていたことは覚えているわ」

 アーシュラが言った。

「凶器に使われていた斧は? 薪を積んでおいたところに立てかけておいたはずですが」

「そこまで覚えてないわ」

 マスカドルの問いに、アーシュラはお手上げするように両手を軽く挙げた。

 最後にエクドールが

「私はベルダネウスさんと一緒でしたよ。フィリスさんと彼の試合の後はロビーで暖まっていました。ボーンヘッドさんとアーシュラさんからカードに誘われましたが、私は遠慮しました」

 一同の証言をセシルか記録し終わるのに合わせて

「質問があります」

 指を立てて発言したのはベルダネウスだ。

「その窓には鍵がかかっていたんですか?」

「はい。それが何か?」

「逆のことを考えてみたんです」

 一同がベルダネウスを見た。

「あの跡は出て行った物ではなく、入ったときの物ではないかとね。人目に触れる危険のある扉よりも、窓から出入りした方が人目につきにくい。もしかしたら、私のフィリスが戦っている間、犯人はあの部屋で息を殺していたのでは考えたんです。でも、鍵がしっかりかかっていたのならあり得ませんね。犯人はクレイソンさんを殺した後、窓から出て何食わぬ顔で詰所の中に戻ったのでしょう。戻るところを誰かに見られても、用を足しに行ったといえば済みます。

 やはり、犯行は腕試し勝負の前に行われたと見るべきでしょう

「何を今更」

 ボーンヘッドがうんざりするように足をテーブルの上に投げ出した。

 マスカドルが軽く咳払いをすると、ボーンヘッドは足を下ろした。

「すると、四時からキリオンが殺されたのを発見されるまで、他の人とずっと一緒だったのは、エクドールさんとベルダネウスさんだけですか。ファディールさんには気の毒ですけど、一緒にいた相手がご自分の婚約者では」

「わかっています。こういうとき、家族や恋人の証言というのは、あまり証拠にならないんですよね」

 ファディールの言葉には、棘があるように聞こえた。

「それにしても、魔導人も、随分と危険なことをしたもんだ」

 ボーンヘッドが言った。

「確かに奴は動けないし、扉に鍵がかかっているわけでもない。廊下に人のいないのを見計らって部屋に入ることはできるだろうよ。けど、それをするには、絶えず廊下を伺い、チャンスを待たなきゃならないんだぜ。奴をぶち殺すのに使った斧を持ってよ。入るところを誰かに見られたらそれでお終いだ」

「へぇ、あんたも頭を使っているんだ」

 アーシュラが感心したように言った。

「控え室の真上はエクドールさんの部屋でしたね。何か物音とかは聞きませんでしたか?」

「いや、全然」

「私も気がつかなかった。話をしていましたからね」

 エクドールとベルダネウスがそろって否定する。

「とにかく、クレイソンを殺されたのは四時過ぎからフィリスさんたちの腕試しが始まるまでの間と見て良いようですね」

 セシルがノートを広げてテーブルの中央に置く。

「クレイソンさんを控え室に運んでからのみなさんの行動を、私なりにまとめてみましたが、これでよろしいでしょうか。彼が殺された時間は私が最後に見た四時半からベルダネウスさんとフィリスさんの腕試しまでという話ですけれど、念のため、食事時間までの行動をまとめてみました」

 みんながノートをのぞき込む。


●ザン・ベルダネウス(自由商人)

 エクドールの部屋で商売のための情報交換。五時過ぎ(推定)にフィリスの売り込みを受け、彼女の腕試しを行う。

 腕試し終了後、ルーラと一緒に自室に戻る。


●バンカス・エクドール(自由商人)

 自室にて、ベルダネウスと商売のための情報交換。五時過ぎ(推定)からフィリスとベルダネウスの腕試しに立ち会う。

 腕試し終了後、ボーンヘッド、アーシュラと一緒にロビーにいる。


●ルーラ・レミィ・エルティース(精霊使い、ベルダネウスの護衛兼使用人)

