【五・そして殺される】
【五・そして殺される】
途中で食事だけをする人たちのことを考えてか、食堂は、二、三十人は一度に食事が出来る広さがあった。
すでにほとんどの人が揃っていたが、気のせいか、ルーラにはみんなからよそよそしさを感じた。まるで互いに監視し合っているようだ。
(もしかして、魔導人のことをみんな気にしているのかな?)
「先ほどはお世話になりました。これはお約束のものです」
ボーンヘッドとアーシュラに声をかけながら、ベルダネウスがワインを二本テーブルに置いた。
「ありがたい、遠慮なくいただくか。あんたもどうだ」
さっそく栓を抜いたボーンヘッドが、ベルダネウスに勧める。
「毒味役ですか。喜んで」
グラスに最初の一杯をつぐと、軽く香りを楽しみ、口にした。
ベルダネウスが間違いなく飲んだのを確認すると、ボーンヘッドはそのまま瓶に口を付けて中身を口に流し込む。
「ワインの楽しみ方を知らないのかしら」
アーシュラはスープをよそい終えたセシルに
「これをみんなに一杯ずつさし上げて。私からのおごりよ」
「かしこまりました」
会釈してセシルはワインを受け取った。
(やっぱり、みんな注意している)
ボーンヘッドもアーシュラも、自分がワインを最初に口にするのを避けた。
見回すと、フィリスの姿が見えない。どうしたのかとセシルに聞くと
「フィリス様は素泊まりなので。ご自分で食事をとっているのでは?」
という答えが返ってきた。
確かに、部屋のストーブを使えば簡単な料理ぐらいは作れるだろう。だが、ルーラは彼女が借金取りから逃げているという話を思い出した。とすれば、食事代を払えないという可能性もある。
「彼女も呼んだ方が良いんじゃない」
隣のベルダネウスに言った。
「口約束とはいえ、契約するつもりなんでしょう。あたしと同じ食事込みの契約で」
「……いいだろう。料理の追加は私がしておくから呼んできてくれ」
既に外はうす暗い。ルーラが食堂を出て二階に上がると、マスカドルが廊下のランプに火を入れて回っていた。
「ご苦労様です」
「いえ、二階のランプ全てを付けるなんて初めてですよ」
見るとランプは部屋の扉の脇にひとつずつあった。ランプが付いているかどうかで空き部屋かどうかの区別をつけているのだ。
最後のランプに火を入れると、彼はセシルの手伝いをするために階下へ向かう。部屋数と同じランプの光で、廊下は充分なまでに明るくなっている。
ルーラがフィリスの部屋のドアをノックする。
「フィリスさん、ルーラです」
「何ですか? どうぞ」
ドアを開けると、フィリスは炭火ストーブでパンをあぶっていた。
「食事のお誘いです。下でみんな待ってますよ」
「でも、私は素泊まりですから」
照れくさそうな彼女に、ルーラが笑みを向ける。
「ザンと契約するんだから大丈夫ですよ。彼は食事込みで護衛を雇うから。護衛を空きっ腹にさせるほどザンは馬鹿じゃないから」
「それなら、お言葉に甘えようかな」
「それがいいわよ。ザンの出す給金って、ハッキリ言って安いから、こういうことで良い思いしておかないとね」
「護衛の食費などには、あまりこだわらない人なんですか?」
「こだわるわよ。自分に跳ね返ってくるから」
「え?」
ルーラが椅子を引き寄せ、勝手に腰掛ける。少しの間とは言え、一緒に働くとなっていくらか遠慮がなくなっていた。
「あたしは護衛の他に、使用人としての契約も結んでいるの。それで、野宿の時はあたしが食事作るんだけど、それが口に合わないとすごい文句言うのよ。最初の頃なんかひどかったわよ。ザンは海の物が好物なんだけど、あたしは山育ちなものだから、うまく料理できなくて、散々ケチつけられたの。それでつい、言っちゃったのよ。『どう料理したら美味しくなるのかわからないんだもの』って。そしたら、どうしたと思う?」
フィリスは首を傾げた。
「行く先々で、美味しい料理の店に連れてってくれたの。代金は全部ザン持ちで」
「どうして?」
