【十一・未死者の理由】
【十一・未死者の理由】
ベルダネウス達から話を聞いたマスカドルは、すぐにクレイソンの遺体を安置していた地下牢を確かめた。
そこに彼の遺体はなかった。布団は丁寧にたたまれている。遺体を盗む人がそんなことをするとは思えない。やはり、ベルダネウスの言うとおり彼が未死者になって動き出したのは間違いなさそうだった。
すぐに全員が起こされ、食堂に集められた。のんびり朝食を作っている時間はない。昨夜の残り物を暖めなおしただけのものが並ぶ。
「雪が止んだわけでもないのにもうちょい寝かせろ」
「閉じこめられて、食料を節約したいのはわかるけど、ちょっとせこすぎない?」
最初は文句を言っていた彼らだが、ベルダネウス達の話が進むにつれ、黙って聞くようになった。特に、ルーラが馬小屋で襲われたことを聞くと、エクドールが緊張するのがわかった。
「クレイソンって衛視は、間違いなく死んでいたんでしょう」
「ああ、俺も確認した。あれで生きているわけねえ」
ボーンヘッドの言葉に、マスカドルは複雑な顔で同意した。
「私もキリオンが生きていたら、こんなにうれしいことはないですけど……彼は、間違いなく死んでいました」
「死にきれずに戻ったか。私の未熟さも一因やもしれぬ」
ソーギレンスが立ち上がると、二階に上がりはじめる。
「どこへ?」
「未死者を鎮めるのがバールドに使える私の仕事。彼を真なる死へと導かなければならぬ」
「あなたの力が奴に通じるんですか」
「通じなくてもやらねばならぬ」
「だな……」
例によってボーンヘッドが硬貨を投げ、手に受けたときの表裏を見る。裏だった。
「俺も一緒に行くか。一人だけで出歩くのは危険だぜ」
ソーギレンスの後に続く。
二人が出て行くと、皆が口をつぐんだ。みんなどこか落ち着かなく、どこからかクレイソンが飛び出してくるのではないかとおどおどしているように見えた。
「ザン、ごめん。精霊の槍さえ取られなければ、あたしだって」
「気にすることはない。それに、精霊の槍が捨てられていなかったとわかっただけでも前進だ。あの衛視は槍使いだった。お前を襲った後、ちょうど良いとばかりにお前の槍を持っていったんだろう。精霊の槍かどうかは関係なかったんだ」
ルーラは唇をかみしめた。なんであれ慰めにはならない。護衛にとって、襲われて手持ちの武器を奪われたというのは屈辱でしかない。
(精霊の槍はあたしの手で取り返さないと)
それがルーラに思いつく、唯一の名誉挽回の手段だった。精霊の槍を持ってても未死者であるクレイソンは精霊とは心を通わせられない。槍使いとしての勝負になる。
「大丈夫です。さっきは、死んだと思っていた人が相手だったので動揺しましたが、次は何とかしてルーラの槍を取り戻します」
フィリスが腰の剣を軽く叩いた。その頼もしい姿にルーラも元気が沸いてくる。
「元気を出してください。ルーラさん」
ファディールが、紫茶の入ったカップを差し出した。
「ありがとうございます」
それを受け取り、頭を下げる
「それと、先ほどはありがとうございました。お礼を言うのが遅れてすみません」
「いえ、気にすることはないですよ」
自分のカップを持ち、ルーラの隣に座る。
「そういえば、ファディールさんはどうしてあそこへ?」
「ちょっと、外の空気を吸いたかったんです。それに、ルーラさんが馬小屋に行くと言ってたので。
それで外に出ると、衛視服を着た人が槍を持ってあなたたちの様子を伺っているじゃないですか。しかもその槍は精霊の槍っぽい。どうしようかと迷いましたが、あいつが槍を構えて襲いかかろうとしていたので、慌てて飛びかかったんですよ。魔導を使おうと思いましたが、それでは間に合わないと思ったので。でも、やっぱり魔導師に取っ組み合いは似合いませんね」