 エクドールの部屋でベルダネウスとエクドールの話を聞く。途中退席(時間不明)。

 一人で外へ出て精霊と意思疎通。詰所を出るとき、ロビーにボーンヘッドがいるのを目撃。

 部屋に戻るとき、カードをしているボーンヘッドとアーシュラを目撃(四時半過ぎ?)。

 部屋に戻ってからは一人で暖気。

 五時過ぎ(推定)フィリスの訪問を受け、共にベルダネウスに会いにエクドールの部屋へ。二人の腕試しに立ち会う。

 腕試し終了後はベルダネウスと一緒に彼の部屋にいる。


●フィリス・バンガード(剣士、ベルダネウスの護衛)

 自室にて今後のことを考える。証人なし。

 五時過ぎ(推定)、ベルダネウスに雇われるため、彼の部屋へ。部屋にいたルーラと共に、エクドールの部屋に移動。腕試しを行う。

 腕試し終了後は自室で待機。証人なし。


●セヴァイス・ファディール(魔導師)

 婚約者のエリナと共に、部屋にいた。


●エリナ・オルグ(ファディールの婚約者)

 婚約者のファディールと共に、部屋にいた。


●ディスト・ソーギレンス(バールドの騎士)

 自室にて瞑想。証人なし。


●アーシュラ・アルトハウゼン(魔導師)

 四時半頃まで自室にいた。証人なし。

 以後、ロビーに降りてボーンヘッドとカード。ルーラが二人の姿を目撃。

 腕試しのために降りてきたベルダネウス達を目撃、興味から後に続き、ボーンヘッドと共に審判役となる。

 腕試し後はボーンヘッド、エクドールと共にロビーにて談話。


●カブス・ボーンヘッド(剣士、現在雇い人なし)

 ロビーで飲酒。その姿を外に出るルーラが目撃。本人も彼女を目撃。

 四時半頃、自室から降りてきたアーシュラとカードを行う。外から戻ってきたルーラが二人を目撃。

 腕試しのために外に出ようとするベルダネウス達を目撃、興味から後に続き、アーシュラと共に審判役となる。

 腕試し後はアーシュラ、エクドールと共にロビーにて談話。


「移動した時間は、みなさん時計を見たわけではないのでハッキリしませんね。推定ばかりだ」

「ロビーには時計があったはずですけど」

「んなもん、いちいち見ているかよ」

 ボーンヘッドが面倒くさそうに肩をすくめた。

「私が四時半に降りたって言うのは本当よ。時計を見たもの」

 アーシュラが懐から懐中時計を出した。

 エクドールの目つきが変わった。携帯できる時計というのは珍しい。

「こうしてみると、ずっと誰かといたのは、ザンとエクドールさん、エリナさんとファディールさんだけなのね。あとはみんな犯行推定時間に一人でいた時があるわ」

「婚約者同士では証人と認めてもらえないでしょう」

「ロビーにいたと言っても、俺が呑んでいたのは暖炉の前だ。馬小屋側の階段を下りて控え室に入れば見えなかったぜ」

 みんながリストを見ながら勝手に発言する。

「誰かが、嘘を言っている訳よね」

「誰も犯行を認めていない以上はそうなりますが、それはこの際おいときましょう。でないとキリがない。極端な話、四時半には生きていたというセシルさんの話まで疑わなければならなくなります」

 ベルダネウスが、紙とペンをマスカドルに向けた。

「お二人もお願いします」

「僕たちもですか。僕たちは」

「衛視であることは承知しています。それに、お二人がクレイソンさんを殺すのなら、もっと安全な方法がありますしね。ですが、こういうことは例外を作らない方が良いので」

「そうね。正義面して裏で好き勝手している衛視なんて珍しくもないわ」

 アーシュラの言葉にクレイソンは眉をひそめ

「わかりました」

 ペンを取ると、自分とセシルの項目を付け加えた。


●ウッディ・マスカドル(スターカイン国衛視)

