【十九・知らないこと、出来ないこと】
【十九・知らないこと、出来ないこと】
「私が初めてセシルと出会ったのは、三年ほど前でした。
収穫祭の日、ボーンさんとはぐれて困っていた彼女を見つけました。祭りの
間はアクティブなどから見物に来る人たちが多いですから、てっきり迷った見
物客だとばかり思ったんです。
彼女、私を見てえらく怯えまして。自分は衛視で危険はないと説得するのが
大変でした。でも、ボーンさんの家に住んでいると言ったので送っていったん
です。ボーンさんとは会ったことはなかったですけど、魔導師連盟のお偉いさ
んだったこともあり、家の場所は知っていたんです。
出迎えたボーンさんが、本当にほっとした様子で、彼女を抱きしめて喜んで
いたのを覚えています。私は、ボーンさんの喜びようから彼女は彼の娘だと思
いました。後で、奥さんと娘さんをずっと以前に亡くしていると知ったんです
けど、特におかしいとは思いませんでした。きっと親戚の娘だろうと思ったん
です。
もちろん、最初は彼女が魔導人だなんて知りませんでした。そもそも、魔導
人という言葉すら知りませんでしたから。
次に会ったのはそれから十日ほどしてからです。
買い物をしている彼女を見かけたんです。なんていうか、ちょっとおどおど
したと言うか、おっかなびっくり買い物をしているって感じだったんで、声を
かけたんです。幸いにも、彼女は私を覚えてくれていました。不安そうだった
んで、彼女の買い物につき合って、家まで送ったんです。その時、彼女がボー
ンの家に住み込んで、彼の世話をしていることを知りました。
それからです。彼女が外出の度に詰所をのぞいて私を捜すようになったの
は。おかげで、キリオンや他の衛視によくからかわれました。
彼女にしてみれば、まだ人間達の中に紛れているのが不安で、少しでも知っ
ている人に一緒にいて欲しかっただけだったんでしょうけど、私はそう思いま
せんでした。
その……彼女は私が好きで、それで、何かと用事をつけて私を訪ねてきたん
だと虫の良いことを考えていたんです。彼女がけっこう好みだったこともあっ
て、私はむしろ喜んで彼女のお供をするようになりました。
彼女は私以外の人と話をするときに、妙に気合いを入れていました。よし、
お話しするぞって感じで。表情もどこか硬くて。それが、世間知らずのお嬢様
に見えました。
私も何度か彼女に彼女自身のことを聞いてみました。彼女とボーンの関係と
か。けれど、その度に彼女は言葉を濁して答えてはくれませんでした。口の悪
い仲間は、彼女はボーンの愛人なんだとか言いましたが、彼女はそう言う……
男女の関係は知らないように見えました。
そういう関係が一年ほど続きました。彼女もすっかり人混みに慣れ、表情も
豊かになりました。もっとも、彼女は家には私を招いてくれませんでした。い
つも、彼女の方から詰所にやってきたんです。
その頃には、私はすっかり彼女に夢中になっていました。
そして、そろそろ結婚を考えはじめた頃、この国境警備への配置換えが決
まったんです。ほんの二、三年という話ではありましたけど、私にとっては一
大事でした。そう遠くはありませんが、人数も少ないし、ここにいる間はほと
んどワコブには戻れないからです。
悩んだ末、私は彼女に結婚を申し込みました。結婚して、ここに一緒に勤め
て欲しいと。
隊長も結婚するなら彼女を臨時衛視としてここに一緒に勤めさせてくれると
言ってくれましたし。ここではお金を使う機会もほとんどないですから、役目
を解かれる頃は、かなりの蓄えが出来ている、町に戻ってからは、余裕のある
結婚生活が出来る。子供の教育にも、十分お金をかけられる。そんな思いもあ
りました。
私は、彼女が即答してくれるとばかり思いました。ところが、彼女は悲しそ
うな顔をして答えを待って欲しいと言いました。自分が結婚して出て行った
ら、ボーンさんがまた一人暮らしに戻ってしまうと。
彼女の心配はもっともだと思いました。彼女が、ボーンさんのことを気遣っ
ているのは、今までのつきあいでよくわかっていましたから。
転勤まで時間がありましたので、私は彼女が答えを出すまで待ちました。
ところが、数日して彼女が出した答えは、結婚は出来ないというものでし
た。当然、私は詰め寄りました。そして、そのままボーンさんの家に乗り込ん
だんです。
一人暮らしに戻るのが嫌だというなら、国境警備の任が解かれるまで結婚を
伸ばしてもいい。街に戻って結婚したあと、こちらの家に住んでもいい。そう
言って説得しましたけど、結局は無駄でした。私は屋敷を追い出されました。
私は意地になっていました。どう見ても、彼女は私を嫌ってはいない。ボー
ンのことを気にかけすぎているだけだと。
彼女をどう説得しようか考えていると、ある日、彼女の方からこっそり私に
会いに来てくれたんです。もちろん、私は喜びましたよ。彼女が、私について
くると決心したんだと思って。
ところが、彼女が切り出したのは別れ話でした。もちろん、私は納得しませ
んでした。そこで彼女は初めて自分が人間じゃないことを打ち明けてくれたん
です。自分が魔導人、すなわち魔導の力で作られた人形だということを……。
ショックでした。でも、自分でも驚くぐらいそんなものはどうでも良くなっ
ていたんです。そうでしょう。確かに、彼女の体を作っている物は、人間とは
違うかもしれません。でも、彼女は笑うし、泣くし、怒るし、食べて飲んで…
…人間とどこが違うんですか。
そりゃあ、子供は作れません。過去に作られた魔導人の技術を、次の個体に
受け継がせることは出来ても、それを子供とは言いません。
けれど子供のいない夫婦なんかたくさんいます。不幸な怪我や病気で、子供
を残せない人だっています。子供を作れないぐらい何ですか!
