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【十八・ベルダネウスの商売】

   【十八・ベルダネウスの商売】


「行ったり来たりで忙しいことです」

「よけいな会話をするつもりはないわ。力玉を出しなさい」

 アーシュラは不意を突かれないよう、幼獣の陰に隠れつつ要求を繰り返し

た。

 精霊の槍を構えるルーラに対し

「よせ。ヴァンク達にも手を出させるな。これは私と彼女の取引だ」

 ベルダネウスが止めた。

「力玉というのは、あの魔導人の心臓となっている魔導品のことか」

 ソーギレンスがゆっくりとロビーに現れた。

「そうよ。こいつはね、ボーンに力玉を売るためにワコブに来たのよ」

「その通りです」

 あっさり肯定したベルダネウスは、ルーラに手伝ってもらいグラッシェから

降りた。

「やっと認めたわね。さっさと力玉を出しなさい。ルーラが持っているの? 

早くしなさい。もう残りの魔力が少ないのよ!」

「落ち着いてください。あなただって戦いで傷ついている。魔力だって消耗し

ている」

「だからって落ち着けるわけないでしょ。魔導人はね、一度魔力が途切れたら

お終いなのよ。あとで魔力を注ぎ込んでも生き返ったりしないのよ。だから尽

きる前に力玉を取り替えるか、魔力を移送しなくちゃいけないの!」

「どういうこと?」

 ルーラがベルダネウスを支えたまま彼とアーシュラの顔を見比べ

「まさか、アーシュラさんが魔導人?」

「違う。魔導人は別にいる」

「魔導人がここにいるというのは、我らの勘違いだったのでないか?」

 事情がわからないソーギレンスが説明を求めるような口調で聞いた。

「ベルダネウス殿、貴殿は何を隠している」

「私は商人です。情報もまた商品のひとつ。気軽には出せません。とは言って

もこのままでは埒があかないことも事実。説明しましょう。私がどうしてここ

にいるのかを」

 そしてベルダネウスは語り始めた。自分はボーンの依頼で力玉を売りに来た

こと。彼の屋敷で彼の死体を発見、クレイソンたち衛視と戦い、逃げてきたこ

と。ここに来る途中、そのクレイソンを助ける羽目になったことなどを。

「力玉は売れない、衛視からは目をつけられて当分はワコブには行けない。つ

いには自分たちと戦った衛視を助けた上、雪に閉じ込められて生き死にの戦い

とは。とんだ災難です」

「あんたには災難でも、私にとっては幸運よ。ボーンは死んだけど、魔導人を

手に入れる機会を手に入れたわ。ボーンの資料だって、魔導師連盟が回収して

いれば目にする機会だってあるでしょうしね」

「健闘を祈りますよ」

 肩をすくめたベルダネウスは、ひとつ大きく深呼吸し

「さて、出すものは全部出したましたし、商談に入りましょう」

「商談?」

「ああ。その前にルーラ、セシルさんを連れてきてくれ。この戦いで埃塗れ

だ」

 セシルはロビーの隅のソファに寝かされたままだ。あれだけの戦いがあった

というのに、今で意識不明のまま横たわっている。

「それは私がやりましょう」

 マスカドルが歩き出すのを

「ルーラにやらせてください。その意味がわからないあなたじゃないでしょ

う」

 言われてマスカドルが息を呑むのを訝しく思いながら、ルーラはベルダネウ

スを倒れたソファの隅に腰掛けさせた。いきなり攻撃魔導をくらわないよう、

アーシュラに注意しながらセシルのところへと歩く。

 確かに彼のいう通り、戦いで舞い上がった埃などをかぶってセシルはひどい

有様だ。

「抱き起こす前に脈を取れ」

「脈?」

 セシルは微かにではあるが胸が上下して呼吸をしているのがわかる。

「良いから取れ」

 変だなとは感じながらも、ルーラがセシルの脈を取る。

 脈がない。

「あれ?」

 血管の位置を確かめて、再び手に取るが、やはり脈はなかった。

「彼女の胸に手を当ててみろ」

 言われて手を当てる。心臓の鼓動は感じられなかった。驚いて、胸に耳を当

