表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

【四・女剣士の売り込み】

   【四・女剣士の売り込み】


 食事までの時間、ベルダネウスはエクドールの部屋でお互いに情報交換をす

ることにした。どこの国でどのようなものが流行っているのか、どんな税がか

かるのかなどを知るのは、商人にとって重要なことだ。

「オームリバーの通行税がまた上がったんですか。昨年上げたばかりでしょ

う」

「昨年は昨年、今年は今年だそうですよ。陸路を使うとなると山賊対策やらで

いろいろ出費がかさむし、もうあちらへ行くのは止めようかと思ってます」

「しかし、イナセの反物を諦めるのは惜しいですよ。あれは良いものです」

 話ながらも、エクドールはルーラの方をちらちら見ている。興味本位なの

か、警戒しているのか彼女には判別できなかった。

 気を利かせるつもりで、ルーラはベルダネウスに断って部屋を出た。

 一階のロビーではボーンヘッドが一人で酒を飲んでいる。一緒に飲まないか

と誘う彼を横目に、そのまま外に出た。

 まだ日は沈んでいないにもかかわらず、空は厚い雲が日の光を遮り夜のよう

な暗さを作り出している。ルーラを中心に光が集まり辺りを照らし始めた。

 雪は相変わらず降り続け、ワコブやアクティブに通じる道を埋めている。来

るときに雪を吹き飛ばした道も、新たに積もった雪が、膝近くまで積もってい

た。

「やっぱり変だわ。こんな季節にこれだけ積もるほど降るなんて」

 ルーラは精霊の槍を両手で構えると、精霊石に意識を集中して雪の精霊達に

語りかける。この季節外れの吹雪が、どの程度で収まるのかを知りたかった。

 だが、彼女の問いかけに、雪の精霊達は答えようとはしなかった。

(答えて。確かにあたしはこの土地に留まっていないからあなたたちにはなじ

みのない精霊使い。けれどもこうして通じ合えるし、いざというとき精霊使い

の掟に従い、あなたたちのために働く気持ちがあるわ)

 精霊たちからの答えはない。しかし、わずかな揺らぎ、答えるべきかどうか

の迷いが感じられた。

(……あなた達、わざと雪を降らせているわね。どうして?)

 間を置いて精霊達が答える。

(……逃がさないって……誰を逃がさないの? ……まさか、魔導人?!)