私は彼女を説得し、ついに『はい』と言わせることに成功しました。その時
はもう、こうなったら、何でもこいって感じでしたね。
ところが、そんな私をボーンは笑い飛ばしました。魔導人は人間の姿をして
いるが所詮は魔導で動く人形に過ぎない。お前は人形に恋をするのか。人形に
欲情するのかと。
怒りを感じました。そうでしょう。セシルを作り出し、十年以上育ててきた
本人が彼女を認めない。彼女は人形だと言い切るんです。
セシルを愛しているという私を笑うボーンを見て、私は決意しました。何と
してでもセシルをこの男から解放してみせると。
しかし、あの男にとってセシルは大事な研究材料です。手放すはずがありま
せん。
でも、強みもありました。魔導人は魔導師連盟が禁じている研究です。です
から、ボーンもおおっぴらにセシルのことを問題に出来ないということです。
ボーンの手の届かないところに逃げてしまえば、何とかなると思いました。
私は衛視をやめてワコブから逃げ出すことを決めました。私の両親は五年前
に死んでいます。私が逃げ出した後、それで強く責められる人はいません。
問題はいつ、どうやってでした。
私が詰所に来てからは、キリオンが私とセシルの連絡役になってくれまし
た。彼はここに生活に必要なものなどを届ける役目になっていたんです。彼を
通じて、私たちは逃げるチャンスを窺いました。そして、ついにその時が来ま
した」
「先ほど言っていた、スヴィングさんの事ですね。姉夫婦の出産祝いにワコブ
に戻るという」
「そうです。彼が戻っている間、ここは私一人になります。私は早速、キリオ
ンを通じてセシルに連絡をつけました。脱出の際、セシルは衛視のふりをする
ことになりました。彼女の制服などもキリオンが調達してくれました。もちろ
ん、調べればすぐにばれるでしょうけど、他国に逃げるまで詰所のいくつかを
騙せればそれで良いんです。アクティブ方面ならば、入国手続きなんて、ほと
んど形だけですし。
準備を進めているうちに、ボーンの家に魔導師連盟の強制捜査が入ることが
わかりました。
セシルが魔導師連盟に連れて行かれたら、機会はほとんど無くなります。な
んとしてでもその前に彼女を助けなければなりませんでした。
幸いにも、強制捜査の前日の夜はキリオンが見張りに立つことになりまし
た。そこで、彼がセシルを逃がしてくれることになりました。そして、当日、
機会を見つけて自分も逃げだし、ここに来る。そして一緒に逃げようというこ
とでした」
「それは、クレイソン自身も職を失い、逃亡者になると言うことですか? 幾
ら何でもそこまでするのは。彼には彼の生活があるでしょうし」
「そうです。私もそこまでする必要はないと言ったのですが、これまでのこと
から魔導人がセシルと言うことはすぐにわかる。魔導人が見つからなければ彼
らはこの詰所に来る。そこに私たちがいなければ……遅かれ早かれキリオンは
疑われる。だったらさっさと自分も逃げてしまいたいと」
まだどこか納得しかねるようなベルダネウスにかまわず、マスカドルは話を
続けた。
「キリオンとセシルがここに来た後、私たちは国境を越えてアクティブへ行く
予定だったんです。もちろん、最終的な目的地はアクティブよりも先にある、
もっと遠い国ですけど。
ところが、やってきたのはセシル一人でした。そして、彼女から私はとんで
もないことを聞かされたんです。
逃げ出すときにボーンに見つかり、止めようとする彼を殺してしまったと。
クレイソンは後は何とかするからと彼女一人を先によこしたと。
私たちは急いでここを出る準備をしました。その途中、ボーンヘッドさんた
ちが来て……夕方にでもなれば、人が途切れて出発できると思っていたら、雪
が降り始め、いろいろな人たちがここに留まることになりました。
後は……みなさんも知っていることが起こりました。
困りました。私は衛視として、キリオンとエリナさんを殺した人を見つけ、
捕まえなければならない。
でも、捕まえた後はどうするんです?
