表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/21

【十二・生者対未死者】

   【十二・生者対未死者】


 クレイソンに向かっていく者たちには油断があった。いくら未死者が生前よりも強くなっているといえども、所詮は一人、こちらは多数。不意打ちされるならともかく、正面での戦いになれば簡単に倒せるだろう。そう思っていた。

 二階に上がったクレイソンを追って、階段を駆け上がるソーギレンスの足が止まる。

 相手が階段を上ったところで、クレイソンは弓を構えていたのだ。

 階段途中では逃げ場がない。足を射抜かれ、ソーギレンスは階段を転げ落ちる。

「フィリス、戻れ。ロビーの階段から二階に上がる。ルーラはソーギレンスたちと一緒に、クレイソンの気を引き続けろ。挟み打ちにする」

「わかったわ」

 ベルダネウスとフィリスが踵を返すのを見て、ルーラは階段に向かうと倒れているソーギレンスを階段の陰に引っ張り込んだ。

「盾になるものはないか!?」

 階段ではボーンヘッドが段上のクレイソンを攻めあぐねていた。駆け上がろうにも、うかつに階段に入れば弓の的だ。

(風の精霊の力が借りられれば、弓矢なんか)

 ルーラが剣を手に唇を噛む。

 足を押さえながら、ソーギレンスが立ち上がる。彼の手は、自分の血で赤く染まっていた。

「ソーギレンス、走れるか?」

「全力とは行かぬが」

「十分、行くぞ!」

 クレイソンが矢を番える隙を狙って、ボーンヘッドの投げナイフが飛んだ。

 偶然ではあったが、それは弓の弦に当たった。矢を射ろうと引き絞った弦が切れた。

 しめたとばかりにボーンヘットとソーギレンスが階段を駆け上がる。

 クレイソンは弓を捨てると、通路へと逃げた。

「逃がすか」

 追って階段を三人が駆け上がったとき、クレイソンの姿はなかった。

 ちょうどロビーの階段からベルダネウスとフィリスが上がってきた。途中で合流したのか、ファディールも一緒だ。

「野郎、どこかの部屋に入り込んだな」

 通路の両側にずらりと並ぶ客室の扉。

「姿が見えなくなってから、俺たちが来るまであまり時間がなかった。おそらく階段近くの部屋だ」

「普通の人間ならそうだ。だが、未死者の動きならば」

 ソーギレンスが、矢を射られた足を引きずりながら言った。

「やられたんですか」

「不覚だ。未死者封じも効果なし。己の未熟さが嫌になる」

「とにかく、部屋をひとつひとつ探りましょう」

 どの部屋から調べようか、皆が迷っているときだ。

 ふと、人の気配を感じたルーラは、下の通路をエクドールが走る姿をみかけた。彼は人目を避けるように、裏口から外に出る。

(どうしてこんな時に)

 考えて、すぐ彼の目的に思い当たった。彼は自分の馬車のところに行くつもりなのだ。

 ソーギレンスたちは油断なく武器を構えながら、どの部屋から調べようか話している。

 一息の間、ルーラは考え、そして階段を駆け下りた。エクドールを追って馬小屋に向かう。

「ルーラさん」

 後ろから声をかけられた。振り向くと、セシルがやってくる。

「どうしたんですか。こんなところで」

「エクドールさんの姿が見えたものだから、セシルさんはどうして」

「あたしも彼を追ってきたんです。紋様の中で待つように言ったんですけど、荷物が気になると言って。放っておくわけにも行かないし、先ほどのルーラさんの言葉もありましたし」

「マスカドルさんは?」

「アーシュラさんと一緒に紋様の中です」

「とにかく、エクドールさんを連れ戻しましょう」

 二人で馬小屋に入ろうとしたところ、ルーラはとっさにセシルに静かにするよう、口に指を当てた。どうしてそうしたのか彼女自身もとっさに説明がつかなかった。あえて言うなら、精霊使いの本能がそうさせたのだろう。エクドールが馬車の中の何かを確かめるためにここに来たのは間違いない。それが何なのか?