てた。心臓の音が聞こえない。

 死んでしまったかと、セシルの顔を見る。

 彼女は、静かに息をしていた。

「……どういうこと?」

「脈や心音など、ごまかしに使うだけの余力がなくなったということだ」

「余力って?」

「力玉に込められた魔力が、尽きようとしているんだ」

 その意味が最初わからず、きょとんとなったルーラだが、すぐその意味に気

がついた。

「……それじゃ……」

「セシル・マスカドル。彼女が魔導人だ」

 ベルダネウスが頷いた。

 ウッディの叫びが響き渡った。今まで必死に隠していたことが、ついに明ら

かにされたのだ。

「まさか……だって彼女は、ここの衛視で……」

「事実よ」

 アーシュラが答えた。

「私も治療のため彼女に治癒魔導をかけたときに気がついたわ。彼女は魔導

人。そして魔力が尽きかけている。人間で言えば死にかけているのよ。だから

何とかしなくちゃいけないの。彼女の力玉を新しいものと取り替えるか、この

まま別の力玉から魔力を補充しなくちゃいけないのよ」

「どちらにしてももう一つの力玉が必要だ。最後の手段としては、アーシュラ

さんが自分の魔力を力玉に注ぐという手があるが、その分、彼女は自分の魔力

を失うことになるから、出来ることなら避けたいだろう」

「だからベルダネウスの力玉を。でもどうして?」

「セシル自身から聞いたんです」

 答えたのはマスカドルだった。

「ボーンが変わりの力玉をベルダネウスという自由商人から買うと言っていた

と。セシルがあなたの名前を聞いた時、大変驚きましたよ。私も彼女から話を

聞いて、最初は何か思惑があってここに来たのかと思いました」

「あなたたちの変化には気がつきませんでしたよ」

 ベルダネウスは苦笑いした。

「ご自分のことを無能とおっしゃるが、自分の思惑を気づかせないとはなかな

かです」

「セシルは力玉の魔力がつきようとしていることを知っていました。私はあな

たから何とか力玉を手に入れることが出来ればと思いましたが、手に入れてど

うなると言うんですか。私に魔導の知識は無い。力玉を手に入れたところでど

うしようもない」

「その時点で私に相談してくれればよかったのに。こいつら、このまま魔力が

尽きて死ぬのを受け入れるつもりだったのよ!」

 アーシュラの怒りの声がロビーに響いた。

「セシルは魔力が尽きる最後の数日を私と過ごすつもりでここに来たんです。

そのためにボーンから逃げてきたと」

「逃げてきた?」

「はい。ですからボーンが殺されたと聞いて驚きました。彼女は詳しい事情は

話しませんでしたが、私もあえて聞こうとは思いませんでした。聞かなくても

大方の想像はつきましたし」

「話の腰を折りますが、私はここの詰所は二人の衛視しかいないとワコブで聞

きました。一人はあなたとして、もう一人の衛視はどこです。まさかセシルさ

んじゃないですよね」

 ベルダネウスの口調は、お客様の対する穏やかなものに戻っていた。

「彼は……スヴィングと言いますが、彼はワコブに戻っています。姉夫婦に子

供が生まれたというので、そのお祝いに戻ったんです。ちょうど皆さんが来る

日のことです」

 それを聞いて、ルーラはワコブを出てここに来る途中、数人の衛視とすれ

違ったのを思い出した。あの中の誰かがスヴィングという衛視だったのかも知

れない。

「彼は何かあった時のため、代わりをよこしてもらおうと言いましたが、二、

三日なら私一人でも大丈夫だと説得したんです。その間に、セシルと一緒に逃

げるつもりでした」

「逃げるって」

「それは後にしましょう。それにしてもセシルさんを治癒したのがアーシュラ

さんでよかった。ファディールさんだったら今頃どうなっていたか」

 あの時、ファディールはクレイソンを追っていた。彼が襲う人物を最期まで

確かめたかったのだろうが、おかげでセシルの治癒をアーシュラが担うことに

