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【十・甦る男】

   【十・甦る男】


 外は暗くなっていた。また、夜が来たのだ。

 紫茶の香り漂う食堂の隅で、ルーラは襲われた様子をマスカドルとセシルに

話していた。彼女を囲むように一同が集まっている。いつの間にか、話を聞く

時はみんなが集められるのが当たり前になってしまった。

「すると、顔は見ていないんですね」

「ええ、でも、相手の親指に噛みついたから、もしかして跡が残っているか

も」

「それは、犯人を特定する手がかりになりますね。他に気づいたことはありま

せんか?」

「体がすごく冷たかった」

「外は雪です。外に出た直後ならともかく、いくらか時間が経っていれば冷え

ててもおかしくない」

「……ですよね」

 力なく首を振る。

「気を落とさないで。首を絞められているときに、のんびり相手を観察なんて

出来ません」

「しかし、ルーラに組み付き、噛みつかれても声ひとつ出さない我慢強さを

持っているような奴は……」

「ボーンヘッドさん?!」

 ルーラが答えた。確かに、ここにいる人で、一番力がありそうなのは彼であ

る。

「しかし……、ちょっと立て」

 ベルダネウスは彼女の後ろに回ると、そのまま抱きしめた。

「ザン、何を?!」

 真っ赤になった彼女の耳にベルダネウスは口を寄せ

「どうだ、お前を襲った奴は私と比べて大きいか、小さいか?」

 へっとなる彼女の顔にフィリスが吹き出した。

「どうだ、お前を襲った奴は私より大柄か、小柄か?」

 そういうことかとがっかりしたルーラだが、襲われたときの様子を思い出し

ながら

「同じぐらい……」

 その意味はわかった。ボーンヘッドなら、明らかにベルダネウスより大きく

感じるはずだ。

「だとすると、該当しそうなのはエクドールさんにファディールさん、失礼な

がらマスカドルさんも入りますね。ボーンヘッドさんなら大きすぎるし、ソー

ギレンスさんだと小さい。女性だと……ぎりぎりアーシュラさんが入りそう

か」

「失礼ね。あいにく私はルーラを押さえ込めるほど力持ちじゃないわ」

「体型の問題ですのでここはご勘弁を」

 むくれるアーシュラに、ベルダネウスが軽く頭を下げる。

「しかし、確かに彼女ではルーラの力の対抗できそうにない。女性陣は外して

も良さそうですね。もちろん、指の傷跡が一番重要なのは確かですが」

 次に何を言われるのかがわかっているのだろう。全員が仲良く掌をかざして

見せた。

 親指はもちろん、指先に噛み跡のある人は一人もいなかった。

「指じゃなくて別の所だったんじゃ。袖の部分とか」

 そう言われると、ルーラも急に自信がなくなってくる。しかし、あの時思

いっきり噛んだ感触は確かに生き物の体だった。

「しかし、誰が犯人だったにしろ、理由は何でしょうか?」

 フィリスがそう聞いたのは、先ほどのベルダネウスとの会話が頭に残ってい

たせいかもしれない。

「ルーラさんは殺されていません。魔導人と思われたのなら、エリナさんのよ

うに殺して心臓をえぐり出しているでしょう。魔導人が襲ったのなら、やはり

殺してしまうと思います。精霊の槍を奪い、彼女がこれ以上精霊と交信できな

くするのが目的だったんでしょうか?」

「それでもルーラを殺してしまうのが確実だ」

「私が見つけたとき、犯人はルーラさんを襲ったばかりだったんでしょうか?

 それでとどめを刺す暇がなかったとか」

 セシルが口を挟んだ。

「だとしたら、犯人は私が見つけたとき、近くに隠れていたんでしょうか? 