 クレイソンを寝室に寝かせた後、セシルと共に食事の準備。厨房に入りっぱなし。


●セシル・マスカドル(スターカイン国衛視、マスカドルの妻)

 クレイソンを寝室に寝かせた後、マスカドルと共に食事の準備。

 四時半頃、控え室に行ってクレイソンの生存を確認。


「これでよろしいですか」

 セシルがペンを返した。

 みんなの行動を示した紙を中心に、一同が考え込む。ある者は誰が犯人なのかを考え、ある者は自分の無実を証明する方法はないかと考える。

 暖炉の薪がはぜる音が一番大きい中、静寂に耐えかねたようにボーンヘッドが言った。

「それにしても、魔導人の奴は大胆だぜ。いくら正体がばれそうだからって、こんな白昼堂々、衛視達の目の前でやらかすとはな……白昼ってほどでもないか」

「大胆と言うより、この時しかなかったと思います」

 フィリスが言う。

「食事が終われば、マスカドルさんかセシルさんのどちらかが彼のそばにつきっきりになったでしょう。食事の準備で、二人が彼から離れなければならないこの時が、唯一のチャンスだったんです。翌日になればまた部屋を開ける可能性はありますが、クレイソンさんが目覚める可能性も少しずつ出てきます。」

「私もフィリスの意見に賛成です」

 ベルダネウスが、軽く右手を挙げていった。

「ただ、犯人がそこまで考えていたかはわかりません。チャンスがあったからさっさと殺したというだけかもしれません。間違いないのは、犯人はクレイソンさんが目覚める前にどうしても彼を殺したかったということでしょう」

「理屈はそれでいい。だが、今、我々が知るべき事は、誰が魔導人なのかということだ」

 ソーギレンスの言葉に、一同が静まりかえった。

「とにかく、状況を最初から整理した方が良いでしょう」

 ベルダネウスが一同を見回し

「今までは、ここに魔導人がいるかもしれないという単なる疑惑でした。しかし、実際に被害者が出て魔導人がここにいるとハッキリした以上、出来るだけ多くの情報を出す必要があります。情報不足は、疑心暗鬼を招きます」

「それはいいですけど、情報というのは具体的にどのような?」

 マスカドルの問いにベルダネウスが答える。

「みなさんがこの詰所を訪れたところからの情報です」

「なるほど」

 マスカドルが静かに頷いた。これではマスカドルよりもベルダネウスの方が衛視らしい。しかしマスカドルはあえてそれをどうこう言わなかった。このままベルダネウスに任せた方が良いと思っているのかも知れない。


 厚い雲が月を遮っているため、外は闇だった。相変わらず雪は降り続いているが、勢いはかなり弱まっている。何の音もせず、食堂だけがこの世界の全てのように思えてくる。

 ランプと暖炉に加え、ルーラが光の精霊に頼んで食堂をさらに明るくしてもらう。

「これが精霊の光なんですか」

 エリナの表情が和らいだ。精霊の光を見るのは初めてだという。

 テーブルの上には、新しい紫茶と乾しナツメの乗った盆が置かれている。

「昼前までは、お客は誰もいませんでした。お昼にさしかかった頃、アクティブに向かう道からボーンヘッドさんがやってきて、昼食を取って行きました。雪が降り始めたのは、ちょうど彼の食事が終わったときでした」

 セシルとベルダネウスが記録を取り、他の人たちはじっとマスカドルの話に耳を傾けている。

「こんな季節に雪とは珍しいといった話をした後、ボーンヘッドさんはワコブに向かいました。彼の食事の後片付けをして、僕とセシルも食事を取りました。

 二時頃でした。アクティブの方からエクドールさんが馬車でやってきました」

 マスカドルの説明を、エクドールが補足する。

「私は軽く一休みしてからワコブまで行くつもりだったんです。いくら雪とはいえ季節外れですし、道もそんなに険しくはないと聞いていましたし。けれどなかなか雪は止まず、却って激しくなってくる。不安になりかけたところにボーンヘッドさんが戻ってきたんです」