なった。魔導人を見極めようとする行動が魔導人から遠ざけたのは皮肉であ

る。

「あの時は私も自分の馬鹿さ加減に腹が立ったわ」

 アーシュラが怒り混じりの叫びをあげた。

「そうよ、心臓に直接魔力をぶつければその反応で本物の心臓か力玉かの違い

はわかるのよ。なんでこんな簡単なことが……」

「でも、おかげで魔導人の正体は皆にバレないままだった」

「それは幸いだったわね。セシルが魔導人だとバレたら、みんながこぞって彼

女の心臓を抉り出そうとするのは明らかですからね」

「そう。あなたはフィリスの告白を聞いて、ここに魔導人がいるというのは勘

違いによるものだと真っ先に言いだした。あれはちょっと不自然でしたね。む

しろ魔導人の存在に最後まで固執すべきでした。それでいて、私にはまるで自

分が魔導人のような物言いをするし」

「仕方ないでしょ。ただの追求じゃしらばっくれるのがわかりきっているんだ

から」

「確かに。でも、おかげで私はセシルさんが魔導人だと確信しましたよ」

「私が魔導人だとは思わなかったの」

「私たちがマスカドルさんをここに連れ込んだ時、彼がボーンの名を口にして

真っ先に動いたのはあなたでした。あなたが魔導人ならそんなことはしません

よ」

「私もやってて苦しいなとは思ったけどね」

「あなたがエクドールの味方したのはなぜですか? セシルさんが動けない以

上、ここを戦いの場にするのは避けるべきだと思いますが」

「仕方ないでしょ。金がいるのよ。もしもあんたが力玉を持つ手いなかった場

合、急いで力玉を手に入れなきゃならないわ。そうなると必要なのは金よ。分

け前としてもらえるはずのヴァンクの羽根が目当てよ。

 さぁ、もう良いでしょう。さっさと力玉を出しなさい」

「アーシュラさん、もう良いです。やめてください」

 マスカドルが両手を広げて彼女に向かう。

「やめないわ。これはあんたたちの為じゃない。私のためよ。私の魔導人研究

の探究心を満たす為よ」

「マスカドルさんの言う通りです。あなたがこんなことをしても意味が無い。

ルーラ!」

 ベルダネウスはルーラと目を合わせ、大きく頷いた。

 その意味を悟ったルーラは、腰に縛り付けた小さな鞄から力玉を取り出し

た。

 アーシュラが満面の笑みを浮かべ、魔力を集中させた。魔玉が輝き、それに

応えるように力玉も光り出す。

「本物だわ。本物の力玉!」

「あいにくですが、これをあなたに渡す気はありません」

 ルーラが小走りで戻り、ベルダネウスに力玉を渡す。

「今のあなたはただの強盗です。私としては強盗に屈するよりも、客と商売し

たいですね。マスカドルさん」

 いきなり呼ばれて、マスカドルが思わず自分を指さした。

「どうです。この力玉を買いませんか? セシルさんの命を長らえることが出

来ますよ」

 マスカドルは喜んだがすぐに肩を落とした。それでもまだ希望にすがるよう

な目で口を開く。

「いくらですか?」

「一千万ディル。一ディルたりとも負けません。もっとも、前金として三百万

ディルもらっているので七百万ディルで結構です。この取引はボーンの延長と

考えるべきでしょうからね」

 その値段にマスカドルが真っ青になった。

「あんた、馬鹿じゃないの。私達に力玉を買うようなお金を持っていると思っ

ているの。それがあったら、命をかけてまでヴァンクを仕留めようなんて思わ

ないわ」

 アーシュラが言ったが、ベルダネウスはそれを無視する。

「セシルさんは、ここに来たときに大金を持っていませんでしたか?」

「ボーンがあなたに払うはずだった代金の残りのことでしたら、アーシュラさ

んからも聞いたでしょうが持っていませんでした。彼女は、本当に体一つで僕

の下に来たんです」

「……だったら、仕方がない」

 ベルダネウスが、力玉を磨きながら言った。

「時間をかけて少しずつ払ってもらいます。生活や研究に必要と思われない財

産などがあれば、全て没収して支払いにあてる。七百万ディルになるまで、死

