【二十・魔導人は語る】
【二十・魔導人は語る】
「私が目を開けて最初に見たのは、自分を包む羊水ごしに歓喜するお父さまの
顔でした。もちろん、その時はお父さまの名前も、自分の名前も知りませんで
した。
私も今のような姿ではなく、まだ子供の姿でした。子供の姿はしていても、
持っていた力は赤ん坊以下でした。言葉も話せず、立つことも這うことも出来
ず、ものを食べるという行為も出来ませんでした。
そんな私に、お父さまは少しずついろいろなことを教えてくださいました。
立つこと、歩くこと、笑うこと、言葉の話し方や、それらのもつ意味。
本当に、いろいろなことを教えてくれたんです。その時の私にとって、お父
さまは何でも教えてくれる神でした。
動き方はお父さまが私の手を取って教えてくれましたけど、知識に関しては
違っていました。魔導陣……当時の私にとって、それはただの変な模様に過ぎ
ませんでしたけど、その中央にすえられた透明の筒に入り、羊水につけられた
んです。その中で私は眠り、次に目覚めたときにはいろいろなことを知ってい
ました。花の名前、食べ物の作り方、針仕事の仕方。こうして、私はいろいろ
なことを知りました。
初めて目を開けてからどれぐらい経ったでしょうか。十年ぐらいだとは思い
ますがハッキリしません。その流れの中、私は今の姿に成長しました。
でも、どんなにいろいろなことを教わっても、私の中には違和感がありまし
た。
何かが違う。
窓越しに見る町並み。多くの人たち。それらに対する違和感というのか、疎
外感というのか。なんだか、自分だけが置いてけぼりになっている。そんな感
じでした。
ある日、私は思いきって町に出てみたいと言いました。お父さまは困った顔
をしたものの、承知してくれました。もちろんお父様と一緒でしたが、私は外
に出て、はじめてお父さま以外の人と言葉を交わしました。少し怖かったです
けど、次第に慣れていきました。
そして、私は時々、外に出ては買い物などをするようになりました。ただ、
お父さまは家の出入りを人に見られないようにと念を押しました。用事を済ま
せたら、すぐに帰るようにとも言われました。
今にして思えば、お父さまは私の存在をあまり知られたくなかったのでしょ
う。その頃には、私はどうも、自分はみんなとは違うのではないかと思うよう
になりました。
外の人たちと言葉を交わすようになって、私とみんなとでは育ち方が違うこ
とに気がつきました。外の人たちは、学ぶのに羊水には入りませんでした。怪
我をして治すのに、体の肉を取り替えたりしませんでした。
そして、家に飾られている肖像画。若いお父さまと、私によく似た女の人。
その腕に抱かれている赤子。この赤子が私でないのはわかっていました。で
は、この赤子は誰なのだろう。私は一体誰なのだろう。
お父さまが私を見る目も気になりました。外で時々見る、親が子供を見ると
きの目とは違うのです。なんて言うのか……かわいらしい人形を見るときの目
に似ているのです。
そんな思いがありながら、私はお父さまにそれを聞くことをしませんでし
た。聞いたら、全てが終わってしまうような気がして。
私がウッディと出会ったのは、そんなときでした。
困っているときに私を助けてくれた。そして助け続けようとしている。もち
ろん、それは衛視が民を守るものだったのでしょう。でも、用事を済ますため
に最低限の会話しかしてこなかった私にとって、彼はお父さまに次ぐ存在と
なっていったのです。
それから、私は外に出るたびに彼を訪ねました。彼と一緒にいると、とても
安心できたんです。楽しかったんです。彼はいろいろなところに連れて行って
くれました。そして、私は羊水につかり、魔力を通さずに何かを学ぶことを
知ったんです。
それに伴う私の変化を、すぐにお父さまは気がつきました。
そして、私はお父さまに全てを話しました。
私は怖れました。もしかしたら、もう彼と会うことは出来なくなるのでは
と。でも、お父さまは困った顔をしましたが、彼と会うことを許してくれまし
た。しかし、その条件として、彼と会っているときの様子を逐一報告させられ