 二人が物陰から様子を探ると、エクドールは馬車の鍵を調べていた。開けられた形跡がないのでほっとしているように見える。それでも実際に中を確かめないと気が済まないのか、鍵を取り出し開けた。

 風が激しさを増した。もしもこの時、ルーラが精霊の槍を手にしていたら、風の精霊からの言葉を聞けただろう。

 馬車の扉が開かれたが、彼女達の位置からは中は見えない。弱々しい動物の鳴き声が聞こえた。満足げにうなずくエクドール。

「よかった。こいつがいなくなったら、私は本当に終わりだ。まったく……」

 さらに鳴き声。しかし、それは弱く、哀しい。

 その声の正体を知ろうと、ルーラは中が見える位置に移動しようとした。できればこのまま現場を押さえたいので近くに。そっと馬の後ろを通って馬車に近づこうとした。

 しかし、セシルは彼女ほど注意していなかったらしい。小屋を半分ほど進んだところで、後ろを通る彼女に気がついたエクドールの馬がいきなり暴れ出した。

 まずいと思ったときはもう遅かった。エクドールは、接近しようとしている彼女達に気がつき、慌てて扉を閉める。

「どうしてここにいるんです。未死者退治はどうしたんです?」

 ルーラは、開き直るしかないと彼の発言を無視して堂々と歩み寄る。

「その中には何がいるんですか」

「なんですか、いきなり。これは私の馬車ですよ。どんな商品があろうと、あなたには関係ありません」

「普段ならそうですね。でも、精霊達があたしに語りかけたんですよ。その中にいるものについて」

 ハッタリだった。しかし、ルーラの勘はそう言っている。そして、それはいまや確信に近かった。

「この季節外れの雪は、あなたを足止めするためのものじゃないんですか」

「勝手に決めつけないでください」

「だったら、見せていただけませんか」

 返事も聞かずに、馬車へと歩いていく。その前にエクドールが立ちはだかる。

「邪魔するんですか。だったらいいです。こちらにも考えがあります」

 ルーラは後ろで事の成り行きを見ていたセシルに顔を向ける。

「セシルさん。衛視としての権限で、エクドールさんの馬車を改めてもらえませんか」

 エクドールの顔色が変わった。

「ここでは荷物の検査なんてしないか、しても形ばかり。以前、マスカドルさんがそう言っていました。ですから、ちゃんと荷物をひとつひとつ調べて欲しいんです。この中に何が入っているのか。さっきも言いましたが、今も降り続いている雪は、私達ではなく、エクドールさんを足止めするために降り続いているんです」

「そんなことがどうしてわかる」

「あたしは精霊使いですから」

 また馬車の中から、弱々しい声が聞こえた。

 思わず振り返るエクドール。その隙を突いて、ルーラは馬車に駆け寄り、エクドールを突き飛ばした。

「何をするんです」

 そんな声は無視して、馬車の扉を開ける。

 半分近くが荷物で埋められている中、一辺がルーラの身長ほどの檻がある。その中には、彼女が見たことのない小動物がいた。

 大きさはルーラと同じぐらいの四足動物。キツネを思わせる顔立ち。扇形に広がった耳。全身を覆う鳥のような羽根は、地は銀色だが、足の関節から先はうす茶色。背中には七色の縞模様があり、五つに別れた尻尾は、それぞれが赤、青、

緑、黄、黒に塗り分けられている。ここまで派手でありながら、悪趣味には感じられない。むしろ、それらの色合いが絡まり、落ち着きさえ感じさせる。

 体のあちこちに怪我をしており、その四肢には檻の鉄格子に鎖でつながれている。

 その動物は、弱々しい目をルーラに向ける。瞳に射抜かれ彼女の体が硬直した。そして、この動物の正体を知った。

「……ヴァンク……」

 精霊使いにとっての聖獣。生まれながらにして精霊と意思を通わせ、その土地の自然の守護者として君臨する精霊獣。それが、今、目の前にいる。しかも、傷つき、弱った状態で。大きさや尻尾の形から見て、まだ子供だろう。