ぬまで払ってもらいます。

 金額に達しないままあなたが死んだら、残った財産は衣類から家具、布団に

至るまで全て私がもらいます。友達が出来て、その人に形見をなんてことも認

めません」

「あんたねぇ、私達の邪魔をしといて、虫の良いこと言っているんじやないわ

よ」

 言うアーシュラを相変わらず無視して、ベルダネウスはじっとマスカドルを

見据えた。

「どうです。この力玉、買いますか?」

「買います」

 即答する。

「七百万ディル、一生かかっても払います。絶対に払います!」

「よろしい。契約書を書きましょう。それのサインと引き換えに」

 ベルダネウスは、力玉を軽く掲げた。

「これはあなたのものだ」

 そして満足げな笑みを浮かべた。


 戦いが終わり、ヴァンクの幼獣を解き放った一同はようやく休息の場を得

た。

「やっと人心地ついた」

 添え木を外し、服に袖を通したベルダネウスは安堵の息をついた。今まで

ずっと下着姿だったのだ。戦っている間は緊張して致し体も動かしていたから

耐えられたが、安全を感じると途端、寒さが襲ってくる。服を着込み、それか

ら改めて添え木をしてもらう。

「ベルダネウスさん、よろしければこれを」

 マスカドルが布で包んだ鉄製の細長い筒を差し出す。

「ワコブで使われる暖を取る道具です。筒の中に焼いた石が入っていますか

ら、冷めるまで暖かいですよ」

「ダングですね。ワコブで余裕があったら仕入れるつもりだったんですが」

 それを懐に入れたベルダネウスの顔が緩む。

 瓦礫を片付け、死んだものたちの遺体をそれほど被害の少ない部屋の隅に運

ぶ。念のためとソーギレンスはファディールとエクドールの遺体に未死者封じ

の紋様を描いた。

「あなたの言う通り、揃って生き残ることは出来ませんでした」

 ベルダネウスはボーンヘッドの遺体に馬車に置いてあった物の中で一番上等

の酒を持たせると、硬貨をそっと握らせた。彼がいつも占いに使っていたあの

硬貨である。

 フィリスの遺体も地下牢から運び出され、並んで横たわらせた。

「良い仲間になったのに……」

 哀しげにつぶやくルーラにベルダネウスは

「なったさ。ファディールが言ったろう。最後に抵抗したために血が広がった

と。彼女は自分の命と引き替えに犯人の逃げ道を塞いだんだ。あれがなけれ

ば、ファディールを追い詰める証拠は手に入らなかったろう」

 ベルダネウスは改めてフィリスの遺体に向かって

「あなた自分の命をもって私たちを助けてくれた。立派に護衛の任務を果たし

てくれました。護衛料です」

 彼は持ってきた金袋に手を入れ、金貨を山盛りにしてつかみ出すと、それを

フィリスの胸に置いた。ルーラの五十日分の給金よりも明らかに多かったが、

彼女はそれに不満はなかった。

「遺族がいればそちらに渡すべきなのでしょうが、あいにく知りません。これ

は彼女と一緒に埋葬してください」

 静かにバールドの経を読むソーギレンスは、その言葉に小さく頷いて返し

た。彼女たちの遺体は揃って後で埋葬することになっている。

 ロビーでは、アーシュラが力玉の魔力をセシルに移すための準備をしてい

た。床を綺麗に掃き清め、魔導陣を描いていく。

 移送手段と魔導師の力量にもよるが、移送するときにどうしてもいくらかの

魔力が失われる。この準備は減少率をできるだけ低くするためのものだが、そ

れでも、二割程度の減少は避けられないと彼女は言った。

「力玉そのものを入れ替えられれば一番良いんだけど、私じゃ無理」

 彼女の見立てでは、ベルダネウスの持っていた力玉の魔力ならばセシルを十

五年前後活動させることが出来るという。力玉に込められているものとして

は、まあ平均的な量である。減少を考えても十年は生きられるはずだ。

 もちろん、セシルが一日活動するのに必要な魔力がハッキリわからないた

め、二~三年のずれは生じる可能性がある。

