プロローグ 別れと旅立ち
異世界に冒険というのはそういう物語が好きな人にとっては、誰もが夢見るものだと思う。そんな夢に憧れて剣道やったりして、それが夢とは関係ないとわかっても、続けてきたものに楽しさを見出して年を取る。
しかし、二十歳を迎え、夢だったものが現実なったとき俺は浮かれた。勇者として世界を救うことを意気込み、それがやがて重圧となることを知った時に勇者の器ではないことを知った。
それから5年の月日が経った…………
月明かりが差し込む部屋、そこは絨毯が敷かれ、壁際には机や鏡、部屋には天幕付きのベットが置かれている。
一言で例えるなら、西洋の王族が使うような部屋だ。普通なら一生かかっても入れないようなとこに男が佇んでいる。
「……そろそろ行くか」
これ以上ここに居ると、決意が揺らいでしまいそうだからな。
思わず窓の方に目をやれば、人が騒ぐ声が聞こえる。今頃外は、祭りの騒ぎだ。これが一ヶ月続くのだから、大変だな。
「……さまぁ、十六夜様ぁ」
石造りの壁に伝わる声から察するに気づかれたか……さっさとはじめるか。
足を少し開き、右手の手のひらを地面に向け、左手を右手首に添えて魔力を込める。同時に声帯を術式を介して、声を変質させる。
「俺はこの世界に許されざる者、十六夜 祐也、世界より旅立ち新たなる地への導を示せ……」
地面に魔法陣と術者を中心にちょうど人一人分くらい入る円柱の障壁が生まれる。込める魔力の出力をに比例して、光強くなる。
その瞬間、光を巻き込みながら剣が障壁ごと斬られる。普通ならば体ごと両断され、即死となるはずが術者は悠々と立ち続ける。しかし、顔からは汗が出ている。なぜならば、ほんの数秒剣が早ければ、術が遅ければ胴体がさよならとなったからだ。この世界との認識がずれたため、干渉できず、体を通りぬけ、障壁は修復された。
「……もしかして、怒ってる?」
「当たり前です!!あと数日はいるはずなのに何勝手にいなくなろうとしてるんですか!!」
金髪で豪華なドレスを着込んでいる彼女は、この世界で出会い、仲間でもあり、王女様だ。誰が見ても高い美貌を持つが今は涙目になっている。
うん、泣き顔もかわいいなあ。
「理由は……さっき密談を聞いちゃった」
その言葉に王女が崩れ落ちる。
そりゃそうだろう、俺をこの世界に止めるための計画を聞かれたからなぁ。彼女に悪気がないのは分かる。この世界で一緒に旅をしてきたから情が出るのは当然だ。元の世界に戻ることを告げる時は必死に引き止めてくれた彼女は俺にとっても大切な人である。
「どうしてなの?どうしてここにいてくれないのですか、勇者として世界を救い、私を救ってくれたあなたはこの世界を好きって言ってくれた。それなのに何故……」
彼女の言葉が心に重くのしかかる。確かに言ったことは本心であるし、世界を救ったことは本当だ。けれども・・・・・
「会った時から言ってるだろ、俺は勇者じゃないって」
「勇者です」
「違う、それは君の勘違いだ。本当の勇者は俺が殺した。この世界においての勇者は召喚された異世界人を指すものだろ。俺は召喚されたわけじゃないからな」
「……」
この世界において、勇者というのは国家間の戦略兵器と同じような扱いであった。お互いの国がそれぞれ一人ずつ異世界から勇者を召喚し、それを保持することで国を維持してきた。当然、勇者が全員善人であれば平和であったが、世の中はそう甘くない。世界侵略を起こそうとする勇者が召喚された。
結果、自分に楯突く人、他国の勇者を排除し、その果てで世界は危機に訪れた。そんな時に俺はこの世界に訪れた。召喚を介さずにきた俺自身を評すれば、通りすがりの旅行者だ。
彼女との出会いは、勇者が支配した国から逃げ出したが、追っ手に囲まれてたところで俺が目の前に登場というご都合主義がきっかけだ。彼女曰く、神に祈った時に出てきたから召喚されたと思ったらしい。それから共に旅をすることになり、いろんな場所に行ったり、様々な種族との交流、最後に勇者との決闘の末に打倒することができた。それから王女を中心として新たな国が建国されて、今に至る。
「あるべき形で来てない以上、この世界にいること自体が異質であり、異物だ。それはこの世界にいる神も言ってただろ。だから……ごめん。」
召喚介さずに来た異世界人が、世界中を巻き込んだことに神からの待ったがかかってしまった。
世界征服を起こした勇者よりもどうやら問題になってるということらしい。神を中心とする勢力を仮に神族とすれば、強硬派と穏健派に分裂していると言われてしまったが、本人を無視して勝手に決めるのは身勝手だと思った。幸い、穏健派からの声がけだった為、勇者打倒の報奨をもらえるなら世界から出ていくことを提案した結果、即答で了承された。