そしてルーラさんをこちらに運ぶときにこっそり戻った」

 自分がとんでもない失敗を犯したかのように、セシルは青ざめた。

「そうと決まったわけじゃないでしょう」

 しかしその可能性は高いとルーラも思った。そして彼女にとって一番の気が

かりは自分の精霊の槍がどうなったかだ。

「売ろうとでも思って取っておいてくれれば取り戻せるだろうが、捨てられで

もしたら厄介だ」

「屋上から見れば跡が見つかるかも」

 エリナが殺された時のやりとりを思い出してルーラは聞いてみた。

「もうやりました。ベルダネウスさんと私とで」

 フィリスが力なく首を横に振った。それだけで結果は芳しくなかったことが

わかる。

「精霊に閉じ込められているようなこの状況で、唯一精霊と通じる手段を奪う

なんて」

「そうですね」

 マスカドルが同意する。

「ところで。ルーラさんはどうして馬小屋へ?」

「私が許可したんです。精霊達に関係する何かがないか調べてみたいと言い出

しまして」

 改めてルーラは馬小屋そばで受けた奇妙な感じを説明した。そしてその中思

い出した。エクドールの馬車に仕掛けてあった魔導の仕掛けを。

 それも言うべきか迷ったが、とりあえず黙っていることにした。ただでさえ

混乱しているのに、さらに意味不明の材料を増やしたくないし、とりあえずは

ベルダネウスに報告しようと思ったからだ。

「どこから調べようと考えている途中で襲われたんです。調べ直そうにも、精

霊の槍がない以上、調べたくても調べられません」

「無理はいけません。今はあなたを襲った犯人捜しに集中しましょう」

 マスカドルは他の面々に向き直り

「それでは度々済みません。食事の後からの皆さんの行動をお聞かせ願えませ

んか」

 いい加減にして欲しいとでも言いたげに皆が答え始めた。今回は前とは違っ

て時間が限られているせいか、ハッキリ証明できる人と出来ない人が別れた。

 ボーンヘッド、アーシュラ、マスカドル、セシル、ファディールは必ず二人

以上でいた。セシルが用足しに出たのが一人になった初めてで、その時にルー

ラを見つけたのだ。

 エクドールとソーギレンスは自室に一人でいた。

 ベルダネウスとフィリスは二人でいた。二人は雇用関係にあるので口裏を合

わせた可能性があるが、わざわざこのタイミングでルーラを襲う理由を誰も説

明できなかった。

 皆が答える間、ベルダネウスはルーラを後ろから抱いたまま聞いてきた。

「何か感じたのか?」

「それは後で」

 小さく答える。

 マスカドルがみんなに話を聞いているのを見ながら、ルーラは次第にいたた

まれなくなってきた。

(あたし、何の役にも立てない)

 精霊使いでなくなった自分にどれだけの力があるだろう。そこそこ槍は使え

るものの、その腕はどうかという、フィリスやボーンヘッドには及びそうにな

かった。


 夕食になっても周囲の空気は沈んだままだった。

 無理もない。雪に閉じ込められてからクレイソンとエリナが殺され、ワコブ

に連絡しようにも精霊たちに邪魔され誰も外に出られない。そして唯一精霊と

話が出来そうなルーラが襲われ、精霊と意思を通じる道具でもある精霊の槍が

奪われた。

 自然と皆の口数は少なくなり、ボーンヘッドでさえほとんどだんまり状態

だった。

 食事を終え、一人、また一人と部屋に戻っていく。出来ることならマスカド

ルから合い鍵も取り上げたいところだろう。

 ルーラたちも食事を終えると、まるで逃げるように二階へと上がった。

 外は相変わらず雪が降り続けている。

 ベルダネウスの部屋の前で、ルーラは頭を下げた。

「ごめんなさい。あたしのミスです……」

「気にするな。今夜は休め。こんな時に何か考えても、ろくな事にならない」

「あなたは寝ていてください。私が起きていますから」

「……」

 何か言いたくても言葉が出てこない。仕方なく部屋に戻ろうとすると、ベル

ダネウスがフィリスへのささやきが聞こえた。

「ルーラを頼む」

 確かにそう言った。事実、フィリスは雇い主であるベルダネウスにではな

く、ルーラを最後まで見ていた。

 部屋に入るとルーラはそのままベッドに倒れ込んだ。ストーブの火が消えて

いるため空気は冷たい。

 疲れた体を起こすと、炭火を用意する。

 部屋の冷たい空気を炭火が暖めるのを、ルーラは黙って見ていた。

 一人でいると、先ほど襲われたことばかり考える。

(どうして気がつかなかったのよ)

