表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

未来人の襲来

 夏の独特な青い空の果てに、白い入道雲が見える。しかし、その視界は次第にぼやけていく。

 百合香は、眠りに逆らおうともせず、心地好いまどろみの中にいた。褐色に日焼けした健康的な肌と、引き締まった筋肉の動きが段々とゆっくりになっていく。

 先生の声が遠退いていく。そう、今は授業中。本来なら寝てはならないのだが、百合香はそんなこと構わない。

「えー、であるからして....。」

 その時、先生の声が途切れた。それを百合香は見逃さず、すかさず目を覚醒させた。

 しばし、緊張がぴんと張った静寂が流れる。百合香はがばっと急に立ち上がり、華麗に宙返りをした。すると、寝ている時の頭の位置に、チョークが飛んで来る。チョークは椅子の背に当たり、粉々に粉砕する。

 百合香は机に着地すると、次々と机を渡り走っていく。それを追うようにチョークが飛んで来ては、後ろの壁に当たり、哀れにも粉砕していく。

 やがて、自分の席と正反対の席まで行くと、ジグザグ走行で後ろの壁向かって机を渡り走る。なおもチョークの追撃は止まない。

 壁まで行くと、バク転しながら横伝いに移動していく。そして目指すは押しピン入れである。目的地点までたどり着くと、すばやく入れ物を開けて、押しピンを黒板へ向かって投げつける。勢いよく飛んだ押しピンは、同じく飛んできたチョークを相殺して、床に落ちる。


 それがしばらく続いていたが、やがて二人は、チャイムと言う名の鶴の一声で止まった。

 きーんこーんかーんこーん。

「こ、これで、授業を終わります....っ!」

 先生は悔しそうな顔でそう言うと、勝ち誇った顔の百合香を放って号令をさせ、さっさと去ってしまった。


 

「相変わらずだねえ、百合香は。」

 百合香の友達、七美が拍手を送りながら話し掛けてきた。百合香はにこりと笑うと、すぐに帰り支度をすませる。

「じゃ、アタシ急いで帰るから。」

 七美は「ああ」と納得したように呟いた。そして、本当に急いで帰っていく百合香を見送りながら微笑んだ。

「百合香、人気者だものね。」


 百合香がいざ校庭に出ると、校門の前に人だかりができていた。しかし、普通の人だかりと言うには、あまりに不自然な点があった。一人残さず百合香を期待の眼差しで見つめているのだ。

 百合香はさらに走るスピードを上げる。人だかりの人々は、「ぜひ陸上部に!」とか、「いやうちのウェイトに!」などと半ば叫んでいる。

 百合香は、土煙を巻き上げながら、人だかりに突っ込む。そして、寸でのところで助走を十分にした、ジャンプを披露する。

 そのジャンプは見事にきまり、百合香は人だかりを飛び越えることに成功する。そして、よろめくことすらせずにそのまま走り去った。


 百合香は、体育会系の部活に引っ張りだこだ。彼女は、どんな陸上部よりも速く走れるし、どんな新体操部よりも華麗に技をきめれる。とにかく運動に関しては万能なのだ。

 しかし、百合香はそういった部活に入る気はなかった。

「好きな事を仕事にすると、嫌いになることもある」

 これは、百合香の母親である蘭香の言葉だ。百合香は、どんなに可能性が低いとしても、運動を嫌いになりたくなかった。だからそういう部活には入らないと決めている。


 若干息を荒げながら、走りから歩きに変換していく。

 ふと、空を見ると、青い空が際限なく広がっていた。百合香は空に気になる物があり、目を細める。それは赤い点だった。とても小さな点だ。

 新手の飛行機?それともUFO?

 そんなことを思いながら、その後はゆっくりと帰路に着いた。



「ただいまー、お母さんー、おやつ何ー?」

 そう言いながら帰ってくると、蘭香は思い詰めたような顔で迎えた。そして、唐突にこう言った。

「なんでもいいから本見せて。」

「本?」

 百合香は、授業の様子からもわかる通り、勉強は苦手だ。無論、本とは至って無縁。鞄の中を漁ると、適当に教科書を出した。日本史の教科書だった。

 蘭香はそれを受けとると、目をつむってパラパラと本をめくり始める。

 そして、あるところで止まる。目を開けると、かっと見開きこう叫んだ。

「こ、これだああああああ!」

 適当に礼を言って、本を返す。今日のおやつはスティック菓子だから。そう告げつつ自分の部屋に篭ってしまった。

 何あの人。

 百合香はそう思いつつも、いつものことのようにその行動をあしらう。



 蘭香は、発明家だ。あまり発明に没頭しすぎて、旦那にはすでに見限られた。一ヶ月に一個くらい、怪しい発明品を娘に自慢してくる。百合香とは逆で、運動はからっきし駄目だが、頭はいい、らしい。


 その後も、蘭香は娘である百合香の元に姿を現すことはなかった。百合香はもう慣れっこだったが、胸の奥には小さな小さな悲しみがあった。

 そんな生活が、一週間続いた。



 

 百合香は、蘭香のことは特に気にしなかった。発明品を作るときは、大抵2週間くらいは引きこもる。

 アタシの家って、他とは違って変?