ワコブに戻って引き渡すことなんて出来ません。そんなことをしたら、セシ
ルも魔導師連盟に連れて行かれるでしょう。あいつらは彼女を人間じゃなく、
魔導人としか見ない。引き渡したら彼女がどうなるか。
いや、彼らだけじゃない。魔導人がここにいると知った時、ここにいる人達
がなんと言ったか。殺して力玉を抉りだしても罪にはならない。むしろ良いこ
とだと。セシルが魔導人だと知られることだけは絶対に避けなければいけな
い。そう思いました。
悩んだ末、私はこの事件に関しては無能になることに決めました。ただ、お
たおたして、みんなから呆れられて、彼らが立ち去るのを待ちました。
そりゃあキリオンを殺した奴は憎かった。恋人を殺されたファディールさん
には申し訳なかった。でも、ここで私たちが魔導師連盟に捕まったら、それこ
そキリオンの気持ちを踏みにじることになる。未死者になった彼の目を見たと
き、私は決めました。この事件を迷宮入りにすることを。
ですから、フィリスさんがキリオン殺しを自供したとき、とことん困りまし
た。
それだけじゃない。セシルは倒れたまま意識が戻らないし、アーシュラさん
には事がばれてしまうし。しかも、アーシュラさんが言うには、セシルの力玉
の魔力が切れかかっている。代わりの力玉はベルダネウスさんが持っているら
しいですけど、だからどうしろと」
「だから私が説得したのよ。とりあえずエクドールの提案を受け入れなさい。
後は私がなんとかするって」
いつの間にかアーシュラが崩れた入り口に立って、服や手足についた土埃を
払っていた。
「準備は終わったんですか?」
「まだ途中。紫茶くれない。喉渇いて」
マスカドルが紫茶を入れる間、アーシュラは手近に椅子に腰を下ろして話を
受け継いだ。
「セシル本人はこのまま魔力切れで死んでも良いかもしれないけど、私は困る
わ。マスカドルだって、彼女が生き延びれるに越したことはないでしょう。で
も、それをするにはベルダネウスの持つ力玉が必要。問題はどうやってそれを
手に入れるか。ヴァンクに気を取られているけど、バレたらみんなそれを欲し
がるに決まっている。
でもこの状況を利用しない手はないわ。だから私はエクドールに協力して、
ベルダネウスとルーラを捕まえることにしたわ。
けど、ベルダネウスを捕まえたは良いけど荷物を漁っても力玉はない。ルー
ラが持って逃げたか、どこかに隠したか。もしかしてここに来る前に手放した
か。もっとひどい場合、ベルダネウス違いであんたはボーンとは関係ないのか
も知れない。それを探るために私は魔導人のふりをしたのよ。残り少ない命に
おののく哀れな魔導人って事で、口を滑らせてくれないかなと思って」
「あまりうまいやり口じゃなかったですね」
「……自分でもそう思ったわ。けど仕方ないでしょう。まさかセシルのことを
話すわけには行かないし」
「なんで?」
ルーラは小首を傾げた。話したところでどういう事は無いと思うのだ。
「それを話して私がエクドールたちにバラしてみろ。その場で動けないセシル
さんの胸から力玉を抉り出すぞ」
彼女の疑問に答えるようにベルダネウスが言った。セシルが魔導人であると
を教えることは、彼に武器を渡すようなものだ。
「まぁ、後は知っての通り。いろいろと釈然としないところはあるけれど、力
玉は手に入ったんだから文句はないわ」
満足げに微笑み、アーシュラはテーブルの上の力玉に手を伸ばす、ところを
ベルダネウスがひょいと力玉を引き寄せた。
「まだ契約書にサインをもらっていません」
「サインなんて後で良いでしょ」
「商人にとっては大事なことです」
マスカドルに対し契約書の中身を説明、確認してもらう。商人にとっては当
たり前のことだが、アーシュラにとっては時間稼ぎみたいに感じるのだろう。
イライラしながら何度も空になったカップをあおる。
「ところで、アーシュラさんに聞きたいんですが」
「何よ?」
「どうしてあなたはそこまで魔導人に執着するんです。わざわざ禁じられた技
術を手に入れようとするからには、それ相応の事情があるんでしょう」
「よけいなお世話よ。そんなことどうでも良いでしょう」
「そうもいかないでしょう。あなたのことだ。これからはセシルさんについて
いって、彼女を調べるんでしょう。その目的が謎では、マスカドルさんは彼女
を連れて逃げるかもしれませんよ。ボーンから逃げたように」
「私は……」
困ったように自分の唇を吸う。まるで駄々っ子が黙り込むように。
「私は?」
アーシュラはいたずらっ子のような笑みをベルダネウスに向け
「あんた気に入らないから教えてあげない。マスカドルたちには後で話すけど
ね」
それにルーラは思わず笑ってしまった。
契約書にサインされたのを確認すると、アーシュラは力玉を強奪するように
取り上げロビーへと向かう。マスカドルも後に続いた。
「あたし達も行く?」
「魔導実験は精神集中が大きく成否を分ける。気に入らない人間はいない方が
良いだろう。今のうちに出発の準備をしておこう。ワコブの衛視たちが来る前
に、出来るだけここを離れたい」
ベルダネウスはルーラを伴い、馬小屋へと向かう。
「私にも出来ることがあれば手伝おう」
ソーギレンスもついてきた。