 ベルダネウスと雇用契約を結んで一年近い。初めてベルダネウスと出会った

ときは精霊使いとしての力がある村娘にすぎなかった。しかし、槍の訓練を受

け、幾度も実戦を経験し、槍使いとしてもそれなりの力をつけたつもりだっ

た。それなのに、気配すら感じ取れずに襲われた。

(フィリスだったら、気がついたかな?)

 先日、腕試しと称してベルダネウスと対戦したときのフィリスは強かった。

美人で腕も立つ女剣士。彼女を雇いたいと思う人は多いだろうに。

 ルーラは、彼女に対して嫉妬している自分に気がついた。

(バカバカしい。彼女は純粋な剣士だけど、あたしは精霊使いなのよ。戦い方

とか、対応の仕方とか、全然違うんだから)

 だが、精霊の槍を失った今となっては、その思いも空しい。精霊の力が使え

ない自分にどれだけの存在価値があるのだろうか。

 何度も寝返りを繰り返すだけで眠れなかった。

 とうとうルーラは寝るのを諦めた。部屋を出ると、ベルダネウスの部屋の前

で椅子に腰掛けているフィリスと番を代わろうとした。

「だったら、何か話しませんか。黙っていたら、かえって気が滅入るだけみた

いですし」

「何かって」

「そうですね……。お二人はどこで出会ったんですか?」

 この質問にルーラは黙り込んだ。ベルダネウスとの出会いは、彼女にとって

辛いときだった。

 沈黙にそれをかぎ取ったのだろうか、フィリスは目を伏せた。

「ごめんなさい。あまり気持ちのいいものではなかったみたい」

「そんなことない。……ザンは、あたしの村に商売に来てたの。姉さんの花嫁

衣装は、ザンから父さんが買った生地で作ったの」

 ルーラにとって、姉の結婚を間近に控えたあの時期が一番幸せだったのかも

知れない。住む村があって、家族がいて、時々やってくるベルダネウスが村の

外の話を聞かせてくれた。

「でも。姉さんの結婚式の夜。村は襲われた。みんな……殺された」

 一度話し出すと、続けて言葉が出た。

「あたし一人、川に落ちて……流れているところをザンに助けられたの。その

後、色々あったけど、ザンは村を襲った奴らを退治するのに力を貸してくれ

た。その時、あたしは初めて精霊の力を戦いに使って、初めて人を殺した…

…」

 自分の手を見る。彼女が殺したのは、姉を殺した男だった。慣れない戦いを

経て自分も傷つきながらそいつの腹に槍を突き立てたときの感触は、まだ生々

しく残っている。

「戦いが終わっても、村はめちゃくちゃ。生き残りはあたし一人。一人で村を

立てなおすほどあたしは強くなかった。だから、そのままザンについて行くこ

とにしたの」

「それでよかったの?」

「そう決めたの。村に別れを告げたあの日に」

 その時を思い出したのだろうか。天井を見るルーラの眼には力強さが戻って

いた。

「あたしはずっとザンと一緒にいる。たとえ彼があたしをクビにしても、あた

しは彼を追いかける。そう決めているの」

「そう……」

 フィリスは壁にもたれかかると、悲しげにうつむいた。

「うらやましいわ。そう思える人に雇われるって」

「そうかな」

「そうよ。私たちにとって、誰に雇われるかはとても重要よ。雇い主によって