「よし、これでいいわ」

 アーシュラが完成した魔導陣を見回し、満足げに頷いた。

「すぐに魔力移送をはじめるわよ」

 意気込む彼女に、ベルダネウスが待ったをかけた。

「契約書はまだ出来ていません。それにあなたも休んでからにした方が良い。

私は魔導に関しては素人だが、魔力移送がかなりの技術と精神集中を伴うこと

は予想できる。十分休息を取って体調を整えてからの方が」

「うるさいわね。素人は黙ってなさい!」

 わめいた途端、アーシュラの腹が鳴った。

「あなたの体も休息を求めているようですよ」

 真っ赤になって言葉が出てこない彼女に代わって、また腹が答えた。

「あの、簡単なものですが食事が出来ましたので」

 食堂の方からマスカドルがやってきた。

「し、仕方ないわね」

 腕を組み、ふんぞり返りながらの彼女の言葉に、ルーラは必死で笑いを堪え

た。

 文句を言いながら食堂に向かうアーシュラを見送ると、ベルダネウスはもう

一度フィリスとボーンヘッドの遺体に目を向けた。

 その表情に苦い物が混じるのをソーギレンスは見た。

「二人の死に思うところでもありますか」

「いえ……」

 ベルダネウスはどうしようもないと首を横に振り

「思ったんですよ。昨夜、夜明けを待たずにエクドールを押さえていれば、こ

の戦いも避けられ、二人が死ぬこともなかったのではないかと。ならば、この

結果は私の判断の誤りによるものです」

「ベルダネウス殿、死というものは人の意思で変えられるものではない。それ

とも、貴殿には二人が不満を持って死んだと思うのか」

 改めて二人の死に顔を見た。

 最後の最後まで戦い、最後にヴァンクの成獣という強敵を得た。敗北という

結果ではあるが、ボーンヘッドの顔はどこか満足げに見えた。

 うまいこと行かないばかりだったが、最後の最後で敵に一矢報いることが出

来たフィリスは笑っていた。

「そういうことだ」

 ソーギレンスはベルダネウスの背を叩いた。


 厨房はかろうじて使えたが、食材の大半が瓦礫に埋もれてしまっていた。作

られた食事は何とか無事だった野菜と燻製肉をぶつ切りにして煮込んだ簡単な

スープだったが、皆はむさぼるように食べた。アーシュラは四回もおかわりを

して皆を呆れさせた。

 腹がふくれたて満足したのか、アーシュラは儀式をすることも忘れたかのよ

うにあっという間に眠りに落ちた。

 その姿に一同は顔を見合わせ笑い、自分たちも毛布を手に半分壊れた炭火ス

トーブの周りに集まり、横になった。

「グラッシェ、乗馬用でもないのに頑張ってくれたな」

 ルーラとベルダネウスによって馬小屋に戻されたグラッシェは何の何のとば

かりに小さくいなないた。

 二人は詰所に戻らず、馬車の中で眠ることにした。なんとなく、今夜はグ

ラッシェも交えて過ごしたい気分だった。幸いにも、ベルダネウスの馬車には

隅に小さな灰箱があり、そこに炭火を入れれば簡易ストーブになる。彼らを閉

じ込める必要もなくなったせいか、外も暖かくなり、雪も水へと変わる準備を

始めていた。

「ザン、右手と右足、大丈夫?」

 毛布にくるまる彼を手伝いながら、ルーラは心配そうな目を向ける。

「ああ。手綱で無理した分、右手がちょっと痛むが、明日もう一度アーシュラ

さんに治癒魔導をかけてもらう。二、三日もすれば元に戻るだろう。念のた

め、町に着いたら専門の医者に診てもらうつもりだが」

「ごめんなさい」

「謝る必要は無い。お前が逃げ延びたおかげで、みんなは私を人質にせざるを

得なくなり、殺されずに済んだ。お前のおかげだ」

 二人は毛布にくるまり、炭箱の前で身を寄せた。炭火の暖かさより、相手の

ぬくもりが心地よかった。

「ザン」

「何だ」

「生きててよかった……」

「どっちがだ。お前か、私か?」

「二人とも……」

 珍しく照れた笑みを見せたベルダネウスがルーラを無事な左腕で抱き寄せ

た。

「あ」