「当たり前よ。殴る蹴るの暴力は、ボーンヘッドやフィリスのような人に任せるべきよ。ただでさえ、あんたは戦いには不向きみたいだし」
アーシュラが呆れたように言った。
「ですね。攻撃魔導を使っても、あんな広範囲のものを使ってしまうし」
攻撃魔導とは、文字通り他者を傷つけることを目的に生み出された魔導の総称である。魔導師連盟は攻撃という言葉の響きを毛嫌いしているので使わないよう言っているが、すでに一つの言葉として人々の間に定着している。
前にも記したが、魔導師はかつて人々から恐怖の対象とされていた。だが、人々はただ恐れるばかりではなかった。やられる前にやれとばかりに、魔導師に対して危害を加える者も多かった。そういう人々から身を守るために、自衛の手段として攻撃魔導は作り出された。
つまり、攻撃と名が付いてはいるものの、本来は魔導師が自分の身を守るために身につけた自衛手段の一つだったのだ。もっとも、攻撃魔導こそ魔導師が最初に創り出した魔導であり、それゆえに人々は魔導師を恐れたのだという説もある。
攻撃魔導は、大きく二つに分けられる。相手に直接危害を加える「直接攻撃魔導」と、相手を威嚇し、精神的に恐怖させる「間接攻撃魔導」である。先ほどファディールが使用した、瞬間的に爆炎を生み出す魔導は、ワコブの下水道でベルダネウスに浴びせられた小さな火の玉をぶつけるのと同じく、かなり知られた直接攻撃魔導だ。
当初、攻撃魔導といえば直接攻撃魔導のことだった。だが、これは相手を傷つけるため、更なる恐怖と復讐心を生み出す。これではますます自分たちを危険視させるだけだと考えた魔導師達は、身につける攻撃魔導を、威嚇を目的とした間接攻撃魔導に切り替えようとした。具体的に言えば、幻覚や幻聴である。
しかしそれらは慣れた相手には通用しない上、自由に使いこなすのは高度な魔導技術を必要とする。そもそも憎悪の対象として襲撃を受けるのは、まだ未術な魔導師がほとんどである。結果的に、彼らは間接攻撃魔導を使いこなすことが出来ず、直接攻撃魔導に頼るようになる。
魔導師連盟は何度も直接攻撃魔導の使用を自粛するよう通達したが、効果はなかった。先の理由の他に、各国が魔導師を兵士として使い始めたこともある。当然、直接攻撃魔導に長けた者が採用され、魔導研究のためではなく、兵士としての地位を求めて魔導師になる者が続出した。彼らは地味な魔導には目もくれず、派手で破壊力のある攻撃魔導を求めた……。
現在も、魔導師連盟は直接攻撃魔導を自粛するよう求めているが、それに従う魔導師の話は聞かない。連盟の幹部達でさえ、密かに弟子達に攻撃魔導を伝授しているほどだ。
今や、魔導師ならば直接攻撃魔導の一つや二つ、会得しているのが当たり前になっている。
話を戻そう。
「とにかく、助かりました。私からもお礼を言います」
ベルダネウスが、ファディールに頭を下げた。
「いえ、……これ以上、無用に人が死ぬのはゴメンですから」
エリナの事を思い出したのか、軽く目を伏せる。
「これ以上死ぬのは、エリナを殺した奴だけです」
一瞬見せたファディールの目つきに、ルーラが一瞬震えた。
「差し支えなければ、これを使ってください」
フィリスがルーラに一本の小剣を差し出した。
刃渡りがルーラの肘から指先ほどの長さの剣で、抜いてみると、刃先が鏡のように彼女の顔を映す。
「私が初めて戦士として雇われたとき、もらった仕事料で買ったものです。バールド教会で清めの儀式を受けています。かざせば、僅かですが未死者を萎縮させることも出来ますし、役立つでしょう」
エクドールの剣を見る目が変わった。バールドの洗礼を受けた剣は、いわば魔剣。特に未死者との戦いにおいては、かなりの威力を発揮するはずだ。当然、金銭的価値もかなり高い。