私たちの運命は決まるほど。あなただって今までの雇い主の中には嫌な人もい

たでしょう」

 そう言われてもルーラにはピンと来なかった。彼女にとってザンは最初に雇

い主であり、いまもってただ一人の雇い主なのだ。

「……そう言えば、さってベルダネウスさんに出会ってそのまま付いていくっ

て……、じゃあ、今までずっと?」

「護衛でもある以上、精霊に頼ってばかりじゃなくて槍の使い方も学べって、

一年ぐらい訓練所に預けられたけど。そこの上司は雇い主とは違うし……意地

悪な人はいたけど、根っから悪い人ではなかったし」

 フィリスは唖然とした。

「本当、うらやましい話。うらやましすぎて嫉妬も起きません。別の世界の話

みたい」

「え?!」

 ルーラに返すフィリスの笑みは悲しげだった。その笑みにどう答えて良いか

わからず、必死に何か言うことを探し出す。

「そ、そんなことないわよ。フィリスぐらいの腕前だったら、欲しがる人は多

いでしょ。ザン、ほめてたわよ。滅多にいない凄腕の剣士だって。むしろあた

しと違って雇い主を選べるんじゃない?」

「そうじゃないわ」

「そうじゃないって?」

「私を実際に雇った人たちは、みんな剣士を雇ったと同時に、女を捕まえたと

考えていた。女として、自分に奉仕することを望んだわ……」

「奉仕って、まさか……」

「護衛兼愛人。単純に強さを求める人達は、私よりもボーンヘッドさんのよう

な屈強な男を欲しがるから」

 その口調からは、諦めと絶望と怒りが感じられた。

「みんな、私のことを美人だとか、良い体つきとか言うわ。でも、それは雇い

主たちが私を自分を飾る装飾品にしていたから。良い服、良い化粧品……そ

りゃ、美人って言われるのは嬉しいけど……こんな形の美人になんかなりたく

なかった……」

「フィリス……」

「……ごめんなさい。私の方から、変なことを言っちゃったわね」

 どちらからともなく、二人は微笑んだ。

「ルーラ」

「何?」

「……このまま、私も彼に雇われ続けてもいいかな……」

 ルーラの表情が止まり、そして柔らかく動き出す。

「よろしくね」

 改めて、二人は笑顔を向けた。

 しばらく、二人はベルダネウスの話をネタに盛り上がった。彼の良いところ

から悪いところ。ルーラ達雇い人に対してはぞんざいな口をきくくせに、お客

やお客になりそうな相手にはやたら言葉が丁寧。ケチかと思えば変に気前の良

いところを見せる。

 部屋の中から、何度もベルダネウスのくしゃみが聞こえたのは、二人の気の

せいだったのか。

 話し疲れた頃、ベルダネウスの部屋の前にいると出て行くフィリスと別れ、

ルーラは再びベッドに入った。

 今度はすぐに眠りに落ちた。


 目が覚めたときは、外がうっすらと明るくなっていた。とはいえ、まだ雪は

降り続いている。風が窓ガラスを軽く揺らしている。どうやら、精霊達は、ま

だまだみんなをここから出す気はないらしい。

(そういえば、エクドールさんの馬車には何があったんだろう?)

 落ち着いたせいか、またそのことが気になりだした。結局、馬車を確かめる

前に襲われたため、何があったのかわからずじまいだ。

(夜の内に、また見に行けば良かった)