 戸惑ったルーラは、目の前、本当にすぐ目の前に彼の顔があるのに気がつく

と、逆らうことなく目を閉じた。

 それは、ベルダネウスが初めて彼女を女性として触れた瞬間だった。


 夜が明けて一同が見たのは、久しぶりの青空だった。暖かい日射しが詰所を

照らす。とても昨日まで季節はずれの大雪に見舞われていたとは思えない暖か

さだった。

「やっぱりお日様最高!」

 日の光を浴びてルーラは思いっきり伸びをする。全身から喜びがあふれ出す

ようだった。そして、その喜びをもたらすものは日の光だけでは無かった。

 生あくびをと共に出てきたベルダネウスを一杯の笑顔で出迎える。

「おはよう」

 言いながら、唇を軽く突き出し目を閉じる。

 さすがにベルダネウスも少しむっとして彼女の額を指で押し戻した。

(……早まったかな……不覚だ……)

 へらへら笑いながら踊るように詰所に向かうルーラの姿に、ベルダネウスは

肩を落とした。

 明るくなると、詰所の壊れっぷりがよけいハッキリして見えた。建物自体半

壊し、二階部分に至っては一部をのぞき壁も屋根も吹き飛んでいる。

「戦っている時はもう少し残っているような気がしたんだけど」

 詰所に入っても日の光を浴びるとなって、さすがにルーラも笑顔が引きつっ

た。

 で、詰所をこんなにした張本人のヴァンクはというと、まだ山に戻ることな

く、詰所正面の庭でやっと自由になった我が子の頭をなめていた。体に突き刺

さっていた槍などは昨夜のうちに全て抜き取られたが、まだその跡は痛々しく

残っている。

 傷だらけの親を案ずるのか、子供は心配そうに鳴いている。

「なぜ戻らないんでしょう?」

「もうここに危険は無いと知っているんです。無理して動くことはないと」

 ルーラが答えた。

「しかし、雪が止めばワコブから衛視が来るだろう」

「ワコブ付近はまだ雪を降らせているそうです」

 ヴァンクも抜け目はない。ちゃんと安全を確保した上でここで体を休めてい

るのだ。

 一同が呆れていると

「寝過ごしたーっ!」

 詰所の中からアーシュラの叫びが聞こえてきた。

 しかし、ぐっすり眠って頭をハッキリさせた甲斐はあった。ロビーに描いた

魔導陣に、いくつか描き違いが見つかったのだ。大事な場所らしく、ほとんど

最初からやり直しだと彼女は嘆いた。

「やはり、大事なことは体調を万全にした上でやらないと駄目ですね」

「うるさいわよ! 邪魔だからあっち行って!」

 言われなくてもベルダネウスはロビーを出るつもりだった。マスカドルとの

契約書を作らなければならない。サインはともかく、文章を書くまでは右手が

回復していないので、彼の言葉に従いルーラが文章に起こしていく。

「ところで、ひとつ聞いておきたいことがあるのですが」

 書き終えた契約書の確認を終えると、ベルダネウスがマスカドルに向き直っ

た。

「何ですか?」

「ボーンを殺したのはセシルさんなんですか」

 ルーラは書き慣れない文書作りで疲れた顔をあげた。今までボーン殺しのこ

とをすっかり忘れていた。

 皆がロビーから運ばれたソファに横たわっているセシルを見た。

「はい、セシルです。彼女自身告白しました。ですから、魔導人が創造主であ

るボーンを殺したというのは、事実なんです」

 一同がマスカドルを見る。皆が話を聞きたがっている目だ。

 そして、マスカドルの告白が始まる。


【次章予告】

人は誰でも、欲しいものを手に入れるために生きる。

それは時に金であり、安らかな心であり、愛する人である。

人間でないものを愛した男は、その愛を否定しなかった。

愛された人間でない女は、その愛に応えたかった。

それが、幾人もの命を奪うことになるとも知らず。

それでも、彼は彼女を愛する。

次章【十九・知らないこと、出来ないこと】

人が愛するものは、人でなくてもかまわない。


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