「駄目です。こんな高価なもの。これって、すごい大事なものなんでしょう。あんなにお金に困っていたのに、売らずに持っているぐらいなんだから。それに、私だって丸腰じゃありません」
フィリスを見据えてルーラは槍をかざした。その姿に、フィリスは申し訳なさそうに息をついた。
「ごめんなさい。お節介だったわね。それではこの剣はベルダネウスさんが持っていてください」
「そうだな。ありがたく借りよう。事が終わったら返す」
小剣を受け取ると、照れくさそうに頬を掻いた。
そこへソーギレンスとボーンヘッドが戻ってきた。ソーギレンスの手にはこれまで彼が持っていた剣ではなく、布で包んだ棒状のようなものが握られている。
「駄目だ。見つからねえ」
「こちらから探すより、向こうから仕掛けてくるのを待った方が良いな」
ソーギレンスはバールドの結界を作るべく、ロビーに紋様を描きはじめる。
「それでは、未死者になったキリオンに対する策ですが」
マスカドルは、どこか辛そうに見えた。
(未死者とはいえ、自分の親友と戦わなければならないなんて……)
ルーラは彼に同情した。見るとセシルも辛そうに剣をなでている。ルーラ自身、他人を心配できる立場ではないのに、それをしてしまう。
エクドールが手を挙げた。
「あの、私は未死者を見たことがないんですが、生前に比べてどうなんでしょう。つまり、動きとか、行動するときに知恵が回るかとか」
「動きに関しては、やっかいだぜ」
答えたのはボーンヘッドだった。
「以前に知った奴の未死者と戦ったことがあるが、生きていた頃よりも動きがいいんだ。何でも人間って奴は、生きているうちは無意識に加減をするんだとさ。強く相手を殴りすぎて、自分が傷つかねえように。限界を超えた力を出して、自分がぶっ壊れねえように。けど、未死者になっちまえばそんなことは関係ねえ。目一杯力を出してくる。生きていたときの倍近い力を発揮するのなんか珍しくもねえ」
「よく、人は危機的状況に陥ったときに、普段以上の力を出すと言うが、未死者は、ずっとそれを続けられるということですね」
「そういうこった。俺は生きていたときのクレイソンがどれほどの腕だか知らねえが、よほど弱かったって事でない限り、一対一で勝つのはきついかもな。まともに戦えばの話だが」
「まともでなければ楽に勝てるとも聞こえるわよ」
アーシュラが皮肉混じりに言った。
「楽にとは言わねえが。戦いようはいくらでもある。例えばだ。普段使っていない力で戦うせいか、奴らは自滅するのも多い。とにかく相手の攻撃を避けまくって、自滅を計るってのもひとつの手だな。それに、奴らは心残りや恨みがあって未死者になった。それだけに、そいつに対する執念はすさまじいぜ。もっとも、逆に言えば、それ以外のことには気が回らねえ。つまり」
「戦いの駆け引きに関しては、素人以下というわけか」
「ま、そういうこった」
また、エクドールが軽く手を挙げて発言する。
「その、未死者になった原因って何でしょうか?」
「原因か……」
「ええ、原因がわかれば、未死者の動きも予想できるでしょう。聞いたところ、目的を誤魔化すなんて器用なことは出来そうにありませんし」
皆が同意するように頷く。
「マスカドルさん。クレイソンさんはどんな人だったんです?」
唖然とし、視線をそらし、天井を見るマスカドル。唇を噛み、出てこようとする言葉を出すべきか思案しているように見えた。
「キリオンは……一言で言えば真面目すぎる男でした。衛視隊でも有名でしたよ。彼の融通の利かないまでの真面目ぶりは……」
「その真面目ぶりというのは、規則に対してですか?」