「うまい料理とは、どういう料理なのかを舌で教えてやるんだって。それで、いろんな所行って、いろんな料理食べさせられて、それらの料理の作り方を聞かされたの。もちろん馬車で作るものは材料も調理器具も限られているけど、参考になるだろうって。おかげで、最近になってようやくザンに文句が言われなくなったわ」
呆然とするフィリス。
「変わった雇い主ですね。そこまでする人を私は知りません」
「もしかしたら、フィリスさんも食事の準備させられるかもよ」
フィリスの表情に不安が浮かぶ。
「大丈夫でしょうか。私も、多少の料理はできますけど。ベルダネウスさんを納得させられるかは」
「だったら、それを口実に美味しい料理をごちそうになればいいわ。とにかく、将来のごちそうよりも、今のごちそうを食べに行きましょう。どうせ払いはザンだから」
二人が部屋を出ようとすると、フィリスが迷うように
「ルーラさん、ひとつお聞きしたいことがあるのですが」
「何?」
「ベルダネウスさんとあなたの関係です。雇い主と護衛と言っていましたが、それとは別に個人的なお付き合いをされているのでしょうか?」
途端、ルーラが赤くなって
「い、いや。そんなことはないけど。どうして?」
「だって、護衛や使用人が、雇い主を名前で呼び捨てにするなんて考えられません」
「呼び方だけよ。あたしはもう一年近くザンのところで働いているから、彼にその気があるのなら、とっくにあたしに手を出しているわ。ザンは、あたしのことを女としては見てくれないの」
表情に陰りを見せたルーラの姿に、フィリスは言葉に詰まった。
「ごめん、辛気くさくなっちゃったね。ごはん食べに行こう。お腹空いちゃった」
ルーラは大げさに笑うと、フィリスの前に立って歩き始める。
「あの……私も何か言えるほど恋愛経験はありませんけど、男の人はとても大切な女性には手荒なことは出来ないと聞いています。だから……」
「ありがとう」
振り返った見せたルーラの笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
ルーラがフィリスを連れて食堂に戻ったとき、すでに食事は始まっていた。
みんなの緊張を何とかほぐそうと、マスカドルもセシルも料理を運ぶ度に声をかけ、しきりに会話を引き出そうとする。
「マスカドルさん達も大変ね」
ルーラがベルダネウスにつぶやいた。
ここでの二人は衛視であると同時に、客をもてなす宿の主人でもある。
「クレイソンのこともあるし、衛視としての顔をもっと出しても良いと思うが」
スープを終えたベルダネウスが、軽く口を拭く。
「もっとも、これが二人の手かもしれない」
「え?」
「命を取り留めたとはいえ、親友を殺そうとした魔導人がこの中にいるかもしれないんだ。本音は、全員を厳しく取り調べたいところだろう。しかし、全員を逮捕するわけにはいかない。そこで、こうして誰がそうなのかを見極めようとしているのかもしれない」
言われてみれば、マスカドルもセシルも、表面は笑顔を向けながら、抜け目なく相手を観察しているようにも見える。
(そうね。二人はプロの衛視だもの)
「もっとも、二人は宿の主人であってくれた方が私にとってはありがたいがな」
料理はなかなかのものだった。キノコとコーンのクリームシチュー、鹿肉のステーキ、山菜とタニシのサラダに、野いちごのジュース。パンは焼きたてが出てきた。
正直、詰所で出てくる食事というのは、とりあえず腹に入ればよしというようなものが多いだけに皆が驚いた。
「ここにいると食事が一番の楽しみになってしまって。自然と凝るようになったんです。出来れば牛を飼いたいんですが」
マスカドルが照れくさそうに言う。
「けど、二人だけでは大変でしょう。衛視としての仕事もあるし」
「皆さんが思っているほど大変ではありません。出入りの人たちのチェックも一通りなものですし。雪で見えないでしょうけど、国境だって目印の杭が打ち込まれているだけです。まあ、アクティブとの仲が友好だからこそですけどね」