 そう思いつつ、その日も下校していた。青空を見る。晴天の空は相変わらず、恒久に続いているように見えた。

「あ、この前の....。」

 晴天には、1つの赤い点があった。しばらくそれを見つめていたが、百合香は不意に殺気のようなものを感じた。


 何かがおかしい。

 百合香は赤い点を睨んだ。直感でしかないが、されども直感。彼女は赤い点が「日常にいるはずのないもの」だと感じとった。

 そうしているうち、赤い点は段々と大きくなっていった。いや、「近づいている」のだ。


 時折、不規則な動きをしながらも、しっかり百合香に近づいていく。やがて百合香にも、その全貌がはっきりとわかるようになった。

 見たこともない、円盤状の乗り物だ。

 何が乗っているんだろう?宇宙人?何しに来たのかな?百合香の緊張はピークに達していた。それこそ先生と対峙している時など比ではない。


 乗り物は、ふわっと百合香の前に着地した。カシャンと脚を伸ばす。ドアらしき場所が開くと、中から一人の宇宙人らしき何かが出てきた。

「......人?」

 百合香は素直に疑問を口にした。宇宙人らしき何かは、まるで漫画に出てくるような、デフォルメされた50センチぐらいの人間のようだった。違う点とすれば、首に金属質の何かをはめているところか。


「懐かしい...。」

 百合香には、はっきりとそう聞こえた。確かに、地球の言葉、しかも日本語をしゃべった。何かはさらに続ける。

「これこそ我等が母なる星!地球だ!」

 何かは、百合香を見つけると鼻を鳴らした。まるで猿でも見るようだ。

「この『時代』に住んでいた先祖か。」

 この時代?どういうことだろう?百合香は緊張を解かずに問う。

「アンタ、何者?この時代ってどういうこと?」

 いいだろう。そう言って、何かは説明を始めた。

「我は、イース星から来りし『未来人』!

 未来において、我々人類の半分は母なる地球を離れて、新しい『家族』を見つけようと思い至った。

 無事、イース星人という家族を手に入れ、我等は幸せに生活を送っていた。

 だが、だが、ああ.........。」


 もう思い出したくない。

 そんな顔で続きを渋る未来人。百合香は未来人から放たれる殺気に戸惑っていた。

「あの、忌まわしい、害虫が、我等の美しき星を、あんな風に...。

 そう、あいつらが、マグマが、炎が。空を灰色にし、海を赤くし、大地を塵とした。

 だから、我々は戻ってきた!この美しい地球に!

 我々に従え!原始人よ。我等に地球を渡せば、何もしない。」


 未来人は演説を終えたヒトラーのように陶酔していた。百合香は、「ああ」と納得した。

「要は、アンタらぶっ倒せばいいわけね?」

「どうやら、本当に原始人のようだな。まるで話が通じていない。」

 未来人は、右手を静寂に浸しつつ天高く上げる。すると、ライダースーツのような服の節々に、太いコードのようなものが巻き付いた。その格好は不格好極まりなかったが、未来人の圧倒的な自信に満ちた顔に、百合香は戦闘体勢に入る。


「話ができないならば、殺すしかあるまいに!」

 先に仕掛けたのは、未来人だった。勢いよく地を蹴り、ジェット機のような勢いで百合香へ向かっていく。左手をぐっと構えて、勢いとともにパンチを食らわせようとする。

 しかし、そんな勢いなど百合香には止まって見えた。タイミング良く横にひらりと避けると、すかさず未来人の左手を掴み、遠心力と協力するため、ぐるぐると回転すると、それに任せて投げ飛ばした。


 未来人は数メートル先に着地すると、唾を一つ吐いた。

 次に仕掛けたのは百合香だ。百合香は駆け寄り、宙返りをすると、そのまま踵落としをきめる。しかし、未来人は残像が本体についていく程のすばやさで、それをかわす。

 百合香は踵落としをした方の足を軸にローキックを食らわせようとするが、それも避けられてしまう。その後、未来人はあちらこちらにすばやく移動していく。


「ちょこまかと、えええい!うっとおしい!」

 そう悪態を吐いたのが、運の尽きだった。後ろを取られ、後頭部にハイキックをきめられる。

 百合香は10メートルくらい吹っ飛び、最後はレンガの壁を崩しながら止まった。

「いててって...。」

 一息吐く暇もなく、追撃が迫って来ることを百合香は確信した。

 そして、周囲を見ることもなく、手も使わず地に足をつけると、バク転で後ろに退く。と、同時にレンガの山に向かって真上から隼の急降下のようなパンチが降りかかってきた。


「やるな!原始人よ!」

 なおも未来人は追撃をする。すばやさでは勝てない百合香は、先を読みつつ受け流したり、避けたりしていた。しかしそれも次第に限界に近づいていく。段々とかすめることが多くなり、ついに自分から真正面に立ってしまう。

「しまっ....!」

 百合香は思わず目をつむる。まさに拳が迫ろうとしたその時!