ました。特に、彼が私に対してどう接しているかなどを聞きたがりました。
お父さまは、彼が私を人間でないことに気がつくかどうかを知りたがってい
たんです。人間が普通に接しても気がつかないほど、私が人間に近いのかどう
か。
私はまだ自分は人間だと思っていましたから、お父さまの許しを素直に喜び
ました。ただ、私から話す内容については色々と禁止されました。もちろん、
私が人間ではないことを彼に知られないため、私に悟られないためです。
そして、私は彼に結婚を申し込まれました。
私はそのことをお父さまに言いました。私は既に結婚の意味を知っていまし
たから、私も彼と結婚したいと言ったんです。
それを聞いたお父さまは不思議な顔をしました。怒っているような、悲しん
でいるような。そして、しばらく考えさせてくれと……。
三日後、お父様はとてもうれしそうでした。私は結婚を許してくれるのだと
喜びました。しかし、お父さまの喜びは別の所にあったんです。
自分の作った魔導人は、人間の男がそれと気がつかずにつき合い、愛し、結
婚を望むほどの完成度だと。
そして、私は自分の正体を聞かされたんです。
私は人間じゃない。魔力で動く、ただの魔導人……。
お父さまが、自分の妻と娘を模倣して作った、ただの肉人形……。
それでも、お父さまが私を妻や娘のように扱ってくれたら、まだ良かったか
もしれません。いえ、私を作った当初は、お父さまもそのつもりだったんで
す。私が家の外に出ることを許したのも、外で元気に遊ぶ娘の姿を思い浮かべ
ていたから。家に閉じこもった娘の姿を見たくなかったから。
でも、今の私を見るお父さまの目は変わっていきました。愛する者の目か
ら、観察する目に。三日間答えを出さなかったのも、彼の求婚が本当かどうか
判断に迷ったからだったんです。本当に求婚したのか、魔導人を手に入れるた
めの方便か。だって、ただの肉人形である魔導人を愛するなんて考えられない
から。妻と娘を模倣して作った自分ですら数年で冷めたのだ。ただの他人が愛
するはずが無い。
そして言いました、私はお父さまの下を離れることが出来ない。創造者であ
るお父さまが、魔力の調整をしなくては、私はいずれ魔力のバランスを崩して
死んでしまう。私は生きているかぎり、お父さまの下を離れることが出来な
い。
私はウッディの求婚を断りました。でも、彼はなかなか結婚を諦めてくれま
せん。そこで、私は意を決して彼を訪ね、全てを打ち明けたんです。
これで全てが終わる。そう思いました。けど違っていました。彼は、全てを
受け入れた上で、私に改めて結婚を申し込んできました。
私も、もう迷いませんでした。彼と結婚することに決めたんです。そして、
二人でワコブを逃げだそうと。いずれ力玉の魔力がつき、私は死んでしまう。
それでもかまわない。魔力が尽きるまで、私は彼の妻でいようと決めたんで
す。
私たちは、クレイソンさんを連絡役に計画を練りました。本当に彼にはお世
話になりました。ウッディが彼の命を助けてその恩返しだと言いましたが、無
理をしているのではとも思いました。実際、彼がつらそうな顔で私を見ること
が何度かありました。すぐに笑顔になりましたが。いつか、私たちの方が彼の
恩返ししなければと、何度もウッディと話したものです。
そしてウッディのところに逃げ出す日が来ました。
この時、私は既に自分の中の魔力が数日しか持たないだろうとわかっていま
した。お父さまから力玉の魔力を補充する必要があることを聞いていたからで
す。その時、ベルダネウスさんの名前も聞きました。
それでも私はウッディのところに行く日を延期する気はありませんでした。
魔導師連盟の強制捜査のことを聞いていましたから。捜査については、私もお
父さまには言いませんでした。言ったら私を連れてどこかに行ってしまうのが
わかっていたからです。
私に出来ることは、なんとかお父さまが連盟の追求から逃れて欲しいと願う
だけでした。
けれどお父さまは自分なりに連盟の捜査が自分に迫っていることに気がつい
ていたみたいです。それだけではありません。私が逃げ出そうとしていること
も知っていました。逃げる準備をしていた私の前にお父さまは現れ、思いとど