「規則というより、自分の生き方に対してですね。特に、受けた恩は決して忘れない男でした。
私たちが衛視に成り立ての頃でした。首都から盗賊団の一部が、ワコブへ逃げ込んできたんです。人数は少なかったんですけど、首都の包囲網を突破してきただけに、腕の立つ連中ばかりでした。そいつらの居場所がわかって、踏み込んだときです。キリオンがやられそうになったのを、私が助けたんです。
いや、助けたと言うより、たまたまそういう形になったと言うべきでしょう。それでも、キリオンはずっと恩に感じているんです。そんなに気にすることはないと言ったんですけど。
……そのときの戦いで受けた傷で、私が死にかけたことも原因らしいです。
キリオンは言ってました。
『俺はお前に命を救われた。だから、俺もお前を助ける。命に関わるような危機からお前を助けないと気が済まない』って」
「そういう奴は長生き出来ねえな。現に死んじまった」
「死を茶化すものではない」
ソーギレンスにじろりと睨まれ、肩をすくめるボーンヘッド。
紋様を描きながらソーギレンスが言葉を続ける。
「今のマスカドル殿の言葉で、いくらかわかった。クレイソン殿は、マスカドル殿らに災いをもたらすものを倒すべく未死者となったのだ」
「……魔導人……」
アーシュラがつぶやく。
「己を傷つけ、殺した相手。放っておけば、さらなる犠牲者を出す魔導人。衛視としての使命感と、大恩ある友を守りたいという思いが彼を甦えらせたのだ」
「そうか。すると、奴のすることはただひとつ。魔導人を倒すこと。……って」
皆の視線が一斉にルーラに向けられた。
「クレイソンは、お前さんを狙ったんだよな。それも二回」
ボーンヘッドが剣に手をかけた。
ルーラの顔が引きつり、後ずさる。
「ちょっと。もしかして、みんな、あたしが魔導人だって言うの」
「違うって言うんだったら、どうして彼は未死者になってまで、あなたを襲ったんです?」
「わかりません」
ルーラの前に、ベルダネウスが庇うように立つ。
「落ち着いてください。忘れたんですか。クレイソンを助けてここまで連れてきたのは私達です。ルーラが魔導人だとしたら、どうして彼を助ける必要があるんですか?」
「そりゃあ、あの傷を見て、もう助からねえと思ったからさ。実際、ファディールやアーシュラがいなけりゃ、あいつはあのまま死んでいた」
「未死者になる可能性があることは変わりませんね。殺すつもりならば、あのまま雪道に放っておいた方が確実ですし、魔導人のことを知られることもなかった。もしもルーラが魔導人で、私が彼女を手助けしているとするならば、私は彼をその場で殺して、遺体は雪道に埋めます。発見を遅らせ、逃亡する時間を稼ぐためにね。それに、あなた達はルーラが精霊使いだということを忘れている。魔導によって作られた魔導人に、精霊達が力を貸してくれると思いますか」
「だったら、どうしてクレイソンは未死者になってまでその女を襲ったんだ」
「さぁ、人違いでもしたんじゃないですか。未死者になっては気が回らないようですから」
「人違いだとしたら、狙ったのは一緒にいたセシルか。もっと可能性は低いな。未死者になってまだ守ろうとする男の女房を襲うなんてよ」
皆が頷き、ベルダネウスはお手上げとでも言いたげに肩をすくめた。
「まあ、そのうち解るさ。未死者になった奴は、自分を殺した相手にまっすぐ向かってくるだろうからな」
「それ良いわね。未死者が来たら、私達でそいつを取り囲むってのはどう。未死者がまっすぐに向かった人が魔導人で決定」
そう言うアーシュラの冷めた目はルーラに向いたままだ。
ルーラは必死で考えた。確かに未死者の目的が自分を殺した奴ならば、犯人に向かうだろう。しかし、ならばどうしてクレイソンは二度も自分を襲ったのか?