「その気になりゃあ、簡単に密入国できるな。こんな天気でなけりゃだが」
ボーンヘッドがワインのおかわりを頼んだ。ベルダネウスからもらったワインはとっくに空になっている。
「そうでもないですよ」
マスカドルが言った。
「道を歩いていると気づきませんが、ここらの山は熊や狼が出る上、結構険しいんです。どうしても、この道を通ることになります」
「じゃあ、やっぱり魔導人は、ここに逃げ込むしかないわけね」
アーシュラの言葉に、皆の食事をする手が止まる。
「また、その話ですか」
「いいじゃない。私は知りたいわ。この中の誰が魔導人なのか。お二人だって、大事なお友達をあんな目に遭わせたのは誰なのか、知りたいでしょう」
アーシュラが面白そうにマスカドルたちを見た。彼とセシルは、肯定も否定もしなかった。
「ボーンが死んだ以上、その魔導人は私にとって貴重な研究対象よ。このまま気づかずにすれ違いっていうのは避けたいわ」
「けどよ、誰が魔導人かわかったとしても、そいつはボーン殺しの犯人、あの衛視を殺そうとした犯人として捕まるんだぜ。わかっているのか?」
「わかっているわ。でもね」
彼女が魔玉の杖を軽く握ってみんなに見せた。
「実力行使……ですか?」
マスカドルが緊張し、思わず身構えた。
「まさか、この国の衛視隊を敵に回すほど馬鹿じゃないわ。そりゃあ、私としては魔導人を保護してあげる代わりに、いろいろ調べさせてもらいたいけどね。でも、それをするといろいろややこしいことになりそうだから諦めるわ。だから安心していいわよ」
微笑みかけられても、マスカドルの緊張は解けない。
ルーラにも、アーシュラの言葉が本当だとは思えなかった。むしろ、保護してあげるからこっそり自分に助けを求めるように促しているとも取れる。
「まったく、みなさんはどうしてこう悪い方に考えるんですか?」
マスカドルが言う。
「キリオンが殺されかけたのは事実ですが、何度も言うようにその犯人がここにいるとは限りません。厳しいのを承知で山越えをするかもしれない。私たちが気がつかなかっただけで、この詰め所を素通りして国境を越えたのかも知れない」
「確かに。俺だったら多少危険でも山越えをするか先に進むな。衛視を殺しておいて、衛視の詰所に逃げ込むなんざ間抜けすぎる。でなけりゃ、あの衛視がここに担ぎ込まれた時点で荷物持って逃げだしているぜ。雪は激しいが、まさか他の連中をほったらかしにしてあんたが追いかけてくるとも思えない。あるいは逃げたふりして馬小屋の隅にでも潜り込むか。幸いにも馬車が二台もあるしな」
ボーンヘッドが言った。
「けどよ、それを衛視であるあんたが言うとはね。敵討ちとばかりに、俺たちを全員拘束するぐらいはするんじゃねえかと思ったがな」
「そりゃあ、確かにキリオンをあんな目にあわせた犯人は憎いです。でも、無実の人たちを犯人扱いして苦しめるわけにはいきません」
「犯人がいるかも知れないってだけで片っ端から足止めするわけにはいかないってか。お優しいこって」
「……町には、あなたみたいな衛視は少なかった」
フィリスが寂しげに言った。
「あまり、衛視には向いてないって言われます。でも、それでも私はここでは衛視です。場合によっては、皆さんは私の指示に従ってもらいます」
胸を張って一同を見回した。ルーラにはそれが虚勢に見えた。こんなことを言っているが、実際にここにいる人達が抵抗を始めたら、彼とセシルだけではとても押さえきれないだろう。
ソーギレンスとエクドールだけが、話題に加わらず黙々と食事を続けている。
何だかんだ言いながら、料理は次々とみんなの腹の中に消えていく。
デザートのリンゴの蜂蜜がけがみんなの腹に収まり、ほっとした空気が流れ始めた頃だ。
詰所中に、セシルの悲鳴が轟いた。
「何だ?」
ボーンヘッドとフィリスが剣を手に立ち上がる。
マスカドルがエプロン姿のまま食堂を飛び出した。ボーンヘッドがそれに続く。
「ルーラ、先に行け。フィリスは私と一緒に」