 それに対する返事はなかった。さっきの返事も仕方なく答えたという感じ

だった。

「……どういうこと?」

 人間と精霊の認識の違いから、問いに対して頓珍漢な答えが返ってくること

はよくある。だが、精霊達が答えそのものを拒絶するのは珍しい。

 確かなことはこの雪はただ何となく降っているのではない。精霊達がある目

的のために降らせているということだ。ここに来るときに感じていたものは、

今や事実へと変わった。

「?!」

 突然、精霊石越しに奇妙な感じを受けた。精霊の気配ではない。だが、それ

は間違いなく精霊石を通じてルーラを見ているように思えた。

「誰?!」

 辺りを見回すが、それらしいものは見えない。気配もすぐに止んだ。

「……気のせいかな……」

 気を取り直すと今度は風の精霊に語りかける。彼女を取り巻くように風が舞

い、そのまま彼女を真上に飛ばす。大木や家をも吹き飛ばす風の精霊にとっ

て、人間一人を飛ばすことぐらい造作もないことだ。ただし、微妙なコント

ロールが難しい。風の精霊とは相性の良いルーラでさえ、子供の頃、木に激突

して大怪我をしたことがある。それ以後、注意して風の精霊とつき合うによう

になった。おかげで今は風の精霊の力を借りた飛行は得意技のひとつだ。

 詰所を眼下に空中に停止すると、改めて周囲を見回した。彼女を落とさない

ように、姿勢を崩さないように捲く風が彼女の髪を逆立て、服をめくり上げよ

うとする。彼女が男物の服を着ているのはこういうときに服が乱れにくくする

ためなのだ。

 激しい雪と風は視界を遮り、周囲の山はもちろん、足下の詰所すらぼやけさ

せている。下から見上げている人間がいても、ルーラの姿を確認することは出

来ないだろう。かろうじて彼女を包んでいる光がぼやっと見える程度だ。

「……雪の精霊達は、本気であたし達をここに閉じこめるつもりなの」

 自分とベルダネウスだけならば、風の精霊の力を使って無理にアクティブに

向かうこともできたが、馬車までは無理だ。それを捨てることはベルダネウス

が認めないし、ルーラもグラッシェを見捨ているなんて出来ない。

 しかし、いつまでもここに留まるのも危険だ。何しろ、自分たちはボーン殺

しの容疑者と見られているのだ。殺害されたと思われる時間とのズレで嫌疑が

晴れていたとしても、遺体の第一発見者として話を聞かれるだろう。そして、

自分たちの荷物にはご禁制の力玉がある。もしも、ボーンを尋ねた理由を追及

され、これが発見されたりしたら……。

 最悪、十年以上の禁固刑。入手先にも迷惑がかかる。それらを逃れることが

出来ても、力玉を没収されるのは間違いない。

 クレイソンが目覚める前にここを離れたかった。

 こうなると、ベルダネウスの言うとおり、彼をあのまま雪の中に置き去りに

すべきだったのではという考えも出てくる。

 だが、そんなことができるはずもない。死にかけている人を見捨てていくな

ど、彼女には出来なかった。

 冷たい風が通り抜け、思わず身震いする。

「戻ろう。そろそろザンたちの話も終わるだろうし」

 いくら精霊使いといえども、雪の中、風をまとって空に止まり続けていては

風邪を引く。風の精霊は、自分たちが吹くことによって人間が感じる寒さなど

は考慮してくれない。

 ロビーではアーシュラとボーンヘッドがカード遊びをしていた。硬貨が何枚

か積まれているのを見ると、賭けているらしい。

 ベルダネウスはまだ部屋に戻っていなかった。

「まだエクドールさんの所かな」

 彼を待つ間、炭火ストーブで部屋を暖める。

 窓ごしに外を見る。相変わらず雪は降り続き詰所を白い膜で覆っている。山

はもちろん、すぐそばの木すら見えない。

 心地よい暖かさに体が浸り始めた頃、扉がノックされた。

「はい、どなたですか?」

「フィリス・バンガードです」

 扉を開けると、女剣士が立っていた。

「ベルダネウスさんはいますか?」

「エクドールさんの所にいますけど」

「確認しますが、あなた方はワコブからアクティブに向かっているんですよ

ね」

「ええ。それが何か?」

「私を雇っていただけないかと思って」

「雇ってといいますと、護衛として?」

「はい」

 護衛は既に自分がいると言いかけたが、勝手に判断するのはまずいと考え

「とにかく、ザンに聞かないと」

 二人はエクドールの部屋に行くと、中から言い争う声が聞こえてきた。つい