 ルーラがヴァンクの子供に向かって、片膝をついて頭を垂れた。彼女の意思というより、精霊使いとしての意思がそうさせた。

 慌ててエクドールが馬車の扉を閉める。その音が、ルーラの意識を現状に引き戻す。

「何てことをするんです。あなた、ヴァンクがどういう生き物であるかわかっているんですか」

「わかっていますよ。貴重で危険な精霊獣だということぐらい。だから商品として価値があるんです。タマリアン家ではこいつを高く買ってくれる。力玉の何倍もの額でね。

 さすがに大人のヴァンクを捕まえるのは無理でしたけど、親の隙を突けばこうして子供を捕まえることは出来る。こいつを売れば、私は生涯遊んで暮らせる」

 歯を見せてのエクドールの笑顔は、ルーラにはとてつもなく汚らしく見えた。

 ヴァンクは今、絶滅しかかっている。人間のために。

 その原因はヴァンクの羽根である。成長したヴァンクの羽根はそれ自体が精霊の力を秘めており、一本につき百万~二百万ディルで取引されている。欲に目のくらんだ人間にとって、ヴァンクは生きた財宝なのだ。

 ヴァンク自身が、精霊の力を自由に使えるだけに、捕まえようとして返り討ちに会う人間も多いが、それでも狙う人間は後を絶たない。

「それがどうしたっていうの」

 もはや、彼女のエクドールを見る目は変わっていた。彼は精霊使いにとって命よりも大切なものを傷つけ、汚した人間なのだ。

「ヴァンクを弄ぶことは、大自然を弄ぶのに等しい行為なのよ」

「それはあなたたち精霊使いの言い分です。私がこいつを捕まえるのに、どれだけ苦労したと思うんです。アークド銀をそろえ、戦士や魔導師達を雇って。おかげで私は全財産を使い切ったんですよ」

「アークド銀!?」

 言われて、ルーラはヴァンクを閉じこめている檻の格子が光沢のある銀で出来ていること、一本一本に細かく魔導の紋様が描かれている。

 アークド銀は、魔導によって精製された魔導金属の一種である。魔導との相性が抜群で、最高級の魔導品に使われているが、精製時に猛毒が生じる。それによって精製の現場付近の自然は死の大地となるほどだ。精製後も、魔導を高め、精霊の力を押さえる働きがある、精霊使いにとって天敵のような金属である。以前ルーラが精霊たちに馬車の中を見てもらおうとして失敗したことがあるが、あれはアークド銀のせいだったのだ。

「精霊獣と言われるヴァンクも、アークド銀の牢に入れてしまえばただの獣ですからね」

 引きつった笑みを浮かべ、ルーラをにらみ返す。

「こいつは私のものです。私の未来を保証する財産なんです。いくらあなたが精霊使いだからって、勝手なことはさせませんよ」

 ルーラが槍を構えた。慌ててセシルがその手を押さえる。

「落ち着いてください。こんなところで傷つけ合わないでください」

「けどね」

 その時、詰所の方で派手にガラスの割れる音がした。続いて何かが転げ落ちる音。

 振り向くルーラ。

 詰所の裏口から、フィリスが飛ばされてくる。受け身を取り、剣を構え直す。

 続いて精霊の槍を手にしたクレイソンが現れ、フィリスに襲いかかった。

 その穂先を剣で流し、相手の足に切りつける。クレイソンの足の肉がいくらか削り取られるが、未死者である彼には、当然、痛みはない。かまわずフィリスに槍を突きつける。

 わずかな躊躇の後、ルーラはフィリスを助けるべく駆けだした。

「フィリス!」

 槍でクレイソンに挑む。鋭く突いたルーラの槍を、クレイソンは流しつつ彼女の足を払ってくる。ルーラはそれを柄で受け、そのまま絡ませるように突いてはクレイソンの腕を狙う。

 ルーラとクレイソンの槍の腕はほぼ互角だった。だが、腕が互角なら自身の肉体を傷つけることも恐れずに力を出せるクレイソンの方が有利だ。人間の限界を超えた力でルーラとフィリスを押していく。

「や、止めてください」

 セシルも剣を抜いたが、どう見ても素人がおっかなびっくり構えているようで、クレイソンも彼女を相手にはしなかった。

 詰所からソーギレンスとベルダネウス、ファディールが飛び出してきた。ベルダネウスは髪が乱れ、シャツのボタンははじけ飛びよれよれになっている。ソーギレンスも額に血をにじませていた。無傷なのは距離を取っていただろうファ

ディールだけだ。

 ソーギレンスの剣をさばいたクレイソンは、フィリスに挑んでいく。

 その動きにルーラは

(あれっ)