詰所を馬小屋側の出口から出ると、詰所の周囲に積もっていたはずの雪が消
えていた。ヴァンクが吹き飛ばしたのだろう。ヴァンクの親子がこちらにゆっ
くりと歩いてきた。幼獣が心配そうに成獣の傷跡を舐め、成獣は幼獣の心配を
取り払うかのようにすり寄っている。
その姿を愛おしそうに見ていたルーラは、いきなりひらめいた。
「あっ!」
ルーラは思わず声をあげた。
「どうした?」
「あたし、わかった。どうしてザンがセシルさんが魔導人だと見破ったか」
「やっと気がついたか」
ベルダネウスが微笑む。
たまらずルーラは自分の頭を叩き始めた。
「なんで気がつかなかったんだろう。あたし馬鹿だ」
「やっと気がついたか」
ベルダネウスの笑いをルーラが睨み付けた。
ソーギレンスだけは首を傾げたままだ。
「はて。失礼だが、私にはまだわからない」
「ソーギレンスさんはわからなくても仕方ないわよ。ね」
「まあな」
馬小屋の片隅には、エクドールの馬車が残されている。馬も無事だ。
「ごめんなさい。ずっとほったらかしにして。あなたたちのご主人、死ん
じゃった」
不安と喜びに鳴く馬たちにルーラが声をかけ、飼い葉を取りに行く。ベルダ
ネウスはそんな彼女に気もとめず
「マスカドルさん達がここを出て行くのに、この馬車を使わせてもらおう」
「中の荷物は?」
「手頃なものがあれば私達でわけよう。マスカドルさんたちも、当座の生活費
がいるはずだ」
むさぼるように飼葉を食べる馬を世話しながらルーラが顔をしかめる。
「なんか泥棒みたい」
「なんかじゃなくて泥棒さ。だが、もう持ち主はいないんだ。気兼ねする必要
はあるまい」
「ソーギレンスさんはそれでいいの?」
彼は頷き
「死んだ者は、生きる者の糧となるのが慣わし。肉は朽ちて地を肥やし、財は
今を生きる者に渡される。これが定め。エクドール氏に、子など正しき財の受
け取り者がいれば、その者に渡さねばならぬが、私は知らぬ」
「そういうことだ。檻に使われていたアークド銀は、生き残った面子で山分け
するとして」
「あたしはいらないから」
精霊使いにとって、アークド銀は忌み嫌うべき金属である。
「わかった。それ以外の残ったものをどう分けるか。ファディールとボーン
ヘッドの荷物はどこですか。多分、戦いに備えてどこかに移してあると思うの
ですが」
「マスカドル殿に聞いてきましょう」
彼らの荷物は馬小屋の裏にまとめて置いてあった。
ベルダネウスはボーンヘッドの荷物を分け、漁り始めた。
「剣は彼の愛用の物だろう……あと、手紙があるはずだ」
しかし、彼の荷物は酒の入った水筒と厚手のマント。背負い袋がひとつだ
け。背負い袋の中は下着の替えと金袋、果物とパンの入った紙袋。手紙はもち
ろん、紙もペンもない。紙袋の紙は古新聞で作ったものだ。彼が前にいた町の
物らしい。
「背負い袋に問題はない。とすると」
厚手のマントを調べていたベルダネウスは、したり顔でナイフを取り出し
た。マントの縫い目を切ろうとするが、右手がまだ思うように動かずなかなか
刃先が縫い目に入らない。
「あたしがやる」
たまりかねたルーラが手を出した。縫い目を切り、裏地の中に手を入れると
「こんなものがあったけど」
中から一枚の封筒を取り出した。封はしっかりと糊付けされており、表書き
には「俺が死んだら開けること」とある。裏には彼の名前が記されている。
「遺言でしょうかな?」
「戦士の中には、自分が死んだときのことを考え、遺言やそれに準ずるもの
を、常に身につけているものがいると聞いたことがあります」
封を切ると、中から数枚の手紙と、親指の先ぐらいある石がひとつ、転がり
出てきた。
「何これ?」
ルーラが石を取って見る。わずかに青みがかった透明で、何かしらの価値が
あると思われた。同じように手にしてみたベルダネウスの顔つきが変わった。
拡大鏡を取り出し、さらに見る。
「……クライクの原石だ」
「え?」
クライクといえば美しく、かつ値段が高いことで有名な宝石だ。ルーラも何
度か見て、その度に美しさに息を漏らしたものだ。
ルーラは原石をもう一度見た。綺麗ではあるが、単純な光しかないこの石が
あの複雑かつ煌びやかな輝きを放つ石と同じとは思えなかった。
ベルダネウスは原石と一緒に入っていた手紙を取り、ゆっくりと読み始め
た。
――
俺の名はカブス・ボーンヘッド。今日はもちろん、明日も明後日も、気まま
に生きるただの戦士だ。
この手紙が誰かに読まれているって事は、俺が死んだか、こいつが盗まれた
かだ。出来れば、俺が死んだ方であって欲しい。
この手紙を読んでいる奴に頼みたい。俺の荷物を、最後に書いた家まで届け
てくれ。荷物全部じゃなくてもいい。ただ、俺が使っていた剣だけは忘れずに
届けてくれ。折れてても、錆びついててもかまわん。それはそれで仕方がね
え。
この手紙と一緒に、クライクの原石を入れといた。こいつは荷物の届け賃
だ。届けた奴がもらってくれ。
これは、俺の最後の賭だ。この手紙を開けた奴が、律儀に荷物を届けるか。
荷物も原石も、ちょろまかして消えるか。
どっちになるかな。
――
別の紙に届け先の家の場所が書かれていた。ここから、二つ国を超えた所に
ある小さな国だ。馬車でも十日はかかりそうなところだった。