その言葉を言い終わることに、体が軽くなるのを感じだ。見た目は立体映像がぶれているようにみえるだろう。あと数分もしないうちにこの世界から消えてしまう。残るのはこの世界でやってきた行動や作ってきた物だけだ。いずれ、風化して消えてしまうなら寂しいと思う。
正面を見れば彼女が泣きながら障壁に手を置いている。恐らくは壊そうとしていると思う。同時に何か言っているようだけど、俺の耳にはもう何も聞こえない。最初から最後まで彼女に迷惑を掛けてしまった彼女にせめて伝えたい。
障壁に手を当てている彼女に対して、こちらからも手を当てた。正面を見据えて思いを伝えた。
「もうすぐでここから消える。だから俺の気持ちを伝えたい。」
俺の言葉が届いたのだろうか、彼女の口の動きが止まったのが見えた。
「俺は君のことが好きだ。だから……また、会おう!!今度はちゃんとした形で」
俺は勇者の器じゃないことは一番理解している。が、きちんとした形でこの世界に来ていれば彼女とここで暮らすことに迷いは無かった。けれど、その形で来てない以上残ることは許されない。大人しく帰ることを条件に神と取引できただけでも儲けものだ。
俺の言葉が届いたのだろうか、涙目で彼女の口が動いた。けれど、それを頭が理解する前に俺の意識が途切れた。
どのくらい気を失っていたのだろうか。気がつけば、暗闇に点在する夜空が目の前に広がった。けれどその表現は間違っていたことに気づいた。正確には、宇宙にいるというのが正しかった。違うのは、普通の地面のように歩けることと、星と思ったのが次元を超えた異世界であると何故か理解できた。
その理由はすぐに検討がついた。さっきの世界にいた神との取引で手に入れた能力だろう。その能力は次元を自由に移動できる力だ。
そもそもどうやって世界を旅してきたことに触れてみる。これまでは、自分を基点として、ランダムで跳躍する方法しか無かった。
その理由は、最初の世界に召喚されたあとで召喚者が死んでしまい、俺の世界の座標を知る者がその人だけだっため、元の世界に戻せる人がいなくなってしまった。例えると目的地を記録したカーナビが壊れてしまったといえる。
結局、自力で魔法の基礎から応用までを勉強し、その成果で、別世界に移動できる転移魔法を開発する羽目になった。結果、巨大な魔法陣を簡略化し、言語による呪文演唱のみで移動することが可能となった。正直、現代日本の数学知識が魔法理論にまともに役に立ったのには驚いた。
ただし、欠点として転移先の座標が指定できないため、跳躍に成功しても、出現場所が空中や水中に出てしまうことがあった。正直にいえば、よく生きていたと今更ながら思う。
溶岩の上に転移しなかっただけ良しと前向きに思えば無視できたが、なんとかしないと常常思っていたところ、世界にいた神との交渉でなんでも好きな願いをひとつだけ叶えるというチャンスが訪れた。これがさっきまでいた世界のことだ。神に事情を話して、次元を自由に移動できる能力を貰ったが、実感できるわけでもなく、結局のところ今まですっかり忘れていた。
「……とりあえず歩いていくか。」
後ろを向けば、さっきまでいた世界が見える。球体状態の中に景色が見えるのは変な感じであるが、写っているものは見たことがあるから間違いない。おそらく飛び込めば戻れると思うが、約束した以上戻るわけにはいけない。ただ、彼女の最後の言葉をようやく理解した。
「私も……か。」
詭弁だ。そんなことはあるはずないのは誰よりも彼女が分かってる。世界と俺との天秤にかけたら迷わず世界を選ばなければならない。それが人の上に立つ者の役割だ。けれど、旅をしたことで価値観が変わってしまった。好きな人を選ぶことは、お話としては良いと思うが、現実は非情だ。なぜならば、命の重さをそんな簡単に決めてはいけない。だから、彼女を狂わした俺は彼女の元から離れることにした。
「さよならだ」
もう会うことはない、という思いで呟いた。その決別は誰にも聞こえるはずもないが、言う事に意味があると思えた。
代わり映えがない風景を横目にただ俺は歩き続けた。
初投稿です。ここまで読んでくれましてありがとうございました。
今回の話は、前の世界から次元の境界に向かうまでのお話と意識して書きました。最初にキャラクター説明や登場人物の名前は入れるべきなのかは悩みましたが、キャラクター説明は序盤に触れ、プロローグの登場人物はあえて名前を入れないことにしました。既にその物語は完結をしてるということです。