 と思った。目の前のソーギレンスではなく、フィリスへの攻撃を優先したように見えたのだ。

ソーギレンスの体の紋様にひるんだのではない。最初から眼中にないような動きだった。

「ルーラ、大丈夫か」

 駆けつけたベルダネウスが彼女を詰所へと引き寄せた。ボーンヘッドたちも一緒だ。だが、どういうわけか、彼らはフィリスを助けようとしない。

「ザン、あのフィリスから借りた小剣は?」

 あれを使えば少しは援護が出来るはずだが、なぜかベルダネウスは黙って彼女の戦いを見ているだけだ。

「ちょっと、どうして何もしないのよ」

「まぁ、見ていな」

 ボーンヘッドが剣を手に、フィリス達に近づいていく。二人のすぐ横まできて、剣を構えた。ところが、クレイソンは一向に反応しない。ひたすらフィリスに対して攻撃を続けている。

 いきなり、ボーンヘッドが持っていた大剣でクレイソンを横殴りにした。

 たまらずクレイソンはバランスを崩し、転倒する。だが、すぐに起きあがるとまたフィリスに挑んでいった。相変わらずすぐそばのボーンヘッドには目もくれずに。

「この通りさ。俺なんざ目もくれねぇ」

「どういうこと?」

「つまり、クレイソンの目的はフィリスさんだということです。僕たちには目もくれず、彼女だけを狙っているんです」

「下手にちょっかい出さなけりゃ、俺達が標的になることはない。となれば、無理して突っかかることもないわけだ」

 ボーンヘッドの口調は完全に他人事である。このまま口笛でも吹き出しそうだ。

「でも、さっきはあたしを弓矢で狙ったわ」

「お前じゃない。お前の後ろにいたフィリスを狙ったんだ。彼女がお前を押し倒したのが、ちょうどお前を助けたように見えただけだ」

「それじゃあ、あたしを馬小屋で襲ったのは?」

「フィリスと間違えたんだろう。暗かったし、あのとき、お前は彼女のコートを着ていた。実際、あのとき、クレイソンは槍を奪ったもののお前にとどめは刺さず、すぐに退散している。間違いに気がついたんだ。そして、それはひとつの事実を示している」

 二人の戦いを見つめながら言う。

「クレイソンを襲い、殺したのはフィリスだということだ」

「それはつまり、彼女こそが魔導人だということです」

 ファディールが杖を握る手を固めた。

「だったら、朝方、あたしを襲ったのは? あそこにはフィリスはいなかったし、あたしやセシルさんが、彼女の服を着ていたわけでもないわ。コートは着てたけど、同じ間違いをするとは思えないし。それとも、未死者だから同じ間違いもするの?」