「死んだ後まで賭をするとは」
「彼にとって、人生自体が賭なんでしょうね。これはその最後の掛金だ」
クライクの原石を見つめるベルダネウス。それを自分のポケットに入れる
と、ボーンヘッドの荷物だけ別にしはじめる。
ソーギレンスが笑った。ルーラは初めて彼の笑顔を見た。
フィリスの荷物はほとんど無かった。背負い袋はあるが、ほとんど中身はな
い。金袋にあるのは、おそらくクレイソンから奪ったものだろう。
「お金はマスカドルさんに渡すべきでしょう。あとは身につけているものだけ
か」
「そのまま埋めてあげようよ」
そのルーラの意見が採用された。
「ファディールとエリナさんの荷物は、オルグ家に届けるべきだろうな。気が
重い仕事だ」
「それは私がやろう」
ソーギレンスが言った。
「この中で、ワコブに無事に入れ、ある程度自由に動けそうなのは私だけだ。
それに、オルグ家の者に事の経緯を説明しなければならぬ」
「どう説明します?」
「それは問題だ」
「こうなったら、エクドールには悪いがもう少し悪人になってもらおう。二人
は、ヴァンクを開放するために戦い、死んでいったんだ」
「そんな、嘘をつくの?」
ルーラが身を乗り出す。
「本当のことを言ってどうなる」
「でも、わざと嘘をつくなんて」
「つらい真実を受け入れ、成長できる人間なんて滅多にいない。オルグ家では
借金に苦しむ中、娘だけでも幸せをつかめそうだと安堵しているのかもしれな
い。その娘が、実は男に騙され、人体実験に使われ、挙げ句の果てに心臓を抉
られて殺されたなんて知ったらどうなる。彼らのわずかな幸福を踏みにじるつ
もりか。
真実は、それが語られることによって誰かが幸せになる。あるいは心の痛み
が和らぐときこそ語られるべきだ。語る者の満足感のために語るものじゃな
い」
それに対し口を開きかけたルーラだが、言葉が出てこなかった。彼女自身、
どうするのがいいのかわからないのだ。ただ、納得いかないだけなのだ。
自分を納得させるためというのも、理由になるかもしれない。しかし、自分
を納得させるためだけに、他人を苦しめる真実を暴露して良いのか。
彼女はただ黙るしかなかった。
「ルーラ殿、それを語るべきかは私が決める。オルグ家の者達を見て、真実を
受け入れ、それを超えることの出来る強き者達と見たならば語ろう。それでよ
ろしいか」
ソーギレンスの言葉に、従うしかなかった。
最後はエクドールの荷物だが、アークド銀以外はあまり金になりそうもな
かった。ヴァンクを捕まえる準備に財産のほとんどを費やしたという彼の言葉
は本当だったのだろう。
「あの、ソーギレンスさん。お願いがあるんですけど」
あらかた荷物の整理がついた頃、ルーラが切り出した。
「何かな?」
「ワコブに行ったら調べてもらいたいことがあるんです。これ」
取り出したのは、あの柄が折れた精霊の槍だった。
「ザンから聞きました。エクドールさんに騙された精霊使いの人。妹さんがい
るそうなので、調べて誰かわかったら、渡して欲しいんです。お兄さんの形見
だから。
もちろん手数料は払います。貯めた給金がいくらかありますから」
「いらぬ」
ソーギレンスは槍を受け取り
「死による安らぎをもたらすのはバールドに従う我らのつとめ。安らぎは死ん
だものばかりではない。生き延びたものにも与えられなければならぬ」
「エクドールはそれを見た時、ラクセルと口にした。おそらく精霊使いの名前
と思います」
「わかった」
槍に軽く頭を下げ、ソーギレンスはつぶやくように経を読みながら槍全体を
軽くさすった。
「ところで、ベルダネウス殿に聞いておきたい」
脇に槍を置くと、ソーギレンスは姿勢を正し、
「貴殿はいつ頃からセシル殿が魔導人と見抜いた?」
「彼女と会ったとき、すでに疑っていました。確信を持ったのは、もう少し後
ですけど」
「もう少し後とは?」
「みんなで食事を作った時があったでしょう。あの時です」
「なぜ?」
「順番に説明しましょう。
まず、私はこの詰所にいる誰かが魔導人であろうことは間違いないと思いま
した。なぜか。クレイソンがここに向かっていたからです」
ルーラが目をぱちくりさせた。彼女が、セシルを魔導人だと見破った根拠に
は、クレイソンの動きは入っていなかったからだ。
「そもそもクレイソンがここに来るはずがないんです。
魔導師連盟の衛視達がボーンの屋敷に突入し、彼の遺体を発見した。その時
に怪しげな二人組、つまり私達が屋敷から逃げ出した。衛視達は当然、私達を
捜します。犯人かどうかはともかく、何かを知っている可能性がありますから
ね。
とすれば、私たちと出会ったクレイソンは、本人確認をさせるためにも衛視
隊に留めておくはず。事実、彼と一緒にいた魔導師は確認のために動いていま
した」
「でも、あのとき、あたしたちは顔を隠していたわ」
「それでも直接、出会ったというのは大きな要素だ。それに、詰所への伝言な
らクレイソンでなくてもいい。なのに彼が来た。彼だって衛視。自分の立場ぐ
らいわかっているだろう。
つまり、彼は衛視隊の命令を無視して、彼個人の判断でここに来たんです。
とすると、なぜ彼はここに来ようとしたのか。
マスカドルさん達が心配だったから?