精霊の槍を手にルーラがマスカドルに続く。ベルダネウスは食堂に残った人たちの反応を確かめた。
アーシュラが魔玉の杖を手に油断なく周囲を見、エクドールは何かに怯えるように座ったまま震えている。
ソーギレンスは目を閉じながらゆっくり水を飲み
「……あの叫びには死を感じさせる……」
とつぶやいた。
「ベルダネウスさん」
フィリスが剣の柄に手をかけたまま指示を待つ。既に彼女はベルダネウスの部下として動くつもりでいる。
「いくぞ」
ベルダネウスはゆっくり立ち上がると、フィリスを伴ってその後を追った。
食堂向かいの談話室。その隣に衛視達の控え室がある。そこをのぞくと、奥の寝室に通じる扉の前で、真っ青になったセシルがマスカドルに支えられていた。床には皿が割れ、スープが床に広がっている。寝室への扉は開いており、その前でルーラとボーンヘッドがどうしたものかと困ったように立っていた。
「何があったんです?」
控え室に入るベルダネウスとフィリス。
「キリオンさんが……」
力無く部屋を指さすセシル。ルーラとボーンヘッドが無言で道を開け、ベルダネウスを通した。
寝室は二段ベッドと炭火ストーブがあるだけの小さな部屋だ。
下のベッドには人が寝ているらしい膨らみがあり、頭の部分はすっぽりと毛布が被せられていた。そして、その毛布には手斧が突き刺さり、毛布を真っ赤に染め上げていた。
「僕が確かめます。セシルを見ていてください」
マスカドルがベルダネウスを押しのけるようにして寝室に入る。
みんなの見ている前で毛布をめくるとクレイソンの顔が現れた。その表情は目を大きく見開いた状態で固まっていた。
マスカドルはさらに毛布をめくろうとするが、手斧が引っかかってめくれない。
ボーンヘッドが中に入ってきた。
「抜くか?」
「……お願いします」
ボーンヘッドが手斧の柄に手にかけ、力を入れて引き抜く。その刃先は血でべっとりと濡れていた。
マスカドルが無言で毛布をめくる。そこに何があるのかがわかっていながらも。
そこには、想像したものがあった。
毛布越しに手斧で喉を叩き斬られたクレイソンの姿。すでに死んでいるのは一目でわかった。
マスカドルの口から嗚咽が漏れる。それは次第に大きくなり、ついには絶叫となって詰所に響き渡った。
さすがに二度目の絶叫に、他の人たちも何事かと集まってきた。二階で食事をしていたファディールの姿も見える。
眠っているところを殺されたせいか、クレイソンの死顔はそれほどひどくなかった。一撃を受けたときに開いたらしい目を、ボーンヘッドがそっと閉じてやる。
思いっきり叫び、何度も深呼吸したマスカドルは皆に食堂で待っているように指示した。
二階の部屋で横になっていたエリナも呼ばれ、詰所にいる全員が食堂に集まった。
既に何が起こったかは皆が聞いていた。
「皆さん、既にご存じの通り、私どもの部屋で横になっていたクレイソン衛視が何者かによって殺害されました。路上で彼を襲った犯人は不明ですし、ここにいるかどうかも疑問でしたが、今回、彼を殺害した人物は間違いなくここにいます。私どもは、誰が犯人かを突き止めなければなりません。協力をお願いします」
言葉はお願いだが、口調には有無を言わせぬものがある。その顔は、先ほどまでとは違う。明らかに衛視の顔だった。
それとは対照的なのがセシルだ。食堂に連れてこられて、少しは落ち着いたかと思えばいきなり泣き出し、そのまま何もしようとしない。衛視の制服を着ているだけに、その姿からは哀れさよりも腹正しさを感じさせた。
「だらしねえ。こんなのがこの国の衛視かよ」
吐き捨てるように言うボーンヘッドに、ベルダネウスが答える。
「親友が殺されかけて、何とか助かったと思ったらこれですからね。衛視と言えども人間です。無理もありませんよ。特にセシルさんは、形式だけの衛視ですし」
「ええ、でも、たとえ形だけでもセシルは衛視です。わかっているね」
マスカドルに言われて、セシルは頷く。