「……そこが問題なんだ……。何か引っかかる」

 唇を噛むベルダネウス。

「しかし、クレイソンさんの狙いは間違いなくフィリスさんです」

 フィリスとクレイソンとの戦いは続いている。技量はフィリスの方が上なのだが、クレイソンは傷ついても攻撃の手を緩めない。戦いが長引けば彼女に不利だ。

 ファディールが魔玉の杖をかざした。ベルダネウスが手を伸ばし、それを下ろす。

「とにかく、標的がわかった以上、これ以上の戦いは無用です。早々に決着をつけましょう」

「あたしも手伝うわ。フィリスを助けなきゃ」

 ルーラも槍を構え直す。

「出来ればボーンヘッドさんも手伝って欲しいですが」

 仕方ねえなとばかりに、ボーンヘッドは例のごとく硬貨を弾いた。掌に挟んで受け止めた硬貨の裏表を確かめ

「お前らに任せる」

 と一歩下がった。どうやら、手伝わない目が出たらしい。その態度に、ルーラはじろりと睨み付けたが、彼は一向に気にしないようだ。

 ベルダネウスが鞭を取り出し前に出た。

「ファディールさんは下がっていてください。それと、あなたはひとつ間違えています」

「何をです」

「フィリスは魔導人じゃありません。私が保証します」

 ベルダネウスが鞭を振るい、クレイソンの槍を持つ手を打った。精霊の槍を落とそうとしたのだが、うまくいかなかったようだ。

 ベルダネウスを見たクレイソンが槍を向けた。鞭の使い手は珍しい。彼の記憶の中に、ワコブの下水道での戦いが残っていたのか、明らかにベルダネウスに対して反応した。

「もう止めてください」

 ベルダネウスに挑もうとしたクレイソンにセシルがしがみついた。無謀ともいえる行為だが、それはフィリスたちに僅かながら余裕を生みだした。

「フィリス、こっちだ」

 ベルダネウスが叫び、詰所を指さす。彼が何か考えているのがわかったのだろう。フィリスは一目散に詰所へと駆けだした。

 クレイソンが、しがみつくセシルをふりほどく。

 その勢いでセシルは小屋の柱に頭をぶつけ、そのまま頭を押さえて倒れた。押さえた彼女の手の隙間から、血がにじみ出る。

 その様子にクレイソンは明らかに狼狽した。その隙にフィリス達は詰所へと駆け込む。

 慌てて詰所へと追っていくクレイソン。ファディールもその後を追った。

「誰か……彼を止めて……」

 セシルは頭を押さえながら言い、そのまま気を失った。


 詰所に飛び込んだベルダネウスたちは、目の前の階段を駆け上る。

 フィリスは階段を無視して、ロビーに走る。追うクレイソンの方が速い。二人の距離は、あっという間に縮まった。

「なんでこっちに来るのよ!」

 慌てるアーシュラたちを無視してフィリスはロビーに飛び込むと、紋様を駆け抜け、階段を駆け上る。

 続いてクレイソンが駆け込んだ途端、床の紋様が反応した。まるで見えない壁に弾かれるかのように、クレイソンがはじき飛ばされた。

 その間に、フィリスは二階へと上がる。上ではベルダネウス達が待ちかまえている。

「キリオン」

 起きあがったクレイソンに、紋様から出てきたマスカドルが声をかける。

「……ありがとう。でも、もういい。やめるんだ」

 クレイソンの動きが止まった。そのままマスカドルに顔を向ける。

 ルーラは二階からその様子を見ていた。結界を挟んで対峙する親友同士。もしかしたら、このままクレイソンが死者に戻るのではないかと思った。

 だが、クレイソンは顔を二階に向ける。無表情のはずのその顔から、ルーラには妙に優しく、強い決意を見て取った。

「キリオン!」

 マスカドルの叫びを無視して、クレイソンは床の紋様をよけ、階段を駆け上る。

「マスカドルさん、セシルさんが怪我をしました!」

 叫ぶとルーラは、ベルダネウスと共に通路の両脇に張り付くように立った。クレイソンの目的がフィリスなら二人を無視するはずだ。

 だが、クレイソンはまっすぐベルダネウスに挑みかかろうとし、躊躇した。

 ベルダネウスはフィリスから預かった小剣をまっすぐクレイソンに向けていた。バールドの清めを受けた小剣は未死者に恐怖を与える。

 その隙を突いて、ルーラがクレイソンの槍を絡めるように払う。このまま精霊の槍を払い落とすつもりだったが、クレイソンの握力は精霊の槍を放さない。それどころか、ルーラも排除すべきものと認識したのか、攻撃の矛先を彼女に向けてきた。

「相手が違いますよ!」

 通路の奥からフィリスが叫んだ。剣を下段に構え、まっすぐクレイソンを見据え

「あなたが倒したいのはこの私でしょう。馬で急ぐあなたを雪道で襲い、殺したこの私! 関係ない二人じゃなく、私が相手になります!」

 ルーラは愕然としてフィリスを見た。それは紛れもない、クレイソン殺しの自白だった。

 クレイソンがうなり声と共にフィリスに突撃する。彼女をかばうようにソーギレンスが立ちはだかり、

「死を受け入れよ! 死者が生きるものの歩みを止めてはならぬ」

 ソーギレンスが印を結び、未死者殺しを床に突き立てた。

 目前に結界が生まれ、突っ込んできたクレイソンを跳ね飛ばす。転倒はしなかったものの、バランスを崩してよろめいた。

 その背中に向けてベルダネウスが小剣を投げつけた。それはまるでバールドの力に導かれるようにクレイソンの背中に突き刺さる。

 詰所中にクレイソンの絶叫が響き渡った。痛みを感じないはずの未死者が身をよじらせ、苦しみ悶えている。小剣を抜こうとするが、背中のために思うように手が伸ばせず、かろうじて触れても、その途端、触れた手がまるで焼けた鉄に直接触れたかのように弾かれる。