ノックするタイミングを失い、会話に耳を傾ける。

《あなたの考えは甘すぎます。そんなことまでいちいち引き受けていたらきり

がない》

《私たちが顧客に売るのは商品だけではありません。商品を手にすることに

よって得られる満足感もです。だからこそ、商品自身の質が大切なんです》

《そんなものは口八丁で何とかするのが私たちでしょう》

《偽りの商品で得られた満足感が大きいほど、裏切りを知ったときの怒りと絶

望も大きい。自分を騙した商人など二度と信用しない》

《田舎の連中なんぞ、何度も商うことはない。一回こっきりの取引で信頼も

へったくれもあるものですか。売ってしまえばこっちのものです》

《そうして裏切られた人は自由商人を信用しなくなる。自分の首を絞めること

になりますよ》

《その頃には、私は儲けた金を元手に都会で商売をしていますよ》

 エクドールの口調にムッとしたルーラが、拳で扉を叩く。

 中に入ると、椅子にもたれているベルダネウスを前に、エクドールが顔を赤

くしてふんぞり返っていた。

「どうした。外で精霊の様子を見ていたんじゃなかったのか」

「そうだったんだけど」

 ルーラはベルダネウスに事情を話した。

「剣には自信があります。乗馬は無理ですが、馬車なら少しは扱えます。少し

の間でもかまいません。雇っていただけないでしょうか」

 フィリスのまっすぐな売り込みに、ベルダネウスは困ったように眉をひそめ

「私の所にはすでにルーラがいます。エクドールさんに雇ってもらったらどう

です。ちょうど、護衛もいないようですし」

 話を聞いているエクドールに目配せする。

「私は、ワコブを出たいんです。エクドールさんは、そのワコブに向かうので

しょう」

「しかし、エクドールさんも、ずっとワコブにいるわけではないでしょう。出

るのが数日遅れるだけで、特に問題だとは思いません。路銀に事欠く状態で先

を急ぐこともないと思いますが」

「……」

「ワコブにいたくない理由でも?」

 うつむき、唇を噛むフィリス。意を決したように顔を上げ

「実は、手持ちが乏しいもので、出来るだけ早く仕事と糧が欲しいんです。だ

から……」

「その割には、身につけているものは上物ですね。今、あなたが着ている服な

どは、戦いよりも夕食会の方が似合いそうですよ」

 ベルダネウスが言った。確かに、フィリスが身につけているものはどれも一

目で上等とわかる品物だ。とても傭兵の着るものではない

「これをお金にするのはちょっと……着替えもないですし」

「着替えもないというのは、相当慌ててワコブを出たようですね。借金取りに

でも追われているんですか?」

 それを聞いたエクドールが、分かったかのようにうなずく。

「確かに、へたに荷物を売ると足取りが知られますね」

 その言葉にフィリスは再び沈黙した。皆はそれを消極的な肯定と考えた。

「服を買い取ろうにも、私は代わりに売る服がない。エクドールさんはどうで

すか。彼女に合いそうな服はありませんか?」

「私もありませんね。傭兵相手の商品など儲からない。下手に商談がこじれて

剣でブスリ何てごめんですからね」

 馬鹿馬鹿しいと首を横に振る。しかし、フィリスの体を上から下まで舐める

ように見て

「もっとも、あなたがその気になれば一夜である程度の金は作れますよ」

 その言葉の意味に気がついたフィリスが拳を固く握りしめ

「私が売りたいのは服でも体でもありません。剣の腕です」

「相手が買いたいと思っているものでなければ、誰も買いませんよ。ねえ」

 最後の言葉は、ベルダネウスに向けられたものだ。

 フィリスは恐れるようにベルダネウスを見た。彼はおもむろに立ち上がり

「腕を見せてもらおう」

 言うと、フィリスの手を取った。ルーラもひょいとフィリスの手を見た。手

入れを良くしてあるのか、しっとりとした光沢のある手だった。しかし、それ

を形作っている肉は男のようにがっしりとしている。

 ベルダネウスは満足そうに頷きフィリスの目を見た。

「剣の腕を見せてもらおうか」

 フィリスの表情に喜びが浮かぶ。

「雇うかどうかはそれで決める」

「彼女と戦えと」

 フィリスがルーラを見た。確かに剣の腕を見るには戦うのが手っ取り早い。

精霊使いとはいえ、ルーラは槍の訓練も受けている。歴戦の戦士相手ならとも

かく、チンピラ相手なら負けない自信がある。