「わかったら、記録を取るんだ。皆さんの証言をまとめ、犯人を見つけるためにも大事なことだ。紙とペンを持ってくる」
マスカドルは控え室に行こうとして
「すみませんが、ボーンヘッドさん、フィリスさん、ルーラさんは一緒に来ていただけませんか。傷の検証をして欲しいのです」
ルーラとフィリスがベルダネウスが頷くのを確認してから控え室へと向かった。
寝室に入った三人は、マスカドルに促される形でクレイソンの遺体を改めて見る。
「みなさんは戦いで糧を得ていることから、傷などについても詳しいでしょう。意見をお聞かせ願えませんか」
「ひでえもんだ。毛布を被せて、返り血を浴びないようにして斧で一撃か。もがくわけでもないし、やるのは簡単だったろう」
穴の開いた毛布を手に、ボーンヘッドが言った。フィリスはクレイソンの喉の傷を見て
「確実に仕留めるためでしょうか、二回叩いていますね。もっとも、最初の一撃で十分だったでしょうけど」
死体は見慣れているのか、冷静に分析する。
ルーラもそれを確かめた。護衛という仕事上、ルーラも山賊などとの戦いを幾度も経験しているし、死体も見たことも自ら死体を作ったこともある。あまりいい気持ちではないものの、目を背けるほど不快感に縛られることもなかった。
「マスカドルさん、この斧は?」
「薪を割るために用意してあるものです。裏に立てかけてあったはずですが」
「つまり、その気になれば誰でも持ち出せたわけですね」
「誰!?」
人の気配を感じたフィリスが振り向く。
部屋の入り口にソーギレンスが立っていた。
「死者に祈りを捧げたいが、よろしいか?」
「確かに、ここはあんたの出番かもな」
ボーンヘッドが肩をすくめて、道をあけた。
ソーギレンスの歩き方は、まるで幽鬼のようだった。他の人を無視してクレイソンの遺体の前にひざまずく。
手を組んでなにやら祈りをつぶやいてはいるが、ルーラ達には小声すぎてよく聞こえない。
「この男、思い残すものがあるな」
祈りを終え、顔を上げたソーギレンスが言った。
「まさか、未死者化するなんて言わねえだろうな」
ボーンヘッドの言葉に、ルーラが青ざめた。
未死者とは死んだ人が何らかの形で甦った者の総称である。甦る形で、その呼び名は変わる。例えば、ほぼ死んだ姿のまま、肉体をもった状態の未死者は「不死人」と呼ばれる。肉が腐り落ちて骨だけの状態ならば「不死骨人」、肉体を持たず、意識だけの状態で甦った者は「幽霊」と呼ばれる。
未死者自身発生数が少なく、ほとんどの人が、未死者を知識だけの存在として一生を終える。ルーラもまだ実際に未死者を見たことはない。
「わからぬ。すべてはこの者次第。念のため、未死者封じの紋を記しておく」
ソーギレンスは、クレイソンの遺体の胸をはだけると、針で自分の指を傷つけた。その血をインク代わりに彼の胸にバールドの紋様を描く。
「これで、未死者化の心配はないの?」
ルーラが聞くと、ソーギレンスはゆっくりと首を横に振り、
「わからぬ。この者の未練が私の力を上回っていれば、紋の呪縛を破り未死者と化すであろう」
「おいおい、頼りねえな」
「すまぬ。何分、私は修行中の身」
一礼すると、ソーギレンスは部屋から出ていった。
その後、マスカドルは部屋を隅々まで調べたが、犯人を示すものは見つからなかった。
「やっぱり、犯人はキリオンを殺すことが目的だったんだ。治癒魔導が効いている間は眠り続けることが分かっていたから、特に難しくはなかったはずだ」
ルーラはふと思いつき、窓に手をかけた。あっさりと開く。
「マスカドルさん。この窓に鍵はかけてありましたか?」
「かけてましたよ」
「だったら、犯人が開けていったんですね」
外を見ると、ルーラの予想通り、すぐ下には誰かが通ったらしい跡がついていた。先ほどベルダネウスとフィリスの勝負の時に見たものだ。
「犯人は外に逃げていったみたいですね」
ルーラの頭を押さえて、ボーンヘッドが外を見る。
「なるほど、出たときに誰かに見られたから大変だからな。入るときは様子は伺えても、出る時はそうはいかねえ。部屋から顔を出しているのを見られただけでも命取りだ。ここから外に出れば大丈夫ってわけか」