まるように言ったのです。
そして私に、明日にも力玉が手に入る。私の心臓の魔力補充が済み次第ワコ
ブを逃げ出すと言い出しました。このまま逃げても、数日の命。しかし、お父
さまと一緒に逃げれば二度とウッディには会えない。
彼と共に数日生きるか。お父さまと共に彼と会えずに長い時間を過ごすか。
私はとっくに答えを出していました。
ですから私は、お父さまが背を向けたとき、剣でお父さまの頭を思いっきり
殴ったんです。剣は衛視の制服と一緒にクレイソンさんが用意してくれたもの
です。
お父さまは倒れ、そのまま動かなくなりました。剣は鞘に入ったままでした
が、そんなことは関係ありません。
自分のしたことに驚きました。血のついた剣を握ったまま動かない私をクレ
イソンさんが見つけて、そのまま連れ出してくれました。既に屋敷は見張られ
ているというので、出入りは地下の隠し通路を使いました。
それから私は、このまま他の衛視たちと一緒に屋敷の見張りに戻るというク
レイソンさんと別れ、ここに向かったんです。ここへ来るのは初めてでした
が、一本道ですし、何度も行き方を効かされましたから」
セシルの告白を聞くと、アーシュラは大きく頭を振った。
「何てことを。確かに、ボーンは問題があったかもしれないわ。でも、彼の技
術は間違いなく超一流、世界でも一、二を争うのよ。自分の意思があるだけ
じゃない。成長する肉体、愛し合うことも出来る心。あなた自身が、彼の力の
偉大さの証明でもあるの。
幾人もの魔導師達がずっと叶えたいと思っていたことを彼は実現したのよ。
それが、よりによって自分の作った魔導人に……」
セシルの顔をなで回しながらアーシュラは今にも泣きそうだった。
「わかっています。私は、お父さまを、自分の創造者を殺してしまった……」
「ちょっ、ちょっと待って!」
ルーラが手を挙げた。
「ザン、覚えている。ボーンさんの遺体の様子」
「ああ」
「今の話だと、セシルさんはボーンさんの頭を殴って殺したのよね。でも、あ
たし達が見た遺体は、心臓に剣が刺さってたの。もちろん、頭に傷もあったん
だけど」
セシルが驚いてルーラを見た。
「おそらく、セシルさんは自分がボーンさんを殺したと思いこんだだけだと思
う。実際は、頭を殴られて気を失っただけだった。
そして、セシルさん達が逃げた後、誰かがやってきて、ボーンさんを殺し
た。
たぶん、その人が来たときに意識を取り戻したんだと思うわ。だから、その
人は慌てて短剣でボーンさんの心臓をグサッと」
「だろうな」
ベルダネウスが後を引き継いだ。
「魔導師連盟が動いていた以上。ボーンの研究のことを知った魔導師は何人も
いただろう。アーシュラさんのような末端の魔導師でさえ情報を得たぐらいだ
からな」
「末端で悪かったわね」
むくれるアーシュラには気も止めず、ベルダネウスは続ける。
「そんな魔導師の誰かが、魔導人の情報を手にするため、衛視隊が来る前に彼
を訪れ、研究資料を手に入れようとした可能性は高い」
「でも、回りは見張られていたんでしょう」
「禁断の研究資料を手に入れようというんだ。侵入にも脱出にも気をつかった
だろう。連盟の強制捜査のことも知っていただろうしな。いや、案外、クレイ
ソンのように見張りをしていた魔導師の誰かなのかもしれない」
「……それじゃあ……」
「セシルさんはボーンを殺していない。それどころか、絶妙のタイミングで逃
げ出したわけです。何しろ、彼を殺した奴にとって、魔導人であるセシルさん
こそ一番手に入れたかった資料だったんですから」
途端、安心したのだろう。セシルの体から力が抜けてへたりこんだ。その体
をマスカドルが慌てて支えた。
「わかったろう。もう自分を責めることはないんだ」
マスカドルがセシルを抱く腕に力を込める。彼女もまた、腕を彼に回して力
を込めた。
【次章予告】
去る時が来た。
死者は土に返り次の命を育むがよい。
生きるものは死者の思いを背負い、前に進むがよい。
ヴァンクの羽根が震える時、七色の風か舞う時
しがらみは消え去り、閉ざされた道が開かれる。
次章(最終章)【二十一・開かれた道】
そして彼らは、前に進む