 銃声が鳴り響く。百合香が目を開けると、西の方角に未来人は飛んでいっていた。

「だ、誰だ!?」

 未来人は肩を押さえながら、東の方角を見た。百合香もそちらを見る。


 そこには、紫の東洋鎧に青い和服の...デフォルメされた50センチくらいの人間らしき何か。両手にライフルを構えていた。

「み、未来人っ!?いや、違う、誰だ貴様!」

 何かは銀髪の長髪を風に揺らし、明朗に響く声で名乗った。

「私の名前は明智光秀。」

 明智光秀?どっかで聞いたような、気がする。百合香はしばらく考えたが、そのうち考えるのを止めた。

 光秀は駆け足で未来人へ向かっていく。そのすばやさは未来人と同程度だった。

 しかし、未来人も負けていられない。隙あらば、光秀の後ろを取ろうと血眼になっている。


 銃声がしばらく響いたが、やがてそれは弾切れの音となった。かちっ、かちっ。その隙を未来人は全く見逃さなかった。

「我の勝利だぁああああっ!!」

 光秀の背後を取り、手刀を首筋に向けて突き刺した。だが、貫いたのは大動脈ではない。ライフル1つだった。

「っ!?」

 光秀はすばやく、跳ねるように移動して距離をとると、手元に残ったライフルに弾を装填した。

 未来人はまっすぐ向かっていく。構える隙にパンチを食らわされる。そう判断したであろう光秀は、ライフルで的確に、ライフルの損傷を最小限に抑えるように受け流していく。


 その頃、百合香は自分も手伝えないかと考えていた。2対1に持ち込みたいが、敵は百合香よりずっと賢い。策略で互いに自滅させられるかもしれない。ならば、どうすれば?


 と、その時。

 ころころ。サッカーボールが転がってきた。そちらの方向を見ると、小さな少年が呆然とした表情で光秀と未来人の戦いを見ていた。

「僕、ちょっとごめんね!」

 百合香はサッカーボールを足で捕まえた。そしてこう言った。

「光秀!その未来人を上へ投げ飛ばして!」

 光秀はちらりと百合香を見ると、百合香の発言に一瞬の隙を作った未来人を、ライフルで持ち上げた。そして、空中に放ったかと思うと、ホームランを打つ野球選手のようにライフルで空高く殴り飛ばした。


 百合香は、神経を視覚にすべて回したような気分になった。

 未来人が、スローで着地しようとしているのが見える。

 くるくると回り、足を伸ばす。


「今だ!」


 未来人と地面の距離が、あと70センチ程度の時、百合香はボールを思いっきり蹴飛ばした。

 ボールの向かう先は、目を見開いた未来人。


 未来人は手でボールを受け止めるが、ちょうど真後ろにあった未来人の乗り物にぶつかる。乗り物のフォルムは崩れ、鈍い金属音を響かせた。


「くっ...!

 一時撤退だ!本部!タイムワープを頼む!」


 青い光に包まれたかと思うと、乗り物も未来人も消えてしまう。

「ごめんねー、勝手に使っちゃって。あ、このことは誰にも内緒!」

 少年はしばらく呆然と百合香を見ていたが、やがて未知への期待に満ちた瞳で、強くうなずいた。






「で、この光秀って人、何者か知ってる?」

 百合香は光秀を連れて家路に着いた。

 蘭香の部屋のドアを粉砕し、蘭香に聞いてみた。


 蘭香は至って普通の出来事のように伝える。

「うん。その子、私が作ったし。」

「え。」

 光秀を見ると、彼もまた見つめて、「そうです」とうなずいた。

「私、未来人が来ることは、自作の機械で予測してたんだ。だから、生物兵器を作ろうとしたの。でも、なかなか良いデザインが思いつかなくて。だから百合香に日本史の教科書見せてもらったのよ。」

 そうか。私はこの生物兵器を作るのに一役買っていたのか。そう思うと、なんだか誇らしげな気持ちになった。


「これは、一部の人以外には内緒よ?だって、こんなことが知れたら、世の中パニックになっちゃうもの。今はまだ向こうも偵察段階だし、こっちも派手にしない方がいいと思うの。」

 百合香には、考えもつかないことだった。頭は母の方がいいし、ここは指示通りにした方がいいな。百合香はそう思った。


「あと、光秀は百合香に従うようにプラグラミングしたから。よほどの心境が変化しなければ、ね。」

 百合香は、しゃがんで光秀に「よろしくね」と言った。

 光秀は礼儀正しく、お辞儀までして挨拶した。

「こちらこそ、よろしくお願いします。百合香姫様。」

 姫様なんて、なんだか恥ずかしい。そう思いながらも、くすぐったそうに微笑んだ。


「あ、それと、百合香の友達の七美ちゃんにも、一人送っといたから、よろしくね。」


 しばらく、謎の沈黙が3人の間に流れ込む。

 えええええええええええええっ!?

 家にそういった驚きの声が響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