「この跡は、フィリスさんとザンが戦ったときにはついてたわ」
「どういうことです。お二人が戦っていたというのは」
マスカドルが顔を険しくした。
「そうか、お前さんは飯の支度でいなかったんだっけな」
ルーラは、簡単にフィリスとベルダネウスが戦うことになった経緯を説明した。
「そういうことは控えてください。何かあったらどうするんですか。終わってしまったことは仕方ありませんが、これからは僕に一言言ってくださいよ」
「わかっているって。いい加減戻ろうぜ。食堂の連中も退屈しているんじゃねえのか?」
そう言うと、ボーンヘッドはそそくさと控え室を出て行った。それにつられるように皆が食堂に戻ると、まだ顔色の悪いセシルがみんなに暖かい紫茶を配っていた。
「大丈夫か?」
「ええ。何かしていた方がいいの。皆さんもどうぞ」
顔を曇らせるマスカドルに、ぎこちない笑顔で答えるセシル。
「俺は酒の方が良いな」
言いながらも、ボーンヘッドは紫茶を受け取り手近な椅子に腰を下ろす。
「どうだった?」
ベルダネウスに聞かれ、ルーラは簡単に現場の状況を話した。マスカドルも説明が省けると思ったのか、彼女の発言を邪魔しない。
説明が終わると、ボーンヘッドか空のカップをセシルに返し
「とにかく、これで決定的になったな。ここにいる連中の中に、魔導人がいるって事が」
「クレイソンを殺したのは、目覚めたときに自分の正体がばれるのを恐れたからでしょうね」
「あなた方の落ち度だ!」
アーシュラの言葉を遮るようにエクドールが叫び、マスカドルとセシルを指さした。
「ちょっと考えれば分かるはずだ。魔導人が、自分の正体を知っているあの衛視をそのままにしておくはずがないって事に。
ここにいる魔導人は、ただの魔導人じゃないんですよ。生みの親を殺したんだ。心がいかれている失敗作なんだ。生みの親のみならず、自分の正体を知った衛視をも殺している。もしも、自分の存在を隠すために、ここにいる人を皆殺しにしようなんて思っていたら」
言い返したいのを必死に耐えようとするマスカドルに対し、セシルは、ただただ身を強張らせて沈黙するだけだ。
「その可能性は否定できませんね」
ベルダネウスが同意した。その上で
「しかし、確かにクレイソンさんが私たちに発見され、治癒魔導を受けて生き延びたことは魔導人にとって予想外でしたでしょうが、彼は話によると丸一日は眠っている可能性が高い。そうですね」
ファディールとアーシュラが揃って頷いた。
「だとすれば、下手に動くよりも翌朝、彼の目が覚めないうちにさっさとここを出た方が良い。彼を殺したことで、却ってマスカドルさんたちが私たちをここに拘束する理由を作ってしまった。時間が経ってワコブとの連絡が付くようになれば魔導師連盟や衛視隊の応援も来るでしょう。そうなったらお終いです。
魔導人にとって最善の策は何もせずにじっとしていることだったはずです。しかし、既にクレイソンを殺してしまった。こうなったら無事にここを脱出する方法、といいますか脱出する時間を稼ぐ方法はただひとつ。この場にいる全員を殺してしまうことです」
フィリスも訳がわからないと言いたげに首を振った。
「そうですね。どうして彼を殺してしまったのか。案外、魔導人自身、今自分のしたことに呆れているのかも」
「別に不思議でもねえだろう。時々、ベルダネウスみたいに理詰めで考える奴がいるけどよ、人間ってのはいつでも落ち着いて最善の策を実行するわけじゃねえぜ。なんでこいつはこんな馬鹿な事をしてんだってのを俺はしょっちゅう見てきた。俺自身、なんであんなことをしたんだって頭を抱えたことが嫌になるほどある。
奴にとっちゃ、自分にとってやばい奴が目の前にいる。何とか口を封じないとってので頭がいっぱいだったんだろ」
「だったら逃げれば良かったのに」
「ボーンを殺すことで覚えちまったんだろうよ」
「何を?」
