集団の罠(1)
「それで?」
真希は再びソファにふんぞりがえる。腰から深々と座り込み、足を組んで僕に質問する。
「北川萌花からどこまで聞いたの?携帯の番号は交換したんでしょ?」
僕は携帯電話をポケットの上から触る。
「警察は――まだ被害者から事情を聴いているだけ。あんな白昼堂々の犯行だから、犯人はすぐに見つかるだろうというのが県警の刑事の意見らしい」
「ふうん。まあ、普通に考えればそうよね。白昼堂々、それも生徒がごったがえす通学路で体を四本のナイフで滅多刺しにするなんて、とても人目に触れずにできる犯行ではないわ」
真希は――笑っていた。
「でしょ?私の考え、間違ってるかしら?」
本当に、この女は意地が悪い。心の底ではそんなこと考えてもいないくせして、よくここまでいけしゃあしゃあと喋れるものだと逆に感心してしまうぐらいだ。
「被害者の名前は藤堂真一だって萌花は言ってた。僕は、その名前を聴いたことがある」
僕は記憶を遡る。あの例の一件の加害者だ――いじめられっ子の安藤涼介は藤堂真一にいじめられていたのだから。
「警察は絶対に安藤をマークする。彼にアリバイは用意してあるのか?」
「馬鹿ね。アリバイなんて用意してどうするの?あのデブの豚は自分でものを考えることもできない最低の社会のクズよ。下手なアリバイはかえってボロを招くわ」
「じゃあ、どうするんだよ。普通に考えて、あんな事件を起こす犯人といえば強い動機を持っている人間だって警察は思うだろ?絶対に疑われる」
――だから、それでいいのよ。と真希は言う。
「無能な警察は安藤を疑う。その筋書きはとても正しい。でも警察は安藤を逮捕することができない。その理由はわかる?」
僕は首を横に振る。真希はため息をつく。「犯人じゃないからに決まってるじゃない」
「私は今回、あえて安藤は犯行に参加させなかった」
「あいつとコンタクトをとってるみたいな言い方だな?」
「とってるわよ。私たち、もうメル友だもの」
真希はポケットから赤い携帯電話を取り出して僕に見せる。トバシケータイと呼ばれるもので、このケータイを使用して犯罪行為をしても警察は真希を見つけることはできない。
「彼とは既に何通かのメールのやり取りをしてるの。安藤はもう、私たちのクラブの末端よ。優秀な手駒になるまできちんと面倒みるわ」
――だって、それが部長の務めでしょ?真希は続ける。
「犯行に参加していないのだから、捕まえることはできないでしょ?警察はただ安藤がグレーだと思って、地道に捜査をするだけ。そこでようやく、彼らはこの事件がいかに奇妙であるのかを理解することになるわ」
「奇妙、ね」
僕はこの事件のどこが奇妙なのかがわからなかった。ただ白昼堂々、公然と生徒の目の前で男子生徒が滅多刺しにされた。その程度の事件だ。こんな事件、実行犯はすぐに見つかって警察に連行されることになるだろう。
もっとも、その指示を出している当の本人にまで捜査のメスが届くとは思えないのだが。僕は念のため、彼女に質問してみる。
「安藤とメル友って言ったよね。それは、顔をあわせて話したことがあるってこと?」
真希は一瞬無表情になった。普段笑顔を絶やさない彼女が無表情になった時、毎回僕の背筋はピンと伸びる。
「ありえないわ」
真希はそれだけ言うと、再び元の笑顔に戻った。