 ルーラはコートを羽織って部屋から出た。ベルダネウスの部屋の前にフィリ

スの姿はなかった。部屋の中にいるのか、用足しにでも出たのか。

 ベルダネウスの部屋をノックしかけたが、その手は扉の寸前で止まった。

 迷うように口をもごもごさせていたルーラだったが、結局そのまま部屋を離

れた。

 彼女はエクドールの馬車を調べてみるつもりだった。さすがに昼間はまずい

が、今ならまだ朝が早いし、これぐらい明るければ灯りも必要ない。

 普段のルーラならば、ノックしてベルダネウスやフィリスと一緒に行っただ

ろう。それなのに一人で行こうとするのには、やはり昨夜の失態が気になって

いたせいだ。とにかく、自分一人の力で何かをしたかったのだ。

 精霊の槍を取り返せれば一番だが、誰が盗っていったかわからないのでは、

動きようがない。せめて、精霊達が吹雪を起こす原因だけでも突きとめたかっ

た。

 武器は、自分たちの馬車に隠してある槍を使うつもりだった。

 階段を下りると、通路に魔玉の杖を手にしたファディールを見つけた。どう

やら、杖は返してもらえたらしい。

「はい、どうぞ」

 厨房から、ポットを手にしたセシルが現れた。ルーラを見つける。

「ルーラさん」

「早いですね。紫茶でもどうですか?」

 ファディールが笑顔を向ける。まだ少し顔色は悪いが、昨日のようなギラギ

ラした目ではなくなっている。エリナが殺されて一日経って、いくらか落ち着

きを取り戻したのだろう。婚約者を殺されて、暴走するのではと心配していた

だけに、少し安心した。

「いえ、馬車の方をちょっと、馬の様子も見ないといけませんし。紫茶は後で

いただきます」

「それでは、待ってます」

 軽く頭を下げたファディールがロビーの方へ行く。それとは反対に、セシル

がルーラの下に駆け寄ってきた。

「あたしがご一緒します」

「いえ、結構です。一人で大丈夫ですから」

「……駄目です。これ以上、犠牲者を出させないでください」

 じっと見つめてくる彼女の目を見ていると、さすがに断るわけにもいかな

い。

 セシルは控え室に入ると剣を持ってきた。しかし、それを持つ姿は剣を持つ

と言うよりも剣に持たされていた。これまでほとんど剣を持ったことがないの

だろう。いくら数あわせの衛視とは言え、剣の基本ぐらい教えるべきだとルー

ラは思ったが、口には出さなかった。

 二人が馬小屋に着くと、グラッシェはもちろん、エクドールの馬たちも不満

の声を漏らした。人間と違って、馬たちは狭い場所につながれっぱなしなの

だ。不満の一つも出ようというものである。

「ごめんね。まだ当分出られそうにないの」

 ルーラは自分たちの馬車に行くと、屋根に上がり隠し棚から槍を取り出し

た。

「あれ?」

 ふと、隣のエクドールの馬車の屋根に赤い染みのようなものを見つけた。

 まさかと思って飛び移ると、その染みをそっと触ってみる。

(やっぱり血。それも人の血。山賊にでも襲われたときの? 違う、最近つい

たものだわ)