「決まってるじゃねえか。邪魔な奴を殺して身を守ることをだよ。この手の守り方は一度やったら癖になんだよ」
「とにかくやばいって事でしょう!」
エクドールの剣幕は止まらない。その矛先は相変わらずマスカドルたちに向けられる。
「あんたたち、どう責任を取る気ですか!? 少しでも責任を感じているなら、さっと魔導人を見つけて捕まえてください! それでも衛視ですか」
「落ち着いてください。あなたは商人でしょう。商人ならば落ち着いて事態を把握し、どうすれば自分の利益になるかを考えるべきです。怒鳴ることがあなたにとって利益につながるんですか?」
ベルダネウスが答えた。
「確かにクレイソンさんを殺されたのはマスカドルさんたちの失態でしょう。でも、彼らはこの詰所の管理人でもある。ましてこれだけの人数が泊まっているんです。雪と魔導人のことで誰もが一抹の不安を感じている。それを少しでも和らげようと美味しい料理を提供することに力を注いだのです。それに、クレイソンさんが寝かされていた控え室は厨房の目の前にあります。襲う立場から考えれば、これは大きな障害です。彼が丸一日は眠っているだろう事はロビーでの治療を通して聞いているでしょうから、それを合わせて考えれば」
「それでも殺されたのは事実です!」
エクドールの剣幕は止まらない。
「あなた方のやるべき事は、一刻も早く魔導人を見つけて処分することです」
その強い口調にマスカドルも不快を覚えたのか
「僕たちだって、自分のやるべき事ぐらい分かっています。キリオンを殺した犯人は必ず見つけ出します」
「そんな悠長なことを。早く魔導人を見つけないと、どうなるかわからないでしょう。何しろ、相手は人間じゃないんですよ!」
「人間の方が恐ろしいわ」
フィリスが言った。
「これをしてもいい。こうするのが当たり前って大義名分を得た人間は、信じられないぐらい冷酷なことを平気でするわ。ここにいる人の中にも、誰が魔導人かわからなければ自分以外の全員を殺せば安全だ。なんて考える人がいるかも」
みんな心当たりがあるのか、沈黙が流れた。
暖炉の木のはぜる音が、やたら大きく聞こえる。
「とにかく、誰が魔導人なのかをハッキリさせないと」
ファディールの言葉に、ソーギレンスがうなずいた。結局はそこに戻るのだ。
「魔導人は人にあらざるもの。そのようなものの存在を認めては、生死の境を揺るがすことになりかねない」
「でもどうやって? 魔導人が素直に名乗り出るとは思えません」
「女だな」
ボーンヘッドが言った。
「魔導人を作ったボーンって奴は男なんだろう。だったら、魔導人は女で決まりだ」
「その根拠は?」
「男が男を作って何が面白いんだ。俺が奴の立場だったら、色気たっぷりの女として作るぜ。はべらして楽しいからな」
ちらとフィリスとアーシュラを見た。
「勝手に女と決めないで下さい」
「同感ね。それに、魔導人は人じゃないわ。魔導生物よ……今の段階ではまだ魔導人形かもしれないけど」
アーシュラがあからさまに不愉快の目を示す。
「とにかく、ボーンが魔導研究の一環として魔導人を作る以上、そんな下心はないわ。むしろ、作りやすいように自分がよく知っている性別を題材に選ぶはずよ。そして、充分な記録を取ってから女など異なる形の者を作り、研究成果を広げていく。しかし、まだボーンの研究はそこまで行っていないと思うわ。
だから、私は魔導人は男だと考えるわ。問題は、どういうタイプの男かね。結構こういうのって、その人の願望が出て来るものよ。ボーンは、若い頃は剣士に憧れていたって聞くわ。それに、魔導師の男って屈強な体に憧れる人が多いのよね」
「な、何だよその目は」
ボーンヘッドが自分を見つめるアーシュラに言った。
「だいたい私は魔導師よ。ただの魔導人が魔導を使えるはずがないでしょう」
「そうとは限らねえぜ。むしろ自分の中の魔力を使って、人間の魔導師よりもうまく魔導を使うかもよ」
睨み合う二人にルーラはうんざりしてきた。少しでも話を変えようと