「いや、相手は私がする」

「あなたが?」

「これでも、戦いには多少の心得がある」

 本当に彼で良いのと言いたげに顔を向けたフィリスに、ルーラは無言で頷い

た。多少どころではない。ベルダネウスの鞭は、並の戦士では太刀打ちできな

い。

 ルーラの頷きに納得したのか、フィリスは腰の剣に手をかける。

「外に出ますか?」

「ああ。表で剣を振り回すのも物騒だし、裏にしよう」

 ベルダネウスがフィリスを連れて部屋を出た。後に続くルーラとエクドー

ル。裏口から外に出ると、何事かと馬小屋の馬たちが一同を見た。

 詰所の建物が壁になっているせいで雪はそれほど積もっていなかったが、相

変わらず暗かった。馬車の跡は雪に隠されていたが、人の通ったらしい跡が壁

際についている。

「ルーラ、光の精霊を」

 ベルダネウスに言われて、ルーラは光の精霊に来てもらう。薄暗い裏庭は、

たちまち昼間の明るさを取り戻した。

「雪も少し払う?」

「いや、このままでいい」

 雪の中に出るベルダネウス。馬車を入れるために一度払った雪も、新たに足

首を簡単に埋めるほどに積もっている。フィリスがそれに続く。二人が出ると

同時に、雪の降り方が激しくなった。

 雪の中、ベルダネウスとフィリスが対峙する。

「何だよこの光は?」

 精霊の光に引き寄せられるかのように、ボーンヘッドとアーシュラが詰所か

ら出てきた。

 雪の中、対峙するベルダネウスたちを見て

「何がおっぱじまるんだ?」

「金にならないことですよ」

 エクドールが鼻で笑って事情を説明する。

「そういや、俺も仕事がないんだよな」

「酒ばかり飲んでいるから仕事がこないのよ」

「いざというときのために、英気を養っているのさ」

 アーシュラの言葉をボーンヘッドは軽く流した。

 ベルダネウスがそんな二人に

「ちょうど良かった。お二人に審判をお願いしたいのですがよろしいですか。

もちろん、手数料ぐらい払いますよ。それぞれワイン一瓶でどうです」

「了解だ。用心棒の仕事は、町に行ってから探すとするか。姉ちゃんはどうす

る?」

「私はあなたのような弟を持った覚えはないわ」

 アーシュラはベルダネウスに

「当然、それなりの品なのでしょうね」

「カリーシの十年ものでは?」

 ワインとしては中の上といったところである。

「妥当な所ね。引き受けたわ」

 ボーンヘッドは酒瓶をエクドールに預けると、ベルダネウスとフィリスの間

を通って反対側に立った。アーシュラは彼と反対側に立つ。ちょうど四人で正

方形を作る形だ。

 フィリスは、これまでの間に周囲の雪を踏み固めて動きやすい足場を作って

いた。それを見たベルダネウスが満足そうに微笑んだ。

「どうするんだ、真剣勝負か?」

 ボーンヘッドがベルダネウスに聞く。

「いや、私の攻撃に対処してもらいます」

 懐から鞭を取り出すベルダネウス。

 フィリスが剣を抜いて構える。

「どうだ。どっちが勝つか賭けねえか」

 ボーンヘッドがアーシュラに聞いた。

「剣士のフィリスと商売人のベルダネウスじゃ、勝敗は見えているわ」

「そうでもないですよ」

 ルーラが反論した。

「だったら、あんたが賭けるか」

「賭けません」

 その態度に肩をすくめるボーンヘッド。

 苦笑いしながらベルダネウスが聞いた。

「そんなに賭けが楽しいんですか?」

「賭のない人生が楽しいのかい。あんたら商人だって、仕入れたモンが売れる

かは賭だろう」

「確かに」

 ベルダネウスが同意する

「ですけれど、賭をする以上は勝つための努力をします。ただ成り行き任せの

賭などする気はありません」

 あらためてフィリスを見るベルダネウス。彼女は剣を構えたままじっとして

いる。

 鞭を構えるベルダネウス。

 雪が止んだ。

 二人を見比べたアーシュラとボーンヘッドが頷き合った。

「はじめ!」

 アーシュラの合図と同時にベルダネウスの鞭が唸りをあげて、フィリスに襲

いかかる。

 その鞭先を剣ではじくフィリス。軌道を乱された鞭が身をうねらせてベルダ

ネウスの下に戻る。

 ベルダネウスの口元が満足げに緩むと、再び鞭を振るう。

 幾度となく襲いかかるベルダネウスの鞭先を、フィリスは確実に弾いてい

く。それだけではない、弾きながら少しずつ雪を踏み固め、動ける範囲を広げ

ていく。

「どうです」

 フィリスの言葉に、ベルダネウスは無言のまま二本目の鞭を取り出し、両手