そんなはずはない。心配のあまりとしたら、彼はボーンを殺した犯人がこち
らに来ているという確信があったことになる。彼は、私たちよりも先にワコブ
を出た。彼は一体、何を根拠に犯人がこちらに向かったと考えたのか。それだ
けの根拠があるならば、なぜ彼は仲間を連れずに一人でこちらに向かったの
か?
その理由だが、……彼が最後に言い残した言葉を覚えているか?」
ルーラに聞いた。
「一字一句までは。でも、どういう事を言ったかは覚えているわ」
「私は覚えている。
『ウッディ……逃げ…………が来る前に……』次に『……を殺した……彼女を
連れて……逃げろ……』そして、誰を殺したかと聞かれ『ボーン』と言い、
ボーンが殺されたのか聞かれて『魔導人だ』と叫んだ。
これは衛視が仲間に伝える伝言としてはあまりにも不自然です。
衛視が仲間に対し、犯罪者が来る、あるいは近くにいることを知らせるとき
に逃げることを促すだろうか。ましてや、彼女を連れて逃げろなどと言うだろ
うか?
気をつけろとか、捕まえろとか言うのが普通でしょう。まして、彼は襲われ
て死にかけている。自分を襲った奴を捕まえて欲しいというのが普通の衛視の
反応です。逃げろと言うのは、犯人に対して言う言葉ですよ。しかし、これが
マスカドルさんに向けられた言葉であることは間違いない。
クレイソンの不自然な動きとあわせて考えると、答えはひとつしか出ない。
彼はマスカドルに逃亡を促したんです。そして彼がここに来たのは時間を稼ぐ
ため。おそらく彼はここに来る際、仲間にそのことを告げたんでしょう」
「命令を無視したってさっき言ったじゃない。だったら黙ってきたって事じゃ
ないの?」
「クレイソンの目的は、自分がここに事件を伝えに来ることで、他の衛視がこ
こに来ることを防ぐことだったんだ。
『伝令を向かわせろ』
『クレイソン衛視が先ほど飛び出していきましたが』
『あいつめ。面通しのために残れと言っておいたのに』
『連れ戻しますか?』
『そんなことをしている暇はない。面通しは魔導師に任せる。仕方が無い。向
こうはあいつに任せる』
といった展開を期待したんだろうな」
「そううまくいきますかな?」
「実際、他の衛視は来ていません。まぁ、雪のせいもあるでしょうけど。
では、なぜ彼はそうまでして時間を稼ぎたかったのか。もちろんマスカドル
さんたちの逃げる時間稼ぎです。
問題は逃げる理由です。それは彼が言い残した言葉にあります。ボーン殺し
と魔導人という言葉。死の間際に訴える以上、二人の逃げる事情にこれらが絡
んでいるはずです。
魔導人と逃げるのか、魔導人から逃げるのか。ボーンを殺した魔導人から逃
げるのならば、クレイソンはもっと早く出発していたはず。私たちとも戦うは
ずもなく。
とすると彼はクレイソンさんに魔導人と逃げろと言った可能性が高い。とす
ると彼女を連れてと言った彼女は魔導人のことだ。
該当する女性はセシルさんしかいない。
私の勝手な推測ですが、彼はこう言ったんじゃないですか。
『ウッディ、セシルさんを連れて逃げろ。やつらが来る前に』
『彼女は奴を殺した罪に苦しんでいる。彼女を連れて逃げろ』
そして、誰を殺したかという声を「奴とは誰のことだ。誰を殺したって」と
勘違いして『ボーン』と答える。
最後に『魔導師連盟の狙いは魔導人だ』と叫び、改めて連盟の目的がボーン
より、セシルの方であることを告げる」
元々の言葉が断片過ぎるため、ベルダネウスの言った通りなのかは、かなり