 ベルダネウスが鞭を振るい、クレイソンの右腕にからみつかせた。

 さらにもう一本、これは左腕にからみつく。

「ルーラ!」

 鞭の一本を彼女に渡すと、彼は素早く二階の欄干の間に鞭を通し、そのまま階下に飛び降りる。

 間髪を入れず、ルーラもそれに続く。

 まともな力比べなら、未死者であるクレイソンにかなわない。だが、二人の体重に落下する勢いが加われば別だ。しかもクレイソンは身もだえ、体勢もままならない。

 その思惑通り、クレイソンは二人の落下に引きずられ、そのまま欄干に押しつけられた。ちょうど鞭で欄干に貼り付けになった形だ。鞭の一本が、欄干の間を通っているため、柵を乗り越えて下に落ちるということもない。

「死を忘れたものよ。思い出せ、汝は死者なり!」

 未死者殺しを構えたソーギレンスが身動きの出来ないクレイソンに向かって突撃する。このまま串刺しにするつもりだ。だが、未死者の力をベルダネウスたちは少し侮っていた。

 クレイソンは身を起こすと、突撃して来たソーギレンスを蹴り飛ばし、両腕に鞭をからげたままフィリスに向かって走り出した。それは正に残された力を振り絞った最後の突撃のようだった。

 鞭を持って自ら重しとなっていたベルダネウスとルーラが、揃って持ち上げられる。

「なにぃ!?」

 二人は揃って欄干まで持ち上げられ、逆に二人が欄干に貼り付けになった。だが、二人とも鞭は放さない。

「い、痛ーっ!」

 ルーラが悲鳴を上げる。鞭を放さなければ、腕が引きちぎられそうな痛みだ。だが、彼女もベルダネウスも、放そうとはしない。そのためにクレイソンの前進にブレーキがかかった。

 今だとばかりにフィリスが突撃、クレイソンとすれ違いざまに剣を振るった。中途半端な傷は未死者には無意味だ。彼女の渾身の一撃は彼の右足を切断する。

 片足を失ったクレイソンは突進力を失い、ベルダネウスたちに引っ張られるようにして、再び欄干にぶち当たる。偶然だったが、その時彼の背中に刺さった小剣の柄が欄干の柱に当たり、刀身をさらに彼の身体に食い込ませた。

 激痛かバールド神の力か、抵抗が封じられるかのように痙攣するクレイソンめがけて再びソーギレンスが突撃する。今度こそとばかりに彼の未死者殺しがクレイソンの腹を貫いた。

「死を司る我が神バールド。この者に真の死を与えよ!」

 右手に未死者殺しを持ったまま、左手で素早く印を切る。指先に薄ぼんやりとした光が宿ると、彼はそれをクレイソンの額に押しつける。

 未死者殺しと指先を通じて、クレイソンから力が抜けていく。それでも、彼は最後の力で両腕を伸ばそうとした。まっすぐフィリスを見据えて。

 やがて、その腕から力が抜け、クレイソンの肉体は動きを止めた。

 ソーギレンスが未死者殺しを引き抜き、大きく肩で息をついた。

「終わったようだなる。もう降りても良いですか?」

 鞭にぶら下がったままベルダネウスが聞いた。

「大丈夫だ」

 それを合図にベルダネウスは鞭を叩いた。途端、まるで魔導のようにクレイソンの腕に絡みついた鞭がほどけ、彼は一階の床に降りた。ルーラには鞭をほどくのは無理なので、鞭をそのままに飛び降りた。

「あたしの槍!」

 肩を回してほぐすベルダネウスを横目にルーラは二階に駆け上がる。

 そこでは、フィリスが精霊の槍を手に待っていた。

「フィリス……」

「あなたの槍よ」

 精霊の槍を受け取った途端、ルーラに心地よい感触が戻ってきた。やはり精霊の槍と普通の槍とでは手にしたときの安心感が違うのだ。

 さらにフィリスはクレイソンの背中から小剣を抜き取ると軽く袖でぬぐい

「あなたにあげる。いらないならベルダネウスさんにあげて」

 と差しだした。何を言って良いのかわからないような顔のルーラの手を取ると、小剣を無理に握らせた。

 階段をベルダネウスとマスカドルが上がってきた。

 フィリスは二人を見、大きく息をついた。諦めのような、満足したかのような息だった。

「ベルダネウスさん、申し訳ありません。私の契約はここまでです」

 一礼すると、手にした剣を床に置き

「マスカドルさん。お手数をおかけします」

 素直に両手を差しだした。

「本当に、あなたなんですか?」

 先ほど通路での叫びをマスカドルも聞いている。しかし、クレイソンとの戦いを見ていない彼にはなかなか受け入れられないようだ。

「本当です。衛視キリオン・クレイソンをここに来る途中襲ったのも、ここでとどめを刺したのも私です」

「どうして……?」

 フィリスはそれに答えず、黙ってクレイソンの遺体に目を向けた。手すりにもたれるようにして倒れている彼は、既に未死者ではなくただの死体である。その右手には、ルーラの噛んだ跡がハッキリと残っていた。