 さすがに詰所に来てから付いたものとは思えないから、ここに来る直前につ

いたものだろうと見当をつけた。

 屋根から飛び降りると、セシルが地面から何か拾うところだった。

「何かありましたか?」

 ルーラが彼女の手をのぞき込むと、肉の切れ端があった。

「乾し肉みたいですね」

 セシルの言葉通り。それは、一片の乾し肉だった。ちぎった跡がある。どう

やらもっと大きな肉を小さくちぎった時に、こぼれたものらしい。

「何でこんな所に?」

 昨夜、食事の準備をしているときに、肉や野菜がいくらか消えていたのを思

い出した。

 思わず顔を見合わせる二人。

「じゃあ、食べ物を持ち出したのはエクドールさん? 何のため?」

 改めてエクドールの馬車を見た。

 ルーラは扉に耳を当てると、中の音に神経を集中させた。どんな微かな音で

も聞き逃さないように。

 同じようにセシルも耳を当てる。

「何も聞こえませんね?」

「静かにしてください」

 槍を逆に構え、石突きで扉を思いっきり突いた。

 扉の衝撃の向こうから、微かに何かを引きずるような音が聞こえた。

「何かいる……」

「何も聞こえませんけれど?」

 セシルは疑わしい顔をしたが、ルーラの耳は馬車の中からハッキリと何かを

引きずるような音を聞き取っていた。

 何かいるのだ。動く何かが。問題は、それとは一体何なのかだ。

 真っ先に思いついたのは、中に魔導人がいるということだ。

「でも、エクドールさんはアクティブの方から来たんだから……」

 言いかけて気がついた。ルーラの頭に一つの仮説がその場の風景のように浮

かんだ。

 ……

 魔導人を馬車に乗せてワコブから来るエクドール。詰所では、マスカドル夫

婦が忙しく働き、前を馬車が通るのに気がつかない。

 雪が降る。

 馬車で進むことが出来なくなり、明日まで詰所で足止めすることを余儀なく

される。

 戻ってくるのはアクティブ側の道。

 詰所に魔導人の情報が来ていると考えたエクドールは、魔導人を馬車に隠

し、アクティブから来たことにする。一晩の辛抱だ。明日になれば、大事な用

を思い出したとか言って、アクティブに戻る。あるいは別の道を通ってワコブ

から離れる。

 ……

 馬車の中、一人でうずくまり、エクドールが届けた食べ物で飢えをしのいで

いる魔導人の姿を想像し、ルーラは思わず後ずさる。

(とにかく、マスカドルさんに伝えてエクドールさんにここを開けてもらうべ

きだわ)