怪しい。後ろの方などは相当こじつけのようだ。しかし、言葉は違っていても
意味の違いはそうはないだろうとルーラは思った。
「……でも、自分を襲った人がいるっていうのに……」
「あの時、クレイソンの目にウッディ達以外の人間が映っていたかは疑問だ
な。彼は、二人をワコブから脱出させることだけを考えていたんだろう。未死
者になるほどにな」
「そういうことか」
ソーギレンスが頷く。
「だが、貴殿の考えではセシル殿が魔導人であるという証拠にするには弱いの
ではないか。たまたまマスカドル殿たちの駆け落ちが、ボーン殿の事件と重
なったという可能性もある。そう、フィリス殿の殺人とたまたま重なったよう
に」
手をかざしてそれを制するベルダネウス。
「それを説明するには、まずボーンの作った魔導人はどういうものなのかを考
える必要があります。
私は前に、フィリスは魔導人ではないと言いました。彼女が剣の達人だった
からです。それも鞭への対処方法を知り、かつ、それを実行できるほどの腕を
持っている。
剣などは生まれついて身につけられる能力ではありません。長期に亘る訓練
が必要です。魔導人がそんな能力を持つとすれば、ボーンは作った魔導人に剣
の修行をさせていたことになる。
彼がそんなことをするとは思えません。たとえ若い頃、剣士に憧れていたと
しても」
「なぜそう言い切れる?」
「魔導人が何体も作られているとは思えなかったからです。魔導人を何体も
作っているなら、力玉もそれだけ用意できるはず。私のような自由商人に入手
を依頼したりしませんよ。彼は魔導人は一人だけで満足していたでしょう。そ
の魔導人に剣を教えるとはちょっと考えづらい。
そもそも、ボーンはどうして魔導人を作ろうなどと思ったんでしょう?
力玉をはじめ、必要な材料は連盟幹部のままでいた方が入手しやすい。だか
ら、魔導人を作ろうと思い立ったのは魔導師連盟から引退してからです。引退
してから、彼の価値観を覆すほどの出来事が起こったとしか思えません。それ
は何か?
妻と娘の死です。
家族との生活のために幹部の座を捨てるほどの彼の中で、二人の死がどれほ
どの影響を与えたのか。魔導でも精霊の力でも、バールドをはじめとする神々
の力でも不可能なのが死者を生者に戻すこと。
ならば、彼が魔導人という形で二人を甦らせようとしたとしてもおかしくな
い。だが、彼の力を持ってしても現状では一人作り出すのが精一杯。となると
その魔導人は」
「そうよね」
ルーラが言葉を引き継いだ。
「だってセシルさんの顔……ボーンさんの奥様にそっくりだもの……」
言いながら彼女は悔やむ。どうしてもっと早く気がつかなかったのかと。
ボーンの研究室にあった肖像画を、描かれていた彼の妻と娘の顔を見たはずな
のに。
少しクセのある緑がかった金髪。青い瞳。そして彼の妻の笑顔とハッキリ浮
かぶえくぼ。娘はまだ赤ん坊だったのでよくはわからないが、母親似だったの
は憶えている。
そして、セシルの顔は、彼の妻と同じ特徴を備えていた……。
「もちろん、髪や瞳の色が同じ人は大勢いるでしょう。しかし、この状況で同
じ特徴を持つ女性が現れたら、それを偶然の一言で終わりにする気にはなれま
せん。
私はセシルに注目しました。
そして、彼女がここに来たのは私達が来る直前だと知った。
覚えてますか、私達と共に食事を作ったときのことを。あの時、ルーラはセ
シルさんに干しぶどうのある場所を聞いた。ところが、彼女は答えられなかっ
た。家事をずっとしていたと言う彼女がなぜ?