 その前ではクレイソンが申し訳なさげに頭を垂れている。

「私もまだまだ未熟か……」

 手を伸ばし、服の前を軽く開いたソーギレンスが言葉を飲んだ。

「これは?」

「どうしました?」

 のぞき込んでみてルーラもその理由を知った。クレイソンの胸にはソーギレンスが描いたはずのバールドの紋様がどこにもなく、ただ土気色の肌があるだけだった。

「未死者封じの紋様が消されている」

 マスカドルたちも思わずクレイソンの胸を見た。

「未死者封じの紋様というのは、未死者自身が消すことが出来るんですか?」

「いや、紋様はただの図柄ではない。普通の人なら簡単に消せるが、未死者自身が消そうとしてもバールドの力をそれを拒む。封じの力を跳ね返すことは出来ても、封じの紋そのものは消せぬ」

「どういうこと?」

「誰かが消したんた」

 ベルダネウスの言葉に、ソーギレンスは怒りとも嘆きともわからぬ顔を天に向けた。

「クレイソン殿は、わざと未死者にされたというのか!?」

 ベルダネウスは首を振る。

「消した人は、運がよければクレイソンは未死者になる。程度の考えだったんでしょうけどね。でも、それでもやってみたかったんでしょう。あることを知るために」

「あること?」

「クレイソンを殺したのは誰かということです。彼を殺した事件は、状況だけを見れば、誰でも殺すチャンスがあった。誰が犯人でもおかしくはなかった。ですが、消した人にとってそれでは困るんです。誰が殺したのかを確実に知りたかっ

た。それには、被害者であるクレイソンに犯人を見つけさせるのが一番だったんですよ」

 皆がマスカドルを見た。

「ち、違います。私じゃありません。確かに、キリオンを殺した犯人を知りたいと思います。でも、そのために彼を未死者にするなんて」

「わかっています。あなたはそこまではしない。それにあなたは衛視だ。反感を覚悟の上ならば、犯人捜しの名目でここにいる私たちをずっと引き留めることが出来る。

 先ほど私は誰が殺したのかと言いましたが、正確には誰が魔導人かを知りたかったんです。みんな、魔導人が自分の正体を知られないようにするため、口封じに彼を殺したと思っていましたからね」

 ルーラは思わずフィリスのいた方を見た。だが、すでにそこに彼女の姿はなかった。

「おい、逃げる気か!」

 階下でボーンヘッドの声がした。

 欄干越しに下を見ると、フィリスが玄関から外に行こうとするところだった。ボーンヘッドは気絶しているらしいセシルを抱えて戻ってきたばかりらしく、彼女を抱えたままどうしようかと迷っているようだった。

「ルーラ、連れ戻せ」

「わかってる!」

 精霊の槍を手にルーラが階段を駆け下り、外に飛び出す。

 雪と風が彼女を迎えた。

 詰所の前こそ、雪かきのおかげで雪の積もり具合が少ないが、道をわずかに行けば、ほとんど雪が降り積もるままになっており、ルーラの胸元までの雪壁が出来ている。

 フィリスはそれを掻き分けるようにしてアクティブとの国境に向かっていた。しかし、思うように進めていない。距離にして十数歩の場所を必死に雪を掻き分けて進む彼女の姿は、真剣なだけに滑稽であり、哀れに見えた。

 無言でルーラは精霊の槍を構える。精霊石を通じて精霊たちに意思を向ける。

 ルーラの願いを受けて精霊たちが動いた。フィリスを中心に雪が舞い上がり、広場ができあがる。まるでルーラとフィリスを戦士に見立てた闘技場のように。

「待ちやがれ!」

 詰所からボーンヘッドとファディールが駆けてくる。

 再びルーラが精霊たちに頼んだ。風が雪を巻き上げ、二人を覆って視界を妨げる。

「おい、見えねえぞ」

 二人にとって、まさかルーラが攻撃をかけてくるとは思わなかったのだろう。文句は言っても得物を彼女に向けることはなかった。その立ち止まった二人の足下が陥没した。深さは彼らの膝ぐらいだが、いきなりだからたまらない。二人とも見事に足がはまった。途端、逃がさないとばかりに足をくわえ込むように地面が元に戻る。