(魔導人でないあたしが襲われたには、何か理由があるはず)
襲われた二回の共通点を探そうとする。
(最初に襲われたのは、時間は夜。場所は馬小屋で、エクドールさんの馬車を調べようとしたとき。あたしは一人だった。
二度目は朝方、一緒にいたのはセシルさん。場所は馬小屋……)
「そうだ!」
ルーラの声に、一同が思わず身構える。そんなことにはかまわず、エクドールににじり寄る。
「エクドールさん、あなたの馬車には何かあるんですか?」
「何を急に言い出すんですか」
「だって、あたしが襲われたのは、二度とも馬小屋で、あなたの馬車を調べようとしたときです。そこを襲われたんです」
「ルーラ!」
ベルダネウスが慌てて制しようとしたが、遅かった。
「私の馬車を調べようとしたんですか」
エクドールが驚きと怒りを露わにした。
「ベルダネウスさん、どういうことですか。他人の荷物を勝手に調べようだなんて」
「話をそらさないでください。あなたが食料を馬車の中にいる何かに差し入れたことはわかっているんです。あの中には魔導人が隠されているんじゃないですか」
魔導人という言葉に、皆が反応した。
「いい加減なことを言わないでください。どうして私が魔導人を匿わなければならないんです」
「知りません。しかし、あの馬車の中に何か重要なものがあるのは間違いなんです」
「それがどうして魔導人になるんです。第一未死者が襲ったのは私の馬車じゃない。馬車に魔導人が隠されているんだったら、未死者は私の馬車を壊そうとしてますよ」
「あなたの馬車には魔導陣が施されていたわ。未死者を寄せ付けないような効力があるんじゃないの」
「落ち着け!」
ベルダネウスに引き戻され、ルーラは思わずバランスを崩してしりもちをついた。
「何とか自分にかけられた疑惑を晴らしたいのはわかるが、もう少し考えてから発言しろ。さすがに今のはただの言いがかりだ」
「ザン……」
「仮に、お前の言うとおり魔導人がエクドールさんの馬車の中にいたとしてだ。どうして未死者になったクレイソンさんがお前を襲うんだ。あえて理由をつけるなら、エクドールさんの馬車を守るために近づいたものを排除すると言うことだ
が、これは無理がありすぎるぞ」
「そうですとも。私は未死者になってでも守られるようなことはしていませんよ」
反論できず、ルーラはベルダネウスに押しつけられるように椅子に座り直した。
「エリナさんを殺した奴のこともある。魔導人の正体や居場所に関することは、注意して発言すべきだ。お前の発言が元で、エクドールさんが殺されるようなことになったらどうするんだ」
「……でも……」
いきなり、ベルダネウスがルーラを抱きしめる。
「お前が普通の人間だって事は、私が一番よく知っている。だから安心しろ」
彼に柔らかに体をさすられ、落ち着いてくるのが彼女にもわかる。
そんな二人を見て、やってられないとばかりにアーシュラが肩をすくめた。
ベルダネウスの腕から離れ、皆を見回すルーラ。
「……」
一同の目つきから、自分への疑惑が残ったままなのがわかる。
(なんとか、あたしが魔導人じゃないって証明しないと。でないと……)
心臓をえぐり出された自分の姿が浮かび、身震いする。
だが、いくら考えても証明する方法は考えつかない。そんな時
「ルーラ、お前が今、先ずやるべき事は」
ベルダネウスの冷ややかな声が届いた。まるで頭を冷やせと言っているような冷たく、それでいて真夏の暑さの中浴びる清流のような声。
一声でルーラは自分のしたこととするべきことを思い出した。
「わかってる」
エクドールに向き直ると、ルーラは深々と頭を下げる。
「ごめんなさい。勝手に疑いを持って」
「ま、今回は許しましょう。まったく、精霊たちから吹雪の理由も聞き出せないわ、精霊の槍は奪われるわ、勝手に他人を疑うわ。ベルダネウスさんもよくこんな護衛を雇ってますね」
「確かにルーラはいろいろ未熟な点があります。しかし、どんな不利な状況でも、雇い主を決して見捨てません」
「当たり前でしょう」
「当たり前のことというのは、やろうとすると結構難しいんです」
その間に、ソーギレンスが紋様を書き終えた。
「これで死人は入れぬ。入れたとしても、その力は半減する」
「どうだか、未死者封じの呪いも効果がなかったんでしょう。あなたの紋様に、どれだけの効果を期待できるのかしら」
アーシュラの言葉に、ソーギレンスは無言で答えた。
「さてと、後は未死者の方からこっちに来るのを待つだけか」