しかも、干しぶどうは他の干し果実と一緒においてあった。つまり、置き場
所が決まっていた。なのに、どうして在処を答えられなかったのか。
彼女は置き場所を知らなかったんです。それは彼女がここに来たのはつい最
近、ほんの数時間前だからです。でなければ、食事を作る彼女が食材の在処を
答えられないはずがない。
そしてマスカドルの事件に対する無気力とも言える態度。
衛視として事件に関わらなければいけない義務感と、逃亡者としての事件に
はなるべく関わりたくないという思い。それらが彼の中で戦っていた。
私は確信しました。セシルさんこそが魔導人で、彼らもまた逃亡者なのだ
と」
一気に言うと、大きく息をつく。
「だからこそ、この事件は犯人を捕まえて終わりには出来ない。犯人を捕まえ
たらワコブに護送しなければならないから」
それは微かな呟きだった。
「ベルダネウス殿」
ソーギレンスのまっすぐ見据える瞳は、怒っているようにも哀れんでいるよ
うにも見えた。
(もしかして、ザンはエクドールとファディールを最初から殺す形で決着をつ
けるつもりだったんじゃ……)
ルーラは頭を軽く振ってその考えを消した。確かに二人は死という形を迎え
た。しかしそれはあくまで流れによるものだ。あの戦いではやむを得ない決着
だったと自分に言い聞かせるのだった。
そろそろいいかと詰所に戻るルーラたちをマスカドルが出てきてそっと制し
た。
かなり準備に手間取ったがアーシュラによる魔力移送がいよいよ始まるの
だ。
また戻ろうかとも思ったが、好奇心の方が勝った。ルーラも魔導師が魔導を
使うのは充分すぎるほど見てきたが、魔導陣を使っての「儀式」を見るのは初
めてだ。邪魔にならないよう、崩れた壁に隠れるようにしてそっとのぞく。
瓦礫などが綺麗に取り除かれたロビーにアーシュラの魔導陣が描かれてい
る。それはルーラが見たボーンの研究室に描かれたものとよく似ていた。
その中心にセシルが横たわっている。服を脱がされ全裸となった彼女の体に
は床の魔導陣と同じような紋様が描かれていた。そのせいだろうか、彼女の裸
体は奇妙な美術品のように見えた。
アーシュラは力玉をセシルの心臓部分に置くと、数歩下がって軽く深呼吸し
た。いよいよ始まるのだ。陰で見ているルーラたちも息を呑む。
薄く紅を差した唇が小さく動き、詠唱が始まる。それは声ではあるが言葉で
はなかった。何の意味もなくただ高く、低く、早く、遅く。歌うように声を紡
ぐ。それはルーラが今まで聞いたどの歌姫よりも気高く、美しく、はかなげ
だ。
それに合わせてアーシュラの魔玉が淡い光を放ち始める。床の魔導陣もそれ
に応えるように同じ色で光り始めた。
詠唱に合わせて魔玉の光の強さが、色が踊るように変わっていく。
変わるのは魔玉や魔導陣だけでは無かった。セシルの心臓に置かれた力玉も
同じように、同じ色と光を放っていた。いや、力玉の光は少しずつ大きくなっ
ていく。
詠唱と共にアーシュラが自分の魔玉を力玉に触れさせる。瞬間、力玉の光が
破裂した。解放というより正に破裂のように広がり、魔導陣いっぱいに広がっ
たところで止まる。
すると今度は、少しずつ小さくなり始めた。いや、魔導陣が力玉から解放さ
れた魔力を押さえ込み、再び閉じ込めようとしているのだ。
アーシュラの詠唱が少しずつ激しくなっていく。それに合わせて杖を持つ手
が震え、髪がざわめき、踊り出す。
魔玉の輝きが増していき、魔力の広がりが少しずつ小さくなっていく。その
中心は力玉ではない。セシルの心臓だ。力玉から解放された魔力が、今度はセ
シルの心臓に封じられようとしている。
セシルの周囲が歪んで見え始めた。圧縮される魔力がそうさせるのか。
ずっと目を離せずにいるルーラだが、背後から強い気配を感じた。
振り返ると、ヴァンクの親子が外からじっとこちらを見ていた。
(……まさか……)
自然の掟とは関係なく生み出される魔導人。今、目の前でその魔導人が命を
延ばされようとしている。自然界を司るとされる精霊獣ヴァンクがそれを黙っ
て見逃すだろうか。
ゆっくり後ずさると、ルーラは外に向かった。
「お願いだから何もしないでください」
ヴァンク親子に歩み寄り、哀願する。
「確かに魔導人は自然界とは外れて存在している。でも、自然だって完璧じゃ
ない。この世界に命が生まれて、繁栄した生き物もいれば、消えていった生き
物もいる。自然だってそれだけの試行錯誤を繰り返して今の世界になったんで
す。
魔導が自然とは異なる力なのはわかるけど」
ヴァンクの子供が一声泣くと、軽くルーラにすり寄った。親も困った子をあ
やすような目で彼女を見る。
ルーラは、言葉を発するのを止め、微笑んだ。
彼女は忘れていた。
魔導の存在が自然界にとって驚異ならば、精霊達は全てを投げ打ってでも魔
導師達を滅ぼすだろう。だが、そこまではしていない。
自然は厳しく、寛大だ。
魔導が直接精霊達を脅かさない限り、精霊達も魔導を脅かさない。否定しな
い。
たかが魔導人一体に、精霊達は目くじら立てることなどしない。
自然が、精霊が何かを裁くとすれは、それは「行動」であり、「存在」では
ないのだ。
ヴァンク親子が魔導陣の方を向いた。
空気が和んだ。緊張感が消えた。
振り返ったルーラは、魔導陣の中心で上体を起こすセシルの姿を見た。
【次章予告】
自分は人間だと思っていた。
自分は普通の娘だと思っていた。
それが全て嘘だと知った時、彼女は愛に背を向けた。
向けた背を振り向かせる強い力を感じながら。
次章【二十・魔導人は語る】
本当に、全ての謎は解けたのか?