「ごめんなさい!」

 ルーラがファディールに挑みかかり、その魔玉の杖を払い落とし、彼の手の届かないところに蹴り飛ばした。

「何しやがる。相手を間違えるな」

 いくら文句を言っても二人の両足は膝までがっちりと地面に埋まっている。ファディールはもちろん、ボーンヘッドの力でもそう簡単には抜けられない。死ぬことはないが、これでは移動することは出来ない。地面を掘って足を出そうにも、すぐに出来ることではない。

 好機と見たフィリスは、剣を構え直すと、ボーンヘッドに切りかかる。だが、その前に槍を構えたルーラが立ちふさがった。

「フィリス、もう止めて。ここで戦っても、逃げても何の解決にもならない。あたしにだってそれぐらい解る」

「けど、私は」

「ここを逃げてどこに行くつもりなの。こんな吹雪の中で。何も持たずに。雪に埋もれて死んじゃうだけよ」

「魔導人が死ぬかよ」

 ボーンヘッドが、足を掘り出そうと、剣を地面に突き立てる。

「フィリスは魔導人じゃないわ」

「何でわかるんだよ」

「ザンがそう言ったから」

「だったら、クレイソンはどうしてこの女を襲った。こいつがあいつを殺したからだろうが。魔導人以外に誰があいつを殺すってんだ」

「魔導人でなくても、衛視に襲いかかる人はいる。例えば、街で犯罪を犯して逃げる途中の奴とかな」

 いつの間に来ていたのかベルダネウスが立っていた。

「それが重罪であり、一刻も早く逃げたいならば、この雪で焦るだろう。衛視の姿を見れば追っ手と思い、襲いもするさ。そうだろう」

 ベルダネウスがフィリスに向き直る。

「フィリス、抵抗は止めろ。君の立場を悪くするだけだ」

「これ以上、どう悪くなるっていうんですか!?」

 剣を構え直し、少しずつみんなから遠ざかっていくフィリス。だが、彼女の後ろ……本来なら道のある場所は、雪の壁に閉ざされている。

「私とルーラをも敵に回すことになる。もしも抵抗を止めるのならば、私達も出来るだけのことをしよう。私は君を雇った。君は私を命と引き替えにしてでも守る義務がある。そして、それと同時に、私にも君がそれが出来るように出来うる限り助ける義務がある」

 その言葉に、フィリスは引きつった笑顔で答える。

「契約はここまでと言いましたよ」

「一方的な破棄は認められん。それが許されるなら契約の意味がない。君の仕事は私を守ることだ。自分を守ることではない。私を放って逃げ出すことは許されない」

「無理ですよ。だって……クレイソンさんを殺したのは、私なんですから……」

 彼女の顔は、怒りそうにも、泣きそうにも見えた。

「マスカドルさんやセシルさん達が、友達を殺された二人が私を許すはずがありません……。私はワコブに連れ戻されて……」

「君は私を信じるか? 雇った私を……」

 フィリスは無言でうなずいた。

 抵抗を止めた彼女の手から、ベルダネウスは剣を取る。

「ザン、犯罪者って、フィリスが何をしたって言うの?」

「殺人さ。多分な」

「クレイソンさんを殺したのは、ここに来てからよ」

「ここに来る前だ。ルーラも聞いたはずだ。エグスという金貸しが殺された事件を」

 途端、フィリスが真っ青になって、膝をついた。

「彼を殺したのは、君なのか?」

 ベルダネウスの問いに、フィリスは答えなかった。

 ただ、顔をこわばらせながら震えているだけ……。


【次章予告】

ひとつの解明は、新たな謎を呼ぶ。

信じられない真実は、果たして真実と呼べるのか。

一度動き始めた欲望は、決して止まることはない。

常に新たなる欲を求めて動き続ける。

次なる得物は、精霊使いの神。

次章【十三・精霊獣ヴァンク】

神よ、我に利益をもたらせ。さもなくば殺す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