「ですが、向こうが持久戦を挑んでくるとやっかいですよ」
ベルダネウスが言う。
「何しろ、私達は食事や睡眠が必要です。トイレに行きたくなったらどうします。未死者は、目的に向かって突進するかもしれませんが、目的のために多少の知恵は、そう、待ち伏せぐらいはするかもしれません」
「根比べになれば、あたし達が不利って事ですね」
「そんなことをするつもりはない」
ソーギレンスが、深皿にインクを注ぐと指先に傷をつけた。そこから滴る血をインクに混ぜる。
一同の見ている前で、彼は鏡を見ながら、自分の手足や顔に、そのインクでバールドの紋章を描いていく。長い棒状のものを包んだ布をほどくと、中から一降りの、ねじれた身を持つ剣が現れた。
「何ですかそれは? 変わった剣ですね?」
「『未死者殺し』……ですか?」
ベルダネウスが物珍しげに剣を眺めた。
「何それ? 聞いたことない」
「バールドの戦士に与えられるという対未死者用の剣だ。刀身が捩れているが、これは未死者の力をねじり流すためらしい。話には聞いていたが、実際に見るのは私も初めてだ」
ソーギレンスが振ると、未死者殺しが笛のような音を立てた。
「死なぬ死人を滅ぼすのも、我らバールドに使える者たちの使命。私が奴を滅する」
軽く剣を振ると、自ら床の紋章の外に出る。
「皆はこの中で待つがよい」
「案外、待っている方が危険かもな」
ボーンヘッドがいつもの硬貨を弾いた。はさみ取った結果に口元を歪める。
「待って!」
ルーラが言った。
「あたしも行きます。精霊の槍を取り戻さないと」
それに、魔導人の疑惑のせいで、ここにいたくなかった。皆に疑いの目で見られ、いつ心臓をえぐり出されるかわからない所に身を置くぐらいなら、未死者に挑んでいた方がまだマシに思えた。
「そいつはいい。未死者も、狙う女が外に出てくれれば出やすいだろう」
そう言うボーンヘッドを睨み付けたのはフィリスだ。剣を手に立ち上がる。
「私も行きます。一度、戦っていますし。相手を攪乱するのにも頭数は多い方が良いです」
「私の護衛が二人ともいなくなるのは困るな」
ベルダネウスが言った。
「だから、私も行こう」
「ザンは来る必要はないわ。この紋様の中にいた方が安全よ」
「あいにく、私は初めて会った男の紋様よりも、私が信じた護衛二人の方が安心できる。それに、多少のことなら、私自身で身を守れる」
先ほどフィリスから借りた小剣を見せた。そのまま二人の魔導師に向き直ると
「できれば、どちらかについてきて欲しいのですが」
「いや、それならば僕が」
マスカドルが言う。
「あなたはここでみんなを守ってください。いくら未死者でも、親友と戦うのは心苦しいでしょう。ここは私達にまかせてください。心配は無用です。こちらには、専門家もいますし」
ベルダネウスがソーギレンスを指さす。衛視にとっては、屈辱ともとれる発言だが、マスカドルもセシルも素直にそれに従い、腰を下ろした。
「僕が行きます」
ファディールが魔玉の杖を手に立ち上がる。
「いいのかい。あんたの相手は恋人を魔導人だと思って殺した奴だ。つまり魔導人じゃない」
「誰が魔導人かわかれば、その人を除外できますからね。それに」
彼の目に悪意が浮かぶのをルーラは見た。誰が魔導人かわかれば、それを餌にエリナを殺した奴をおびき寄せられるかも知れない。彼はそう言いたいのだと思った。
一同が出発しようと紋様から出ようとした時だ。セシルが息をのんだ。
「どうした?!」
視線が彼女に集中する中、一人、ソーギレンスだけが別の方を見た。
「奴だ」
通路の奥に、弓を構えたクレイソンの姿があった。
とっさにフィリスが目の前のルーラを押し倒す。
クレイソンが放った矢が、二人の頭上を通り過ぎ、壁に突き刺さる。
ソーギレンスが無言で彼に向かって駆けだした。
「盾はねえのかよ」
ボーンヘッドが剣を構えて走り出した。バールドの紋様は、未死者そのものは防げても飛んでくる矢は防げない。
「ありがとう、フィリス」
「お礼は後で」
フィリスが走り、ルーラがそれを追う。
ベルダネウスは二人に遅れて歩き出した。それは戦いに参加するというより、戦いを観察するようだった。
【次章予告】
死なないものをどうやって殺す?
痛みを忘れたものをどうやって止める?
ソーギレンスの祈りが未死者殺しに響く。
果たして未死者となったクレイソンの標的は?
苦闘の中、ルーラはエクドールの馬車にあるものを知り
その場に跪き、頭を垂れる。
次章【十二・生者対未死者】
ルーラは精霊たちの意図を知る