 そこで話はボーンヘッドに引き継がれた。

「雪なんざすぐに止むだろうと思ってたらどうだい、止むどころかますます激しくなって来やがる。思うように歩けねえし、雪の中で野宿なんてまっぴらだったからな。諦めてここに戻ったんだ。こんなことなら急いで国境まで行けばよかっ

た」

 記録するベルダネウスのペンが止まってから、マスカドルは言葉を続けた。

「そして、ソーギレンスさんが来たのが三時少し前です。呼び鈴が鳴ったのでロビーに行くと、彼が玄関口で雪を払っていました」

「私は修行の旅の途中だ。ワコブを出て、アクティブに向かうところだった」

「バールドに修行の旅があるなんて初耳だぜ」

 言いながらボーンヘッドが乾しナツメを口に放り込む。

「世界を歩き、様々な死を目の当たりにするのもバールドの教えに叶うものだ」

「やな修行……」

 アーシュラが顔をしかめた。かまわずソーギレンスが話を続ける。

「私がロビーで宿帳に記入している時に、アーシュラ殿が入ってきた」

「全身、雪まみれでな。雪の塊にに手足が生えたみたいだったぜ」

 そのときのことを思い出したのか、ボーンヘッドが声を殺して笑う。

「着地にちょっと失敗しただけよ。雪が積もっていたせいで助かったわ」

 ファディールが驚いて彼女を見た。

「飛行魔導を使っていたんですか?」

 驚愕する彼とは対照的に、アーシュラは涼しげに、

「女の一人旅は危険ですからね。それに、魔導師連盟が動き出したって情報が入ったから、早く行こうとしただけよ。けど飛んでても雪のせいで視界が効かないわ凍えそうだわ。たまらないものだからここで休むことにしたのよ。どっちにしろ、間に合わなかった見たいだけど」

 言ってから肩をすくめる。

「へぇ、あんた空を飛べるのかい」

 感心したようなボーンヘッドに、ファディールはうんざりするような顔で

「飛行魔導を使える魔導師は結構いますよ。僕も使うだけなら出来ます。魔導師なら誰でも一度は会得しようと試みる魔導ですからね。でも、消費する魔力が大きい上、制御がすごく難しくてほとんどが挫折します」

「制御が難しいって、どういうことなんですか? あたしが風の精霊に運んでもらうのとは違うんですか」

 ルーラの疑問に、二人の魔導師は決まり悪そうに見合わせた。

「飛行魔導っていうと、自由に空を飛べる力と勘違いする人が多いんですが、ほとんどは『魔力で自分を放り投げる』んです。ですから、投げた後の高度や速度の調節がすごい難しいんです。それが出来ずに地面や壁に激突して大怪我したり、命を失ったりする魔導師が後を絶ちません。僕も一度大怪我しまして。それで治癒魔導に強い関心を持つようになったんですけど」

「で、みんな自分がそうなったり、他人がそうなるのを見て、びびって飛行魔導を使わなくなるのよ。でも、一応『自分を放り投げる』ことはできるから、自分は飛べるなんて見栄を張るのよ。飛行魔導は着地が出来て一人前なのにね」

「魔導師連盟の建物の横には、必ずと言っていいほど藁が積まれています。これは馬の飼料としてだけではなく、飛行魔導で飛んできた人たちのために用意したものなんです。うまく着地できない人は、この藁に突っ込んで怪我を防ぐようにとのことです」

「あたしたちと似てますね。自分を飛ばすのが、魔力か、風の精霊かの違いだけって」

「人間は元々空を飛ぶようには出来ていないんですよ。それを飛ばすんですから、どうしても無理が出ます。確かに自分を放り投げるではなく、丁寧に運ぶと呼べるぐらい飛行に精通している魔導師もいますが、そんなのはほんの一握りです。