 セシルを見ると、彼女はまだ扉に耳をつけている。

「あの、セシルさん」

 その声をかき消すように、男のわめき声が轟く。

「何!?」

 二人が振り向くと、槍を持った衛視服の男がファディールに襲いかかってい

るのが見えた。一瞬、ルーラはマスカドルかと思ったが、髪の色が違う。

 魔導師の杖を振り回し衛視服の男を近づけないようにするファディールだ

が、その物腰はあまりにもへっぴりすぎる。

「ファディールさん!」

 槍を構えルーラは突進した。それに気がついたのか、衛視服の男が彼女の方

を見る。

 それを見て、思わずルーラは足を止めた。

「クレイソンさん?!」

 セシルが叫ぶ。間近いない。その衛視は死んだはずのキリオン・クレイソン

だった。その顔に血の気はなく、喉には死因となった大きな傷が残っている。

 ルーラを新たな敵とみたのか、クレイソンは手にした槍を彼女に向けた。

「あたしの槍!?」

 紛れもない、彼の手にあるのは奪われた精霊の槍だった。

 ルーラたち三人を軽く見回すと、クレイソンは馬小屋を一気に跳びだし、詰

所までの真ん中あたりに着地する。とても人間の跳躍力ではない。

「くっ!」

 ファディールが杖を構えながら、息を整える。

 杖の先端にある魔玉が黄色に輝きはじめる。魔導が発動を始めた証だ。

「駄目です!」

 セシルが彼の腕を取る。気がそがれ、魔導の発動が中断した。

 詰所の扉が開き、フィリスとベルダネウスが現れる。

「ルーラ、大丈夫か!?」

 ザンの声に、ルーラが槍を振って答える。

 フィリスがまっすぐクレイソンに向かって走り、通りすがりざま斬りつけ

る。それを槍で流すと、彼はすかさず突いてきた。その矛先をフィリスが剣で

祓う。

 フィリス達も自分が相手にしている男の正体に気がついた。

「どうして、死んだはずじゃ?!」

 彼女は戸惑いつつも剣を振るうが、クレイソンは巧みに槍を操り、彼女の剣

を牽制しては間合いの長さを生かして攻撃を仕掛けてくる。

 ルーラが加勢した。しかし二対一になったにもかかわらず、クレイソンに動

揺は見られない。

 フィリスはルーラの援護の下、巧みに敵の攻撃を受け流し、確実にクレイソ

ンに傷を負わせていくのだが、一行に彼の動きが鈍る様子はない。それだけで

はない。彼女の剣の切っ先が彼の体の一部を貫いても、その体からは全く血が

出てこない。

「な、なんなの」

 さすがのフィリスも押されてきた。その上、無言、無表情のまま次々と攻撃

を繰り出すクレイソンの姿は異様な迫力を相手に与える。

 ベルダネウスが鞭を振るい、彼の精霊の槍にからみつかせた。

 これで槍の動きをいくらか封じたとフィリスは思わず笑みを漏らしたが、な

んとクレイソンはかまわず槍を振り回した。

「うわっ」

 たまらずベルダネウスが引っ張られ、地面に転がった。とんでもない怪力

だ。それでも彼は鞭から手を放さない。

 斬りかかるフィリスに対し、クレイソンが蹴りで迎え撃つ。それを察した彼

女はとっさに後ろに跳んでそれをかわす。

 絡みついた鞭をほどき、ベルダネウスが次の攻撃のタイミングを伺う。

 フィリスが彼の盾になるべく、クレイソンと彼の間に入った。

 そんな時、やっとセシルを引きはがし、突き飛ばしたファディールが魔玉の

杖を構え直した。

 するとクレイソンの周囲の景色が歪み始めた。

「やばっ!」

 ルーラも覚えのある、特定の空間に爆炎を生み出す攻撃魔導だ。発生直前に

生まれる急激な温度差により、空気が歪んで見えるのだ。慌てて手近な雪の山

に飛び込む。

 ベルダネウスがフィリスの襟首を掴んで引きずり倒した。そのまま素早くマ

ントで自分と彼女を包み込む。

 通路の中央で瞬間的に巨大な炎が生まれ、爆発するように広がる。それはク

レイソンのみならずベルダネウス達を包みこみ、ファディールのいる馬小屋の

手前まで広がった。

 雪の中でも、ルーラは熱気を感じ取った。背中にかかる新雪が熱を帯びて消

えるのがわかる。

 広がった炎が消えたとき、クレイソンの姿はどこにもなかった。通路の隅

で、マントにくるまれているベルダネウスとフィリスがいるだけだった。

 マントを払ってベルダネウスが立ち上がる。爆炎の影響か、髪から焦げた匂

いがした。

 雪の中からルーラが体を起こす。

「ザン、大丈夫」

「なんとかな。私達がいるんですから、無茶はしないでください」

 ベルダネウスの抗議に、ファディールは申し訳なさそうに頭を下げた。

「フィリス、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。それにしても……」

 まだ熱さの残る自分の体を改めて見るが、フィリスも火傷ひとつない。不燃

布で出来たベルダネウスのマントのおかげなのだが、それを知らない彼女は首

をかしげた。

 詰所への扉は、外側からぶち破ったように蝶番が壊れていた。

「中に逃げたな」

 まだ愕然としてへたり込んでいるセシルに歩み寄り、腰を落として話しかけ

る。

「マスカドルさんに連絡して、みんなを起こしてください。見ての通り、大変

なことが起こったんです」

「大変な……こと……」

「クレイソンさんが甦ったんです。どうやら、ソーギレンスさんの封じは効を

なさなかったようです」

 その言葉に、ルーラは自分を襲ったものの手が異様に冷たかったことを思い

出した。体温のない腕。精霊の槍を持つ。

「みたいですね。ほら」

 フィリスが剣を見せる。何度もクレイソンを切ったそれは、血で濡れていな

ければならないのだが、刀身には油ひとつ浮いていない。その代わり、粉のよ

うになった赤いものがついていた。かつて血だったものだ。



【次章予告】

死を拒んだ命がある。

死に背を向けた命がある。

汝、死を受け入れぬならば命ある者達も其方を受け入れぬ。

バールドの刻印を手に、ソーギレンスが剣を取る。

次章【十一・未死者の理由】

死にゆくものよ。それほど生きる者達が信じられぬのか。

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