「ザンはどう思う?」
じっと耳を澄ませているだけのベルダネウスに聞いてみる。
「……魔導人が誰であろうと、これ以上犠牲者が出るのを防ぐだけなら難しくない」
「どうやって?」
皆が視線をベルダネウスに向ける。
「何もしないことです。殺した動機が、自分が魔導人だと知られるのを恐れたというならば、正体が知られる可能性がなければこれ以上の殺人はしない。だからこのまま何もせず、吹雪が止み次第、皆がここを出るんです。もちろんマスカドルさんはそれを邪魔しない。へたに詮索すれば却って危険が増える」
「それはいいです」
エクドールが笑顔になる。
「進んでやっかい事を背負うことはありません。このままじっとして、吹雪が止むのを待ちましょう」
「しかし、それではキリオンさんを殺した奴をみすみす見逃すことになります」
セシルが異議を唱えた。
「……衛視として、それは出来ません」
「死体を見て震えていたにしては、仕事熱心なことを言うじゃない」
アーシュラの言葉に、セシルは口をつぐむしかなかった。
「あなたの立場としてはそうでしょうが、私達はどうなるんです。へたに魔導人を刺激して、私達まで危険にする必要はないでしょう。吹雪が止むまでは逃げることも出来ないんですよ」
まくし立てるエクドールに、ボーンヘッドがうなずく。
「そりゃそうだ。魔導人を捕まえたところで、俺たちには一ディルの得にもならねえ」
「いえ、捕まえられれば大もうけが出来ますけど、今はそんな危険を冒す時じゃないですよ」
その言葉に、ボーンヘッドが反応した。
「なんだ、その大もうけってのは? 魔導師連盟から謝礼でも出るのか?」
「謝礼なんてたかが知れてます。それよりも力玉ですよ」
その言葉に、一瞬ルーラが反応した。ちらとベルダネウスを伺うが、彼は落ち着いたように紫茶を飲んでいる。
「力玉って、魔導人が心臓がわりに埋め込んでいるってやつか」
「そうです。力玉はものすごい高値で取引されるんです。封じ込められている魔力の強さにもよりますけど、数百万はくだらないとか」
「そう、魔導人が動くための魔力の源よ。残っている魔力にもよるけど、魔導人の源に出来るほどの力玉なら、まず一千万、捨て値で売っても八百万ディルにはなるわね」
アーシュラの言葉に、ボーンヘッドの目の色が変わった。
八百万ディルは、住む町の物価にもよるが、特に贅沢をしなければ五人家族が十年は生活できる額だ。
「おい、確かめるが、魔導人は魔導師連盟が禁止しているんだな」
ボーンヘッドが確認するように聞いた。
「ええ。それが何か?」
ファディールが身を引きながら答える。不吉な予感を覚えているらしい。
「ということは、魔導人を捕まえてぶち殺しても、罪にはならねえって事だな」
「……少なくとも、人殺しにはなりませんね。魔導人の動き次第では特に」
「奴は人を二人も殺しているんだぜ。十分危険な存在じゃねえのか」
一同を見回すボーンヘッド。彼が何を考えているのかは、誰の目にも明らかだった。
「そういうことは口にしない方が良い。魔導人がどんな行動に出るかわからないですよ」
「そうなったら、誰が魔導人なのか調べる手間が省けるぜ。俺を襲ってきたら、返り討ちにしてやる」
ベルダネウスの忠告も、ボーンヘッドには一向に耳に入らないようだ。
「いいかげんにしてください!」
一同の言葉が止まった。有無を言わせぬようなマスカドルの一声である。
「忘れないでください。いくら宿も兼ねているとはいえ、ここはスターカインの国境を守る詰所なんですよ。ましてや、こんな事態です。勝手なことは許しません。ここは私の指示に従ってもらいます」
彼の叫びは微かに震えていた。
【次章予告】
人殺しという手段によって疑惑は確信へと変わった。
皆が集まり、情報が集められる。
いつ殺されたのか?
その時、誰は何をしていたのか?
誰もが自分の無罪を、誰かの有罪を証明しようとする。
果たして魔導人は誰なのか?
次章【六・その時にしていたこと】
聞き込みは真実への第一歩