で構える。

 剣を構え直すフィリス。余裕が消えた瞳は、まっすぐにベルダネウスを見つ

めている。

 二本の鞭が同時に唸った。

 上下から、左右から、わずかな時間をおいて、あるいはほとんど同時に二本

の鞭が襲いかかる。一本をかわしながらもう一本を弾いていく彼女。

 ついに一本の鞭が彼女の剣にからみついた。

 ベルダネウスがそれを引いて彼女の剣の自由を奪うと同時に、もう一本の鞭

を振るう。

 誰もが、これで終わったと思った。

 だが、フィリスは剣を握ったまま前に跳んだ。鞭にたるみを作り、剣の自由

を取り戻す。

 さらに、彼女は自由になった剣で二本目の鞭を絡み取ると雪面に突き刺し

た。

「うまい!」

 ボーンヘッドが思わず叫ぶ。これでベルダネウスは二本の鞭が使えなくなっ

た。

 フィリスも剣を使えなくなったが、彼女はかまわず腰の短剣を抜いてベルダ

ネウスに飛びかかる。

 ベルダネウスも鞭をあきらめ、手放すと同時に下がったが遅かった。

 一気に間合いをつめたフィリスは、ベルダネウスを押し倒し、短剣を彼の喉

元に当てる。

「そこまで。フィリスの勝ちだ」

 ボーンヘッドが手を挙げて宣言する。

「お見事」

 言いながら、ベルダネウスは剣先をつまんで喉元から離した。

 拍手が起こった。ボーンヘッドがこれでもかとばかりに手を叩いているの

だ。

「いやぁ、こんなところでこんな勝負が見られるとは思わなかった。勝敗は予

想通りだが、中身が違う。フィリスもすげえが、お前さんもやるな。これだけ

鞭が使えるなら護衛なんていらねえんじゃねえか」

 エクドールから酒瓶を返してもらい、乾杯するかのようにかざすボーンヘッ

ド。

「一人ではいろいろ不便でしてね。せいぜい、雇う護衛を一人減らせるぐらい

です」

 剣にからみついた鞭をほどくと、フィリスはベルダネウスを見据えた。

「雇ってくれますね」

「断るわけにはいかないでしょう。給金など詳しい内容について決めますの

で、食事の後に私の部屋に来てください」

「わかりました。私の部屋は……」

 聞くと、ベルダネウスの隣の部屋だった。

 フィリスとベルダネウスが屋根の下にはいると、再び雪が降り出した。

「どうした?」

 呆然としているルーラの頭を叩くベルダネウス。

「ザンの鞭が負けるところ、初めて見た……」

「その言い方はフィリスに失礼だぞ」

 まだ呆然としたままのルーラを連れて自分の部屋に戻ったベルダネウスは、

マントを机の上に投げた。ベッドに腰を下ろすとシャツの胸元を緩める。

「フィリスは相当剣の修行をしたらしいな」

「じゃあ、やっぱり雇うの?」

 フィリスの顔を思い浮かべるルーラ。普通の男なら、自分よりも彼女の方を

魅力的に思うだろう。

 そんな彼女の心情を見抜いたようにベルダネウスは付け加える。

「今の私に二人も雇い続けるほどの余裕はない。彼女には悪いが、契約は手頃

な町までだな」

 ルーラはほっとして硬直した顔をほぐした。

「エクドールさんからは、何かいい情報は聞けたの?」

「目新しいものはなかったな。それに、私と彼とでは相性が悪いようだ」

 フィリスと共に部屋を訪ねたとき、二人が言い合っていたのをルーラは思い

出した。

「そうそう、お前に少し興味があるみたいだったぞ」

「あたしに?」

「ああ。護衛として引き抜きたいのかも知れないな。後で声をかけられるかも

知れない、覚悟をしておけ」

 ルーラはムッとして

「冗談言わないでよ。あたしはザン以外の人に雇われる気はないんだから」

「私に固執することはない。お前なら、いくらでも幸せになれる生き方があ

る」

 唇を噛むルーラ。

「ザン……あたしは……」

 そこへ、食事の準備が出来たことを知らせる鐘の音が聞こえてきた。



【次章予告】

剣を携えベルダネウスに雇われる女剣士フィリス。

精霊たちの動きに心落ち着かぬ精霊使いルーラ。

つかの間の安らぎを美味な食事が作り出す。

食べる。それは生きる証。

食べる。それはもっとも命溢れる行い。

だが、その裏で確実に彼らの心を病ませる者がいる。

ついにそれが動き出す、ここには平穏などないと笑いながら。

次章【五・そして殺される】

さて、最初の犠牲者は……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