そういう人達を基準にされてはたまりません」

 自分を納得させるようなファディールの表情を見て、アーシュラが小馬鹿な笑みを浮かべる。

「あんたの飛行魔導も、放り投げ程度ってことね」

 勝ったかのように、アーシュラの口元がゆるんだ。

「あんただって似たようなもんじゃねえか。ゆっくり下りることも出来ずに、雪に突っ込んだんだろう」

 ボーンヘッドが笑いながら、酒をあおった。

「自分を飛ばすことすら出来ない男に、そんなこと言われる筋合いはないわ。それに、私はこれでも三回に二回はうまく着地できるのよ」

 魔玉の杖をボーンヘッドに向けるのを見て、慌ててファディールが彼女の杖をつかんだ。

 そのままボーンヘットの方を向き

「飛行魔導で一番難しいのは、ゆっくり飛ぶことなんです。ですから、彼女がそれに失敗したとしても、それを責められる魔導師はいません」

「ゆっくり飛ぶ方が簡単に思えるんですけど」

 エクドールが口を出した。

「物を投げるのでも、矢を射るのでも、それがゆっくり進むように飛ばすことは難しいでしょう。ある程度のスピードを持たせた方が簡単なんです。ですから、狭い場所で飛行魔導を使うのは危険です」

「じゃあ、このロビーの隅から隅へ飛行魔導で飛ぶなんてことは」

「無理ですよ。飛んだら最後、着地できずに壁か天井に激突します」

「私もそこまでは出来ないわ」

 アーシュラも同意する。

「もっとも、飛行が困難なほど狭い場所なら、飛ばずに歩いた方が早いし確実よ」

 ルーラがわかりますと言うように頷いた。二人が語った飛行魔導の特徴は、どれも風の精霊による飛行と同じだからだ

 話題を戻そうと、マスカドルが一度手を叩く。

「飛行魔導の解説はその辺にしてください。それから、スターカインでは緊急時以外の魔導による飛行は禁止です」

「わかっているわよ。だから詰所で下りたんじゃない。もっとも、雪と風が激しくて、飛ぶのが却って危険になっていたっていうのもあるけどね」

 何がおかしいのか、アーシュラが軽く笑う。

「さあ、続きをどうぞ。私の次にここに着いたのは誰?」

「アーシュラさんの次に来たのは……」

 セシルが記憶をたどるように、ファディールを見た。

「三時頃でしょうか。ファディールさんたちが、フィリスさんと一緒にやってきました」

「ここに来る途中、道ばたで困っている二人を見つけたんです」

 フィリスが言った。続いてファディールが

「出発するときは雪なんか降る気配がなかったんです。けれど、山に入って少ししてから降り出して。もともとエリナは体が丈夫ではなかったので、休み休み山越えをするつもりだったんです。それが、こんなことになって」

 説明するファディールの口調からは、後悔の気持ちが感じられた。

「大事な婚約者なんだろ。馬ぐらい用意しろよ」

「慣れないと馬は却って疲れますから。最後の手段として、飛行魔導で助けを呼びに行くことも考えましたけれど、僕の力では自分一人を飛ばすのが精一杯です。とてもエリナまでは。かと言って、彼女を置き去りには出来ません。困っているところに、フィリスさんが通りかかったんです。それで、僕と彼女が交代でエリナを背負って、ここまで来たんです」

「フィリスさんがファディールさんたちと出会ったのはいつ頃ですか?」

「さぁ。出会ってからここに来るまで、随分時間がかかったような気もしますけど、色々あったから、ただそう感じただけかもしれません」

 フィリスの答えは頼りなかった。だが、ファディールの答えも同じだった。

 そして、三時半頃に、クレイソンを乗せたベルダネウス達がやってきた。

 結局、この場はみんなの話を一通り聞き、間違いがないか確認して終わりとなった。


【次章予告】

明らかになった情報を基に、誰もが頭を働かせる。

魔導人は誰なのか?

そして、魔導人を見つけた後はどうするか?

魔導人を殺しても罪にはならない。

魔導人には心臓として高価な力玉が埋め込まれている。

人々の心に邪な考えが生まれた時、次なる悲劇の幕が開く。

次章【七・抉られた心臓】

二人目の犠牲者は……

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